02 新たなる門出

 私は、パティの家の裏に設置された魔方陣の前にいる。
 ここに来たときのように、七分の黒いスパッツに黒い靴。セルリアンブルーのワンピースの上から、黒いフード付きのコートを羽織り、右手には白銀のハルバードを持っている。旅のもろもろの道具や食料は、左手人差し指のアイテムボックスの赤い指輪に入っている。

「とうとう。この時が来たのね」
 目の前のパティをそんなことを言った。

「パティ……。寂しいことを言わないで」
「ほらほら、涙を拭きなさい。もう、世話がやけるわねぇ。こういうときは笑って行くものよ」
「……うん。そうね。パティ。本当にありがとう」

 私はパティを抱きしめた。パティが私の背中に手を回しぎゅっと抱きしめ返してくる。パティは私の耳元で、
「ねぇ、ノルン。私の長い人生でも、この一年は幸せな一年だったわよ。……さあ、おゆきなさい。我が孫娘よ。あなたの運命のままに」
といった。私はパティから体を離すと、にっこり笑って、
「うん。必ず!」
という。

「そう。いい笑顔よ。そうこなくっちゃ。……またいずれ会いましょう。その時にいろいろ話を聞かせてね」
「うん。パティ。絶対よ」
 私の脳裏にはパティやセレンと過ごした一年間が思い浮かんで自然と涙がこぼれる。私の故郷は、この隠者の島なのだ。 

 パティはフェリシアに、
「フェリシア。ノルンをよろしくね」
と語りかけると、フェリシアが念話で、
(はい! パティス様。マスターのことはお任せ下さい)
と伝えている。不思議とフェリシアの念話をパティもセレンも受け取ることができ、意思の疎通ができていた。
「ふふふ。……さあ、転移門を起動しましょう」

 パティはそういって魔方陣に魔力を注ぐ。私の目には、パティの体を包む濃密な赤い魔力がゲートに流れ込んでいく様子が見える。
 やがて魔方陣からブウゥゥゥンという低周波の音がして赤い光を放つと、魔方陣の上に白い光の柱が生まれた。

 私は、最後にアイテムボックスの中身を確認し、不足のものがないのを確かめてパティに合図する。……いよいよ出発の時よ。

「いいわね。最初の行き先はヴァージの大森林よ。妖精王フレイに会って精霊達と契約を結びなさい」
「うん。わかったわ」
「行ってらっしゃい。ノルン」
「行ってきます。パティ」

 私はパティに手を振ってから、フェリシアと共に光の柱に踏み込んだ。

――――。
 ノルンとフェリシアが入っていった光の柱が消えていき、魔方陣の赤い光も消えていく。

 パティスは、光の消えた魔方陣を見つめる。

「しっかりやるのよ。ノルン」
 パティスは青空を仰いで、つぶやいた。
「本当にそのうちに出かけてみようかしら。元の姿で……。ノルンの運命も見届けたいし、って過保護かしら? ふふふ」
 その顔にはいたずらをしようとしているような笑みが浮かんでいた。

――――。
 光の柱を抜けると、そこは森林の中の小さな広場だった。濃密な緑の香りと、湿った空気が私を包む。

(マスター。いきましょう)
 フェリシアが念話と共に私の左肩に止まる。
 私はうなづいて、頭上に見える青空を見上げた。
「パティ。私、がんばるわね」

 さてと、ここは魔法大国エストリア王国と北の帝国ウルクンツルの間に広がるヴァージ大森林のはず。
 パティが言うには、未だにこの大森林の最深部まで踏破されたことはないらしいが、この一画に結界に守られたフェアリーガーデンがあり、そこに妖精王フレイがいるらしい。どのような方なのか会うのが楽しみだ。

「さ、フェリシア。……何があるかわからないから周辺の警戒をよろしくね」
(了解です。マスター)

 フェリシアの気配感知は半径500メートル。もちろん、森の中だからたくさんの生き物がヒットするが、あとはフェリシアにお任せになるわ。
 私は念のため、周辺50メートルを探る空間魔法リサーチスフィアを無詠唱で展開し、常時保持する。設定は、脅威のある生物。条件付けの自由度があって便利な魔法だけど、維持するには多くの魔力マナが必要になるし、50メートルという距離がネックになる。それでも普通は間隔を空けて使用したりするみたいね。
 私の場合はマナ無限のスキル持ちなので、リサーチスフィアに限らず魔法を放ち放題だったりする。……だからといって、私はちゃんと人間よ? 多分。

 つづいて、ユニークスキル「ナビゲーション」を発動。

「探索 フェアリーガーデン」と念ずると、ピコーンという音と共に目の前に青い矢印が現れた。矢印の下には25キロメートルと距離が描かれている。街道なら一日でいける距離だけど、このうっそうとした森の中ではどこまで進めるか分からない。
 視界の左に浮かび上がる方位磁石も青い矢印と同じ方向と距離を示している。つまり、途中に崖や沼などはなく直線で進むことができるってことね。

 私とフェリシアはゆっくりと森の中を歩き始めた。

 さて、そもそも妖精王フレイに会いに行くのは、地水火風の四大精霊に力を貸してもらう契約をするためだ。
 パティがいうには、この世界ヴァルガンドでは、六竜王が治安をにない、精霊が世界そのものの維持を担っているらしい。しかし、精霊は普段は現世うつしよに現れずに精霊界にいるらしく、契約に伴う召喚魔法によって呼び出すことができるとのこと。それに対し、現世にとどまることにした精霊が妖精で、羽根妖精やこびとの姿で主に森に住み様々な恵みをもたらしてくれるらしい。
 この広い世界を旅をするはじめに、その妖精王フレイに挨拶すると共に精霊と契約し、さらに竜王を統べる神竜王にも挨拶を済ませることになっている。っていうか、妖精王にしろ神竜王にしろ面識のあるパティって凄いよね。

 こうしてフェリシアと二人になると、なぜか寂しさが身に迫ってくる。何か大切なものをなくしてしまったかのような喪失感。やっぱりパティと離れたことが寂しいのか、それとも魂を分かつ人を求めているのだろうか。

 ふと用も無くフェリシアの方を見ると、フェリシアは不思議そうに首をかしげた。
(何かありましたか?)
「ふふふ。何でもないわ」
 だめね。まだ出発したばかりだというのに、こんなに寂しくなるなんてね。

 気を取り直して、パティに教わったことを復習しよう。
 ここヴァージの大森林は、エストリア王国とウルクンツル帝国を結ぶ街道がいくつか通っていて、それぞれの街道の両端、森の南北の入り口には関所が設けられているらしい。今のところ、両国の関係は悪くないが良くもないといったところのようだ。
 大森林の東側には、世界最高峰のデウマキナ山脈があって、そこにはドラゴンたちと竜人族ドラゴニュートが住んでいる。もっともやや排他的であるのに加え、住んでいる魔物も強いらしいので人はほとんど立ち入らない。ともあれ妖精王の次の目的地はデウマキナ山だ。

 その時、フェリシアの気配感知に反応があった。

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