11 初めての依頼

 カラーン……。カラーン……。

 ううん……。どこからか鐘の音が聞こえてくる。目を開けるとうっすらと明るい部屋の天井が見えた。

 こんなにぐっすりと眠ったのはいつ以来だろうか。
 俺は上半身を起こして、ぐぐっと伸びをする。雨戸の隙間から漏れてくる光が室内にしましまの影を投げかけている。
 ナビゲーションで確認すると朝の6時となっていた。

 ベッドから降りて窓を開けると、早朝のひんやりとした空気が入ってきた。下の通りを見下ろすと、すでに何人もの人が行き交っていた。おそらく朝市でもやっているのだろう。
 ……さあ。今日は初依頼に挑戦だ。

 俺は裏庭にあるポンプで顔を洗うと、そのまま食堂で朝食をとった。昨夜は遅くまで騒いでいたようだが、親父さんたちは忙しそうに厨房で働いている。
 席に座るとすぐに娘さんが固めのパンに具だくさんのスープを持ってきてくれた。ちなみに朝食は宿泊費に入っているので全員が同じメニューだ。
 俺はパンをちぎってスープにひたして食べる。
 まだ早い時間帯だとは思うが食堂はすでに何人かの冒険者が食事を取っている。ううむ。こっちの生活のリズムからして、今ごろの食事が普通なのか早いのかわからないのは困りものだ。
 もっともラルフたちはまだ寝ているようだ。昨夜の話だと今日は休日にするっていっていたから、のんびりするんだろう。
 朝食を取り終えた俺は準備を整えると、早速、ギルドに向かった。

 ギルドのドアを開けて中に入ると大勢の冒険者で賑わっていた。
掲示板の前で大勢の冒険者がたむろしていて、依頼の紙を見ながら、ああでもない、こうでもないと話し合っている。依頼は早いもの勝ちだから仕方がないだろう。

 さてほとんどの冒険者がEランク以上なので、Fランクの依頼は競争率が少ない。
 掲示板の前に潜り込みFランクの依頼書を調べる。薬草採取、大うさぎの狩猟、荷物運びの手伝い、庭の草刈り……。
 報酬はだいたい6000ディールから1万ディールほどだ。つまり、宿一泊から上手くいけば二泊できるくらいの金額となっている。
 同じようにFランクの依頼を見ていた男の子の二人組が草刈りの依頼書を持って行った。

 俺は迷ったすえに一枚の依頼書を取り上げてカウンターに行く。
 カウンターでは、朝からエミリーさんもマリナさんも忙しそうに動き回っている。まるで、できるビジネスウーマンのようにてきぱきと受け答えをして人の列を処理している。 幸いにそれほど待つことなく、俺の受付をエミリーさんがしてくれた。

「おはよう。早速、依頼を受けるのね。……これは迷い猫の捜索か。なかなか受けてくれる人がいなかったから助かるわ」

 そういってエミリーさんはにっこり笑う。うん。朝から明るい笑顔は活力の元です。特に若くて彼女なしの独身男性にはね。

「ええっと、依頼主はエスターニャ男爵の娘さんでシルビア・エスターニャ様ね。報酬は1万ディール。期限はないけど話し合って期限を区切った方がいいと思うわよ。これって結構大変だと思うから」
「えっ。そんなに大変な依頼かな?」

 エミリーさんはジト目で俺を見つつも、心配そうにため息をついた。
「あのねぇ。もうちょっと依頼書の情報をきちんと読み込んだ方がいいわよ。……そもそも猫を捕まえるのって難しいわよ。それにどうやって、ほかの猫とターゲットの猫を見分けるのかしら? それに無期限ってことは、下手をしたら見つけるまでエンドレスってことでしょ? このアルの街だって結構な広さがあるし。
 だからとにかく必ず期限を区切った方がいいわ。見つかるにしろ、見つからないにしろ。最初の話し合いで期限を詰めておいて、さらに猫だからって理由で、期限内に見つからなくても依頼の不達成にならないようにきちんと交渉した方がいいわ」

「……なるほど。確かにそうかも」
 うぬぬ。確かにエミリーさんの言うとおりだ。何も言い返せないよ。

 まあ……普通ならね。

「でも、これは人格者って評判のエスターニャ男爵のご家族からの依頼だから、そんな変なことにはならないと思うわ。Fランクの依頼だしね。……そういう意味では心配は無いわね」
 Fランクの依頼は単に難易度が低かったり報酬が少なかったりする代わりに、その依頼を通して冒険者の仕事を学ぶという意味もあるようだ。そのためFランクに限っては依頼不達成は元々がそれほど問題にはならないらしい。

「それを聞いて安心したよ。……じゃ、これ受けるんで、できれば男爵の屋敷を教えてほしいな」
「本当にわかってる? そうはいっても大変よ?」

 エミリーさんは俺の顔を見て、やめる気配がないのを確認すると手元で何かを書きながら、
「そう……ならいいわ。あなた、この町に来たばかりだから、この町の概略図と男爵の屋敷を書いといたから、これを見ながらがんばってね」
と言った。

 おおっ。さすがはできる受付嬢は違うね。すでに地図を用意してあるとは気が利くなぁ。
 俺は感心しながら、エミリーさんの書いた略地図をありがたくいただいた。

「ありがとう。さすがエミリーさんだ」
 俺が褒めると、エミリーさんが左手を腰にやって、右手の人差し指を上に立てて、ちっちっちっと横に振る。

「ほめたってだ~め! 依頼書の情報をちゃんと吟味しないとだめよ? 冒険者は自己責任なんだからね」

 最後に念押しされました。はい。すみません。きちんと吟味させていただきます。
 駄目な子を見るようなエミリーさんの心配そうな視線を背に俺はギルドから出た。

「さて行くか」
 一人つぶやく。確かにエミリーさんのいうとおりに、普通なら猫の捜索は大変なことだろう。日本でも町中に張り紙をしたりして、それらしいのを見かけたら連絡してもらうのが精々だろう。
 が、それはあくまで普通なら、だ。俺の場合は当てはまらない。なぜなら、
「ナビゲーション。エスターニャ男爵邸」
と小さくつぶやくと、視界にルートを示す矢印と距離を示す数字が表れた。これがある限り探索や捜索系の依頼は、俺にとってはおいしい依頼でしかないといえる。
 こりゃぁ、チートだな。そうひとりごちてナビの矢印に従って歩いて行く。

 ちなみにエミリーさんが書いてくれた地図を開いて見ると、アルの街の概略図はすでに聞いていたとおりで、二重の内壁があり庶民、貴族、領主館と分かれていることが書かれている。エスタ―ニャ男爵の屋敷は貴族街の一角だ。
 さらに地図の端っこに流れるような文字で「がんばれ」と書いてあるのが、ちょっとうれしい。さすがエミリーさんだ。惚れてしまいそうになる。

 朝から露天が並んで賑やかな街の通りを俺は貴族街へ通じる内壁の警備詰め所へ向かって歩き出した。
 時刻は朝の七時半。まだひんやりと肌寒い時間帯だ。
 しまったな。昨日のうちにコートを買っておくべきだった。しかし、残りの所持金が5万ディールしかないのでそれも難しかったかもしれないと思い直す。
 警備詰め所ではギルドカードの確認だけで通ることができた。……そういえばギルドカードの検証はしていなかったな。

――ギルドカード――
 冒険者ギルドの所属する個人を特定できる魔法具カード。
 所有者:ジュン・ハルノ
 価格:――
 名前、種族、賞罰、ランクを証明するほか、ギルド管理の銀行業務におけるキャッシュカードの機能も有している。

 やっぱり魔法具の一種だった。そういえば個人の鑑定でみた水晶玉も魔法具とみて間違いないだろうね。
 こういう魔法具を集めてみるのも面白そうだし、科学技術とは異なった魔法の技術体系には興味がある。
 ぜひ魔法具の店とか職人を探してみよう。

 警備詰め所を通過して貴族街に入る。庶民街と同じように石造りの道が続いているが、その通り沿いには手入れのされた庭と大きな屋敷が続いている。
 こっちの世界の格差だなと自嘲しつつ、ナビに従って男爵の屋敷に向かう。

 屋敷の前に到着したので、門番に話しかけると、しばらくして身なりの良い初老の執事さんがやってきた。
 執事さんは俺のギルドカードを確認すると、門の中へと入れてくれた。

――セバスチャン・ラッセル――
 種族:人間族 年齢:56才
 職業:執事エスターニャ男爵家
 称号:ナイスミドル、万能執事
 スキル:礼儀作法4、剣術4、拳闘術3、真偽鑑定4、調理3

 すごい。スキルを見る限り確かに万能執事と呼んで差し支えないだろう。しかもスキルランクが高くバランスがとれている。……こういう年の取り方をしてみたいなと思わせるのはナイスミドルの称号のせいだろうか。

「ジュン様、どうぞこちらへ」
「ありがとうございます。私のような者に敬称は必要ありません。呼び捨てでお呼びください」
「様」付けで呼んでくれた執事さんにそういうと、少し驚いたような表情を見せたがすぐににっこりした笑顔に戻り、
「いいえ。当家に訪れられました方はどのような方であろうと、お客様でございます。……それにきちんとした言葉遣いをされる冒険者ならばなおさらでございますよ」
 そういって有無を言わせずに先を歩いて行った。俺は慌てて後を追う。

 門をくぐり、綺麗に花が咲いている庭を眺めながら、玄関に通じる小径を歩く。庭には、色とりどりのバラが咲いていていて、その甘い香りが漂ってくる。片隅で庭師の男性が剪定をしているのが見えた。
 玄関の扉は深みのある色をした木製の大扉だ。ごてごてした装飾は無いが、かわりに木目が美しい。
 中に入ると少し広めのホールになっていて、正面には大きな風景画が飾られ、左右に奥に通じる扉や二階へ上がる階段が見えた。
 執事さんに通されたのは玄関脇の一室だ。中は簡単な応接間らしきところで、身分の低いお客さんと会うときに使われる部屋のようだ。とはいえ、なかのインテリアは見るからに高価な品々のようだ。
 執事さん――セバスチャンというらしい――が、ソファに案内してくれた。
 日本でも滅多に座れないようなふかふかのソファに座ると、執事さんがティーセットを使って紅茶を入れてくれた。その洗練された手つきに思わず見入ってしまう。

「どうぞ」
「ありがとうございます」
 軽く頭を下げて、カップを手に取って紅茶の香りを楽しむ。ブレンドの紅茶のようで、ダージリンをベースにバラの花やバニラがあわさった甘い香りが鼻腔をくすぐる。一通り香りを楽しんでから紅茶に口をつけた。

「うん?」
 執事さんの視線に気がついてカップを下ろした。それを見て執事さんが、
「お気に召したようでありがとうございます。……依頼の話をさせていただいてよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。すみません。ついつい紅茶がおいしくて。失礼しました。依頼の説明をお願いします」
 どうやら待たせてしまったみたいで恐縮してしまったが、執事さんは「いえいえ。お気になさらず」といって、説明を始めた。

「探して欲しいのは、お嬢様のシルビア様の飼われていた猫です。白の長毛種で、水色の首輪をしています。その首輪には男爵家の紋章であるグリフォンが描かれています。いなくなったのは、今から一週間前です。
 期限は設けていませんが、見つからない場合でも3日おきに進捗状況の報告をお願いします。なお並行して他の依頼を受けていただいても構いません。
 それから万一、すでに死んでしまっている場合、くれぐれもシルビア様に聞かれないようにしたいので、その場合は直ちに私にご報告願います」

 ふむ。一週間前にいなくなった猫か。
 並行して他の依頼を受けてもよい。期限は設けていない。3日おきに報告せよ。……つまり、余裕があるのかないのかよくわからないが、気長にやってもよいということだろう。
 もちろん、こっちにはそのつもりは無い。が、名前がわからないとナビゲーションができない。

「わかりました。……2つほどお願いがあるのですが、1つはその猫の名前を教えてもらいたいということ。2つは期限についてです」
 俺がそういうと執事さんは
「期限ですか?」
と聞いてきた。期限など必要ないとは思ったが、エミリーさんが言った期限のことを詰めておくことで、相手からの評価が変わると思うんだよね。

「はい。期限です。捜索相手は猫です。この広いアルの街の中から一匹の猫を探すのは難しいことです。それで申しわけないのですが、一週間ごとに延長して依頼を受けるか、やめるか考えさせて欲しいのです」

 執事さんは俺の言葉にしばらく考え込んだ。
「……なるほど。確かにおっしゃりたいことはわかります。こちらにとっても報告内容を検討の上で、貴方様に継続願うか、失礼ですが別の方にしていただくかを決めることができるわけですね」

 そして、一つ頷くと、
「わかりました。そのようにいたしましょう。もしやめていただく場合、それまでの報告内容をもって依頼達成とさせていただきます。その代わり納得のいく報告で無い場合は依頼は失敗とし、別の方にお願いすることにいたします」
と言った。内心で、ナビがあるから大丈夫ですよと思いつつ、俺は頷いた。

 執事さんはつづいて、
「あとは名前でしたね。名前はスピーといいます。……少しお待ち下さい」
と言うと、ポケットから一枚の紙と鉛筆を取り出すと、さささっと何かを書き始めた。
「こちらが姿絵になります。ご参考までにお渡しいたします」
 そういって渡された紙には、ふんわりした長い毛に包まれた猫の姿がまるで美術家のデッサンのように正確に描かれていた。思わず、
「す、すごいですね。あっという間にお描きになるとは!」
というと、執事さんは笑みを崩さずに「いいえ。執事の嗜みにすぎません」とのたもうた。

 俺は丁寧に紙を折りたたんで胸のポケットに入れる。執事さんは俺の様子を見ながら、
「さきほど期限のことをおっしゃいましたが、私はさほど心配しておりません。きっと貴方様ならお見つけになると信じておりますよ」
と言った。まあ、そのつもりですけどねと思って、あいまいに笑って誤魔化した。
 さてと、これで打合せは終了。あとは実践行動だ。
 そう思って俺が立ち上がると、執事さんは、
「シルビア様は、スピーがいなくなってから随分と落ち込まれています……。くれぐれもよろしくお願いします」
と頭を下げた。俺は「はい。もちろんです」と言って、再び執事さんの見送りを受けて屋敷から退出した。

 それにしても俺みたいな低ランクの冒険者にも、あの執事さんは頭を下げてくれた。……エスターニャ男爵が人格者というのは本当のようだ。そう思うと、早く見つけて元気を取り戻してやりたいと思うね。

 気合いを入れ直し、屋敷を出てすぐに俺はナビゲーションで「スピー」を検索した。
 次の瞬間、ピコーンという音が脳裏に鳴り響き、目の前に青い矢印が浮かび上がった。矢印の下には1キロメートルと数字もついている。
 よかった。どうやら街の中にいるようで、ほっと胸をなで下ろした。
 そして、それとは別に視界の左の方に方位磁石のようなイメージが浮かび上がり、赤い矢印に500メートルの数字が表れている。
 ……どうやら、青い矢印の方はルートと距離を、方位磁石のような赤い矢印はスピーのいる方向と直線距離を示しているように思われる。
 本当にゲームみたいだしチートだなと思いながら、青い矢印にしたがって歩き出した。

 スピーの現在地を赤い矢印とエミリーさんの地図で比較してみると、どうやらギルドの東側にいるらしいことが推測できた。
 俺にはかつて自動車を運転していて、ナビゲーションに気をとられて一時停止無視をしてしまい警察に捕まった経験がある。つまり、いくらナビがあるからといってそれに頼り切ってしまうと、別のところで失敗するということ。言い換えればスキルは使いこなすものであって、スキルに使われちゃいけないってなるね。

 来るときに通った道をたどりながら、ギルドの前で方角と地図を確認する。……このまま真っ直ぐ200メートルだ、ってあれ? ここは場所的に内壁を挟んで男爵家のちょうど裏手になるな。
 ナビゲーションの数字が、200メートル、100メートルと減っていく。近づいて行くにつれて、自然と俺の足が速くなる。……50メートル、40メートル、30メートル。
 そうして俺はとある建物の前に到着した。どうやら猫はこの建物の中にいるようだ。

 建物の看板を見上げると、そこには「セル治療院」と書いてあった。

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