19 森の異変

 私はエストリア王国冒険者ギルドのサブマスターのアリスだ。
 現在、フルール村との間の街道とその側の森の異変の調査に来ている。

 この街道は基幹となる街道で、四ヶ月ごとに騎士団の連中が周囲の魔物を退治しているため、極めて安全性の高い街道だ。
 事の起こりは約10日前ころだ。
 はじめは街道にゴブリンが頻繁に現れるようになったということで、護衛依頼を受けた複数の冒険者から情報がもたらされた。
 ついで採取依頼を受けた者が森に入り、そのまま帰還しないという事例が増え出した。
 むろん、冒険者だから魔物にやられたということも考えられるが、未帰還の増え方が異常だった。
 この事態に至って、とりあえず冒険者ギルドとして緊急依頼を出し、街道と森の異変を調査し、可能ならば増えたゴブリンどもを一掃することとなったのだ。
 その現場指揮は私が執ることになったのだが、どうにも嫌な予感がする。

 出発当日の朝、ギルドの前に集まったのは53人の冒険者。
 内訳は、
 ランクBチーム「烈風の爪」。オールラウンドタイプのチームで腕利きだ。
 以下はランクCチームだが、パワータイプのチーム「巨腕の一撃」、同じくパワータイプの脳筋野郎の「猪突猛進」と「兄貴」。正直こいつらはうっとおしい。
 ついで唯一の魔法使いの集まった「魔素マナの導き」に、オールラウンドタイプの「冒険戦隊」、「ダンジョンアタッカー」、「鉄の剣」、「星の輝き」、レンジャータイプの「森の霧」の面々。全10チームだ。

 さきほど、ギルドを出る前にマリナと一緒にいた男が妙に気になったが、事前の報告によると、彼らはこれから男爵令嬢の依頼でカローの森に向かうらしい。
 反対側の離れたところで、しかも妖精の溢れるカローの森だから大丈夫だとは思うが、今回の異変を早く解決するに越したことはない。

 冒険者達を引き連れてアルの東門を出る。
 目の前の草原の奥。ここから約1キロの所から森が始まっている。
 しかし、私の目には一瞬、森の上に瘴気が渦巻いているように見えた。

 森の手前500メートルの所で調査のための基地を設置する。アルの街からも500メートルと近いが、いざというときはここが前線基地となる。
 私は魔法使いのチーム「魔素マナの導き」に命じて、土魔法による防壁の作成を命じ、他のチームに野営地の設営を命じた。
 さすがに、今回はランクC以上のチームだからやることが早い。
 調査基地設営の後は、各チームリーダーに集まってもらった。

「さて、みなも状況は小耳に挟んでいるだろうが、確認する。ここ10日ほど前から街道にゴブリンの襲撃が度々起きている。そして、採取依頼で森に入った者が帰ってこない事態が増加している。
 この街道は先月に騎士団が清掃したばかりで、何らかの異常事態が発生していることが予想される。
 今回の目的は、森の異常の確認と街道の安全の確保、言ってみればゴブリンの掃討だ。
 ここまではいいか?」

 私はリーダーたちの顔を見回した。
「大丈夫だな。では、今回の打合せだ。
 まず今日は、森の調査とフルール方面の調査の二つに分かれる。
 森の調査は、私と「巨腕の一撃」、「ダンジョンアタッカー」「森の霧」で行う。異常を見つけたら笛を吹け。それから何も無くとも必ず夕方には戻れ。いいな?」
「「ああ」」「わかった」

 私は、3チームのリーダーに笛を手渡した。状況ごとの吹き方を指示する。
「フルール方面へはランクB「烈風の爪」に指揮を預ける。他には「猪突猛進」、「冒険戦隊」「星の輝き」で行ってくれ。……馬に乗っていって構わん。それと連絡には私のテイム獣のドルフを預ける。到着したら村の状況と、村側での森の異変を確認してから、私に連絡せよ」

 私はそう言って、ピューッと指笛を鳴らす。すると一羽のハヤブサが飛んできて、私の肩にとまった。
「ドルフよ。こいつらについていってくれ」と話しかけると、ドルフはふいっと「烈風の爪」のリーダーの肩にとまった。
「「魔素マナの導き」と「鉄の剣」はこの基地の留守番をしてくれ。ここから見て森に異変があったら、やはり笛を吹いてくれ。頼んだぞ」

 こうして三つにチームを分け、それぞれが活動を開始した。

 森の調査はチームを二つにした。
 一つは私と「ダンジョンアタッカー」、もう一つは「巨腕の一撃」と「森の霧」だ。
 ダンジョンアタッカーは、もとは迷宮探索をしていたが、昨年にアルの街にやってきたチームだ。その経歴から、戦闘力、探索力のバランスがいいといえる。
 それに対し、「巨腕の一撃」は脳筋だから罠や異変の調査には向かない。そうした調査はレンジャー部隊の「森の霧」に担当してもらい、戦闘面では「巨腕の一撃」にやってもらう。

 私とダンジョンアタッカーは、街側から森へと侵入した。
 一歩入ってすぐに私の耳に、
 ……危険。危険。危険。危険。危険。危険。
 ……奥に行っちゃ駄目だよ。
 ……早く帰りな。
と危険を告げる数多の声が聞こえてきた。うっすらと背筋が寒くなる。
 スキル「森の囁き」だ。が、これで森に異常が発生しているのは確定した。一体何が起きてるんだ?

 その時、ダンジョンアタッカーの一人が、
「静かすぎるな」
と言った。すると同じメンバーの女性冒険者が、
「命の気配がしない。……まるでダンジョンの中ボスの階みたい」
と言う。なるほど、ダンジョンには一定の階ごとに強力な魔物のボスが出現する階層がある。その階層は、他の魔物は一匹もいなくて、ただボスだけが侵入者を待ち受けている。
 たしかに、その雰囲気に似ているところはあるのかもしれない。
「慎重に進むぞ。異変があったらすぐに連絡しろよ」
 私はそういって森の奥へ目指してゆっくりと進んでいった。

――――。
 さて、その日の探索は何の成果もなかった。……いや、何も出てこなかったというのが成果なのかもしれない。
 もう一方の「森の霧」チームの方も、何も無かったとのこと。そして、それが異常すぎてどいつも表情を暗くしていた。

 何しろ野生の獣は、ウサギ一匹も姿が見えず、糞などの痕跡も無かった上に、昆虫すらもいなかったのだ。
 私には危機感知や直感スキルは無いが、何か恐ろしいことが起きていると判断せざるを得ない。

 次の日の朝、フルール村の方からハヤブサのドルフが飛んできた。足にくくりつけてある手紙を確認すると、
 フルール村側でもゴブリンの襲撃があり、村にいた冒険者が警戒していること。
 森に猪などの姿が消えたこと。
 村人が森を畏れていることが書かれていた。

 ……どうやら、向こうも似たような状況だな。
 私は、こちらの状況を書き、さらに森に対して村の周囲を囲むように簡易防壁を作るよう指示、そして、そのままフルール村に待機し、異変に対処するとともに、そちら側から森に侵入し異変を調査するよう命令した。
 やっかいな指示だが、ランクBの「烈風の爪」の面々がいるから大丈夫だろう。

 再び森に侵入する。
 今日は「巨腕の一撃」「ダンジョンアタッカー」を拠点の留守番とし、私は「鉄の剣」とともに「森の霧」は「魔素の導き」とともに侵入する。
 昨日とは別の場所から森に侵入する。
 やはり入った瞬間からずっと、木々が私に警告しつづけている。

 私は、「何が起きているんだ?」と小さく言い放つと、
 ……アレが生まれた。
 ……生き物が死んでいく。
 ……死体が動く。
 ……森が狂っていく。
と囁きが帰ってきた。
 アレだと? 死体が動く? まったくもって嫌な予感がビンビンするよ。

 その時、ピィィィィと鋭い笛の音が聞こえた。「森の霧」だろう。
 私たちは慎重に笛の音の方向へ進んでいった。

 ――笛を鳴らしたのはやはり「森の霧」だった。
 彼らが発見したのは一匹のゴブリンの死体だった。
 その死体は私たちが見ている前で、ゆっくりと立ち上がった。
 起き上がり錆びた鉄剣を持って構えるや、生前と同様のスピードで襲いかかってきた。

「しっ」
 私は手にした曲刀でその首を刎た。
 首を失ったゴブリンが倒れる。宙を飛んだ首が木の幹に当たって、地面にころころと転がる。その首を見て、全員が顔色を失った。
 ゴブリンの眼や鼻から蔓のような植物が生えているのだ。
 驚いてみている内に首を失った死体がうごめきだし、這いずりながら森の奥へと行こうとしていた。

「こ、これは……」
 誰もが絶句したが、私はいち早く気を取り戻し、
「全員、周辺を警戒せよ」
と指示を出し、ゴブリンの死体の四肢を切断した。

 もはや単独で動けなくなった死体だが、まだもぞもぞと動いている。その不気味さに顔を背けたくなるが、私は太くて長い木の枝を拾うとその先端をとがらせて即席の槍とし、ゴブリンの死体のパーツを貫いた。

「今日はもう野営地に戻るぞ。こいつを手分けして持って行くが絶対に直に触るな。何が起きるか分からないから、こうやって木の枝に刺して持って行く」
 といって、パーツ分の木の槍を作り上げて、死体を突き刺していった。本来は壺か何かに封印できると良いのだが、いくら土魔法を持っているからといって運んでいるときに壺から出てきては危険だ。一端野営地まで持って行き、厳重に保管するしか無いだろう。

 慎重に森から脱出して野営地に戻る。
 早速、使いをギルドに出して状況を伝えるとともに、ゴブリンの死体を入れる鉄の箱を持ってきてもらった。
 すぐにギルドから複数の鉄の箱が届き、ゴブリンの死体をバラバラにして中に納めた。

 ……これで一安心だ。あとはこの状況を生み出した相手を特定しなければならない。
 森に侵入したチームは誰もが精神的疲労を訴えた。
 その気持ちは分かる。その日はそれで探索を終わりにした。

――――。
 三日目の朝。再びフルール村からハヤブサのドルフが飛んできた。
 向こうでは異常なしとのこと。
 私は、こっちで発見したものを説明し、今まで以上に慎重に行動するように書いた手紙を送った。

 朝の内にギルドと領主の使いとして学者の老人がやってきた。
 昨日のゴブリンの死体の調査のためだ。
 私は、とりあえず首の入っている鉄箱を開けて見た。

「うん?」
 中の首を見て私は驚いた。
 あっと言うまにゴブリンの首が白骨化し、しかも目や鼻から出ていた蔓が茶色に枯れ果てていたからだ。
 学者はそれをじっと見つめ、再びふたを閉めた。

 調べてみると、胴体部分以外のパーツはすべて白骨化し、茶色に枯れた蔓が入っていた。
 胴体部分はまだうごめいていたので、私はそれを箱から地面に落とし、学者の老人の目の前で風魔法を使い、さらに細かい肉塊へと切り分けた。
 するとやはり胴体部分にも蔓のようなものが入っており、それがうごめいているようだった。

「ふむ。どうやらゴブリンの死体に寄生しているわけですな」
 学者老人はそういうとしばらく考え込んだ。
「どうやらこれはヤバイ案件のようですな。私の方で調査いたしますが、今しばらく森から目を離されませんように」
といって、彼はアルの街に戻っていった。

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