29 反転攻勢

――――。
 やってくれたなっ。
 アリスは、忌々しげに森を見つめた。
 防壁があるからと安心していたアル市内への直接攻撃。……しかも連れ去りを目的とした。

 暗夜のなか目視しただけでも40人ほどは連れ去られた。慌てて冒険者と騎士団のグループで森に突入し救助を試みたが、残念ながら助けられたのは3名のみで、逆に救助隊の被害が膨らんでしまった。

 しかも助けられた3名も、引退した冒険者グループによって救助されたもので、言ってみればいたずらに戦力を消費して終わった。連れ去られた市民には申し訳ないが、もはや救出は不可能だし、生存は絶望的だろう。
 幸いはフルール村の方では動きがなかったことだろう。

 それにしても一体なんのために市民を連れ去ったのか? 魔物のように手駒にしようとしたのか? だが彼らは非戦闘民だぞ?

 尽きせぬ疑問に苛立ちがつのり、そばのイスを蹴り飛ばす。
「……くそっ。何をやっているんだ。私は」
 思わず自嘲したとき、テントの外が騒がしくなった。

「うおお! 来たぞ! 援軍だ!」
 誰かの叫びを聞きながら外に出ると、アルの街の防壁を回り込みながら、こちらに向かっている軍隊が見えた。
 その軍勢を見て、誰もが拳を振り上げ歓声を上げている。

 アクエリアス隊隊長マリエンヌがいつのまにか横に来ていた。
「これで反撃ができるわね」
 言葉は少なかったがそこに込められた感情はアリスの思いと一緒だ。
 アリスは、正面を向いたままでうなづいた。

 到着した騎士団は前線基地の手前に整列し、4人の隊長がその前に進み出た。
 マリエンヌとアリスが迎えに行く。
 その中央の男が、
「よく耐えきったな。マリエンヌ。……そして、アリス殿」
 ついで、その隣の女性騎士が、
「レオ隊、ヴァーゴ隊、トーラス隊、ジェミニ隊、全800名。ただ今討伐任務に着任する」
と言った。マリエンヌが膝をついた。
「到着を今か今かとお待ちしていました。……まずは中へ」
と言って立ち上がり、隊長たちを案内する。
 他の騎士団員も馬を下りて、陣地の中へ入っていった。

 指揮官用テントに隊長たちが集まる。
 その中央には、レオ隊隊長にしてゾディアック・クルセイダーズ将軍、レオン・ロックハートが座った。
 その隣には副官、ヴァーゴ隊隊長聖騎士シャルロット・ロマーヌが座り、トーラス隊隊長大魔道ジョルジュ・グレベール、ジェミニ隊隊長オーレリー・ヒュポリテが座る。
 反対側には、アクエリアス隊隊長マリエンヌとアルの街冒険者ギルド・サブマスターのアリスが座る。
 全員が揃い、レオンが口を開いた。
「まずは戦況報告を頼む」
 マリエンヌが、
「はっ。事件の発生は――――――――」と、今までの一連の経過を報告した。

 一通りの説明を聞いたレオン将軍は、
「やっかいだな。S級ランクのボスモンスターに数のわからない手駒の魔物、そして、触れれば浸食される胞子か。……だが火が弱点と想定される。こうなってはどっちみち森は焼き払うしかないと思うが?」
といって、アリスの方を向いた。

 アリスはうなづいて、
「そうせざるを得ないでしょう。森の木々はすでに浸食され狂っているようです。焼き払い、しかる後にエルフにお願いして植樹するしかないでしょうね」
と言った。その表情は苦痛に満ちている。やはりエルフとしては森を護りたかったのだ。

 副官のシャルロットがコホンと咳払いをして、
「肝心のボスモンスターの場所がわからない。おそらくエビルトレントと思われているが、あれは自ら動けぬはずだ。ジョルジュ。鳥に視覚転移して空から調査できないか?」
 トーラス隊のジョルジュ隊長は、
「そうさな。やって見よう」
と引き受け、うつむくと口元でブツブツと何かをつぶやいた。

 ジョルジュ隊長は再び顔を上げると、「10羽で調査するように命じておいた」と報告した。
 それを聞いてシャルロット隊長がうなづき、
「編成終了後までにわかれば上々だ。それと侵攻部隊だが、いたずらに複数に分ける余裕はない。となれば防衛を兼ねた包囲部隊と一極集中型の侵攻部隊とに分けるべきかと」
と言った。

 レオン将軍はトーラス隊のジョルジュ隊長に、
「今回の作戦には魔法使いに活躍して貰わねばならない。いけそうか?」
と聞くと、ジョルジュ隊長はしばらく考えて、
「できるだけ侵攻部隊に多くの魔法使いを配置する必要があるでしょうな」
と言う。シャルロッテ隊長が、
「幸いに森の北側はデウマキナの支脈となる山脈にぶつかっており、崖で区切られている。そして、ここからフルール村まで24キロメートル。300メートル毎に部隊を配置するならば80部隊必要。一部隊を5名として400名を配置。そのほか200名を支援部隊とし、侵攻部隊はのこり200名とする。ここの防衛は今まで通り、アクエリアス隊とアルの冒険者に任せます」

 するとジョルジュ隊長があごひげをさすりながら、
「ふむ。トーラス隊が200名だから、うち120名を侵攻部隊。のこり80名は包囲部隊ですね。できれば包囲部隊の支援には冒険者の中の魔法使いも配置したいところですな」
と言った。アリスが了承すると、レオン将軍が、
「よし。では編成をシャルロットとジョルジュ、そしてアリス殿で頼む。2時間後を目処に編成を完了させよ。2時間後に再び集まり作戦を練る。それからジョルジュ。もっと多くの目を飛ばして、2時間後までにボスモンスターの居場所を確認せよ。いいな?」
と言うと、隊長達が一斉に「了解!」と答えた。

――――。
 侵攻部隊が森へと入っていく。
 2時間後の戦略会議でボスモンスターの居場所が報告された。森の真ん中にある沼におどろおどろしい白紫の巨木が発見されたのだ。

 侵攻部隊は200人規模だが、更に50人規模の小部隊に分け、それぞれ盾を構えた騎士を外側に配置し、内部にいる魔法使いが部隊全体を風魔法でつつんで胞子の感染を防ぐ。さらにそれにランク上位の冒険者30人のチームが続いている。
 4つの小隊が◇の形に隊列を組み、戦闘部隊の土魔法使いが行く手の木々を根っこからなぎ倒していき、サイドの2部隊の土魔法使いが地面を隆起させて倒れた木々を両サイドへと転がしていく。
 そして、後方の1部隊が両サイドの木々に火をつけて燃やしていき、侵攻部隊の進んだ後は広い通路となっていった。
 入り口から侵入して10メートルもすると、木々は幹も葉も灰色となり戦闘中に切られた蔓からは真っ赤な血を吹き出し、異界の森へと変貌していた。
 魔物が前方の3部隊に押し寄せるが、さすがに王国筆頭騎士団の守りは崩せずに、次々に火で燃やされていく。

 進軍は、確認された巨木までの最短距離だ。
 アル側の森の入り口から約11キロメートル。さすがに退路確保のための充分な人員が用意できなかったため、入り口から6キロメートルの地点に即席の砦を土魔法で作り、そこに30人の冒険者チームが配置されることになっている。退路に異変あらば、すぐさま狼煙で前線基地に知らせ。前線基地からアクエリアス隊を派遣する手はずだ。

 アリスは、29人の冒険者を引き連れ、侵攻部隊の後ろを進んでいった。彼らが進んでいった後には幅15メートルの道ができていった。
 道の両サイドには今なお倒された木が燃えている。アリスの耳には、

 ……うけけけけけっ。燃えるっ燃えるぜー!
 ……あったか気持ちイイー!
 ……こんがりこんがり。ウヒヒヒヒヒっ!

 燃えさかる狂った木々の声を聞きながら、悔しさと怒りと不甲斐なさをかみしめている。
 森を守るべきエルフである自分が、守り切れずに森を焼かねばならない。
 アリスにとって、この森すべてがすでに地獄。
 灼熱地獄の炎に照らされたアリスの顔は、今までに見たことがないほど苦痛に満ちたものであった。

――――。
 さすがに一日で目的の沼まで進むことはできなかった。
 しかし、すでに賽は投げられた。
 侵攻部隊は休憩を挟みつつ、ただただ進み行き敵を撃破するのみ。

 森を切り裂く新たな道の火が、暗夜の中あたかも赤い滑走路のように見える。
 そして、夜が明ける頃、侵攻部隊の切っ先は沼地へと到着した。

 ――朝靄が沼の上を漂っている。
 沼の中を何かが蠢いているように、ちゃぷっと音が聞こえる。

「ジョルジュ!」
「おう! いよいよ本番だな。打ち合わせ通りにいくぞ!」

 風魔法で竜巻を起こして朝霧を払いのけて視界を確保し、土魔法と火魔法を同期させて沼を硬化して大地とする。
 沼地が消え去りその最奥に高さは10メートル、幹の直径は5メートルはある大樹が見えてきた。白い幹に一つも葉がないかわりに何本もの蔓がぶら下がりうごめいていた。蔓に咲いた真紅の花から黄色い胞子がたなびく雲のように漂っている。
 足下の太い根っこの隙間からは何人もの人間の体が見えている。さらわれた市民は殺されて養分にされているようだ。
 その背後の森からは大樹を守るように、浸食された魔物、そして、忌々しいことに浸食された冒険者が幽鬼のように現れ進路を阻む。

 陣形を整えた侵攻部隊の最前列で、レオン将軍が剣をふりかざす。
「いくぞ!」
 最後の戦いが始まった――。

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