38 シンの屋敷

 エビルトレントの討伐から5日目となり、街も少し活気を取り戻してきているように見える。
 亡くなった人も多かったが、そこから立ち上がる人間って強いな。

 さて、これからトウマさんのいるシンという人の屋敷へ行かなければならない。
 貴族街へ向かって歩いていると、隣のヘレンのお腹がぐうぅぅと鳴った。
 ヘレンがお腹を押さえて赤くなったのを見て、可愛いと思いつつ、
「そろそろお昼だからどっかに入ろうか?」
と言うと、ヘレンが「そ、そうね」と言った。サクラは、
「あ、それでしたら前から行ってみたいところがあったんです。そこにしませんか?」
と言うので、そこで昼食を取ることにした。
 サクラの後をついて行くと、ちょっとおしゃれな雰囲気のある区画で、貴族街に行く途中のオープンカフェだった。

「ここか? えっとベルローム?」
「うわぁ。オシャレじゃない。ちょっとドキドキするわ」
「早く入りましょうよ。マスター」

 サクラに背中を押され、俺たちは店に入った。店員の若い女性が、
「いらっしゃいませ。三名様ですか?」
「はい」
「では、こちらへどうぞ」
と俺たちを案内してくれた。
 外の景色のよく見える席に座る。頭上にはタープが設置されて日陰になっており、時折、気持ちの良い
風が通り過ぎていく。

 ヘレンが感無量といった感じで、
「いいわね。ここ。素敵じゃない」
と言い、俺も「なかなかいいな」と言ってサクラの頭を撫でてやった。
 サクラは、機嫌良く尻尾を右に左に振りながら、メニューを開いた。

「マスター。私は、これが食べてみたいです」
「ん? ベルローム・スイーツスペシャル? ……ま、いいか」
「あ、それおいしそうね。私もそれにするわ」
 え? ヘレンも? でもこれって馬鹿でかいパフェだよな? さすがに昼飯代わりにはならないんじゃないのか?
「俺は、こっちにするよ。本日のランチA」

「ご注文は決まりましたでしょうか?」
 丁度いいタイミングで、若い店員さんが注文を取りに来てくれた。
「じゃあ、ベルローム・スイーツスペシャルが二つに。本日のランチAが一つ」
「はい。かしこまりました。お待ち下さいませ」
 俺は、二人に、
「二人とも、スイーツスペシャルだけでいいのか?」
ときいたが、二人とも、
「ええ」「もちろん」
と言う。「それならいいけど」と他愛もない話をしていると、店員さんがケーキワゴンを押してやってきた。

「お待たせしました。スイーツスペシャルと本日のランチAです」
「あ、ありがとう」
「おお!」「うふふふ!」

 スイーツスペシャルは、ガラスのボウルに盛られた大きなパフェだった。ところどころに果物とかが入っている。その大きさもそうだが、こっちの世界にも生クリームとか、砂糖とかがあることにびっくりだ。
 本日のランチAは、プレートにサンドイッチとサラダ、ウインナーにスープのセットだ。

「へぇ。砂糖とか生クリームとかって、手に入りにくいって思ってたけど、そうでもないのかな」
とつぶやくと、それを聞いていた店員さんが、
「はい。通常は手に入りにくいのですが、当店では特別な仕入れのルートをもっております。場合によっては、当店を通して街中の商店に限定ですが、おろしも行っております」
「ああ、ありがとう。なるほどな」
 なるほどね。仕入れルートがこの店の強みなんだろうね。……そういえば、この世界で商売するのも良さそうだよね。地球の知識を使えば色んな商品が開発できそうだ。

 パフェを目の前に、二人の目がキラキラしている。早く食べよ早く食べよという無言の圧力を感じる。
「じゃ、じゃあ、さっそく食べよう」
と言った途端、二人はフォークをパフェにさした。
「……うわぁ」「この甘さがとろけるわ」
 二人は口に入れる度にうっとりとしている。とろけそうな二人の顔を見ながら、この店にしてよかったと一人ほくそ笑んだ。
「お。このサンドイッチもいけるな。この肉とサラダの組み合わせがいい」
 あっという間に、スイーツもランチも食べてしまったが、みんな心も体も幸せ一杯の気分だ。
「そういえばジュンは、シンって人の家を知ってるの?」
「それは大丈夫だ」

 食後の紅茶を飲みながら、ナビゲーションで「シンの屋敷」を調べると、ピコーンという音と共に赤と青の矢印が視界に映った。
 お店を出て青の矢印の示すとおりに進み、貴族街に入る。左右に並ぶ屋敷を眺めながらナビゲーションの示すとおりに歩いて行くと、青と赤の矢印が二つとも一軒のこじんまりとした屋敷を指し示していた。
「あれがそうだよ」
と言って指を指す。
 他の屋敷と異なり、入り口の門の前には誰もいなかった。さてどうしようかと思ったとき、建物の玄関からトウマさんが出てきて門を開けてくれた。
「よく来てくれたな。ま、とりあえず中へこいよ」
 やはり貴族の家に入るのには緊張する。俺たちはキョロキョロしながらもトウマさんの後をついて行った。

「この部屋で待ってろ。今、シン様を呼んでくるから」

 客間に通された俺たちを残して、トウマさんが出て行った。俺たちは周りの調度品を眺めて待っていた。
 この客間はそれほど広くはないが、調度品から品の良さが感じられる。
 特に暖炉の上に海原を描いた大きな絵が飾ってある。雲間から光が差す様子が神々しく、さぞ名のある人の作品だと思われた。
「……いい絵だな」
「そうね」
 みんな絵に見入っていると、ドアが開いた。

「やあ。待たせちゃったね。……初めまして。私がシンです」

 年の頃は30半ば。金髪で身長は180センチくらいだろうか。
動作はゆったりとしているが引き締まっていそうだ。整った顔をしていて穏やかな目をしている。

「いえ。はじめまして。俺がジュンです。こっちがサクラとヘレンです。先日は、トウマさんに助けていただき、本当に助かりました。今日は、何かお話があるとか……」
「ええ。ま、そんなに急ぐ話でもないので……。どうぞお座り下さい」
「はい。では失礼します」

 やわらかいソファーに俺たちは座ると、その対面にシンさんが座り、その後ろにトウマさんが立っている。
 俺たちが座ったタイミングで、イトさんが紅茶を持ってきた。

 出された紅茶を一口のみ、ダージリンに似た香りを楽しむ。
 シンさんがようやく口を開いた。

「さて、お話というのは他でもないのですが、ジュンさん。どうやら、あなたは様々なスキルを高レベルでお持ちのようだ。……ですが、そのレベルに見合った技は使い切れていない様子ですね」
 そういってシンさんは紅茶を一口飲んで、再び、
「……ジュンさん。あなたの剣術や拳闘術などはレベル7ですね?」

 シンさんの説明を聞いて、ガタッと、サクラとヘレンが腰を浮かして俺を見た。
「どうした? 二人とも?」
 二人の顔は驚愕に固まっていた。
「れ、レベル7?」

 一瞬早く我を取り戻したサクラが、
「あ、あの。レベルは5までではないのですか?」
と尋ねると、シンさんは、

「いいえ。サクラさん。……実は世間には知られていませんが、その上にレベル6、レベル7があるのです。まあレベル7となりますと、どんな英雄や勇者でも到達しませんがね。これについての説明は省略します。ただ、あなた方の想像を絶するとだけ言っておきましょう」
 ついで俺が尋ねる。
「……なぜ、俺がレベル7だと?」
「私は、特殊なスキルを持っておりましてね。わかるんですよ」

 むむむ。この人は一体……。思わず俺は、シンさんをナビゲーションで見てみた。

 ――シン――
 ステータス表示不可。

 やはり無理か。トウマさんたちと一緒だ。

「私は、単なるおせっかいな隠居人ですよ。……別に貴方たちを陥れようというわけではないですから、ご安心下さい」

 普通なら怪しいと思うところだが、不思議とその言葉に偽りはないと信じられた。
 見ると、サクラとヘレンも、緊張を解いている。

「……よろしいですかな。それで本題ですが、あなたとサクラさんにはトウマのもとで修業をしていただきたい。それとヘレンさんは、このイトが修業をつけます」
「えっ?」「うん?」「は?」

 俺たち三人は口をぽかんとあけ、間抜けづらをさらしてしまった。
「どういうことでしょうか? 修業をつけるとは? ……目的をお聞きしても?」

「ああ、そう構えないで下さい。私は、先ほどもいったとおりおせっかいな隠居人でしてね。最近も、とある人をご招待したんですがね。私の部下が案内に失敗しましてね。……まあ、それはそうと気ままな生活をしております。それで、こうして才能のあるお三方を見ましてねえ、その才能を眠ったままにするのはもったいないと思ったわけです」
「はあ」
「というわけで、別に裏ごころは何もありません。強いていえば親ごころでしょうか」
 シンさんは後ろのトウマさんとイトさんを指さす。

「こういっては何ですが、このトウマは剣術も体術も刀術もレベル6です。イトは、回復魔法が6だし、その他の魔法もレベル6。これほどの達人に修行をつけてもらえる機会はまずないでしょう。皆さんにとっても悪い話ではないと思います」

 えっ。レベル6っていったら勇者級ってことだよな?
 俺の脳裏にはブラッド・ワイルドボアを一瞬で唐竹割りにしたトウマさんの剣技が思い浮かんだ。
 一体、この二人は何者なんだろう?

 トウマさんが一歩前に出た。俺を見て、
「ジュンくん。君がレベル7なのにスキルを使いこなしていないのはきちんと鍛錬していないからだよ。それに君にはとある強い力が眠っている。だけど、まだまだ使いこなせていない。そういった力の使い方を教えてあげよう。……サクラくんもね。ネコマタ種最強の忍びに鍛え上げよう」
 次にイトさんが一歩前に出る。
「ヘレン。あなたもよ。いずれくる予言の時のために私が鍛えてあげるわ」

「……わたしは、お願いしたいと思います。マスター」
「む。サクラ……。そうだな。俺もお願いしたい。ヘレンはどうする?」
「そうね。普段だったら信用しないし、なぜ私の予言を知ってるのか聞いてみたいけど。……いいわ。お願いします」
「ふむ。それではお三方ともによろしいですな?」
「はい。シンさんの好意にのっかってしまいますが、ぜひお願いします」
「よろしい。では話を詰めましょう」

 それから詰めたことは、約一年間、トウマさんとイトさんからの合格が出るまで、俺たちは修行に励む。その間、依頼を受けられないが、生活全般についてシンさんがお金を出してくれる。
 そのかわり、修業後、たまに冒険の話をしに来て欲しいとのこと。たまには依頼を出すこともあるが、その時は優先して欲しい。ただし、無理な依頼や法に触れる依頼は拒否してくれてかまわない。
 思いっきりうまい話でしかないが、どういうわけか俺たち三人とも素直に納得したのであった。

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