34 合宿4 忿怒の襲撃

――――。
「おい。そろそろ起きてこい。朝食の準備をするぞ!」

 テントの外からランド教官の声がする。
 もそもそと起き上がり、テントから出た。それからも特には何事もなく俺たちは朝食の準備を始める。
 ……朝食は、干し肉と山菜を使ったスープとパンだ。山菜はセレスが採ってきてヘレンがスープを作る。

「このスープはうまいな」
「そう。ジュン、ありがと」

 俺とヘレンの会話を聞いて、トーマスが、
「なんだかお二人さん、昨日より近くなっているような……。見張りの時に何かあった?」
「いやいやいや。何もないさ。だってこのスープ旨いだろ?」
「ま、たしかに旨いのはそうなんだけど……」

 やめて、ジト目で見るのはやめてくれ。と、サクラもニヤニヤして見るんじゃない。
 ヘレンも、
「そうそう。何もないのよ。ホント」
と弁明した。トーマスは、
「ふうん。ま、いっか」
といってスープを飲んだ。なんだか、みんなの目線がイタイ気がする。

「さて片付けも終わったし、これから午前の訓練を行う。ランド、たのむ」
「ああ、今日はこれから森に入る。森の探索は基本中の基本だ。隊列を組んで進むが、それはダンジョンでも一緒だ。昨日と同じく前衛はジュンとサクラ。真ん中がケイムとヘレン。殿がトーマスとルン。セレスは索敵と周辺警戒だ。
 この森の中に小さなほこらがあるから、そこまで行ってまた戻ってくる。道は俺が先導する」
「準備はいいか? ……じゃ、行くぞ」

 こうして俺たちは森の中へ踏み出した。みんな無言で進む。
 途中で、何度か教官が薬草や毒草、森に出てくる魔物や獣の習性や、注意が必要な地形などを教えてくれる。

 やがて、中継地点の祠がみえてきた。祠は、高さは約100センチメートル。小さな家をかたどったような石組みの建造物で、地球でいう道祖神のようなものというか、石造りの小型の社というか……、そんなものだ。
 祠の前でランド教官が説明する。
「ここだ。この祠が何を祀って、いつからあって誰が作ったのかはわからない。もしかしたら祠でもないのかもしれない。ただみんなは森の祠って呼んでいる。森の中のこういう建造物を知っておくと、ここを拠点に活動したりできるから便利だ」
 なるほどね。確かに。と納得しているとき、さわさわさわと何かのささやき声が聞こえた。

 ……わあ。すごい人が来てるよ。
 ……本当だ。祝福持ちだ。
 ……うん? 僕たちの声がきこえてるっぽいね。

 慌てて周りを見回すが、俺たちのほかは誰もいない。
 もしかして妖精か? と思い、目をこらすと、祠の周りに漂っている沢山の羽妖精が見えた。
 ……見えた? 見えたね。
 ……すごい! すごいよ!
 妖精達が一斉に俺の体にまとわりつく。
 ……人間で見えた人って初めてだね。
 ……ふふふ。ここモシャモシャで面白い。
 一匹の妖精が俺の頭に座り、髪の毛で遊んでいる。
 おいおい。止めてくれと念じると、
 ……や~だよ。楽しいもん!
と言う。

 と、その時、みんなが俺を見ているのに気がついた。
「うん? どうした?」
ときくと、ランド教官が、
「ジュン。疲れたか? なんだかぼうっとしていたみたいだが……」
と言う。
「あ、ええ。ちょっと考え事をしていて。すみません」
「大丈夫ならいいんだ。少しここで休憩するが、警戒だけは怠るなよ?」
「はい。わかりました」

 ……怒られちゃった。
 ……私たちのせい? ごめんね。
 ……確かに危険が近づいてるね。
 ……気をつけてね。

 なに? 危険が近づいている?
(サクラ。何か周りに魔物とかいるか?)
(え? え~と、……いないですね。っていうか、獣も鳥もいないですね。おかしいな?)
(……サクラ。警戒しておいてくれ)
とサクラに念話で指示をした時、教官達も異変に気がついたようだ。

「ふむ。この森はこんなに動物が少なかったかな?」
「たしかに生き物の気配がしないのは変だな」
「湖まで戻った方がいいかもしれんぞ」
「……そうだな。空気がちょっと変わってきたな」

 教官達の警戒度があがっていく。俺たちはそれからすぐに湖にとって返した。
 背後で妖精達の声が聞こえる。
 ……またね!

――――。
 湖に出た俺たちは、教官達は森を観察している横で、撤収準備も兼ねてテントを片付けはじめた。
 同時に、ヘレンとセレスで昼食のサンドイッチを作っている。

 ふい森から一斉に鳥が飛び立った。
 鳥に気づいたルイ教官の目つきが鋭くなる。と同時にサクラから念話が届いた。

(マスター! 何か大きなものがこっちに来ます! 御注意を!)
 ランド教官も警告の声を張り上げる。
「何かおかしいぞ! みんな戦闘用意!」

(……マスター! 真紅猪ブラッド・ワイルドボアです。きっと昨日の)
「……ブラッド・ワイルドボア?」
 思わずつぶやくと同時に木々の間から、どす黒いオーラを身にまとったブラッド・ワイルドボアが跳び出した。

「ぐるるぅ」
「な、なんだあれ? ブラッド・ワイルドボアか?」

 ルイ教官がつぶやく。そう。そのブラッド・ワイルドボアは黒いオーラを全身にまとっている。見るからにおどろおどろしい。
 ナビゲーションが情報を表示する。

――浸食された憤怒の真紅猪ブラッド・ワイルドボア――
 手負いのブラッド・ワイルドボアが、狂乱のまま、怒り、恨みを黒いオーラにして身にまとったもの。
 エビルトレンントの胞子に浸食されている。

「浸食された憤怒のブラッド・ワイルドボア……」
 俺は呆然とつぶやきながらブラッド・ワイルドボアの背中に映えている蔦を見た。まさか。まだエビルトレントの悪夢が終わっていないのか?
「何。ジュン、知ってるのか? 浸食された? 憤怒のブラッド・ワイルドボアだと?」
「おいルイ! 背中を見ろ! あの蔦!」
「あの蔦は! すでに森から拡散していたのか? くそが!」
「やばいぞ! ルイ! こっちにくる!」

「みんな、よけろおぉ!」

 ルイ教官の叫びとともに、ブラッド・ワイルドボアが地面を蹴った。
 ……は、速すぎる! 一瞬のうちに目の前に迫る。

「ぐ、間に合えっ」
 俺は目の前のヘレンの背中を思いっきり押した。次の瞬間。俺の体はまるでトラックにはね飛ばされたように宙を舞い、地面に打ち付けられた。
 全身が衝撃で打ち抜かれ、空気が肺から出されて息が詰まる。
「がはっ……」

「マスター!」
「ジュン!」
 慌ててサクラとヘレンが近寄ってくる。自然回復で体の痛みがすうっと消えていくのがわかる。
「これくらい大丈夫だ!」
 俺はすぐに立ち上がって近づいてくる二人を手で制すると、ミスリルソードをマジックバックにしまって代わりにフレイムエレメント・ソードを取りだした。
 立っているのは俺たち3人だけで、みんな地面に叩きつけられて倒れている。

 魔力を込めると刀身が火をまとう。
「ヘレン、みんなに回復魔法を!」
「わかったわ!」
 サクラは俺の隣でブラッド・ワイルドボアに向かって構えている。
 俺とサクラがブラッド・ワイルドボアを引きつけ、その間にヘレンが回復させてみんなを逃がすしかないだろう。
 くそっ。こっちの分が悪いな。

 俺たちをはね飛ばしたブラッド・ワイルドボアは、遠くまで直進して、再び俺たちの方へ向きを変えた。
「来るぞ!」
 全身に力を込めてブラッド・ワイルドボアの突進を待ち受ける。
 ブラッド・ワイルドボアは、まるで闘牛のようにこっちを睨んで前足で地面を削っている。と、走り出した!

 その時、ブラッド・ワイルドボアの進路上に一人の男が飛び込んできて、跳躍してブラッド・ワイルドボアをよけると同時に剣を一閃させた。
「ふんっ!」

 次の瞬間。ブラッド・ワイルドボアの鼻先からピシィッと一条の光が放たれ、目から光が失われ鼻先から唐竹割りに左右に分かたれる。
 ずうぅん。

 ――ピコーン。
「閃光斬」を覚えました。

 脳裏でナビゲーションが告げるが、それどころじゃない。

「す、すごい。あの巨体を、一瞬で……」
「す、すごいです。マスター。一体だれ……」
 サクラと二人でハモる。

「い、いや。それどころじゃない。サクラもみんなに回復魔法を!」
「はい。マスター」

 茫然とこちらを見ていたヘレンだったが、サクラが来るのをみて、あわてて回復魔法をかけだした。

 剣を鞘に収めた男がこちらへ向かってくる。
 年の頃は、30前後。黒い短髪。日に焼けて精悍な様子で、身長は180センチくらいの長身だ。

 ――トウマ――
 ステータス表示不可。

 な、なに? ステータス表示不可? そんなの初めてだぞ?
 名前しかわからないナビゲーション表示に愕然としていると、男が、
「無事か?」
と聞いてきた。
「あ、ありがとうございました。助かりました」
「たまたま居あわせて良かったな。後ろの人たちも大丈夫そうだな?」

 見ると、回復したみんながフラフラしながらこちらへやってくる。
 ルイ教官が、代表して男に礼を言った。
「ありがとう。たすかったよ。危うく全滅するところだった」

「いやいや、なんの。……俺はトウマ。剣士だ。っと、連れがいるんだ。ちょっと待っててくれ。おーい。イト! 早く来いよ!」

 見ると、森から一人の女性がやってきた。同じ黒髪でショート。群青色のローブを羽織って、大きな杖を持っている。急いできたのか、息がきれている。

「も、もう。早すぎんのよ。あんたは」
「こいつらが危なそうだったからよ。……こいつはイト。魔法使いだ」

 ――イト――
 ステータス表示不可。

 この人もか。……俺たちは、それぞれ挨拶を交わした。

「ま、無事で何よりだ。……じゃ、俺たちは俺たちで用があるから、これで失礼するぜ。そのブラッド・ワイルドボアは例の胞子に汚染されてるから、悪いが焼却するぞ?」
 そういうトウマさんの向こうで、イトさんが巨大な魔法の火柱を出して両断された猪を焼却していった。
「ああ。……もしかして貴方たちはエビルトレントの胞子に浸食された魔物を退治してるのか?」
「まあな」
「そ、そうか。……助けが必要な時は言ってくれ。今日の借りは必ず返す」
「あんまり気にすんな。ま、そん時はよろしくな。……あ、そうそう。そこのジュンだっけ。ちょっといいか?」
「え? 俺?」

 手招きしているトウマのところへ行くと、
「俺の依頼にも関わってるんだが……俺はアルの貴族街にいるシンという方の家にご厄介になっている。そっちが片付いたら、一度来てくれ。用があるから」
「なぜに俺を?」
「それは来た時に説明する。チームのメンバーも連れてこいよ」
「ええっと、わかりました」
「絶対だからな。頼むぜ」
 トウマさんはウインクをすると、イトと呼ばれた女性と一緒に再び森の中に入っていった。

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