10 考察の夜

 ――さて、ようやく状況をゆっくり考えられる。
 自分の部屋に戻った俺は、まず部屋のランプに火を入れた。
 部屋に一つしかないランプだが、思いのほか頼りない明るさでちらちらと揺れている。
 階下からはまだ酒場の喧噪が聞こえてくる。

 俺は部屋に持ってきてくれたお湯でタオルを絞ると、全身をふいて汗をぬぐった。
 本当はお風呂に入りたいところだが、ここにはないので我慢するしかない。

 買ってきたばかりの下着に着替え、そのままの姿でベッドに腰掛ける。
 自然とため息が漏れた。

「いろいろあったな」

 現代日本から見知らぬ土地へ。しかも剣と魔法の世界にきている。一連の出来事に電話の相手が絡んでいるのは間違いないだろうが、その意図がわからない。
 姿の見えない相手に怒りようもないが、日本の友達や職場の同僚のことを考えると心配になる。ゴールデンウィークがあけたら大騒ぎだろう。
 とはいえ、異世界から戻れるとも思えない。いや、神のような存在がいれば可能かもしれないが、現実問題としてそんなことよりもこれから生きていく方が重要だ。

 ――純。どんなに困難なことがあってもくじけるなよ!――

 耳元で父さんの声が聞こえたような気がした。
 ……そうだな。こっちに来て、イリーシャさんやオリバ兄弟と出会えたのは幸運だったといえるだろう。宿の人たちもいい人だ。
 それに昼に見た感じでは美人も多そうだ。これ大事。

「よーっし。やる気が出てきたぞ!」
 ……父さん。母さん。俺、こっちで頑張るよ。
 内心でそう思いながら、寝る前に改めて持ち物と状況の確認をすることにした。

 現在の持ち物は次の通りだ。

――不壊のブレードナイフ――
 不壊属性のついた謎物質のブレードナイフ。
 価格:――
 どんなに酷使しても壊れません。さびません。切れ味変わりません。
 使用者限定設定により、ジュン・ハルノのみが鞘から抜くことが可能。

――無限の水筒――
 いくらでも飲料水が出てくる魔法の水筒。
 価格:――
 使用者限定設定により、ジュン・ハルノのみが蓋を開けることが可能。

――特殊な道具袋――
 内部に清浄化の魔法を込めた道具袋。
 価格:――
 血まみれのまま入れても大丈夫。討伐した魔物素材の運搬に便利。
 使用者限定設定により、ジュン・ハルノのみが使用できる。

 …………。
 あれ? おかしいな? 目がおかしくなったかな?
 俺は目をごしごしとこすった。……ナビゲーションの不具合か? 使用者限定設定だと?
 しかも価格が「――」となってやがる。
 これは安易に人にバレたら大変なことになりそうだぞ。

「ま、まあ、両方とも冒険者をやるにはかなり役に立つから、よしにしておこう」
とつぶやいて自分を納得させる。昼間にリュックを買っといて良かった。道具袋は説明の通り魔物素材専用にしよう。

――鉄の片手剣――
 良質の量産品の鉄剣。
 価格:3万ディール

――麻の服――
――麻のズボン――
――革靴――
――リュック――
…………。

 後は昼間に買ったものだから、おかしなものはない。こっちに来たときの服や靴も普通のもののようで安心したぜ。

 持ち物を確認し終えた俺はベッドの上にごろんと横になって現状を確認する。

 所持金はいくつかの種類のディール硬貨があるが、合計で5万ディールほどだ。
 今日明日で野宿に追い込まれるわけではないが、心許ない金額なのは確かだ。昼間にギルドでFランクの依頼の報酬金額を確かめなかったことが痛いが、まず毎日依頼をこなす必要があるだろう。
 今までデスクワークばっかりだったからなぁ。明日からは肉体労働か? それで余裕ができたら日本の知識で商売でも始めるか?

 ステータスとか魔法とかわからないことが多すぎる。
 ここらへんも調査と検証が必要だ。……もし魔法が使えるならおもしろそうだ。
 そう思いつつ、ごろんと寝返りをうつ。

 見たところの文化レベルは産業革命前のヨーロッパといったところか。
 この世界の地理がどのようになっているのか。今いるエストリア王国、少なくともアルの街の周辺だけでも調べておいた方がいいだろう。
 植生や季節、生態系なども不明だ。ここらへんも調べておく必要がある。
 言葉は通じるし、文字もナビゲーションで読める。問題は文字が書けないってことだ。これは少しずつ覚えていくしか無さそうだ。

 それにゴブリンなどの魔物が身近にいるってことだ。おそらく盗賊とかもいるだろうし、強力な魔物は想像するのも恐ろしいぞ。
 となれば、鍛えることが必要だ。せめて逃げ出すことができるくらいには強くならないと。……武神の加護とか、全武技の才能に期待させて貰おう。

 そうだ! 加護にスキルといえばステータスの確認だ。

――ジュン・ハルノ――
  種族:人間族
  年齢:25才  職業:冒険者
  称号:当選者、聖石を宿せし者、分かたれし者
  加護:創造神の祝福、武神の加護
  スキル:言語知識、自然回復、マナ変換、マナ吸収、全武技の才能、破邪の力
  ユニークスキル:ナビゲーション

 おや? いつのまにか職業が異世界人から冒険者に変わっているぞ。
 それより問題はこの称号とか加護とか、スキルだ。修道院に行っても加護の名前しかわからなかった。
 う~ん。どうしたものか。
 そう思いつつ、称号の当選者の文字を眺めていると、ポロンと音が鳴って小ウインドウに説明が表れた。
「おおっ! さすが」
 ナビゲーション。いい仕事をしています、と思いつつ、ウインドウの説明を読む。

 まずは称号から、
 当選者……あなたは見事、創造神に選ばれました。
 聖石を宿せし者……聖石を魂に宿したために??の因子を潜在的に有しています。
 分かたれし者……聖石を宿したことにより、魂が分かたれ、改めて肉体を構成しました。

 ……ええっと、どこから突っ込んでいいのでせうか。創造神に選ばれた? ……もしやあの電話の女性か? マジで?
 それに聖石をって、もしかしてあの八角の宝石のことか。「魂が分かたれ、改めて肉体を構成しました」って簡単に言うんじゃねえよ!
 ということは、この肉体は? 元々の体じゃない?
 改造人間の四文字が俺の脳裏をよぎる……というわけはないよ。だって肉体構成なんてあるけど別に違和感がないからね。

 つづいて加護を確認しよう。
 創造神の祝福……この世界ヴァルガンドの創造神の加護です。すべてのステータス(非表示)が上昇します。いろいろと創造神の導きをいただけます。
 武神の加護……武神の加護です。修業によって、あらゆる武技を使えるようになります。

 言語知識……こちらの世界の言語を読んだり話したりできます。
 自然回復……肉体強化と肉体回復の上位スキルです。強靱な肉体を持ち、敵の攻撃に対しダメージ補正がかかります。また時間の経過とともに体力、生命力が回復します。これは欠損部位も治ります。
 マナ変換……体内にあるマナを変換して、肉体を強化することができます。
 マナ吸収……空間にあるマナを吸収することができます。ただし、相手の魔法が具現化した現象水の塊などは吸収できません。
 全武技の才能……あらゆる武術スキルの統合上位スキルです。技を見ただけで習得できます。また見なくても、わずかな訓練で技を習得できます。鍛えれば鍛えるほど強くなります。
 破邪の力……呪いなどにかかりません。また他人の呪いなどを解くことができます。
 ナビゲーション……行きたい方向や場所を知ることができます。また人や物のステータスを確認したり、特定の人物や物の居場所を探ることができます。

 うん。ゲームならば、これこそチートというべきだな。最強冒険者も夢じゃないと思うがそれは俺に合わない。小市民らしく慎重に謙虚に生きていこう。

 ベッドで横になっていると、この世界に来てから感じる寂寥感が再び襲ってくる。
 俺がいなかったら仕事とか困るだろうな。きっと地球では俺が蒸発したかのようになっているだろうことが気にかかる。
 一方で、この新しい世界に来たことが、まるで物語やゲームのなかに入り込んだようでワクワクするのも事実だ。
 ……それに胸を風が通りすぎるような、この寂しさは一体なんだろう。何か大切なものを失ったような。ぽっかり穴があるような感覚だ。

 いろんな考えが取り留めもなく浮かんでくる。

 お風呂がないのがイタイなぁ。お湯をもらって身体をふくくらいだもんなぁ。これは早めにいい方法がないか考えたい。家でも買うか? あ、でも折角だから、世界を見て回りたいな。日本ではできなかった世界旅行が、こっちならできそうな気がする。

 そうだ。行動指針となる目標を決めておいた方がいいだろう。
 現状を省みて、まず第一に貯蓄を増やして生活を成り立たせること。これは最低ラインの目標だ。そのためには冒険者ランクを上げて、高報酬の依頼をコンスタントに成功させるのがいいだろう。
 第二に、こっちの世界をよく知ること。人種、風俗、地理、生態系……。できればあちこちを旅行したい。
 第三に、仲間でもパートナーでもいいから、俺の事情を話せて、しかも一緒に行動してくれる人を探すこと。少しでもこの寂寥感を埋める出会い。できれば美女とか美女とか美女とかがいい。
 ……仕方ないだろ? 男なんだから!

 まぁ、当面は生活が成り立つように頑張るしかない。すべてはそれからだな。

 いろいろと考え込んでいるうちに、いつの間にか俺は眠りについていた。

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