28 帰還

 う~ん。何かが俺の鼻孔をくすぐる。
「ふ、ふわっくしょん!」

 くしゃみをして目を覚ますと、なぜかサクラが俺の寝ていたベッドに潜り込んで、ぴたっとくっついていた。サクラの腕は俺の首に回されていて、まるだ俺がサクラを抱きしめているようだ。
 おいおい。しかも俺はまだ半裸のままじゃないか! しかも救護ベッドなんて、それほど大きくないのに。

 そう思いつつ起き上がると、サクラの腕が俺をロックしたままだったので、不意にサクラの唇に俺の唇が触れてしまった。
 慌てて、眠っているサクラの体を離して、左右を確認する。誰も見ていなかったろうな?

 俺が寝ている間にも運び込まれた人たちがいるようで、救護テントにあるベッドの3割ほどに人が寝ていた。ほとんどが冒険者や騎士団みたいだから、きっと連れ去られた人を助けるために森に侵入したのだろう。
 昨夜、寝入る前、次第に野戦病院のようになろうとしていたが、今では一通りの処置が終わっているようで落ち着きを取り戻しているようだ。

 ……よかった。誰も今のを見ていなかったみたいだな。
 胸をなで下ろして、俺の太ももの上のサクラを見下ろすと眼をぱっちりと開け、唇に手を当てていた。
「初めてだったのに……。これは責任をとってもらわないとイケナイですね」
と獲物を狙う猫のような眼で俺を見上げていた。

 俺は無言でデコピンする。
「ふぎゃっ!」
 サクラは赤くなった額を抑えながら起き上がった。
「んもう。せっかくのラブラブシーンなのに。マスターったら」
とぶつくさ言っているので、もう一発デコピンを食らわせた。「ふにゃっ」
「こんな時に同衾するやつがあるか。っと、騒ぐなよ。とにかく服は?」
と問い詰めると、サクラは残念そうに新しい服をよこした。俺は服を受け取ると、さっそく着替える。
「まあ、でも充分に堪能させていただきました」
と言っているサクラに再度デコピンした。

 外に出るとすでに夜が明けていた。
 森に侵入した騎士団員も救助を切り上げ戻ってきているようだ。
 ところどころで、朝食を食べている騎士と冒険者たちが見える。

 ぐぐうぅぅ。

 俺のおなかが鳴った。そういえばおなかが空いたな。
 と思ったら、サクラがテントから出てきた。どうやらサクラが携帯食を持ってきていたようで、俺とサクラは他の人の邪魔にならないようにテントの影で朝食をとった。

 昨日の街への夜襲の後が気になる。そろそろ街に戻ってもいいのだろうか。
 そう思っていると、前から宿の親父さんが歩いてくるのが見えた。
 親父さんのロベルトさんも俺と視認し、近づいてくると、
「ジュンくん。どうやら戻って良いみたいだから、俺たちはリューンを連れて戻るよ。君も女の子を修道院へ連れて戻った方がいいんじゃないかな」
と言った。
「そうでした。女の子を送り届けないと!」
 やばいな。ヘレンさん、心配してるよな。サクラが伝えてくれていれば……。って、あの時は猫型だったから無理か。
 ロベルトさんが俺の隣にいるサクラを見た。
「それで、その子は仲間かな?」
 探るような視線を感じながら、
「え、え~っと、そうです」
「ふ~ん。……随分と仲が良さそうだからさ。同じベットで寝ていたし」
「それは! こいつが勝手に……」
と、何故か浮気を責められる男のような言い訳をしていると、サクラがぐいっと俺の腕にとりついた。
「サクラです! マスターの従者です! よろしくお願いします」
と挨拶をした。ロベルトさんは、サクラの方を見ながら面食らっていたようだが、少し頬を赤らめて、
「そ、そうか。こっちこそよろしく。それで宿はどうするんだ?」
と言っている。あれ? なんか様子が変だなぁと思いつつ、ロベルトさんの視線をたどると……。サクラの猫耳がピコピコと動いていた。
 あ、ロベルトさん、モフラーかも。
「はい! もちろん、マスターと同じ部屋がいいです! えっと二人部屋でお願いします」
「うん。わかった」
 サクラの返事に、ロベルトさんが微妙そうな表情でうなづいた。
 ……こ、こいつ、勝手に返事しやがったな。
 ロベルトさんは「あいつの恋は失恋か……」とつぶやきながら救護テントへと入っていった。

 ともあれ、それから俺は女の子をおんぶして修道院へと向かった。

――――。
 東門を入り、修道院へ向かって歩いて行くと、昨夜の襲撃の跡があちこちに見えた。
 ある家は半壊し、路地には巨大コウモリの死体、そして、家の半ばが火事で炭になった家。
 東門の警備隊に聞いてみると、昨夜の襲撃で命を落とした冒険者、警備兵、市民はおおよそ20人。連れ去られるなど行方不明の人は、今のところ30人が確認され、さらに増える可能性があるとのこと。
 遺体はすでに修道院裏へと運ばれ、合同葬儀を行ってから火葬にされるという。
 家が壊れた人々は一時的に修道院へと避難しているらしく、家族の遺体と過ごしている人もいるらしい。

 半壊になった家の前で呆然としている人々、誰かが連れ去られたのだろうか、服を握りしめて泣いている女性。

 ……うまく警備の薄い市内を突かれたな。
 想像はしていたが、かなりの被害の大きさに、俺は何とも言えない悔しさと怒りを感じた。

 黒猫に戻ったサクラを引き連れて修道院に到着すると幸いに警備していた冒険者は全員無事だった。
 俺が連れ去られてから、すぐに院長の神聖結界魔法が発動したらしい。連れ去られたことで運が悪かったのか、無事に帰ってこれて運が良かったのか、よくわからない。

「ああ。よくぞ無事に……。女神トリスティアよ。感謝します」
 女の子を負ぶって修道院の扉をくぐると、すぐそこにヘレンさんがいた。ヘレンさんは俺たちの姿を見ると、駆け寄ってきて俺の手をつかむと、その場でしゃがみ込んで女神に祈りを捧げていた。
 ヘレンさんの頭が揺れている。どうやら嗚咽しているようだ。俺は、女の子を下ろし、ハンカチ代わりの布をヘレンさんに手渡すと、未だにしゃがみ込んでいるヘレンさんの頭を優しく撫でた。
 下ろされた女の子がヘレンさんに抱きつき、ようやく俺の手を放したヘレンさんが抱き返していた。

 祭壇の前から聖女ローレンツィーナ様がこっちを見ていた。その指が、あたかも地球で牧師のやる十字を切るように動いた。……おそらく女神に感謝しているのだろう。
 俺はローレンツィーナ様に一礼すると、その場を離れて冒険者の休憩場所へと向かった。

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