21 S級警戒態勢

――――。
 ふわあぁ。大きなあくびをする。
 きちんと寝ているはずなんだが、ああやって夢の中に出てこられると寝不足になる気がするな。

 と、その時、何かがベッドの上に飛び上がってきた。
「うわっ!」……ゴンッ!
 驚いて飛びすさると、ベッドから見事に落っこちた。
「いてて」
 頭をさすりながらベッドの上を見ると、一匹の黒猫がいた。
「こらっ! サクラ! 驚かすなよ!」
といって怒ると、
(ごめんなさい。マスター。もううれしくてうれしくて、興奮しちゃいました!)
と念話が伝わってきた。
「そんなにうれしいもんなの?」
(それはそうですよ。だって初めて妖怪横丁から出たんですよ! マスターがいる生活! そして人の街! 旨い食事! ああぁぁぁ。た、ま、ら、な、い!)
 その念話を聞いた瞬間、俺はものすごく後悔した。なんだってマスターになっちゃったんだろう。

「あれ? そういえば尻尾は1本なのか?」
 ネコマタといったら尻尾が2本が定番だろうが、黒猫サクラには尻尾が1本しかない。
(隠してるんですよ。目立ちますからね)
「ふ~ん。そういうもんなのかね」

 しかし、あれだな。目が覚めてよく考えてみると、確かに契約コントラクトしておいて正解だったかもな。……だってさ、考えても見ろよ。猫に話しかける男って頭がおかしいって思われるでしょ?

 と思って、一人で頷いていると、
(で、早く着替えて下さいよ)
とサクラがきいてきた。
「いちおう聞くけど、なんで?」
(だって、男の人の生着替えですよ! 生着替え! はやく見たいです!)
「お前、どっか行ってろ!」
 お馬鹿なことをいうサクラに俺はシーツに投げかけると、そのままシーツごとぐるぐる巻きにしてベッドに放り投げた。
「ふぎゃぎゃぎゃ……」(ああぁ。ご無体なぁ。着替え見たっていいじゃないですか)
「ば~か」
 悪態とつくサクラを無視して、俺はさっさと着替えた。

 終わってからサクラを解放すると、残念そうにしょぼんとしていた。
(無念。……でもまた明日があるか)
 サクラの念話をスルーして、俺は窓を開けた。
 イスに座って、ベッドの上のサクラを見る。
 ……さて、こいつをどうしようか。
 そう思っていると、
(そろそろ、念話で話すのも面倒なので人化しますね)
と言った。「は? 人化?」と言っていると、目の前でドロンッといかにもな煙が出現し、一人の快活そうな美少女が現れた。
「はあぁぁぁ!」
 思わず大声を出して慌てて口を閉じる。
 ベッドの上の美少女は、いたずらが成功したようにグシシシと笑っていた。

 見た目は16才ごろか。明るいブロンドのショートの髪にネコミミがちょこんと出ている。白い肌をして、お尻のあたりから尻尾がぴょこんと出ている。
 鮮やかな紅色の功夫衣チーパオ=チャイナドレスを身にまとっている。しなやかながらも出るところは出ているバランスのとれたスタイル。ネコミミと尻尾がなければ、人間と一緒だな。ぱっちりした目がいたずらっぽく俺を見ている。
 うん、カンフー美少女といっていいだろうが、なんかむかつくな。

 と思っていると、急に居住まいを正して三つ指をついた。
「え~と、昨夜はきちんと挨拶できなかったのでご挨拶させていただきます。私はサクラ。妖怪族ネコマタ種で職業は忍びです。忍者だけに周辺感知や調査、罠の発見から解除までできます。メインの武器は小刀の二刀流。回復魔法も使えます。どうぞ末永く・・・よろしくお願いします」

 いきなり綺麗な挨拶をいただいた俺は、ちょっと挙動不審になりながら、
「う、うむ。こちらこそよろしく頼むよ」
と言った。するとサクラはニコリと笑い、
「はい。末永く・・・頼まれました。マスター。……お望みとあらば夜伽もいたします。初めてですが、マスターならオッケーです。バッチコーイです」
「い、いや。それはちょっとな……」

 ううむ。それにしても中身がちょっと幼いが、外見美少女と二人暮らしは緊張するな。

「とりあえず、いきなり一人増えるとちょっとまずいな。……特に美少女が……もとの猫に戻ってくれ?」
「わかりました! ……えへへ、美少女だって」
 再びドロンッと煙が出て美少女は黒猫に戻った。

「それで、さっきから普通に使っている念話だけど、これって考えていることがダダ漏れってことはないよな?」
ときくと、黒猫は器用にニヤリと笑った。

(念話は、相手を意識して念じないといけませんので、ダダ漏れってことはないですが、たまには考えていることが伝わることもあるみたいですね。……こう見えて250歳ですので、マスターのプライベートは厳守しますよ。ってか妄想歓迎です!)

 まじか? たまには伝わるんですかい! 頬がひくひくしているのが自分でもわかる。
 その時、俺のお腹がぐうぅと鳴った。

「コホン! では、朝食を食べにいくか」
(はい! ……やったぁ。初の人間のご飯だ!)
 喜びを隠さないサクラの様子に、俺は思わず吹き出した。……まあまあ、結構良い奴だ。楽しい毎日になりそうだよ。
 階段を下りて食堂に入ると、娘さんのリューンが、
「おはようございます。ジュンさん。……あれ、いつのまに猫ちゃんを飼われたんですか?」
ときいてきた。
「あ、おはよう。娘さん。……懐かれててね。部屋に連れて行ったのまずかったかな?」
「いえいえ。部屋を汚さないのであれば、猫くらいならいいですよ。……かわいいわね。ずいぶん懐いているみたいだし。名前はもうつけたの?」
「サクラっていうんだ。朝食をこの子にもくれるかい?」
「はあい。了解。200ディールでいいわ。サクラか、かわいい名前だね。……お父さん、朝食一つと猫ちゃんに何かちょうだい」

 さすがに宿の朝は忙しいようだ。
 朝食の用意ができるまで、俺は席について今日の予定を考える。

 ……サクラは、回復魔法も使えるみたいだし、今日は討伐依頼を受けようかな。
 そう思ってテーブルの下のサクラを見ると、器用ににこりと笑った。

 と、その時だ。
 外から、
 カンカンカンカン。カンカンカンカン。カンカンカンカン。
と短く鐘を鳴らす音がした。
「なんだ?」「おい! どういうことだ?」「短い鐘……警戒態勢? まさか……」
 食堂にいた冒険者達がにわかに騒がしくなる。
 リューンさんが俺たちの朝食を運ぶと、親父さん達と一緒に外に出た。
 その後に続いて冒険者達も出て行くので、俺たちも外に出た。
 見るとどの家も窓を開け放して外を見たり、外に出て近所の人と何事かと話し合っていた。
 少しすると、辺り一帯に声が響き渡る。

「アルの諸君。領主のカルマン・アルだ。領主館の魔法具を使って話している。……重大な発表をしなければならない。フルール村方面の森に極めて強力なモンスターが発生した。森に住む魔物達を部下にしてアルに侵攻してくる可能性が高い」

 領主カルマン・アル伯爵の重大発表に、人々は混乱せずに黙って聞いている。
 そうか。森と街道の調査隊で原因がわかったわけだな。昨日、ギルドの雰囲気がいつもと違ったのもモンスター出現のせいだな。

「だが、安心せよ。すでに冒険者ギルドでは調査を行い、東門外に前線基地を構築しており、さらに王国筆頭騎士団のゾディアック騎士団も数隊が応援に駆けつける。
 それまではアル駐留のアクエリアス隊が冒険者達とともに対処することになっている」

 人々はゾディアック騎士団が動き出していると聞いて安堵しているようだ。

「とはいえ、強力なモンスターであるため何が起こるかわからぬので、領主としてここにS級警戒態勢アラートを発動する。
 市民の夜間外出は禁止する。もしモンスターの襲撃時がありそうな時は避難せよ。義勇兵志望の者は警備詰め所に申し出ること。
 なお、冒険者ギルドとの調停に基づき市内の冒険者には強制依頼が出ているのでギルドへ迎え。また商業ギルド所嘱の者もただちに商業ギルドに向かい、その指示に従うこと。
 市内の警備は今まで通り警備隊と、ランクD以下の冒険者。貴族街は各貴族保有の騎士団に任せることとなる。以上だ。
 これは王国にとっても一大事である。事態の沈静化までエストリア王国民として理性ある行動を頼む」

 領主の報道が終わった途端、人々はものすごい勢いで近くの人と話をし出した。どの人もテンパっているようだ。
 宿のおやっさんのロベルト、女将さんのライラ、娘さんのリューンの三人は、緊張感を漂わせながら宿に戻ってきた。
 冒険者達も口数少なく戻ってきて、ぼそぼそと朝食を終えると、一人二人と宿を出て行った。

(なんだか大変なことが起きたみたいですね)
(そうだな。……でもまあ、俺はまだFランクだし、そんなに大変な仕事はないだろうさ)
(だといいですね)
(だといいですねっていうけどさ、まあ討伐はランクCやさっきの何とか騎士団がやってくれるさ)
(それってフラグですよね?)
(なぜフラグを知っている……)

 サクラと念話を続けていたが、俺たちもギルドに向かうことにした。

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