32 合宿 2 セバン湖に向かって

 昼食を終えて、修練場の休憩スペースで一息ついてから再び中央に集まった。
 一番手は俺だ、ランド教官と対峙する。

「ほらほらっ。足下がおろそかだぞっ。次は左っ、右ってフェイントだよっ」
「くっ。ほっ。……はっ」
「む? よくなってきたな。……よし。ジュン、もういい。お前はセンスがあるな。これからも油断せずに鍛錬を続けろよ」 
「ありがとうございます」

 スキルでは俺の方がはるかに上まっているが、徐々に回避ができなくなっていき、気がつくと追い詰められていた。これがランクが上の冒険者って奴なんだろう。スキル外の経験にもとづく組み手は非常にためになった。

「じゃあ、次はセレスだ。構えろ。行くぞっ」
「はい。よろしくお願いします」
「はっ。……ほらほらどこを見てる。いいか、ナイフはリーチが短い。回避、受け流し、体術を駆使しろっ。お前ならできるだろ。ほらっ足下っ」
「きゃあっ」
「ははは。まだまだだな。だがまあ、お前は犬人族だ。鍛錬すればナイフだけでも強くなれるぞ」

 ランド教官は充分に手加減してくれているようだけど、みんな打ち据えられて、へばって倒れている。俺とサクラ以外は、だけど。

「ジュン。お前は体力もあるな」
「はあ。はあ。ホント。……なんだかうらやましいわ」
 息を弾ませているセレスに、俺は苦笑いでこたえた。トーマスが、
「それにサクラも強い! 二刀流なんて初めて見たよ」
とサクラにいうと、サクラは、
「おじいちゃんに鍛えられましたから!」
と元気に返事をしていた。

 ルイ教官の方はどうかな?

 ケイムの方は、魔法なしで護身術としてなので、回避、受け流しがメインのようだ。……もっとも体力が無かったようで、地面から起き上がれないみたいだけど。大丈夫か?

「はっ。……くっ。このっ」
「ははは。こっちだっ。それっ。右っ、右っ」

 ヘレンも回避がメインのようだが、一生懸命メイスを振るって、とうとうスタミナ切れのようで全身で息をしている。うん。回避のたびに胸が揺れるのが気になって、思わずチラ見してしまう。

「ケイムよりは体力があるようだな。………よしっ。ここまでにしよう」

 教官相手の組み手が終わり、まだみんな呼吸を整えているが、一度、全員が集まる。
 ランド教官が、
「さあて。みんな一通り組み手をしたわけだが、まだまだだな。この修練場はいつでもあいているしギルドで用意した指導者もいるから、これからも鍛錬を続けるように」
と言うと、つづいてルイ教官が、

「ランドのいうとおりだ。それにジュンとサクラ以外はへばっているが戦闘技術のほかに体力をつけることが大切だ。どんなに技術があっても体力がなければ、今のお前たちのようにすぐに動けなくなってしまう。動けなければすぐにやられるぞ。いいな」
とアドバイスをする。

 ランド教官が、
「それでは息を整えながら聞け。これから小休憩の後で野外訓練に向かう。その途中で商店街により屋外に行く準備をする。
 一つ一つ指示するが、依頼に取りかかる前には必ず入念な準備を整えなければならない。特に護衛や討伐、数日にわたる依頼など、準備が足りなければ依頼達成も格段に難しくなる。それに命にも関わるからな。それとまだ初心冒険者セットを購入していない者は購入するか、レンタルしておけ」
 つづいてルイ教官が、
「野外訓練として薬草採取などの採取依頼を受けておくが、この報酬はギルドに入ることを了承しておいてくれ。そのかわり合宿期間の食事はギルドから出る。……ランド。俺は準備して門で待っているから、みんなを連れてきてくれ」
「おう。わかった」
 ルイ教官は、俺たちを残して先に修練場から出て行った。俺たちにランド教官が説明する。
「さて今更いうまでもないが、この商店街には武器屋、防具屋、薬屋、道具屋、食料品店などの専門店。それから銀行。レストランなどの料理屋や屋台。それと総合商店のフランツ商会などがある」
「ランド教官。俺はこの町に来たばっかりで、どんな店があるのかよく知らないんですが……」
「ああ、そうか。じゃあちょうどいい。準備をしながらギルドと協定している店を紹介しよう」

 それから俺たちは、ランド教官に連れられながら武器・防具屋や薬屋、道具屋へ行き、品物の見方や注意点を細かく教えてもらった。そしてその都度、初心冒険者セットに入っていない物品、回復薬、毒消し、飲料水、雨具などを購入した。
 最後にフランツ商会で支店長に挨拶を行って顔つなぎをしたあとで、みんなで町の門へ向かう。

「おうっ、きたな。じゃあいくぞ」

 待ちくたびれた様子のランド教官と合流する。
 ルイ教官は、3食分の食料や飲料水などを用意していてくれた。俺たちは手分けして用意された食料等を荷物に加えた。

 準備ができたのを確認したランド教官は、
「これから北にあるセバン湖までいく。今日はそこで野宿だ。そこまでは道があるが森林探索の練習を兼ねて隊列を組むぞ。前衛はジュンとサクラ。真ん中がヘレンとケイム。殿しんがりがトーマスとルンだ。セレスは、一番前で索敵と周辺警戒を頼むぞ。俺は左、ランドは右の後方に分かれる。殿の二人は後方の警戒を頼むぞ。……では出発だ」

 指示通りに俺とサクラはセレスの後ろを並んで歩く。隊列と言っても軍隊の行進みたいにくっついているわけでなく、ある程度離れて互いにフォローできる間隔をたもつように歩いている。
 アルからセバン湖までは約10キロメートルである。道もあるので2時間から3時間ほどで到着の予定で到着次第、野営の準備にとりかかる手はずだ。

 まだまだ戦後の空気の漂うアルの街を出発し、晴れた昼下がりの街道を歩いて行く。

「こんなことを言うと不謹慎かもしれないが、街の外にいる方が日常を感じるな」
と俺が言うと、すぐ後ろのケイムが、
「街はまだまだ陰鬱だからね」
「そういえばケイムの親父さんは警備隊の人だっけ?」
「そうです。あの夜は大変だったみたいです」
「その時ケイムは?」
「僕は、ちょうど後ろにいるトーマスさんとルンさんとで西町の通りで警備をしていたんですよ」
「そうか。俺は修道院の警備だった」

 ここで俺とケイムの会話にヘレンさんが入ってくる。
「ジュンさんがいてくれて、本当によかったわよ」
「ははは。まあ無事でよかったってところだな」
 思い出したようにケイムが、
「そういえば、あの夜に連れ去られた町の人で無事に戻って来れたのは三人だけだったみたいですね」
と言った。俺は前を向きつつ苦笑いしていると、隣のサクラが、
「マスターもその一人ですよ」
と明るく言った。ケイムは、
「えっ? マスター? っていうか、ジュンさんが?」
と驚いている。しかもサクラとヘレンさんを除いた全員が俺を見ている雰囲気だ。

 左を歩いていたルイ教官が、
「お前も苦労したんだな。無事に帰って来れてなによりだ」
と言う。ランド教官は、
「今回の討伐防衛の依頼では、俺たちのチームはフルール村に詰めていてな。被害状況はだいたい把握している。よく戻って来れたもんだ」
としみじみと言った。
 その時、
(マスター! 前方左、ゴブリンの群れが来ます!)
とサクラから念話が届いた。気配が変わった俺にみんなが怪訝な顔をするが、セレスとルイ教官が同時に警告する。

「前方左から何か来るっ」
「前方左注意!」

 ガサガサっ。薮の中からゴブリンが跳び出してきた。その数は15匹だ。
「キキキィっ!」
 俺たちを見て、ゴブリン達は勢いのままに襲いかかってくる。
 とっさに俺はみんなに指示を出した。
「セレス。お前は周辺を警戒しろっ」
「ええ」
「いくぞ! 俺とトーマスとルンが前。ケイムは魔法を頼む。ヘレンとサクラは補助を!」
「おおっ」「はいっ」

 前衛は俺を中央に、左にトーマス、右にルンが陣取っている。節くれ立ったこん棒やさび付いた剣を振り回しながらゴブリンが殺到した。
 ルイ教官から注意が促される。
「いいか! たかがゴブリンだがまずは敵を観察しろ! ランドはセレスと一緒に警戒を頼むぞ」
「ああ」

(……動きはそれほど早くはない。だが、おびえた目をしているな。それも急いでここから逃げたいといった感じの恐慌状態。隙だらけだ。ただし逃げる理由が気になるから急いだ方がいい)

 ゴブリンの動きと目からそう判断した俺は、目の前に一歩踏み出して剣を一閃させる。
「ぐぎゃっ」
 目の前のゴブリンを逆袈裟に切り上げた剣を切り返し、隣のゴブリンを切り捨てる。
 隣のトーマスとルンは、それぞれさびた剣を持ったゴブリンと打ち合っている。

「加勢するぞ!」
 一声かけてから、左前のゴブリンの左腕を切り落とし、右前のルンと打ち合っているゴブリンの首を刎た。

 その後ろから新たなゴブリンがやってくるが、ヒュッヒュッヒュッと三本の矢が飛んできて正確にゴブリンの目から脳に突き刺さる。その場でもんどり打って倒れたゴブリンが細かく痙攣しているが、もはや死んでいる。

「我がマナを資糧に、敵をうがて! クレイランス!」
 トーマスの詠唱が終わり、奥にいたゴブリンの足下から土の槍がニョキッと飛びだした。1匹、2匹と槍に体を貫かれたが、他は交わしたようだ。
 俺たちが手強いとみたのだろう。一匹が背中を向けて逃げ出すと残りの6匹も逃げようとする。

 その時、音もなく、背中を見せたゴブリンの後頭部に黒い何かが次々と突き刺さり、すべてのゴブリンが倒れたままで動かなくなった。
 ちらっとサクラの方を見ると、サクラは手に手裏剣を構えさらに敵がいないかを警戒していた。
 なるほど。手裏剣ね。……ますます日本じみてるな。

 俺たちは警戒を緩めずに、目の前で死体となったゴブリンを見下ろした。

「何だかおびえた目だった。何かから逃げようとしていた。警戒は緩めない方がいい」
と俺が言うと、トーマスとルンが驚いて、
「えっ。ジュンさん。よく見てたね。俺はそんな余裕がなかったよ」
「……ん、確かに」
 えっと、ルンはどっちの「確かに」だ?

 ルイ教官が、
「お前達、初心者にしては強いな。あれだけのゴブリンの群れをなんなく撃退するとはな」
と感心して言うが、俺は、
「いえ。奴らはおびえて恐慌状態だったからですよ」
と言うと、少し考え込んで、
「ふむ。相対したお前たちの判断だ。信用しよう。……できるだけ早く、ゴブリンの耳を切り落とし、死体を焼いて、慎重に先に進むぞ」
と言う。ランド教官は、
「それとセレス。周辺警戒だ。少し森に入って様子を見てくるから一緒に来い」
と言って、セレスと共に左側の森へ向かう。
「頼むぞ。ランド。お前の鼻なら安心だ」
「ああ。任せとけ、ルイ」

 サクラに森の警戒をさせたまま、俺たちはすぐに討伐部位のゴブリンの耳を切り落とし、死体を道の脇につんだ。
 とその時、サクラがピクッと耳を跳ね上げると、
「マスター! 真紅猪ブラッド・ワイルドボアです。ランクDの魔物です。さっきのゴブリンを追っかけて来たんでしょう!」
と叫んだ。

 俺はサクラの警告に、慌ててゴブリンの出てきた方を警戒する。

 と目の前で、ランド教官とセレスが森から跳び出してきた。
「ルイ! 急いで撤退だ、ブラッド・ワイルドボアだ!」
「なんだと……。む。間に合わないぞ! 隊列を整えろ! 迎え撃つぞ。……ケイム! 急いで土壁を作れ!」
「はい! 我がマナを資糧に我らを守る土壁となれ。クレイウォール!」
「みんなは土壁の後ろだ。急げ!」

 クレイが土壁をつくるが、まだスキルレベルが低いために脆そうだ。しかし、猪相手ならこれでも充分だろう。
 俺たちが土壁の後ろに回った瞬間、ごばぁっと木を吹っ飛ばしながら、体高3メートルはある赤い猪が跳び出してきた。

「いいか。ブラッド・ワイルドボアはランクDのモンスターだ。俺たちなら対処できるが、お前たちでは危険だ。このまま土壁の後ろにいろ!」
 と言い捨てるや。ルイ教官とランド教官は土壁から跳び出した。

「ぐるる……」
 ゴブリンを探しているように周りを見回していたブラッド・ワイルドボアが、二人に気がついてこっちに向きを変える。と、次の瞬間、突っ込んできた。

 ブラッド・ワイルドボアがランド教官をはね飛ばすかと思った瞬間、ランド教官はひらりとかわしざまにブラッド・ワイルドボアを切りつける。

「すごい。…まるで闘牛士だ!」
 戦いを見ていたトーマスがつぶやいた。
 向きを変えたブラッド・ワイルドボアが、再び突っ込んでくる。少しでも当たったら、はね飛ばされてしまうだろう。
 ルイ教官がブラッド・ワイルドボアと対峙したままで命令した。
「ケイム! 合図を出したタイミングで落とし穴だ!」
「はい!」
「……今だ!」

 ルイ教官の指示の通りケイムが呪文を詠唱すると、ブラッド・ワイルドボアの前に深さ20センチメートルほどの穴が現れた。

「ぐぴぃぃっ」
 足を取られたブラッド・ワイルドボアは、凄まじい勢いで転がっていく。

「今だ!」
 この時とばかり、ルイ教官がブラッド・ワイルドボアの眉間に渾身の突きを繰り出す。
「ぶぐぅっ……」

 ブラッド・ワイルドボアの動きが緩慢になり、そのままぴくぴくと痙攣をはじめた。
 それを確認してルイ教官が、
「ランド。トドメを」
「ああ」
というと、ランド教官はブラッド・ワイルドボアの頭に近づいていった。
 しかし、次の瞬間。ルイ教官の体がはじき飛ばされた。
「!ぐはぁ……」

「こ、こいつ」
 ブラッド・ワイルドボアは意識を完全に失ってはいなかった。近寄ったランド教官を吹っ飛ばしたのだ。

 そのままよろよろと立ち上がり、今度はルイ教官を睨むブラッド・ワイルドボアは、突然、元来た森の中へ駆け込んでいった。
「しまった! 逃げられた。ちぃ……ランド、大丈夫か? ヘレン! 回復魔法を!」

 ランド教官はよろよろと立ち上がると、こっちへ歩いてきた。
「あ、ああ……なんとかな」
 ヘレンが、ランド教官に駆け寄り回復魔法をかける。
「教官、少しそのままで……身に宿りしマナの力よ。癒やせ。ヒール」
 ランド教官の全身が淡く光ると、楽になったようだ。
「ヘレン。助かったよ。回復魔法の使い手がいて良かった」
「いえいえ。それが私の役目だから」

 ルイ教官が森を見ながらつぶやく。
「……しかし、まいったな。手負いのブラッド・ワイルドボアを逃がしてしまった」
「そうだな。ルイ。だが今はどうしようもない」
「わかってるさ。……よし、ゴブリンの死体を片付けたら予定通り湖に向かうぞ」

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