06 魂を分かち合う人

 無事に試練を終えた私は、妖精王フレイに連れられて山頂近くの小さな泉までやってきた。

 山頂に泉? なんて思うけど、そこは妖精や精霊の力によるのだろう。その小さな泉から渓流が流れ、滝となって下に落ちていく。その泉のそばの小さな木の下にテーブルセットが用意されていた。
 フレイに勧められるままにイスに座ると、どこからともなく羽根妖精が紅茶のセットを持って現れた。フェリシアは近くの木の枝に止まっている。

 カップに入れた紅茶からあたかもエデンの園のバラのような甘い香りが立ち、私を幸せな気分にさせる。
「……うわぁ。いい香り」
「気に入ったか。それはよかった」
 目の前で静かに紅茶を飲むフレイが、にっこり笑った。こういう表情を見るとまさしく美幼女で可愛らしいわ。
 フレイはカップをテーブルに置き、
「話には効いていたが、さすがにさっきの力は規格外だな」
「えっと……どういうことでしょうか?」
「うむ。あれは聖石の力だろ? ……お主、パティスから聖石については何か聞いてるか?」
 それが聖石については教えてくれないのよね。なぜかわからないけど……。
「いいえ。なんでも自分で探れと」
「なるほど、そうか。……まあ教えてやろう」
 私は真剣にフレイの顔を見た。
「聖石というのはな「キャー!」……、なんだ?」
 良いところで叫び声がして思わず眼下の滝の下を二人でのぞき込むと、そこには、またまた川に落ちたナターシャがいた。
「なにをやってるんだ、あいつは」
 あきれたようにフレイはそう言って、「ちょっと待ってろ」といって下に下りていった。
 一人取り残された私は再びイスに座って紅茶をいただく。

 聖石といっても実物を見たことはないのよね。
 わかっているのは、私の称号「聖石を宿せし者」だけ。なぜそんな称号を持っているのか。もっといえば私はどこから来たのかもわからない。……隠者の島以前の記憶が無いから。

 風がすーっと通り抜けていくと、なぜか無性に寂しさを感じる。
(私がおそばにいますよ)
 木の上のフェリシアを見上げて、私は微笑んだ。
「大丈夫よ。フェリシア。ありがとうね」
(マスターの寂しさはソウルリンクを通じて私にも伝わってきます。ですが、きっとその寂しさを埋めてくれる人が見つかると思いますよ)
「ふふふ。そうだといいわね」

 フェリシアに慰められながら、私はもう一つの称号「分かたれし者」を思い出していた。この称号、以前にステータスを調べていたときにナビゲーションが「聖石を宿したことにより、魂が分かたれ、改めて肉体を構成しました」と説明していた。

 聖石のこともわからないから具体的なことはわからない。けれど、もともと一人の人格が私ともう一人とに分かれて、肉体も別々に構成されたって読めないだろうか。もしそうなら記憶が無いことにも合点がいくんだけど……。

 悩んでいるとフレイがようやく戻ってきた。
「まったくあいつは……、すまんな。聖石だったな?」
 うなづくと、フレイは紅茶をすすり、
「聖石はな、神の力の結晶なんだ」
と言った。……は? 神の力の結晶ですって? じゃ、じゃあ種族のところの「半神半人」ってそういうことなの? でもそれって……、そんなことが。

 少しの間、呆然としていたのだろう。
「――、おい。聞こえるか?」
 フレイの声に、はっと意識を取り戻す。「な、なになに?」と慌てて立ち上がり周りをキョロキョロと見回した。
「まったく、お前もか!」
 フレイがあきれたようにつぶやいた。
「とにかく、その力はこの世界で発現するには強力すぎる。悪しきことに使うことはないだろうが、少なくとも自由自在にコントロールできるようにしとけ」

 慌てたのが恥ずかしくて、少し赤くなりながらフレイの言葉にうなづいて、イスを起こして座り直す。
「ふん。そんなに気にすることでもない。難しい顔をしていると、せっかくの美人が台無しになるぞ」
「び、美人ですか?」
 急にそんなことを言われてドギマギしてしまった。今までに他の人間に会ったことがほとんど無いけど、私って美人なのかしら。
 私の反応がお気に召したのか、フレイが高笑いをする。
「あはははっ。そうだ。お前は美しい。俺と同じくらいにな!」
 いや、まあ。たしかに美幼女だと思いますがねぇ。

「もう一つの称号「分かたれし者」についても教えてやろう」
 私も気にしていた称号の話になって、思わずぎょっとなる。
「……その称号について何かご存じですか?」
「ああ。知ってるぞ!」
と言って、フレイが平らな胸をぐいっと張った。

「お前。突然どうしようもなく寂しくなる時があるだろう?」
「……ええ」
 胸にぽっかり穴が開いていて風が通り抜けていくような寂しさ。指の間から何かがぽろぽろとこぼれ落ちてしまった後のような寂しさ。その寂しさを感じるときは、近くにフェリシアがいてもおさまらない。

 思わず右手を胸の前でぎゅっと握る。フレイはそれを見ていて、
「お前には魂を分かち合うパートナーがいるのさ」
 さっきフェリシアにも言われたわね。パートナー。分かちあう人。
 そんなことを考えていると、フレイが笑い出した。
「ふふふ。……ははは。……はぁーはっはっ。しかも喜べ! 俺は、前にその男に会ったぞ! お前と同じ「分かたれし者」の称号を持ち、お前と同じ魂の波動を持ち、聖石の力を秘めた男にな!」
 ……え、えええ!

 突然の言葉に私は衝撃を受ける。ゆっくりと言葉の意味がわかると、すぐに会いたいという気持ちに突き動かされる。

 立ち上がってフレイに詰め寄り、
「フレイ様! そ、その方はっ、その方はどこで!」
というと、フレイはニヤリと笑みを浮かべ、
「まあまあ落ち着け。気持ちはわかるがな。……そいつに会ったのは一年前。エストリア王国の妖精の泉だ」
 エストリア王国……、確かこのヴァージ大森林の南側の国。そこにいるのね。

 急におとなしく考え込んでしまった私に、フレイは、
「だが、今もそこにいるとは限らないぞ」
と言った。私は無意識にうなづいたが、フレイは、
「まあ安心しろ。いずれ出会うだろうさ。まったくうらやましいぞ」
と言った。
 デウマキナの次の目的地は決まりね。体の中から、心の奥からやる気がみなぎってくる。
「すぐにでも会いたいわ。そのお方に……」

 フレイは急に態度を変えて、生暖かい視線を送ってくると、
「焦ることでもない。紡がれた運命に従うがよいさ。……ま、その時を目指して力を磨くんだな」
「はい。……ありがとうございます」

 私は、今は会うことのかなわないその方を想うのだった。

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