16 カローの森の泉

「あ、ジュンさん! こっちです」

 早速、マリナさんに呼ばれた。そのそばにオリバ兄弟がいる。
 俺は、室内でもたくさんの冒険者が集まっているなか、人と人との間を縫うようにマリナさんのところへ向かう。
「昨日お伝えしたサポートはお二人になりました」

 どうやら俺の知り合いってことで二人に決まったようだ。
「二人ともよろしく頼む」と挨拶していると、後ろから、ローブを着た美しい女性が脇を通り過ぎていく。それを見て、マリナさんが、
「サブマスター。どうぞお気をつけて」
と声を掛ける。
 ……あれがサブマスター?

――アリス――
 種族:エルフ(女)  年齢:478才
 職業:冒険者ギルド・アル支部サブマスター(元ランクS)
 称号:森の守護者、風使い
 加護:シルフの加護、森の加護
 スキル:森の囁き、統率4、高速起動3、体術4、弓術5、短剣術3、精霊魔法、土魔法4、風魔法4、水魔法4、回復魔法3、精霊魔法

 おお! 元ランクS! ……初めて見た。しかもスキルレベル5!
 それにエルフの女性で、称号や加護の構成を見るに確かに森の調査には最適だろう。統率もあるし、さすがにサブマスターなだけはあるね。

 女性は出口の手前で立ち止まると、振り返った。
「後は頼んだよ」
と言って、外に出て行った。

 クールだ!
 それを見送るマリナさんの顔が少し紅潮している。
 少し遅れて外から、おお! という声がしてざわめきが遠ざかっていった。
 それから俺たちも出発した。

 西門からアルの街を出て街道を2日かけて進んでいくとカローの森に到着した。
 その途中で、俺は初めての野宿をした。そのほかラルフとティオから、安全な水や植物の見分け方、野宿の際の注意、見張りの仕方など、冒険者としての基本を教えて貰った。
 そのお陰で、気配感知、魔力感知のスキルが手に入った。もっとも戦闘系スキルでないのでいきなりレベル7というわけではなかった。
 二人の話では、カローの森にはゴブリンなどの魔物は滅多にいないが、大猪や狼などの動物が生息しているらしい。なぜ魔物が少ないのかといえば、どうやら中心にある泉が不思議な力をもっているためと考えられていて、妖精の泉と呼ばれているらしい。
 それから、肝心の夜光花は、2人も見たことがないらしい。ただ、夜の月の光を浴びて、大きな白い花を咲かせるらしいとは聞いたことがあるそうだ。

 森の入り口で少し休憩する。
 ここから見える森の中は、青々と茂った木に、ほどよく差し込んだ光が下生えの草を照らしている。数羽の小鳥が飛んでいて、とても美しい森だ。
「きれいだろ?」
 森の奥を眺めていると、ラルフが話しかけてきた。
「ああ。……本当に妖精が住んでいそうな美しい森だな」
「カップルで冒険者やってる奴らには人気あるんだぜ。……まあ、ここの森まで来る依頼はほとんどないけどね」
「ははぁ。なるほどね。わかるよ」
 これで魔物がほとんどいないってことは、一種の聖域なのかもしれない。

「さて行くか」
 俺たちはラルフの先導で森に進入した。隊列はラルフ、俺、ティオの順だ。
 魔物はいないとはいえ、危険な動物がいるため、経験者である二人が前後を警戒し、俺が左右を警戒しつつ進む。
 道なき道を進みながら、俺は二人から警戒の仕方や、野草や食べられる植物、水の見つけ方などを教わる。
 野うさぎや鹿に遭遇しつつも何事もなく進んでいるうちに、ひらけた場所に出た。見ると中央に泉が見え、周りに色とりどりの花が咲いているのが見える。

――妖精の泉――
 水の精霊力に満ちた泉で妖精が住む。

 おお! 妖精ですよ! 会ってみたい!
 思わずテンションが上がるぜ。

 ……くすくす。
 耳元で笑い声がする。慌てて周りを見回すが誰もいない。

 ……さすがね。私たちの声が聞こえるみたいよ。
 ……でも見えないみたいね。周波数を合わせるだけよ。ってわかるかな?
 ……くすくす。でっきるっかな。でっきるっかな。

 これが妖精の声か? 周波数を合わせる?
 俺は一生懸命、目をこらしたり逆に焦点を外したりしてみる。……が、どうにも見えない。

 ……くすくす。変な顔~。
 ……ほんと。変なかお~。
 ……楽しいね。変顔へんがお~。

「うるさいなぁ。仕方ないだろ?」
「うお! ジュンさん。いきなりどうした?」
 見えない妖精に向かって言ったんだが、ラルフとティオを驚かせてしまったようだ。
「い、いや。すまん。ちょっとな……」
 慌てて誤魔化す。
 ラルフが、
「ここが妖精の泉だよ。とは言っても妖精を見たって人はいないけどね」
 ……くすくす。お~い! ここにいるよ~!
 ……そりゃ、普通の人には見えるわけないよね~。
 妖精の声がかまびすしいが、ラルフには聞こえていないので、
「で、過去の目撃談だと目的の夜光花はここで咲いていたらしい」
 ……夜光花ですって。
 ……へぇ。珍しいもの欲しがるね~。
 ……今はないよね~。
 ……フレイ様にお願いしなきゃダメよね~。
 ……それか気まぐれ~。

 え? 今大事なことを言わなかったか?
 俺は黙ってナビゲーションで検索するが、なにもヒットしなかった。確かに今は無いようだ。ということはフレイなる人物にお願いしないといけないのか?

「ジュンさん?」
 急にティオに話しかけられた。
「うん? どうした?」
「いや急にぼうっとするからさ。……疲れた?」
 妖精の声に気を取られてたから、心配をしたようだ。
「大丈夫。……あのさ。妖精の声とかって普通は聞こえたりするのか?」
「え? 妖精の声? う~ん。エルフとかでそういうスキルがあれば話ができるって聞いたことがあるよ」
「ふ~ん。なるほど」

 確かに、出発前に見たサブマスターのアリスさんのスキルでは「森の囁き」ってのがあったな。……じゃあ、なんで俺は声が聞こえるんだ?

 ……くすくすくす。ちょっと、この人わかっていないみたいよ。
 ……にぶいなぁ。
 ……それとも天然~?
 ……自分のことなのにね~。

 なんだか馬鹿にされているようで、腹が立ってきたぞ。
 ともわれ、俺たちは泉から少し離れたところを野営地に決め、暮れだした空と競争するかのようにテントを張った。
 食事の準備を終えることには、すでに暗くなってしまった。
 さて、本来ならば交代で見張りをしながら寝るところだが、今回は夜光花を見つけるために、3人とも徹夜の予定だ。その代わりに、明日の昼間に交代で見張りを立てて休むことになっている。

 ――静かな夜だ。囲んでいる焚き火のパチパチという音に混ざって、泉の方からはカエルの鳴き声が聞こえる。
 やがて月の光が、森の空白地帯である泉周辺を照らしだす。
 よく見ると泉の周辺をホタルらしきものが、光の軌跡を描きながら飛んでいる。まるで一幅の絵のような幻想的な美しさに、俺は思わず見とれてしまった。

 スープを飲みながら光の奇跡を目で追っていると、

  ――ピコーン。
「妖精視」を覚えました。
「魔力視」を覚えました。
  称号「妖精と語らう者」を取得しました。

 ……またスキルが増えたよ。しかも語らっていないんですが、何故?

 スキルのお陰か、ホタルような光に焦点が合い、羽の生えた小さな妖精たちの姿がはっきりと見えるようになった。
 こうしてみると、草の葉の上や、風に乗って遊んでいたり、水でチャプチャプと遊んでいたり、おびただしい数の妖精がそこらじゅうに見えた。
 右手を伸ばして、目の前を風に乗ってゆったりと通り過ぎようとした妖精を捕まえた。

 ……あらら~。つかまっちゃった。
 ……見えるの? すごい!
 ……さっきまで見えなかったのにね~。

 捕まえた妖精が俺の手のひらの上に座りながら、俺に向かって手を振る。
 それをみて微笑んで、俺は再び風の流れに戻してやった。
 よく見ると、妖精の泉自体が青白く発行しており、空には星雲のような赤く薄い雲がたなびいている。あれが魔力の流れだろうか?
 先ほどまでとはまた違った不思議な光景に、思わず周りを見回した。
 草木を下から上に向かって緑色の光が走っており、よく見ると地面にも川が流れるように青白い魔力の流れが見えた。これが地脈って奴なのかもしれない。
 地脈の光り具合から、どうやら泉から流れ出ているようだ。
 ふと気がつくと、俺のリュックもうっすらと光っている。なんだろ?
 不思議に思ってリュックのふたを開けると、中で小さな珠が光っていた。

 ……ああ。これはスピーからもらった奴か? そういえば満月の晩に泉に投げ込めと言っていたな。
 そう思いながら夜空を見上げる。そうだ。今日はちょうど満月だ。

 と、その時、俺の周りに羽妖精達が集まってきた。
 ……あ、めずらしいじゃん!
 ……そうそう。どうしたのこれ?
 俺は小さな声で、
「スピーってネコマタにもらったんだ」
と言うと、
 ……へぇ。ネコマタねぇ。
 ……これ泉に入れればフレイ様が来てくれるよ。
と大事なヒントを教えてくれた。
 ……早くやろうよ。
 ……お願いしたら、夜光花をもらえるかもよ。
 ……あんた、ちょ~ラッキーじゃん!
 ……良かったね~。

 独り言を言う俺が奇異に映ったのだろう。おそるおそるティオが話しかけてきた。
「あの……、ジュンさん。大丈夫?」
 ラルフも、「さっきから変だぞ?」と言った。
 ふむ。どう説明するか……。妖精の声が聞こえるってくらいは言ってもいいか?

「実は、俺も妖精の声が聞こえるんだよ」
「「えっ?」」
「そういうスキル持ってるから」
「そ、そうなの? まじ? すっごいじゃん」
「本当に聞こえるの? 人間族なのに?」
 驚く二人に俺は、手のひらの小さな珠を見せた。
「それは?」
 と聞いてくるラルフに、
「ああ。妖精が言うにはこれを泉に入れればいいらしい」

 妖精の泉は直径がおおよそ8メートル。
 こじんまりした泉だが、今日は満月の光を浴びて、俺の目には輝いて見える。
 水上には妖精達が遊んでいて楽しそうだ。
 さっきまで俺と話をしていた妖精は、俺の頭と肩に乗っかっているようだ。肩に乗った妖精が泉の真ん中を指さした。
 ……さ、行ってみよー!
 俺は、手にした小さな珠を泉の真ん中に投げ入れた。
 珠が輝きながら底へと沈んでいく。

 1秒、2秒と時間が経つ。
 急に投げ入れたところを中心に、水面に魔方陣が浮かび上がる。
 ひときわ強く光ったと思うと、水面上に6才くらいの少女が現れた。
 水色のロングの髪で、なかなかかわいい。白いワンピースを着ていて、頭に草花でできた花輪を載せている。なんとなく周りがきらきら輝いており、水面に仁王立ちしている。

「俺を呼んだのはお前らか?」

――妖精王フレイ――
 種族:妖精  年齢:???才
 職業:妖精王
 称号:主に仕えるもの、調和を図るもの
 加護:創造神の加護
 スキル:精霊魔法、妖精の眼、予言、不滅

 さすが妖精王というべきか。見たことのないスキルばかりだが、どれも普通のスキルじゃないことは想像できる。それに……創造神の加護。
 創造神の文字に俺は見入った。

「――いっ。何か用なんだろ?」
「――」
 ポコンッ。急に頭を殴られた。
「いってて」
 どうやらぼうっとしていたようだ。慌てて見上げると、拳を握って、ぐぬぬぬと唸っている妖精王の少女がいた。
「おまえ! 俺を呼び出しといて、何だそりゃ!」
「す、すまん!」
 俺は思わずその場で土下座した。
「ふん! ……まあいい。立って用件を言え」
 頭上からフレイの声が降ってきて、俺は頭を上げた。
 すると俺の顔のすぐ前にフレイの顔があった。
 フレイが俺の顔をじっと見ている。
「ふむ。……お前、いやお主はちょっとあれだな」

 なんだ?「ちょっとあれ」って。
 すいっと顔を話したフレイは腕を組んで見下した。
 俺は膝をついたままで、
「実は、依頼で……」
と説明しかけた途端、フレイが指をパチンと鳴らすと、俺の体がふわっと浮き上がり無理矢理に立たせられた。
「立てって! お前を座らせておくと、俺的にちぃとまじいんだ」
「そ、そうか? それでな。進行性魔毒病の女の子を助けるために夜光花が欲しいんだ」

 フレイは俺の話を聞きおわると、
「わかった。んじゃ、ちゃちゃっとやるから、さっさと持っていきな」
といって、右手を高く上げて満月へと手のひらを向け、そのまま目の前の地面に向かって振り下ろした。
 すると、月からスポットライトのように細く強い光が降りそそぐ。そのまま5秒ほどすると、少しずつ光がおさまっていった。
「あ、あれはっ」
 光が収まったそこには、一輪の白い花が咲いていた。思わず、俺たちの声がハモる。
「「「夜光花!」」」

 それを見たフレイは笑みを浮かべた。
「んじゃ、もういいか?」
 ああ、これでマチルダを助けることができる!俺は、フレイに深く頭を下げた。
「ありがとう」
 ゆっくりと泉の中央へ向かって移動していたフレイが、俺の方へ振り向く。
「……じゃ、またな」

 フレイはそういうと、スウッと姿を消した。それ同時に、妖精の泉も光量をおとしていった。
 俺は、しばらくフレイの消えたあたりをぼうっと眺めた。

「ジュン! ほらっ、ぼうっとしてないで、夜光花を取って!」
 ラルフの声にはっと気がついた俺は、慌てて夜光花に近寄り慎重に根元から抜き取った。採取した夜光花は、ラルフの指示で、丁寧に布でくるんで道具袋へしまう。

 野営地に戻った俺たちだが、先ほどの出来事に興奮が冷めない。
しかし、いち早く落ち着きを取り戻したラルフが、今後の予定を提案する。
「よし。これで後は戻るだけだ。……だけど夜の移動は危険だし、出発は明朝にしよう」
「わかったよ。ジュンさんも兄さんの言うとおりでいいでしょ?」
「ああ。もちろんだ。……二人ともありがとう」

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