18 再び夢中にて

 治療院を出て、まっすぐに男爵の屋敷へと向かう。
 俺にかかえられているスピーは、なんだか眠そうにあくびをしている。
「お前も心配していたんだよな。……もうすぐ着くぞ」
 スピーは、わかってるよとばかりに片目をつぶってみせた。

 屋敷に着いた俺は、早速、セバスさんに応接室に通された。
「さて、ジュンさん、お疲れ様でした。何はともあれ無事に終わってよかったですね」
「セバスさん。シルビア様の夜光花のお陰でマチルダの病気が治るようですよ。私も嬉しいですよ」
「ははは。それは私もです。……では、スピーをお渡し下さい」

 スピーは俺の手をすり抜けておりると、俺の足にすり寄り俺の顔を見上げて一声鳴いた。そして、セバスの横に並んで、ちょこんと座っている。
「セバスさん。スピーは頭がいいですね。まるで話している言葉を理解しているようだ」
「そうなんです。それでシルビア様も大事にされています。……さあ、これで依頼完了です。シルビア様より、これもジュンさんの報酬に追加するように預かっています。どうぞお受け取り下さい」

 セバスさんは、そういうと肩掛けのバッグを差し出した。
「あ、ありがとうございます。……あれ、この袋は?」

 俺の視界に、バッグの情報が浮かび上がる。

 ――マジックバッグ――
 空間魔法の付与した不思議なカバン。合計100キロリットルまでの物を重さに関係なく自由に収納できる。カバン自体の重さは変わらない。

 うおっ。これって凄い貴重なのでは……。
 俺が恐縮していると、セバスさんが笑顔で説明してくれた。
「それはマジックバッグです。見た目よりも多くの物が入ります。冒険にお役立て下さい」
「そんな貴重な物を……。ありがとうございます」
 いやいや。これって貰いすぎじゃないか? ……まあ、いただきますが。

 報酬はマジックバックのほか、20万ディールだ。ただし、今回はギルドのサポートを利用したので手取りは半額の10万ディール。残りはギルドの手数料とオリバ兄弟への報酬となるらしい。

 俺はギルドに報告にいった。
 久しぶりのギルドだというのに人が少なく、エミリーさんもマリナさんもピリピリした雰囲気だったのが気になったが、こっちも疲れているので簡潔に報告して再び冒険者の憩い亭にチェックインした。

――――――
 ずうっと、苦しい夢を見ていたようだ。

 海の底から浮き上がるように、意識がもどり、私は目を開けた。
 体のあちこちの感覚がなかったり、急にキリキリと痛む胸だったが、今は不思議と痛みもなく体も軽い。胸の奥には温かい何かを感じる。

 病室を見回すとお父さんがこちらを見ていた。お父さんの目には涙が浮かんでいる。
 私は、お父さんに手を伸ばした。
 お父さんの大きな手が私の細くなった手を包み込んでくれる。ゴツゴツしているけど、とてもあったかい手。私の大好きな手。
「お父さん。私……」
「目が覚めたか。マチルダ。お前の病気は……もう治ったんだよ」
「ええっ?」
 ずっと私を苦しめていた病気。それが治ったと聞いて、私はすぐには信じられなかった。
「あれぇっ、左手がうごく。……足の感覚もあるわ」
「マチルダ……。そうだ。きちんとリハビリをすれば、走ることもできるぞ」
 思わず涙が出てきた。ああ。神さま。ありがとうございます。
 お父さんが涙を流しながら私の体を抱き寄せてくれた。

 あれから、セル先生が教えてくれた。
 ルンが本当はスピーという名前であること。そして、エスタ―ニャ男爵様のご令嬢の飼い猫であること。

 その男爵様のご令嬢の依頼で冒険者が夜光花を採ってきてくれたこと。
 ……その夜光花のお陰で私の病気が治ったこと。もう二度と体内のマナ 素の暴走は起こらないこと。

 そして……、ルンはご令嬢のところに戻ったこと。

 ルンがいなくなったのはとても寂しいけれど、なんだか私を助けるためにスピーがここに来てくれたみたい。

 ああ、またルンに会いたいなぁ。
 お母さん、私まだまだそっちには行かないわ。やりたいことが沢山あるんですもの。それに、お父さんを一人にしておけないしね。

 私は、ベッドの中でルンに感謝するとともに、元気になったら、お父さんのお手伝いをいっぱいしようと思うのでした。

――――――
 ああ、たった5日ほど留守にしただけど、妙に久しぶりの気がする。

 オリバ兄弟と一緒に打ち上げをしたが、三人とも疲れがあって早めに部屋に戻った。
 宿は夕食時だというのに冒険者の数が少なかった。娘さんのリューンさんに聞いてみると、例の街道と森の調査で結構な数のお客さんが出て行ってまだ戻ってきていないらしい。

 部屋に戻り、ここ数日の疲れがどうっと涌いてくるのを我慢してさっさと体を拭く。
 ああ。今日はいい一日だった。……俺は、そのまま直ぐに眠りに落ちた。

 再び夢の中にスピーが出てきた。俺は、黒い硬質な床にあぐらを掻いて座る。
「ここは前と同じ夢か? ……そういえば、シルビアのところに戻っちゃったけど、良かったのか?」
「うむ。問題ない。……なにせ猫の行動など縛れるものではあるまい。これからも偶にはマチルダのところに行くわいの」
「そういえば、男爵の屋敷のすぐ裏だもんな」
「そういうことじゃ。それにシルビアにばれたとて怒りゃせんよ」
「そうか。それならマチルダも寂しくなくていいな」

「うむ。それはそうと、今日はお主にお願いがあっての」
「お願い?」
「そうじゃ。実はの。我ら妖怪種ネコマタ族には一つの風習があっての。250才になり、一人前と認められたら拠点を人間界に置くことになっておるのじゃ」
「250才か!」
「まあ、儂らは妖怪じゃし、寿命などない。……それで儂みたいに飼い猫になるも良し、野良でいるもよしとなるわけじゃ」
「ああ。なるほどね。それでシルビア嬢の飼い猫になってると……。うん? じゃ、社会には猫に見えるけど実はネコマタって結構いるんじゃないのか?」
「おおむねその通りじゃ。人化の術を利用して猫人族を装ったりもいるがの」
「へぇ。人化の術か」

「とまあ、それでの儂の孫娘が250才になっての。まだまだ危ういんじゃが人間界に出る時期となったのじゃ」
「ふむふむ」
「それでの。儂も最初はとある冒険者の従者となったんじゃが、孫がそれに憧れていての」
「ふむふむ」
「で、最初は信頼できる冒険者の従者をやるって聞かなくての。でまあ、結論としてはじゃ、……そなたに預けたいんじゃが、いいかの?」
「ふむふむ。……えっ?」
「じゃから、そなたに孫娘を預けたいんじゃ」
「俺に?」
 スピーは猫なのにため息をついた。

「そうじゃ。儂の鑑定をも跳ね返す。それにフレイ様に願い事を聞いてもらえておる。どうもそなたは何となく儂の最初のご主人に似ておるのじゃ」
「ま、まあ、普通とは違うだろうけどさ」
 主に異世界人だしね。加護とか称号とか普通じゃないっぽいしね。
「……ほれ。出ておいで」
 スピーがそう言うと、その隣の暗がりから一匹の黒猫が出てきた。
 毛並みがつやつやしていて、いかにも若々しい。ってか、これで250才なのか……。
 黒猫は一声にゃーおと鳴くとお辞儀をした。
「サクラです」
 俺は面食らったが、あぐらをかいたまま頭をぴょこっと下げる。
「ジュン・ハルノだ」

――サクラ――
 種族:妖怪ネコマタ(♀) 年齢:250才
 職業:忍び
 スキル:忍術4、妖術5、小刀5、体術4、拳闘術4、気配察知、魔力感知、危機感知、鑑定3、罠発見・罠解除5、毒の扱い4、状態異常耐性3、回復魔法4

 黒猫サクラはさらに近寄ってきて俺の足に体をすり寄せる。そして、あぐらをかいた俺の足に前足を乗せると、俺の顔をじっと見上げている。
「知ってます? おじいちゃんが人間界に行ったとき、最初の主人が勇者と呼ばれる冒険者だったんですって」
「そ、そうなのか? 勇者なんているのか?」
 俺はスピーの方を見ると、スピーは再びため息をついた。
「そうじゃ。あの方は凄かったぞ。まさしく規格外じゃった」
 へぇ。規格外か。スピーのスキルも凄かったが、よっぽど勇者ってのはすごいんだな。
「というわけで、私のマスターになってください」
「え、え~と。何がというわけなのかな?」
「まあまあ。私も最初の人間界はどなたか頼れる殿方と過ごしたいんです」
「俺はあんまり頼りにならないぞ? 常識知らずだしな」
とサクラに話しかけていると、スピーが、
「これでもそなたの冒険の役に立つぞ? そこんじょそこらの冒険者より強いし、忍びとしての訓練も受けておる」
と言う。俺はしばらく考えて両手を挙げた。

「わかったわかった。降参だ。お孫さんを預かるよ。二人ともそれでいいんだな?」
「やったぁ!」
「……本当にすまんの。サクラよ。しっかりお仕えせよ。いいな?」
「はい!」
 サクラを見たスピーがため息をつく、「返事だけはいいんじゃがな……」。

 ちょっと不安になってきたが、俺も一人だと寂しかったからちょうど良かったのかもしれない。
 サクラは俺から離れてスピーの元へ行くと、何かを耳打ちしていた。
「……なぬ! お主は本気か?」
「本気も本気よ。だっておじいちゃんだって最初はそうしたんでしょ?」
「それはそうじゃが……。とにかく相手にも承諾を得んとならんじゃろう」
 そういってスピーは俺の側までやってきた。
「実はの、サクラがそなたにお仕えするに当たって、契約の術式をしたいと申しておる」
「契約の術式?」
「そうじゃ。そなたと魂レベルで契約を結び、ずっとお仕えするというんじゃ」
「魂レベル? そんなのいらないぜ。ちょっと重すぎるよ?」
「まあ、そうなんじゃが、あの子がどうしてもそうしたいそうじゃ」
「なんで?」
「それは、その……。ワシが勇者にお仕えしたときに契約したからじゃよ」
「だって、俺は勇者じゃないぜ? それに、契約するとどうなるんだ?」
「契約すると、二人の間で念話が使えるようになる。それと互いのだいたいの位置と状況が分かるようになる」
 なるほど。それはかなり便利だな。別々で行動になっても連絡が取れるってわけか。
 スピーは続けて、
「そして、あの子はそなたが設定した命令と禁止事項に違反できなくなる」
 それが重いんだっちゅうの! と突っ込もうとしたが、
「ただ、命令と禁止事項を設定しなければいい話ではある」
と聞いて、しばし考え込んだ。こちらの様子をうかがっている黒猫をちらりと見る。

 確かにパーティーを組むならば念話などは魅力的だ。それに命令や禁止事項を設定しなければ良いだけの話ならそれでもいいのか。ふむ。
「……なるほど。それならいいかもしれない」
 俺がそう言った瞬間、サクラが走ってきて俺の足の上に飛び乗り、顔をなめようとしたので押しとどめた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 俺はサクラの頭を撫でる。むぅ、つややかで触り心地が良いぞ。撫でるのが癖になりそうだ。
 スピーはコホンと咳を一つして、
「よし。では、契約の儀じゃ。二人ともこっちの魔方陣に載れ」
 俺とサクラは並んで魔方陣に載る。
「では、はじめるぞ。……契約の儀を持って絆とせん。コントラクト!」
 詠唱とともに魔方陣が光を放って、俺とサクラを包んだ。

 ――ピコーン。
 ネコマタ:サクラとコントラクトしました。

 俺とサクラのステータスを確認すると、契約者の項目が表れ、互いの名前が記されていた。

 隣のサクラを見下ろすと、サクラはゆっくりと頭を下げた。
「よろしくお願いします! マスター」
「いや、別にマスターって呼ばなくてもいいぞ」
「いえ。是非マスターと呼ばせていただきます」
 こいつ……、強情だな。これはスピーも苦労していたんだろうと思って、スピーを見ると、もう幾度目になるか分からないため息をついていた。
「では、またの」
 スピーの声とともに、俺の意識は再び眠りに落ちていった。

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