20 寄生するもの

 調査四日目。
 朝から森の奥の方から黄色い煙が立ち上っている。あの煙を見た瞬間、心臓がわしづかみにされるような悪寒が全身を襲った。
 あれはヤバイものだ。でもどうすればいい?

 思案していると、街からギルド職員が走ってきた。
「サブマスター! 聖女様に予言が下りました!」
「なに?」
 彼がいう聖女様とは、アルの修道院の院長、ローレンツィーナ様のことだ。あの方は生まれたときから聖女の称号とトリスティア様の加護を持ち、そして、予言のスキルを持っていたという。
 一気に走ってきたのだろう。私の前でゼイゼイと息を切らした職員は、私に手紙を差し出した。
 差出人はギルド。中にはローレンツィーナ様の予言が簡潔に記されていた。

――そは妖樹。トレントの悪魔にして、自らの種子を寄生させるものなり。
――軍勢を繰り出し、十日の内にアルに死が満ちる。

 手紙を持つ手がぶるぶると震えた。
「これは領主には?」
「内容は知りませんが、同じ手紙が領主様にも届けられているようです」
「そうか……」
「それと昨日の学者よりですが、他者に寄生し操る魔物で植物型の可能性が高いだろうとのことです」
「うむ。わかった」

 私は森から立ち上る黄色い煙を見た。
 ……エルフである私がまだ幼い頃に聞いたことがある。木が瘴気に犯されるとトレントになる。もっとも普通のトレントはエルフを襲うことはまずない。なぜなら魔物となったとはいえ木の守り人であるエルフを敵とは認識しないからだそうだ。これは年老いたエルダートレントも同じだという。
 しかし、より強い瘴気を浴びたエビルトレントだけは、エルフを含め森に住む獣や魔物まで自らの種子を寄生させて、意のままに操るという。
 私の住んでいたエルフの集落の言い伝えでは、過去に一度だけエビルトレントがこの世界に生まれたという。その時は勇者と協力し、結局は森ごと焼き払って退治したという。

 おそらく今回の森の異変も……。

 聖女の予言に「十日の内に」とあった。森から種子に寄生された魔物がアルを襲う。
 領主が動けば、きっとエストリア王国筆頭騎士団のゾディアック・クルセイダーズも動き出すだろう。

「よし! 全員集まれ!」
 ――――。

 私がここですべきことは三つ。
 まず一つは野営地の防衛能力を強化すること。
 次に敵の居場所と規模を探ること。
 三に森を観察して侵攻の予兆を探ること。

 朝にフルール村からハヤブサのドルフが、状況の変化なしを連絡しに来たが、私は向こうに森への進入禁止。村人に異常発生したら隔離せよ。そして、村の防衛を強化せよと指示した。

 こちらがわでは、まず「魔素マナの導き」を中心にこの野営地の防壁を強化し、アルの前線基地として機能するよう指示した。そして、私と「森の霧」のみで森に侵入した。

「いいか? 敵対勢力の種類、規模、そしてボスの居場所を探すのが任務だが、異変があったらすぐに離脱する。今のこの森は危険だ」
「森の霧」と状況を再確認して、慎重に森に侵入する。

 森の様子は二日前と一変していた。
 森に入った瞬間、木々が狂ったように騒ぐ。
 ……きゃはははは。
 ……たのたのたのたの、たのすぃー!
 ……ぐへへへへ。肉が食いてぇ。
 顔色が青ざめるのが自分でもわかる。そして、空気中に黄色い胞子が漂っている。
 慌ててスカーフで口を押さえ、みんなにも同じように指示する。
 風魔法を駆使して私たちの周りに空気の結界を張る。

 慎重に進んでいくが、50メートルほど進むと、周りの木々が白くなり、不気味なツタがうごめき、地面からは灰色の花が咲き乱れていた。
 鳥か何かの獣の声だろうか。「クケケケケ」「てけてけてけてけ」という不気味な声が聞こえる。
 遠目で奥の方を見ると、人形の何かがゆらゆらを動いていた。
「撤退するわ」
 短く告げて、私たちは森を離脱しようとする。

 ひゅん!

 その時、わたしの耳元を何かが通り過ぎた。
「ぐあぁ!」
 叫び声に振り向くと、不気味なツタが一人の冒険者に絡まり持ち上げていた。
 仲間達がツタに斬りつけると、赤い血しぶきのような樹液をまき散らしてのたうち回っている。
 ツタから仲間をすくい、私たちは一目散に森から飛び出た。

 念のため、水魔法と風魔法とで全員が全身洗浄してから、野営地に戻った。
 きっと私の体はブルブル震えていたに違いない。

 5日目の朝、アルの街に駐留していたゾディアック騎士団アクエリアス隊が私たちの野営地に来て、陣地形成を始めた。
 私はアクエリアス隊隊長のマリエンヌ・アルテミシア殿と今までの経過を話し合った。

「……そう。おそらくエビルトレントだと」
「まず間違いない。しかも森はすっかり汚染されていて異界と化している様子だ」
「わかったわ。幸いにすでに王都に救援を要請し、ゾディアック騎士団のうち数隊が駆けつけてくれる予定よ」
「そ、そうか。それはありがたい」
「でも安心するのは早いわよ。彼らが来るまで持ちこたえなくてはならないわ。今から領主にS級警戒態勢アラートを要請する。あなたも持ちこたえてよ」

 その一言に、私は不安の色が隠せなかった。聖女の予言が耳元にこだまする。――十日の内にアルに死が満ちる。
 絶望に目の前が暗くなりそうだ。おお! 神よ! 女神トリスティアよ! アルを救い給え!

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