37 聖女の祈り

 朝の光が、窓のすき間から入ってくる。

「う~ん……」
 ぼんやりしていた意識が次第にはっきりしてくる。
 そのままベッドの中で伸びをしようとしたが、体ががっちりと柔らかいものでロックされていた。

 なんだ?
 目を開けると、そこにサクラの顔があった。
「おわっ」
 びっくりして反対側を向くと、柔らかいものに顔が包まれた。
「な、ななっ」
 慌てて離れるとヘレンの胸だった。
 おかしい。昨夜、俺は端っこで寝ていたはずなのに、なぜ真ん中で挟まれているんだ?

 俺は二人に挟まれたまま上半身だけ起こして、額に手をやって思い出そうとした。
 すると、ヘレンとサクラが目を覚ましたようだ。
「う、んん。はぁ。おはよう。ジュン」
 ヘレンが色っぽくため息をつきながら、俺の腰に抱きついた。大きな胸がぎゅうっと押し当てられる。
「あ、おはようございます。マスター」
 反対側からはサクラが抱きついてくる。こちらもヘレンほどじゃないが充分な大きさの胸が押し当てられ、しかもすべすべした足を絡ませてきた。

「んふふふふ。これは何ですかな?」
 サクラが笑いながら俺の股間を指さした。
「朝の生理現象だ。俺の意志ではどうにもならん」
と俺が言った途端、
「見せて」「見たい!」
と二人が言うので、ぱこんと二人の頭にチョップを打ち下ろした。

 頭を抑えながら、ヘレンが、
「なかなか我慢するわね」
というと、サクラが、
「二人がかりでも駄目ですか? ……マスターはヘタレですか?  据え膳を食う勇気が無い?」
とか言っているので、もう一発チョップをくらわせた。

「いたっ。うう。ひどいです」
「まったく。今日は忙しいぞ。朝食をとって早く準備するぞ」
 そういって俺はベッドから下りて着替えを始めるが、ベッドの方から四つの目がじぃっと見ている。
「おいおい。お前らも早くしろよ」
と言うと、ヘレンとサクラも下りてきて、なにやら鼻歌を歌いながら舞うように夜着を一枚一枚脱いでいく。
「何してんの?」
「「誘惑」」
「……お前ら、デコピンな」
と言うと、慌てて二人とも急いで着替えを始めたので、俺は窓辺に立って二人に背中を向けた。

 はぁ。これは俺もどこかで発散しないと襲ってしまいそうになるな。

――――。
 朝食の後、俺たちは早速、修道院へ向かった。

 まだ朝の早い時間。修道院のそばの畑では、農作業をしている人が見える。
 大広間に入ると、正面に大きな翼を広げた女神トリスティアの像に、ステンドグラスから色とりどりの光が差し込んでいた。早速、礼拝している人が何人かいるようだ。

 勝手知ったる修道院なので、ヘレンがちょっと待っててといって、一人で奥に歩いて行った。
 しばらくして戻ってくると、
「……じゃ、ついてきて」
というので、あとに続いて、祭壇脇のドアを通って廊下を進んでいく。
 一つの観音開きのドアの前に行くと、ヘレンは、ドアを開けて手招きした。

「さ、入って」
「ああ。わかった」

 中には20人ぐらいが入れるくらいのスペースがあって、その中央に大きなテーブルとその周りにイスが並んでいる。
「どこでもいいから座ってちょうだい。もう少ししたら聖女様が来るから」
といって、ヘレンは俺の隣に座る。

 ヘレンは室内を眺めながら、自分の身の上を話し出した。
「実は、私ね。孤児だったんだ。この修道院の前で聖女様に拾われて、それからずっと聖女様を母親にして育ってきたのよ」
「そっかぁ。……俺はさ、実は記憶喪失なんだよ。気がついたら草原にいてさ。歩いている内にゴブリンに襲われている行商人がいてさ。それに加勢して、それでその人がアルまで連れてきてくれたんだ。で、生活するなら冒険者がいいって言われてね。ま、得体の知れない人間じゃ、冒険者ぐらいしかなれないしな」
「なにげにディープな過去をもっているわね。それをさらっと……」
「時々、無性に寂しくなるんだよ。こう、なんていうか。体の中を秋風が吹き抜けていくみたいな」
「ああ、私も孤児だったからわかるわ。世界にたったひとりぼっちだっていう気持ちがするのよね」

 その時、サクラが俺の左手を引っ張り、自分の顔を指さした。あ、そっか。同じチームになるんならサクラのことを話しとかないとな。
「それでサクラなんだが……」
と、説明しようとしたら、サクラが自分から、
「はい。ヘレンさん。私は猫人族じゃないです。妖怪のネコマタなんですよ」
と言った。ヘレンは目を白黒させている。
「はい? 妖怪? ネコマタ?」
「そうです。珍しいでしょ? レジェンドスーパーレアですよ」
「で、妖怪って何?」
 ヘレンがそう言った途端、サクラがその場でガタッと崩れ落ちた。

「よ、妖怪を知らない。ショックです」
と言うので、俺が、
「まあ、普通は知らないんじゃないか? そうだなぁ。妖精のもっとおどろおどろしい力を持っているようなもんだな」
とフォローすると、サクラが、
「え、え~と、確かにどう説明して良いのか……。あやかしのたぐいっていってもわかんないですよね」
「……よくわからないけど、とりあえず猫人族じゃないってことね。それでそれを内緒にしてると」
ヘレンが自分のなかで上手くまとめたので、
「まあ、そんなものだな。……それで、サクラは忍者だから忍術で変身できるんだ。黒猫になったり美少女になったりね」
「は? 変身?」
「あははは。実際に見た方が早いですよね?」

 そう言うと、サクラは人化の術を解いて黒猫に戻り、さらに再び人間の姿に戻った。
 ヘレンは驚いたようで固まっている。ギギギギと首を俺の方に向けたので、
「ま、そういうもんだと思えば良いさ」
と言ってやった。
 ヘレンはようやく納得したのか、
「ふうん。なるほどね。このチームは色々と規格外ってことがよくわかるわ。普通の人間は私だけなのね」
とつぶやいた。

 すると扉の方から、
「あなたも充分、普通じゃないわよ」
といたずらっぽい声がして、聖女ローレンツィーナ様が入ってきた。
「聖女様!」
 慌ててヘレンが立ち上がり、それに遅れて俺とサクラが立ち上がる。
 聖女様がニコニコしながら席を勧める。そして、サクラを見て、
「あの夜の猫ちゃんね。やっぱり人間の姿は美少女なのね」
と言う。そして、俺の目をじっとのぞき込んで、
「ジュンさん。ヘレンをよろしくお願いします。予言を聞いたと思いますが、この子には大きな宿命が立ちふさがっています。あなたのお力で導いてやって下さい」
「聖女様。それはちょっと私には重すぎます。せめて、ともに歩くメンバーとして接したいと思います」
「ふふふ。そうね。……それとこの子はまだ赤ちゃんの時に私が拾い、育て上げました。言わば娘も同然です。この私の娘をあなたに差し上げますわ。大事に扱き使ってやってください」

 思わずそんなことを聖女様は言い出した。俺はなんと言って良いのかわからず、
「は、はあ」
と、なんとも気の抜けた返事をしただけだったが、聖女様はにっこり笑って、
「まだ今は、そんなに重く考えなくてもいいのよ。……いずれ時がくればわかるから」
と言う。
「そういうものでしょうか?」
「ええ。そういうものです。……予言ですから」

 聖女様は、急に聖母のように優しい笑顔でヘレンの方を向いて、
「さあ、おゆきなさい。ヘレン。忘れてはだめよ。何があっても、ここがあなたの生まれ育った家。あなたのおうち。いつでも私たちは歓迎するわ」
と声をかけた。ヘレンは、やはりこみ上げてくるものがあるようでしばらく黙っていたが、
「聖女様、ありがとうございます。……今まで、本当にありがとうございました。きっと自分の道を見つけ、また報告にきます」
と言った。すると聖女様は、
「ふふふ。ジュンさん。ヘレン。そして、サクラさん。まだ見ぬ人々も含めて、貴方たちの結婚式は私が執り行います。楽しみにしているわね」
と言った。

 ……うんうん。きっと娘を嫁に出す親の気持ちなんだろうな。
 と思っていたが、ふと、「まだ見ぬ人々も含めて」?「貴方たちの結婚式」? なんのことだ? と首をかしげた。
 その様子を見て聖女様はクスクス笑っている。
「それまで長生きしなければね……」

 挨拶を終え、聖女様は大広間まで俺たちを見送りに来てくれた。
 ヘレンは、改めて大広間で女神トリスティアの像に礼拝すると、みんなで聖女様に一礼して修道院を出たのであった。

――――。
 ……行ったわね。あの子たちが折れずに、まっすぐに信じた道を進むことができますように。トリスティア様。どうぞお守りください。

 二人を見送った聖女は、一人でいつまでも祈り続けていた。

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