09 宿での夕食

――――。
 冒険者の憩い亭のドアを開けた途端、中からたくさんの冒険者の騒ぐ声が聞こえてきた。まだ午後6時をまわった頃だが、とっくに出来上がっているみたいだ。
 むっとした熱気と共に食堂では沢山の冒険者がビールを片手に騒いでいる。まるでどこかのビアホールのような光景だ。そう思うと、ちょっとウキウキする自分がいる。

「お~い。ジュンさん。こっちだよ!」
 喧噪を飛び越えてラルフの声が聞こえた。……いた! ティオと二人で飲んでいる。
 俺はテーブルをすり抜けて二人の隣に座った。
「娘さん! ビール一つ!」
 ティオがウエイトレスの女性に声をかけて、勝手に厨房に入っていき片手にビールの入ったカップを持って戻ってきた。
 すっげえ馴染んでる。

 三人でビールを掲げる。
「「「乾杯!」」」

 コツンとコップをあわせてビールを飲む。やや酸味が強いものの、思いのほか冷えていておいしい。夏場のぬるいビールほど失敗したと思わせるものはない。冷蔵庫などないだろうこの世界で一体どうやって冷やしているのだろう。

 俺の顔を見てラルフが、
「冷えてて旨いだろ。……これね魔法を使ってるんだよ」
「魔法を?」
「そう。マスターも女将さんも同じチームでランクA冒険者さ。マスターは鉄棍が武器で赤鬼、女将さんは氷の魔法が得意で青鬼って呼ばれて恐れられてたんだよ。で、女将さんが魔法で冷やしてくれてるってわけさ」

 赤鬼に青鬼か。昼間に会った時は明るいおじさんとおばさんといった感じで、想像もつかないなぁ。……そういえば隣の武器屋のおっちゃんも仲間だったよな。

 ビールをあおったティオがコップをテーブルに置く。
「そうそう。隣に武器屋があるんだけど、そこのマスターも仲間なんだよ。二つ名は黒鬼だったかな」
 おっちゃんの浅黒い顔を思い出す。確かにステータスの称号には黒鬼とあった。ひげもじゃで確かに黒鬼と言われるとわかる気がする。

「……で、誰が青鬼だって?」
 不意に女性の声が聞こえた。同時に俺たちの周りだけ気温が5度くらい下がる。白い光りが煌めき、ラルフの目の前の皿の青豆が凍りついた。
「うげっ。……お、女将さん」

 ラルフがしまったというように顔をしかめて首をすくめる。まるで親に怒られた子供のようだ。そのラルフのすぐ後ろに、昼間はあんなに優しかったおばちゃんが険呑な目つきで立っていた。

――ライラ・ナフタ――
 種族:人間族  年齢:42歳
 職業:冒険者の憩い亭女将
 称号:青鬼元冒険者ランクA
 スキル:氷魔法4、水魔法2、火魔法2

「い、いやさ。女将さんの仲間がすごいって話をしてたんだよ」「……ほう?」
 ティオが慌ててフォローしようとして失敗する。俺は、わざとゆっくりと、
「女将さんのお陰で、夏場でも冷えた旨いビールが飲めるって話してたんですよ」
と言って、ビールのコップを掲げてにっこり笑みを浮かべた。

 すると、女将さんがやれやれと肩をすくめて、
「新人に変なこと言うんじゃないよ。……その豆は凍らせてもおいしいよ」
 そういって、俺の前に鶏肉をあぶった小皿を置いた。「ほい。冒険者になったお祝いだよ。がんばんなよ!」
 そして、俺の背中をばんばんと叩いて厨房へ戻っていった。

 ラルフとティオがよかったぁと胸をなで下ろした。俺は笑いながら、凍りついた青豆を手に取り口に入れた。ヒンヤリとして違った味わいが楽しめる。
「本当に凍ってても旨いな」

 それから、俺がなぜ草原にいたのかに話題が変わった。だが、昼間に説明したこと以上に言うわけにはいかない。
 ラルフが、ろれつの回らない口で、
「そうかぁ。何かショックなことがあってぇ、記憶が無いのかもねぇ。あんなところに一人きりってのも案外、置いてかれたのかもな」
と言った。
 ラルフの置いてきぼり発言に、ジュンはわざとジトッとラルフを見る。

「おいおい。他人事だと思いやがって。ってまぁ、言いたいことはわかるけどね。ショックなことって言われてもさ、どうにもピンとこないんだよね。記憶にあるわけでもないしね」
 もともと記憶喪失だなんて誤魔化しているだけなので、あんまり大事に思われても困るんだよね。幸いに、すぐにティオが今日のゴブリンの襲撃へと話題を変えてくれた。

「それにしても兄さん、あんなに近くでゴブリンの群れが出るなんて珍しくない?」
 それを聞いてラルフも難しい顔をしている。
「そうだよなぁ。……ジュンさん。あそこの街道は幹線になっていて結構な頻度で魔物退治がされてるから、本来はもっと安全なんだよ。むしろ盗賊とかの方が怖くて護衛をつけるものなんだけどね」

 なるほど。考えてみれば当然のことだ。街道にしょっちゅう魔物が出たら通行に困るだろう。ただ俺にとっては、ゴブリンだの魔物だのは今日が初めてなので、どの程度の問題なのかはわからない。ちょっと気になる程度か、深刻な問題か……。
 ラルフがギルドでエミリーさんに報告していたから注意喚起はされるだろうが、やっぱり深刻なのだろうか。

 ラルフがビールをあおる。
「まあ、すぐさまギルド直接依頼で、調査とか討伐とかされるよ」
 そう言って、俺の方をちらりと見て、
「ただまあ、しばらくはランクE以下はフルール側の森へ立ち入り禁止になるかもしれないけどね」
 ティオが俺の肩を叩く。
「大丈夫。すぐに入れるようになるからさ。それにジュンさんならすぐにランクDまで上がれるよ」

 なんだか様子が変だな? まるで慰められているみた……、あ、そうか。森に入れないということは低ランクの冒険者にとってそれだけ減収になるってことか。
「大丈夫さ。とりあえず明日は街中の仕事を探すよ。……まあ、早く解決してくれるに越したことはないけどね」
 そういって明るく言うと、二人とも頭を縦に振っていた。
 ふいっと会話が途切れ、まわりの喧騒が俺たちと包む。俺はビールを飲んだ。

 その時、ビールを持って宿の娘さんがやってきた。
「ビールのおかわりはどう?」
 その声にティオが明るく反応する。
「おおっ! 気が利くなぁ」
 ティオは手をのばしたが、その手は娘さんにぴしゃりと叩かれた。
「私はそっちの新人さんに言ったの!」
 そういって娘さんが俺の顔をのぞき込む。「……あっさり系ね。悪くはないけど」とかすかな声が聞こえた。……ちょっと聞こえてますよ!

――リューン・ナフタ――
 種族:人間族  年齢:16才
 職業:冒険者の憩い亭看板娘
 スキル:調理2、接客2、威圧2

 娘さんは長い髪を邪魔にならないように後ろで結んで、オレンジ色のブラウスにエンジ色のロングスカートをはいて、その上からエプロンをしている。顔立ちは化粧っ気がないけれど充分にかわいい。……が、威圧スキルだと?

「さんきゅ! よろしく!」
 内心の動揺を悟られないように明るくいって、手にあるビールを飲み干して、娘さんの持ってきたビールと交換した。
 娘さんは、「さんきゅ? 新しい流行かしら?」とつぶやいていたが、「あ、そうだ」と言って、
「あなたたち、街道でゴブリンに襲われたんですって?」
ときいてきた。ラルフは片手をヒラヒラさせながら返事をする。

「びっくりしたよ。危なく護衛が失敗するところだったよ。まあ、このジュンさんが手伝ってくれたお陰で、イリーシャさんも馬車も無事だったんだ」
 娘さんは俺の方を興味深そうに見ると、テーブルのそばにしゃがんで、内緒話をするようにぼそぼそっと話し出した。

「それなら期待の新人ってわけね。この二人、うちの宿をねぐらにしてるんだけど危なっかしくて。でも気のいいやつらだから無事でよかったわ」
 そういって娘さんは立ち上がってにっこり微笑む。
「私からもありがとうね。……依頼に行って帰ってこない冒険者はできたらもう見たくないから……。あなたも冒険者になったみたいだけど、無理だけはしちゃだめよ」

 そう重たい言葉を残して娘さんは厨房へ戻っていった。戻る途中にも他のテーブルから注文を受けている。今は夕食時だからかなり忙しそうだ。

 娘さんが離れていくと、ティオが声を小さくして耳打ちする。

「ジュンさんあのね。娘さんは、リューン・ナフタっていって、面倒見はいいんだけど、怒ると理不尽になって怖いから、注意した方がいいよ」
「ああ、本当だぜ。前、ティオが一度怒らせたけど、あの時は……」

 ティオに続いてラルフが何かを言いかけると、ティオがその時を思い出したように青ざめた。俺はそれを見て、ぷっと吹き出した。

「いやいや、まあ普通にしていれば大丈夫かな? わかったよ。ありがとう」
 ラルフもビールを飲もうとして、グラスに口をあてたままで笑っている。
「まあ、さすがに赤鬼と青鬼の娘だけはあるってことさ。……もっとも今じゃ、単なる宿屋のハゲた親父だけどな」

 次の瞬間、ラルフの後ろから男が声を掛けてきた。
「ほぉ。ラルフ。言うじゃねぇか! いっとくが俺はまだ現役でもいけるぜ。やるか? この野郎」
「げぇっ、親父っ、いつの間にっ」
 声の持ち主を見てラルフが叫ぶ。そこには、確かにはげ上がった頭を怒りで赤くしている50才ほどの男性がいた。体つきは精悍で身長は175センチくらいで、ひよこ柄のエプロンしているのが似合わない。ギャップ萌えでは決してない。小さな子が見たら泣き出すレベルだ。

――ロベルト・ナフタ――
 種族:人間  年齢:46才
 職業:冒険者の憩い亭主人
 称号:赤鬼元冒険者ランクA
 スキル:棍技4、剛力3、調理4

 恰好はともかくとして、俺は「親父」と呼ばれた男性の顔を見る。さっきまで赤くなっていたが、今はたちどころに普通の肌の色に戻っていて、ニヤリと嫌な笑みを浮かべている。確かに目元や口元などは、どことなく娘さんと似た顔立ちをしているような気がする。……といったら娘さんは嫌がるだろうなぁ。

「親父さん。相変わらず最悪なエプロンだな」
 隣のテーブルの冒険者が突っ込んだが次の瞬間げんこつが落ちた。そいつは頭を抑えてうずくまっている。親父さんはそいつを見てせせら笑った。
「情けねえなぁ。今時の若いやつぁ。げんこつぐらい耐えてみせろってんだ」

 そう言って俺たちの方を向くと、左手に持った料理をテーブルに置いた。
「お前のお陰で助かったってイリーシャの奴が言ってたぞ。こいつは俺からだ」

「知り合いですか?」
 そう聞くと、腕組みをして頷いた。
「あいつがちんまい子供の頃にちょっとな。あいつんとこは商人、俺らは冒険者。一緒に行動することも多かったってことよ」

 ……へえ。人ってのはどこでどう繋がってるかわからないから面白いよな。そう思いつつ、親父さんの持ってきた料理を見る。
 鶏の唐揚げの盛り合わせだ。中には鳥の脂が駄目だという人もいるが、これは俺の好物だ。こっちの世界でもこの料理があるのはありがたい。

「おおっ。うまそう」
 芳ばしい香りが鼻腔をくすぐり腹が減る。俺は早速、添えられた串で一つつまんで口にする。
 からっからの衣の中からじゅわぁっと肉汁が出てくる。
「うっまぁ」
 思わず大声を出してしまった。周りのテーブルの冒険者がそれをじっと見ている。俺は構わず親父さんに、
「旨いです。俺の好物ですよ。ありがとうございます」
というと、親父さんは指で鼻をこすりながら照れていた。
「そんなに旨いか。まあ、楽しんでくれよ」
 そういって厨房に戻っていった。早速、周りのテーブルから鶏の唐揚げの注文が投げかけられる。「はいはいっ」と言いながら、女将さんや娘さんが縦横無尽に動き回っている。
 俺はほくほく顔で唐揚げをつまみながらビールを楽しんだ。

 食堂の中はまるっきり大衆酒場だ。どこかの吉田さんなら喜んでレポートしてくれそうな雰囲気だ。
 暖かみのあるランプのオレンジ色の光に照らされ、それぞれが思い思いに酒を飲みながら料理を楽しんでいる。同じ冒険者同士で情報の交換や、愚痴を言い合ったりしている様子を見て、俺は、
「……いい宿だな。ここは」
とぽつりとつぶやいた。

 俺の言葉を聞いたラルフとティオは、自分のことのようにうれしそうに笑っていた。

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