03 オークとの遭遇

 転移地点から1キロほど進んだところで、フェリシアの気配が変わった。

(マスター。西の方角にオークが10匹います。まだ離れていますが警戒して下さい)

 うわぁ。よりによってオークか。
 私は嫌悪感もあらわに、隠蔽と隠密の無属性魔法を私とフェリシアの周りに展開する。

「……ステルス」

 この世界のオークにはオスしかいなく、そのくせ精力が強く一年中発情していて他種族の雌と交尾することによって繁殖する。オークに捕まった女性はもう悲惨なものだ。
 それに加えて力が強く群れで行動するために、私みたいに一人の時に遭遇するのは非常に危険。パティがいうには、単体の強さはランクDの冒険者に相当するらしい。
 展開したステルスの魔法は、別に透明になるわけじゃなく、認識の外に立つといえばわかるかしら。勘がいい人や特殊なスキルを持っているとわかってしまうけれど、そこにいるのに認識されなくなるの。匂いでもわからなくなるから、下手な隠密スキルよりも効果がある。

 その時、フェリシアが、
(マスター。オークが近寄ってきていますね。あと100メートルです)
 あちゃ~。この距離で見つかったとは思えないけど、もしかして進行方向がたまたま同じなのかしら。ステルスがあるとはいえ嫌な状況ね。
(フェリシア。少し移動してやり過ごそう)
(了解です)

 私はオークの進行方向から外れるように、少し戻って適当な木の上に登る。
 すぐにリサーチスフィアでも感知できた。私は息を凝らして気配を消して通り過ぎるのを待つ。そのまま数分後、私のいるところから20メートルくらいのところをオークたちが進んで行った。
 手にはロングソード、鉄の槍、鉄斧やメイスなどを持ち、革の鎧を身につけている。質の良い武器を持っているところを見ると、どこかで入手した武具を集落に保管しているんだと思う。厄介なことだ。

「フンフン。フンフン」

 私は木の上で息を潜めていると、オークたちは匂いをかぎながら通り過ぎていく。危なかったわね。もしステルスでなかったら見つかったかもしれない。
 初めて見るオークの生々しさに、ぞっと生理的嫌悪感を抱く。あれは嫌。受け付けないわ。

 オークが通り過ぎてからもそのままの姿勢でいると、オークたちはリサーチスフィアの範囲から離れていき、さらにフェリシアの気配感知圏からも出て行ったようだ。
(マスター。もう大丈夫です)
(ありがと。フェリシア)
 他に危ない魔物などの気配がないのを確認して木から下りる。
 フェリシアが、
(マスター。オークを退治してしまった方が楽だったのではないでしょうか?)
「う~ん。それもそうなんだけど。島から出て初戦闘だったし生理的に嫌だったのよ」
(ははあ。そうですか)
「さ、それはそうと、あんまり早く進むとオークたちに追いついちゃうわね。注意して進もう」
 私とフェリシアは、再びナビゲーションの矢印にしたがって歩き始めた。

 今は金牛の月の上旬、年が明けてから5番目の月だ。朝夕は肌寒いときもあるけど日中は気温も上がって汗ばむくらいになる。
 私とフェリシアの頭上には木々が日の光を遮って木陰を作ってくれるが、同時に風も防いでしまうので蒸し暑くなってくる。見上げると、葉っぱの透過光が綺麗な緑色をして生き生きと輝いているようだ。
 地面には木の根が張りだしてところどころ苔むしている。湿度が少し高く、時折、どこからか細やかな風が吹き、木や土の匂いを運んでくる。
 たまに鳥やリスのような小動物が、枝から枝へと渡っているのが見える。

 その時だった。
(マスター。500メートル先で街道と交差します。……どうやら先ほどのオークが誰かを襲撃しているようです)
「えっ? 向こうは何人?」
(4人ですね。冒険者と思われます)

 しまったわ。オーク10匹に対して4人だなんて。……やっぱりさっき戦った方が良かったわ。見逃したせいで他の人が襲われるなんて。
 と、そんな後悔をしている暇はないわ。救援にいかなくては!
「フェリシア! 行くわよ!」

 私は、自分の周囲に空間魔法マナバリアを張り無属性魔法の身体強化を施す。木々の間を狼が駆け抜けるようにスピードを上げる。小さな沢を飛び越え藪をマナバリアで強引に突き抜けていくと、前方から剣戟の音と女性の叫び声が聞こえてきた。

「クリス! ……くっ。まずいわ」
「フゴッ、フッ」

 一端、気配を殺して状況を確認するとオークと戦っているのは金髪の女性4人のチームのようだ。三人の女性が、負傷した一人をかばいつつ後退している。しかし、オークは10匹で4人を半円状に囲んでいて逃げられそうにない。
 彼女らの力量ではこの数のオークを撃退することは無理だろう。興奮するオークの鼻息が私の嫌悪感をかき立てる。

 私は、木の葉をまといながら林から飛びだした。
「加勢するわ!」
 声を掛けると共に、身体強化に任せて包囲するオークの頭上を飛び越えて、女性達の前に降り立つ。フェリシアは私の頭上で戦況を見渡している。
 背後から、「きゃ!」と驚いている声が聞こえるが、今は構っている暇はない。
 オークが驚いている間に、ハルバードを横に構えて魔法を発動する。
「ウォーターバレット・ストローク!」
 私の周辺の空中に直径1メートルくらいの水球が10個浮かび上がり、水球から親指大の水弾がバルカン砲のように次々にオークに襲いかかる。

「ぴぎゃ! ぴぎゃ!」
 オーク達の鎧や刀が水弾に穿たれて、あっという間にボロボロになり、さらにオークの全身をも貫いてたちまちに10体の死体ができあがった。

 あれれ? オークの向こうの道路までぼこぼこになってる……。そんなに威力が強かったかしら?
 整備された街道がぼこぼこになってしまったのを見て、額から冷や汗が流れた。これって弁償しなきゃ駄目なのかな?

「あ、あれ? ……助かったの?」
 私の背後から女の子の声が聞こえた。振り返るとボブカットの子が呆然とした表情でぽかんと口を開いていた。
「あなたたち、大丈夫?」
 声を掛けると、綺麗な長い金髪をした女性が、はっとして、
「あ! 助けてくれてありがとう」
とお礼を言った。
「その子は大丈夫かしら?」
と私は言いながら近づいていくと、女性達は負傷して気を失っているツインテールの子を振り返った。

 こうして近くで見ると、どの子も20才前後みたいね。揃えたように綺麗な金髪だわ。倒れているツインテールの子と、ボブカットの子がレザーアーマー。結い上げて団子頭にしている子とロングのストレートにしている子が皮の胸当てをしている。
 どうやらクリスと呼ばれた女の子は、メイスの一撃を受けて失神してしまったようだ。ストレートの子が怪我の具合を調べていて、安心したように大きく息を吐いて、
「命には別状が無さそうだけど。ヒールしとくわ」
といった。

 落ち着いたところで自己紹介をすると、彼女らはウルクンツルの冒険者チーム「金色乙女」で、リーダーがボブカットの子で名前はローラ、役割はレンジャーだそうだ。
 お団子頭の子がアンで盾役、ストレートの子がミラで僧侶、失神しているツインテールの子が剣士のクリス。彼女らは4人のチームで全員がランクD。エストリア王国へ届け物をした帰りとのこと。
 こっそりナビゲーションでステータスを確認すると、

――ステータス――
  ローラ・ブレイフマン
  種族:人間族
  年齢:20才 職業:冒険者
  所属:金色乙女
  スキル:肉体強化、気配感知、鑑定3、小剣術3、体術2、生存術3

――ステータス――
  アン・ブロワ
  種族:人間族
  年齢:19才 職業:冒険者
  所属:金色乙女
  スキル:肉体強化、剣術3、盾術4、生存術3

――ステータス――
  ミラ・ドミニナ
  種族:人間族
  年齢:20才 職業:冒険者
  所属:金色乙女
  スキル:肉体強化、杖術3、回復魔法3、神聖魔法4、水魔法2、生存術3

――ステータス――
  クリス・ミハイル
  種族:人間族
  年齢:20才 職業:冒険者
  所属:金色乙女
  スキル:肉体強化、剣術4、体術3、回避3、生存術3
  状態:気絶

 なるほどね。思ったよりバランスがとれたチームみたいだけど、後は魔法使いが一人欲しいってところかしらね。
 それに全員にファミリーネームがあるから、ひょっとしたら貴族の子女の集まりなのかもしれない。

「私はノルン。旅の魔法使いよ」
 私がそう挨拶すると、みんな不思議そうな顔をしていた。
「?」
 リーダーのローラがおずおずと尋ねてきた。
「冒険者じゃないの? 一人で旅を?」
 ……ああ、そうか。確かにこんな大森林の真ん中で一人旅というのは怪しいよね。
 ちょっと気まずい空気になったが、ミラが、
「さっきの魔法はすごいわね。あの弾幕の数といい威力といい。一人旅ができるのもうなづけるわ」
と言ったので、それに乗っかることにしよう。
「そう? お褒めいただいてうれしいわ」

 するとミラが、
「まさかオークの集団に遭遇するとは思ってもみなかったわ。本当にありがとう」
と、そこで横からお団子頭のアンが、
「もう。だからローラにいったじゃない。油断するのはよくないって」
と言うと、ローラが鼻の頭をかきながら、
「ああ、ごめんごめん。アンのいうことをきちんと聞いて、商人の護衛に混ぜてもらえばよかったわ。反省してるよ」
と言った。

 私にはわからないが、このヴァージ大森林とデウマキナ山脈はエストリアの関所とウルクンツルの関所の狭間なので、どこの国も管理していない空白地帯になっているらしい。その為に街道があるといっても魔物の襲撃がたびたびあるそうで、通行する者はある程度まとまって集団で移動するのが普通だという。

「ちょっと立ち入ったことをきくかも知れないけど、なぜ4人だけで行こうと思ったのかしら?」
 私の疑問にローラが、
「あ、ああ。別にいいわよ。……本当はね。いくつかの商人の護衛に入れてもらうつもりだったの。だけどね、どの商隊も男ばっかりでさ。いやらしい目でジロジロと見てくるのよね」
と言った。私にはまだ男性と会ったことがないから実感がないけれど、確かに年頃の綺麗な女性ばかり4人だとすると良からぬ事を企む男どもも多そうだ。
「決定的だったのがさ、とある商人と冒険者のチームが私らを奴隷にする計画を進めていたのよね」
と、ローラがため息をついた。……なにそれ? ちょっと聞き逃せないわね。

「なるほど。それは許せないわね」
「あ、あの。ノルンさん? 落ち着いてね。結局、私たちは無事だったんだから」
「でも、そのお陰でさっきも危なかったじゃないの。これからどうするの?」
と私が聞くと、ローラがしばらく考えて、
「まあそうだけど……。ノルンさんは?」
「私は探し物でヴァージに来てるから、あなたたちとは行けないわ」
「そっかぁ。魔法使いが居てくれるといいなって思ったんだけどね」
と残念そうにローラが言った。

 今の私には目的地があるからダメなのよね。……う~ん。このまま見過ごすのもなんだかなぁ。折角、お友だちになれそうなのに。……あ、そうだ!

 私は、アイテムボックスから4つの匂い袋を取り出した。
 それを見て、ローラが、
「え、ええっと。今どこから取り出したの?」
「アイテムボックスよ」
「アイテムボックス? マジックバックみたいな物かしら?」
 マジックバックっていったら容量を拡張してある鞄だったはず。そうか。アイテムボックスはこの世界では一般的でないのだろう。
「そうそう。そんなものよ。それよりこれ!」
 そう言って匂い袋をローラに手渡した。ローラが首をかしげて、
「何これ?」
「これは、以前、おばあちゃんと一緒に作ったモンスターよけの匂い袋よ」
「ええ! それって結構するんじゃ……」
「そうなの?よく知らないけど、これは練習で作った物だからあげるわよ。確か3日くらいは効果があったはずよ」
 パティ直伝だからドラゴンとかグリフォンとかの強力な個体種でない限りは近寄ってこないと思う。これがあれば4人でも無事にウルクンツルに帰ることができるだろう。
 3人が匂い袋をじっと見つめた。おそるおそるローラが、
「いいの? でも、私たち何も渡せる物ないよ?」
と言ってくるので、
「何もいらないわよ。……そうねぇ。なら、いつかウルクンツルに言ったときに案内してもらおうかしら?」
と言うと、
「ええ! そんなことでいいの? もちろんOKよ!」
 キラキラと輝くような笑顔で喜んでいるローラを見て、絶対、将来にウルクンツルに行こうと思った。

 話は変わり、アンがオークの死体を指さして、
「で、どうするの? これ?」
と言う。きっとオークの素材とかの処理だろう。私が、
「さっきも言ったけど、探し物でヴァージに来てるから荷物が増えるのは困るわ。……あなたたちで分配とかしてくれると助かるわ」
と言うと、
「えっ、いいの? 素材までもらっちゃって?」
と言った。
「ええ。荷物になるだけだから」
「本当! やったー!」
 思いのほか3人が喜んでくれた。ローラが、
「そうか。じゃあ、後の処理はこっちでやらせてもらうね」

 さてと、もう用はいいわね。私の方はできるだけ早くフェアリーガーデンに行きたい。
「さてと、それじゃ私は探索に戻るから」
と言うと、ローラが、
「私たちは、クリスが意識を取り戻すまで待機するわ。……本当にありがとう。私たちはウルクンツルのイストってところで活動してるから絶対に遊びに来てね!」
と言った。私は手を振りながら、フェリシアと共に再び森林の中に足を踏み入れる。

――――。
 ノルンが立ち去ったのを見て、ローラがつぶやいた。
「……不思議な人ね。こんなところにいるのも気になるけど。それに無詠唱であの魔法……。助かったけど」
 ミラがローラと同じくノルンの去った方を見ながら、
「ものすっごい魔力だったわ。私がびびるくらい。ま、悪い人ではないみたいだけどね」
 ローラが驚いてミラを見る。
「ミラにそこまで言わせるほどの魔力って凄いわね。一体どういう人なんだろう」
 そこにアンがやってくる。
「敵じゃなくてよかったわよ。……ともあれ、クリスが気がつくまでオークを片付けますか」
 そういって後ろを振り返る3人。
「しっかし、この量は処理しきれないんじゃ……。4人じゃ運びきれないわよ。穴だらけだし、あまったら焼くしかないわね」
 これからの作業を思ってうんざりしているようなローラだった。

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