39 ノルンの目覚め

 私は夢を見ていた。

 オレンジ色の光りに包まれ、穏やかな気持ちで、ここではないどこかで座っている。
 突然、まぶしい光が私を照らすと、私の身体がぐんぐんと空に昇り、オレンジ色の光が足元に小さくなっていく。
 私は、急に寂しくなった。何かが身体から抜け出たように。
 空を昇っていく私の頭上に、ひときわ大きな光が近づき、私は光の中に飛び込んでいった。

 ……ここは?

 私は無意識の海底から浮かび上がり、意識を覚醒させた。目を開けると木の天井が見える。

 コトコトコトコト。どこかでお湯が湧いている音がする。
 木の匂いとわずかに海の匂いがする。

 キュキュキュキュ。
 不意に鳥の声が近くからする。どうやらベッドの上に横になっているようだ。

 ヘッドボードから真紅の小鳥が私の顔を覗きこんでいる。さっきの鳴き声はこの鳥のようだ。

(ようやく目覚めましたね)
「ん? だれ?」

 ベッドの中から身体を起こして見回すが、部屋には私のほかには誰もいない。

(こっちですよ。ここ。うしろです)

 振り向いたら鳥と目が合った。

「あなたなの?」
(そうですよ。マスター・ノルン)
「ノルン……」
 そう。それは私の名前。そして、この子は……。

 ――フェリシア――
  種族:フェニックス
  年齢:――
  称号:トリスティアの加護
  契約者:ソウルリンク(ノルン)
  スキル:超感覚、治癒の力、怪力、浄化の力、マナ吸収
      飛翔6、火魔法6、風魔法6、結界6、転移7
  ユニークスキル:不死、再生の炎、癒やしの涙

 そう。フェリシア。私と魂の絆を持ちしガーディアン。

「ここはどこなのかしら?」
(ここは隠者の島ですよ。マスターはこの島に転移して来たのです)

 ベッドから出た私は自分の姿を見る。

 下は七分の黒いスパッツに黒い靴。セルリアンブルーのワンピースの上を来ている。
 そばの椅子には黒いフード付きのコートがかけられていて、机には白銀のハルバードが立てかけてある。
 そう。これらは私のコートと武器だ。
 左手の人差し指には大きなルビーの指輪をしている。これは魔力タンク兼アイテムボックスだ。
 すべてマジックアイテム。個別化の魔法がかかっていて私しか使えない。

 部屋の壁に鏡が掛かっているのを見つけたので、覗き込んでみた。
 淡い紫色の髪を長く伸ばした女性の顔。光の具合で透き通るような髪が輝き、目の虹彩がオレンジ色に見える。
「これが私……」
 そうつぶやいて頬に手を添えると、鏡の中の女性も手を頬に添えた。

 その時、ピューっ! と音が響いた。
 音のする方を見ると、マジックコンロの上でヤカンが湯気を出していた。

 突然、ドアからおばあさんが入ってきた。
「ああ、あぶない。あぶない。火をかけていたのを忘れていたわ」
 コンロを止めてヤカンをおろしたおばあさんは、私の方を見る。

「おやまあ。ようやく目を覚ましたのね。わたしはパティス。……あなたは三日前に急にうちの前に転移してきてずっと寝ていたのよ」
 どうやら、このおばあさんが私をベッドに寝かしてくれたみたいだ。
「私はノルンです。お世話になりましてありがとうございます」
 私は深く頭を下げた。

 おばあさんは慈愛に満ちた笑顔で、安心させるように、
「それはいいのよ。……身体に違和感はない? 大丈夫?」
と尋ねてきた。私は、
「はい。特になんともないようです」
と言った瞬間、お腹がくうぅって鳴ってしまった。思わず顔が赤くなってしまう。
「ふふふ。お腹減ってるのよね。……ちょっとまってて。今、スープをよそってあげるわ。それと、はいこれ。マニ茶。活力が出ると同時にお腹の調子も良くなるわ」
「は、はい。何から何までありがとうございます」

「いいのよ。そこに座って。……はい。どうぞ。ゆっくり召し上がれ」

 おばあさんのよそってくれた温かい野菜のスープは、不思議な味わいがあって、全身に魔力が染み入っていくようでとてもおいしかった。
 おばあさんはマニ茶を飲みながら、私がスープを飲み終わるのを待ってくれていた。

「ありがとうございました。とてもおいしかったですわ」
「おいしいって随分と久しぶりに聞いたわね。ふふふ。よかったわ」

 おばあさんはスープ皿を流しに持って行くと、戸棚から水晶の玉を持ってきた。

「さて。あなたがどこから来たのかはわからないけれど、これからどうするべきか。あなたの未来を見てあげましょう」
 おばあさんは、私の正面に座り、水晶玉を机の上に置いた。そして、私を見て、
「……驚かないでね」
と言った。

「……!!」
 私は息を飲んだ。水晶玉に意識を集中するおばあさんの額に、もう一つの目が開いたのだ。
 額の目の虹彩が七色に光る。

「あなたの魂は見たことがないくらい強い光を放っているわね。……分かたれた魂はひかれあう。その周りにも5つの輝きが見える。ふむ。……ええと、どうやら私があなたを鍛えることが私の定めでもあるみたい」

 つぶやくようなおばあさんの言葉を聞き終えたが、私には何のことやらわからなかった。
「あの……。どういうことでしょうか?」
 素直にそうきくと、おばあさんはにっこり笑って水晶をしまいながら、

「ここは隠者の島よ。あなたはここで私と出会い。そして、ここから出て行くさだめ。
 でも、それはまだほんのちょっと先のこと。……あなたは長い旅をしなければならない。けれどひとりぼっちじゃないわ。あなたと魂を分かち合う人と仲間が現れる。
 その旅のため、明日からあなたを鍛えます。あなたに宿る力を自由に使えるようにしなければならないわ。きっと必要になるから」

「はあ……」
 やっぱりよくわからない。けれど、明日からおばあさんが私を鍛えることと、将来は旅に出なきゃいけないということはわかったわ。
 その時、フェリシアが、 
(マスター。三つ目族は不思議な力を持ち、精霊や神霊に近い存在です。その彼女がいうのでしたらそのとおりなのでしょう)
と念話で教えてくれた。するとパティスにも念話が聞こえたようで、
「……その子がいうとおりよ。私は、最後の三つ目族。世界を見つめる者よ」
と言った。

「……わかりました。ですがお世話になってばかりはいられません。お家のこともお手伝いいたしますわ」
 私がそう言うと、パティスはにっこり笑って、
「なんだか孫ができたみたいでうれしいわね。ではこの家と島の案内をしましょう。ついておいでなさい」
「はい。よろしくお願いします」

――――。
 私はそれからパティスから魔法を学んだ。それも普通の魔法の使い方ではなく、魔力の巡らし方や無詠唱、実戦的な使い方、数々の強力な魔法を。……パティスがいうには、私には全属性魔法に適正があるそう。
 そして、私に宿る秘めた力の引き出し方と使い方も。

 一方で料理から掃除を一緒にしたり、野山の薬草や果物の見分け方、古い神話を教えてくれたりした。まるで自分の孫にするように、そして、おばあさんに色々とおねだりをするように。

 この隠者の島は外周が30キロほどの小さい島だけれど、その入り江の一つには人魚たちが暮らしている。今のところの住人はパティスと私とフェリシア、そして人魚たちだけ。
 たまにパティスと一緒に人魚たちのところへ行って歌をきかせてもらったり、一緒に泳いだり、海の伝説などを教えてもらった。
 そうそう、人魚のセレンが白銀でできた透かし彫の美しい髪飾りをくれた。私のお気に入りの髪飾りよ。

――そして一年が過ぎ、旅立ちの時が来たのよ。

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