25 アル防衛戦 2

「被害状況を急げ!」

 マリエンヌの副官が声を張り上げる。
 騎士団が慌ただしく動き回っている。

 アリスは、一刻も早く魔力を回復させるために一時仮眠をとるために休憩テントへ向かった。

 被害状況。
  死亡者 騎士団員15名、冒険者20名。
  重傷者 騎士団員5名、冒険者5名。
  防壁の要補修箇所 多数。

 マリエンヌは、報告を聞いてため息をついた。
「ふう。でもどうにか持ちこたえたか。……明日には騎士団が到着する。それまでここを守らねばならないわ。土魔法使いを酷使するけど防壁の補修を」
 そう副官に告げる。

 今回、これほど被害が増えたのは間違いなくあの木の弾だ。もう二度と同じ手はくわない。
 だが、せめて……、せめてもう一隊だけでもゾディアック騎士団がいてくれたらと思う。

 マリエンヌは頭を振った。今はここにいる人員で抑えなくてはならないのだ。

 その後、領主とギルドから支援物資が届いた。
 報告を見てマリエンヌは目を丸くした。
「なに? 火魔法封入の魔石500個だと? ……火の海にしてもよいのか?」
 ほかには除草剤の大瓶20本、大弓、投石機、油壺100個。
 これだけの物資があれば、明日まで守り抜くことは可能だろう。思わず、
「できれば人員も増員が欲しいところだ」
と欲を言いながらも、マリエンヌは支援物資を防壁の各地に配置するよう指示をした。
 走って行く騎士団員を見ながら、改めて気を引き締めて自分のテントに戻った。

 暗くなってきたが魔物が来る気配が無い。
 昼過ぎから出てきた雲は、雨こそ降らせなかったが太陽を覆い隠し、真っ暗な夜を生み出していた。

 人間族よりも暗視のきくアリスは、森の様子を探る。
 昼間のあの戦闘で、魔物側にも大ダメージを与えられたであろうか?
 いやな予感がする。何か悪いことが起きるような気が……。
 アリスは、ひしひしと戦の前の空気が押し寄せてくるのを感じていた。

 夜半過ぎに異変が起きた。
 森からたくさんの何かが飛び立ったのだ。
「何だ?」
 アリスは必死に目をこらすが、捕らえられたのは別のものだった。
 森の奥から巨人が歩いてくる。そして、木々の間からは再び魔物の軍勢が雑然と歩いているのが見えた。
「巨人だと! ……くっ、敵襲だ!」
 アリスの叫び声に、敵襲と知らせる笛と鐘の音が鳴り響いた。

――――。
 俺は今夜も修道院の裏口を警備している。
 今日は分厚い雲が空を覆い、漆黒の闇が頭上に広がっている。街にはいくつかの辻に、警備の冒険者が焚いたたき火の明かりがぼんやりと見える。

 防壁の外では、昼間に激しい一戦があったそうで、こちらの防衛隊にも大きな被害があったそうだ。
 それだけ聞けば不安に思うだろうが、明日にはゾディアック騎士団が到着する。どれくらいの実力なのか興味はあるが、王国筆頭騎士団なくらいだから期待してもいいだろう。彼らによって討伐され、アルにも元の平和が戻るにちがいない。

 サクラはなぜか何かを感じているようで、今日は寝ずに俺の回りをぐるぐると回って警戒している。

(マスター。空気が変です。気を緩めないでください)
「わかった。サクラ」

 俺は立ち上がり装備を確認する。
 目をつぶり意識を集中させる。ここれは重要な案件を前に気合いを入れる時によくやっていた儀式のようなものだ。

 む?

 何かの気配!
 勢いよく後ろを振り向いた。

「むにゃむにゃ。……お姉ちゃん、どこー?」
 あり? ちっちゃい女の子?
 俺は近づいていて頭を撫でる。
「こっちにはいないよ? きっとどこかのベッドに潜り込んでいるんじゃないかな?」
「む~。お兄ちゃん、ありあと~。ふわぁぁ」
 廊下の奥から、パタパタパタと足音がして、ヘレンさんが現れた。
「あ、ここにいた! もう! 危ないんだから、外に出ちゃダメよ」

 その時、サクラから鋭い念話がした。
(マスター! 上です!)

 なにぃ!
 慌てて空を見上げると、漆黒の闇の中をたくさんの大きなものが飛んでいる。

 手に持った笛を強く吹く。
 ぴ、ぴ、ぴいぃぃ!

 敵襲撃の合図だ。まさか市内でこの合図を出すことになるとは。

 笛の音に惹かれたように、そらから3匹の巨大コウモリが舞い降りた。
 大きさは体長2メートル。そして、何より醜悪なのは、その目から延びたツタがびっしりと頭に巻き付いていることだ。

「サクラ! ヘレンさんと女の子を守れ!」
「ニャー!」

 俺は、足に力を貯めて一気に踏み込む。高速機動レベル7により、相手が反応するより早く懐に踏み込み、剣を切り上げる!

「地擦り孤月」

 振り上げた剣がコウモリの羽を切り裂き、返す剣で頭を断ち割る。

「我がマナを資糧に守り給え。シールド!」

 背後からヘレンさんの詠唱が聞こえる。1匹のコウモリがヘレンさんに向かって腕を振り下ろしたが、シールドに防がれた。その隙を突いてサクラがコウモリの目に爪で斬りかかる。
 グギャアアア!
 目から血を吹き出したコウモリが、凄まじい叫びを上げた。

 もう1匹はこっちに向かって飛びかかってくるところだった。
「ふん!」
 サイドステップで避けざまにスラッシュでコウモリを切り裂く。
 振り返らずにそのままヘレンさんの方へ向かう。

 その時、
「だめぇ!」
とヘレンさんの声がした。見ると、恐怖に混乱した女の子がヘレンさんの背後から飛び出してきた。ヘレンさんが必死で伸ばした手が空を切る。

 コウモリが女の子に向かって飛びかかる。
 が、一瞬早くサクラがコウモリの頭に飛びかかって顔をひっかく。コウモリがのけぞった。
 俺は背後からコウモリにスラッシュを食らわせ、女の子の方をふりむいた。

「いやあぁぁ!」「きゃあぁぁ」
 ヘレンさんと女の子の叫び声が重なる。
 俺が最後のコウモリを切り伏せている間に、いつのまにか更に一匹のコウモリが舞い降りて、女の子を足につかんで今にも飛び去ろうとしていた。
 俺は慌てて飛び上がり、コウモリの足をつかむ。

「ジュンさん!」
(マスター!)

 ヘレンさんとサクラの叫びに、俺は、
「サクラ! 後は頼むぞ!」
と言った。
 コウモリは女の子を足につかみ、俺をぶら下げたまま空へ飛んでいく。

 漆黒の闇の空をコウモリが飛んでいく。
 よく目をこらすと、他にも何匹ものコウモリが人間を捕まえて運んでいる。
 人間をさらってくるのが目的のようだ。

(マスター! 無事ですか?)
 さっきからサクラからの念話が幾度となく入る。
(まだ空の上だ。ちぃと厳しい状況だが何とかする)
 おそらくスキルの自然回復があるかぎり、俺一人ならばそうそう死ぬことは無いと思う。
 が、こんな高さだと間違いなく女の子は落ちたら死ぬし、俺も大丈夫だとは言い切れない。
 幸いにコウモリが捕まえている女の子は気を失っているようだ。もし暴れ出したらかえって危険だからな。
 森が近づくにつれ、コウモリが少しずつ硬度を下げていった。

 眼下には前線基地が横たわっている。真上から見ていると、まるで衛星写真を見ているようだ。ところどころで焚き火の明かりが見える。
 森から押し寄せる魔物の群れと激しい戦闘をしているようで、あちこちで爆発が起きているのが見える。
 このまま森に連れ込まれては、生き残る可能性が低くなる。

 ……どうする?

 俺が迷っている間に、前線基地から沢山の火矢が飛んできた。
「まじか! こっから落ちたら死ぬぞ!」
 悪態をつく俺の脳裏に、

 ――ピコーン。
 精霊魔法が発動されました。

 俺たちの周りを風が吹き荒れる。……これで落下の衝撃を和らげようというのだろうか。

 不意に俺の捕まっているコウモリに何かがぶつかった。
「何だ? ……げっ!」
 別の女性を捕まえたコウモリがいくつもの火矢に貫かれて、俺の捕まっているコウモリに激突したようだ。
 コウモリがバランスを崩して落下していく。

 落下の感覚に、
「ちぃっ。男は度胸だ!」
と言って、俺は女の子と少女に手を伸ばした。

 バキバキバキバキッ。――――ズドンッ。

 枝をぶち折り、地面にぶつかる衝撃で一瞬気が遠くなる。

「ぐぅっ」

 ――ピコーン。
 足を粉砕骨折しました。
 内臓を損傷しました。
 自然回復が発動します。

 すうっと熱が引くように、体中の痛みが消えていく。
 すぐさま立ち上がり周りを見回すと、少し離れたところに女性と女の子が倒れていて、コウモリは姿が見えなくなっていた。
 慌てて二人に近寄ると、女性はなんと宿の娘さんのリューンさんだった。

「リュ、リューンさん!」
 リューンさんも暗がりの中で俺を確認したみたいで、
「ジュンさん!」
と俺の名前を呼ぶ。

 どうやらリューンさんは足を骨折したみたいで、痛みに顔が青ざめている。近くの枝を拾って骨折箇所に添え簡易的に固定する。その作業をしながら聞いてみると、どうやら宿の営業が終わって台所のゴミを外の保管場所に運んでいるときに襲撃に遭ったそうだ。

 足の処置をしている間に、女の子も目を覚ましたみたいだ。
 飛び起きて、いきなり叫びそうになったので、慌ててその口を押さえた。涙を流しながらブルブルと震えていたが、俺とリューンさんを見てようやく落ち着いた。
 自分が森の中にいると知り、女の子はびくびくと怖がっているが、リューンさんが抱きしめてやったので落ち着いている。

(マスター! そっちは大丈夫ですか?)
 再びのサクラの念話だ。
(ああ、こっちは森に落ちた。リューンさんと女の子と一緒だ。これから森を脱出する)
(よかったです。……こちらは聖女さまが修道院ごと結界を張られ、コウモリの進入を防がれています)
(そうか。さすがだな)
(マスター。帰還を待っていますね。ナース服で介護して差し上げますから、絶対帰ってきてくださいよ!)
(と、とにかく今から脱出する)
(はい。ちょっとは期待してらっしゃいますね? ぐふふふ)
(まあね。……っと違う違う。とにかく今から脱出する)
(精一杯サービスしますから、待ってます!)

 わかってるさ。サクラ。励ますためにわざと言ってるんだろ?
 そう思いつつ、俺は森から脱出するためにリューンさんに肩を貸しながら、三人でアルの街の方角へと歩き出した。

 歩くのが大変で足が痛むだろうに、リューンさんは気丈にも耐え続けている。

 少しして、俺の気配感知に沢山の敵が引っかかった。
「くそっ。来やがったな。……こっちだ!」
 俺はそれから避けるように進路を変更する。
 しかし、それも長くは続かなかった。こっちのスピードが遅すぎて追いつかれそうになる。
 俺は二人を大きな木のうろに移した。本来は下に落ちている木の葉で隠してやりたいが、

 ――汚染された木の葉――
 エビルトレントの胞子に汚染された木の葉。胞子を生物に付着させる媒介。浄化するには回復魔法の浄化が必要。

とナビで出ているので、それはできない。女の子は恐怖でブルブルと震えているが、リューンさんが抱きかかえて耳をふさいでやると、目をつぶって縮こまっていた。

「俺が二人を守るから安心しろ」
 俺が声を掛けると、リューンさんは女の子を抱えたままでうなづいた。はっきりいって絶望的な状況だとわかっているのだろう。青白い顔で気丈にも口をつぐんでいる。

 ……さすがは鬼と呼ばれた人の娘だ。

 内心、そう思いつつ剣を構え周囲の様子を探った。

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