07 竜人族の町に忍び寄る影

 雲間から漏れる明るい月の光が、山肌にへばりつくように広がる町を照らしている。

 ここは年中風が強いのだろう。ほとんどの建物が石造りの1階建てで、2階建ての物はぽつぽつとしか見当たらない。
 その中の一軒の家で10才くらいの女の子が両親と団らんのひと時を過ごしていた。
 石造りの暖炉に火が入れられている。両親と女の子の頭の髪の間から、東洋の龍が持っているような竜骨が小さく飛び出ている。竜人族ドラゴニュートだ。

 ソファに座っていた父親が、女の子に、
「ライム。そろそろ寝なさい」
と言うと、ライムと呼ばれた女の子は素直に、
「はぁーい。お父さん、お母さん。おやすみなさい」
と言って部屋から出て行く。その背中に向かって、
「はいはい」「おやすみ」
と声がかけられた。

 ライムは自分の部屋に入り雨戸を確認すると、鼻歌を歌いながらランプを消してベッドに潜り込んだ。
 毛布にくるまったライムの表情が不意に笑顔になった。近所の友達と遊んだことを思い出したのだろう。

 ……明日は何をして遊ぼうかな? おままごと? 的あて? 追いかけっこ? どれにしようかなぁ。
と考えながら、いつしか眠りに落ちていき穏やかな寝息だけが聞こえていた。

 それからしばらくすると部屋のドアが開く。
 母親はライムの部屋に入ってくると、窓の施錠せじょうを確認してカーテンを閉める。そして、ベッドをのぞき込んだ。

「今日は布団をはねてないわね。……ふふふ。寝ながら笑ってるわ」
 少女の布団を少し直すと、母親は部屋から出て行った。扉を閉める間際に、
「おやすみなさい。ライム」
という声が聞こえた。

 路地を一本隔てた通りでは、近くの酒場から帰る冒険者が一人ぶらぶらと歩いていた。その男は茶髪の人間族ではあるが引き締まった肉体をしており、その腰にはシンプルな剣がぶら下げられている。
 手に何かの植物の茎らしきものを持ち、それを指揮棒のように振り回しながら鼻歌を歌い、
「うぃ~。ぐっしっしっ。今日はもうけたぜ」
 昼間の依頼が上手くいったのだろう。赤ら顔で上機嫌に歩いていた。

 月が雲に隠れたのだろうか。急に町が暗闇に閉ざされた。

 男は、何かを感じたのだろうか、急にぼんやりした表情で空を見上げる。
「ありゅぇ、かすみかぁ。へぇんなのぉ」
と小さくつぶやく。再びふらふらと歩きながら男は急に立ち止まって地面を見下ろす。
「おりょ? 水晶のかけらか? くふふふ。いいもんめっけぇ」
といって、地面からキラキラ光る何かのかけらを拾った。
「ん~。何かなぁ? はっはははっ、今日はついてるぜぇ」

 その頃、ライムの部屋の窓枠から黒いシミがわき出て、「くくくく」という忍び笑いがどこからともなく漏れていた。

 しばらくしてから再び月が雲間から現れ、何事もなかったように竜人族の町を照らし出した。

――――。
 ギリメク・リキッドは、ここドラゴニュートの町の警備隊長だ。兄は族長として町を統括している。
 2メートルの長身に引き締まった体つきで、短い金髪に竜人に珍しい巻角まきづのの竜骨をしている。
 いつものように娘シエラとの朝練を終え、警備詰め所に向かう。

「おはようございます」
 警備詰め所でギリメクを迎えたのは事務員のカリタ・フロンだ。金髪をした若い女性の竜人族で、警備詰め所の事務を一手に担っている。若い警備隊員からの人気が高く、ギリメクはいつ誰と付き合うことになるのかと興味深く見ていた。
 しかし、今朝のカリタは表情がこわばっている。何か起きたのだろうか?

「おはよう。……何かあったのか?」
と尋ねると、
「少女が一人行方不明になったようです」
と言う。
「行方不明? 誰が?」
と聞くと、奥の扉を指さした。「西2番通りのオステル家です」

 竜人族の町は上から見ると楕円形をしていて、縦に西1番から5番、続いて東5番から1番までと通りがあり、住所を呼ぶときはこの縦通りで呼ぶのが通例となっている。
 町の出入り口は東西に一カ所ずつあって、それぞれ警備隊の番所がある。
 住んでいる住人の数は約1万人ほどで、ほとんどが竜人族で少数の人間族や獣人族が住んでいる。
 西2番のオステル家といえば錬金術師で、町の道具屋にポーションを卸していた家だ。その関係で面識があり、確かに女の子が一人、ライムちゃんがいたはず。

 ギリメクは、
「わかった。お前もきてくれ」
といって、カリタを連れて応接室につづくドアへ向かった。

 応接室には、錬金術師のタイスト・オステルとその妻アリアがいた。二人とも切羽詰まった表情をしている。
「話は聞いた。ライムちゃんがいなくなったって?」
 挨拶もそこそこにギリメクとカリタが対面に座る。
 タイストが、
「はい。……どうか探して下さい。あの子は私たちのただ一人の娘なんです」
と言う。
「それはもちろんだし、同じく一人娘を持つ身だ。……気持ちはわかるが、焦らず状況を教えて欲しい」
と言うと、タイストはうなづいた。

「昨夜は普段と変わったことはありません。昼間は近所の友達と遊んで、夜も自分の部屋で寝たのをアリアが確認しています。雨戸もカーテンも閉まっていました」
「ふむふむ」
「それが……、今朝になって起きてこないので部屋に行ってみると……、もぬけのからになっていたのです」
「窓は?」
「鍵は異常も無く、カーテンも掛かっていました」
「そうか……。最近、ライムちゃんに変わったことはなかったか?」

 その時、黙って聞いていたアリアが急に、
「どうか! どうか娘を! ライムをお願いします!」
と叫びだした。慌ててタイストがその肩を抱きしめてなだめてやり、カリタがそばに寄っていく。
 ギリメクがカリタに目配せをすると、カリタがアリアに、
「奥さん。別の部屋で少しお話ししましょう」
といって応接室から連れ出していった。

 その背中を見ながら、タイストが、
「すみません。今朝から混乱しているみたいで」
「いや。当然だろう。俺だってシエラがいなくなったら飛びだしているよ。なにしろ忘れ形見だしな」
「……そうでした。すみません」
「お前もその震えている手を見ればわかる。あまり自分を追い詰めるなよ。話を聞き終わったら自宅に戻ってライムちゃんを待て」
「はい。……すみません」

 それからしばらく状況を聞いてみたが、それ以上の情報は出てこなかった。
 つまり、それは何も手がかりはないことを意味していた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です