08 竜人族の町へ

――――。
 エストリア王国の東北部からさらに北へ行くと巨大な山脈に出る。
 デウマキナ山脈と名づけられたそこは、その最高峰はいまだ誰も登頂に成功したことがない。もっとも山頂に行くには竜の住む霊場を越えて神竜王の許可を得ないと行けないわけだが。

 またこの世界には山の標高を測ったりする技術は無いため、具体的な高さは知られていない。ちなみに遠くから見てナビゲーションで調べたところ、標高は8千500メートルでエベレスト級だ。

 低いところは草木が生い茂り森の様相を呈しているが、2合目ぐらいからは岩場も多くなって特徴的な灌木が見られる。4合目には人類の生活圏の上限、つまりはドラゴニュートの町がある。そこから先は岩の世界、7合目より上は氷と風の世界で頂上は常に雲の中に隠れている。
 竜人族ドラゴニュートは、竜と人の末裔といわれ、実際に竜王の庇護の元に暮らしている。他の種族より大きく頑強な体を持ち、頭に角に似た竜骨があるが鱗はなく、その他の特徴は人間族とさほど変わらない。

 今、ジュンたちはその竜人族の町につづく山道にいた。
 ジュンの後ろには同じくフード付きのコートに身を包んだ二人の人物がいる。真紅の髪をもつナイスバディの美人修道女ヘレンと、功夫衣を着た元気な忍者拳士の猫耳美少女サクラだ。

「ヘレンとサクラは大丈夫か? 少し休もうか?」
と俺が聞くと、背後から、
「大丈夫よ」「私も大丈夫です」
という返事が返ってきた。
 俺は眼下の登ってきた道を振り返る。途中から雲の中に入り込みずっと霧の中を進んでいるような状態だ。
 雨こそ降っていないし視界が効かないというわけではないのだが、折角ここまで登ったんだから綺麗な景色でも見たくなるというものだ。

 山道を登りながら、俺はここ一年間の修業を思い返していた。
 シンさんの屋敷に滞在しながら、トウマさんとイトさんの指導の下で俺たちは修業に励んだ。
 朝は3人揃って魔力のコントロール、そして二手に分かれて打ち合いや技の練習など、きつかったが充実した一年間だった。
 最終的にそれぞれ一対一でトウマさんとイトさんと戦って合格となり修業は終わりとなった。

 ちなみにここ一年でステータスもぐっと変わった。具体的に言えばスキルレベル6以下に限るが、俺とサクラはトウマさんから様々な武技や体術を授けられており、ヘレンはイトさんから回復、神聖、空間の各魔法に杖術技を授けられていた。特に火魔法に特性が高いことがわかり攻撃魔法も身につけている。

 そして、トウマさんとの訓練で俺は我が身に宿る聖石の力を引き出すことができるようになった。なんでも聖石とは神の力の結晶だとか、そのために強すぎる力なので普段は封印して抑えている。まあ、スキルも充実してきたから余程の時でなければ必要はないだろう。
 ただ気になるのは、俺の種族に「半神半人」がくっついていることだ。これを発見したときには困惑したが、俺自身は普通の人間と変わりがないので気にしないことにした。何かのエラーだと思いたい。

 ようやく修業が終わり冒険者として再出発をすることになったのだが、順調に依頼をこなしてEランクの昇級試験も通過し、今はDランクにまで来ていた。
 そして、今回の依頼はシンさんからの指名依頼で竜人族の町で起きている誘拐事件の調査だったのだ。

 ちなみにトーマスたちのパーティー「草原を渡る風」もすでにDランクになっている。初心者合宿をともに過ごしたメンバーに加えてハーフエルフの魔法使いを迎えて、バランスのとれたチームになっている。Cランクへの昇級試験も視野に入ってきているだろう。

 山道に入って今日で2日目、予定通りようやく竜人族の町が見えてきた。山の天気は変わりやすく、晴れていたと思ったらすぐに雲が空を覆い、強い風と共に雨が降ったりした。ゴロゴロという音がしたときはさすがに岩陰で雲が通り過ぎるまで待機することにしたが。
 時には体長2メートルくらいの狼型の魔物ランドウルフの群れが姿を見せたが、力の差を感じ取ったのだろう襲われることは無かった。

 もうまもなく到着するというときに、背後からヘレンが、
「また天候が変わってきたわね」
といった。空を見ると急に雲が出てきて風が吹き出している。
「雨になるな。ちょっと急ぐか」
「ええ。その方がよさそうね」
 コートのフードを深くかぶり少しスピードを上げるが、町に着く前に大粒の雨が降り出した。俺たちは足下に注意しながら進んでいく。
 サクラが、
「竜人族ってどんな人たちなのですかね?」
と言う。もともと人数が少ない種族でもあり、冒険者としてデウマキナを下りて外の世界で生活している者もいるようだが、アルの街では見かけなかった。比較的に閉鎖的なところがあるらしいが……。
「俺としては、会うのが楽しみだよ」

 竜人族の町は石造りの外壁が巡らされていて、その向こうに簡素な石組み家が並んでいた。
 道の先の入り口には、革の鎧を着て槍を持った竜人族の若者が門番をしており俺たちを珍しそうに見ている。
 身長は約185センチくらいだろうか、黒髪でやや濃い顔つき。脇には大きな盾が置いてあるが、重そうなこれを扱うならかなりの力があるのだろう。そばに行くと体格の差で威圧感を感じそうだ。

「ここにも人間族が住んでるけど、わざわざ下から来るなんて珍しいな」
 そういって門番の若者はじろじろと俺たちを観察している。どこか警戒しているようだ。
「俺たちは冒険者で、俺がジュン、こっちがヘレンとサクラだ」
と言いながら、俺たちはそれぞれ冒険者カードを提示した。若者は、肩の力を抜いて、
「……悪いな。事件があってね。今、絶賛警戒中なんだ」
「事件?」
「ああ。ギルドに行くんだろ? なら詳しくはそこで聞いてくれよ」
「そうするよ。……しばらく滞在すると思うけど、よろしくな」

 事件というのはシンさんの依頼の誘拐事件だろう。門番にギルドの場所を聞き、俺たちは最初にそこに向かった。
 入り口からまっすぐに歩くこと700メートル。石造りの2階建ての建物がギルドだ。アルのギルドと違い、重厚感のある扉を開いて中に入る。
 中ではカウンターには犬人族の受付嬢がいた。
「ギルドにようこそ!」

――リル――
 種族:犬人族  年齢:18才
 職業:ギルド職員
 称号:みんなのマスコット、いじられキャラ
 スキル:交渉3、物品鑑定3、体術3

 アルの街のエミリーさんたちとタイプが異なって妹みたいな感じだ。それにしてもこの称号は……、それだけ愛されているってことでいいのかな?
 俺はシンさんから預かった手紙を取り出した。
「アルの冒険者のジュンです。こちらの手紙をギルドマスターにお渡しいただきたい」
「あ、はい! ええっとリルです。少々、お待ち下さいね。……マスター!」
 リルさんは掲示板の向こうに設置されたカフェスペースに向かって大きな声で呼びかけた。
「おう! なんかあったか?」
 そういってやってきたのは、エプロンをした竜人族の男性だった。白髪にがっしりした体つきにエプロン。アルの街の冒険者の憩い亭のマスターを思い出す。こっちの世界の男性は料理好きなのだろうか?
「うんん? お前さん達は?」
「アルの冒険者のジュンです。こちらはヘレンとサクラ。依頼で来ました」
 そこへリルさんが手紙を手渡す。「これを届けに来たみたいですよ」
 マスターは、
「そっか。俺がここのギルマスのレンシだ」
と言いながら手紙に目を落とし、急に驚いて目を丸くする。

「なに? 神竜王様の紋章だと?」
 小さくつぶやいて、
「ちょっとあっちのカフェで待っててくれ」
といって、慌てて奥の部屋に向かっていった。
 カフェでリルさんが入れてくれた紅茶を飲みながら待っていると、そばのテーブルで三人の冒険者が話し合っている声が途切れ途切れに耳に入ってきた。
「よお。……よく見つ……な」
「ははは。さすが……だ」
「でもよ。……いくら……」
「黒いけど……ようだな。一体……だ?」
 へえ。三人とも人間族だ。この町にも人間族がいるんだな。

 少し気にはなったが、今はギルマスが来るのを待たなくてはいけない。じっとしていると、やがて三人組はギルドから出て行った。
 それと入れ違いになるように、エプロンを外したギルマスのレンシさんがドタドタと御足音を立ててやってきた。

――レンシ――
 種族:竜人族  年齢:65才
 職業:ギルドマスター(竜人族の町)
 称号:竜拳のレンシ(元ランクS冒険者)
 加護:地竜王ガイアの加護
 スキル:交渉3、物品鑑定4、体術5、槍術4、拳闘術5

 なんだか武闘派だな。しかも拳で語る系の。話してみてそんなに威圧感は感じないが相当に強そうだ。

 レンシさんは俺たちのそばに来ると近くの椅子を持ってきて座った。
「いやまさか神竜王様の紋章入りの手紙を受け取ることになるとは思わなかったぞ」
 そういってギルマスは探るように俺たちの顔を見る。
「俺もまさかそんなに凄い手紙だとは思いませんでしたよ」
「……依頼人はシンという方だったな。どういう方か知らないが、神竜王様の紋章があるから俺たちは全面的に協力しよう」
「状況がまだよく分かっていませんが、助かります」
 俺はそういって頭を下げる。
「事件の調査だったな。それなら族長のところにも顔を出しといた方が良いだろう。案内しよう」
 確かに、族長さんには事前に挨拶をしておいた方がいいだろう。何しろ部外者がいきなり捜査するってんだからね。
 とりあえずギルマスにお任せして、みんなでギルマスの後について族長の屋敷に向かった。

 族長はこの町の町長も勤めているそうだが、役所の建物があるわけでなく執務は自宅で行っているそうだ。
 その屋敷は、他の建物の倍の大きさの屋敷だった。門番がいるわけでもなく、レンシさんが玄関のノッカーを叩くと中から女中さんが顔をのぞかせた。

 女中は俺たちを玄関脇の応接室に案内すると、主人を呼びに行った。応接室は一言で言えばシンプルで素朴な感じで、飾り気はないが頑丈そうな作りだ。装飾品としては暖炉の上にある一枚の絵が目を引く。
 大空を羽ばたく6匹の竜の絵。先頭を一番大きな白銀のドラゴンが飛び、その後ろに深紅のドラゴンと緑のドラゴン、そして、水色と漆黒のドラゴンとともに翼を持たなず特徴的なエラを持つ青色のドラゴンが続いている。

 どこか荘厳な雰囲気を感じさせる絵を見ていると、レンシさんが、
「その絵が気になるか? それは六竜王様だ」
「六竜王ですか?」
「ああ。この世界を守護する六人の竜王様。白銀のドラゴンはその長、神竜王バハムート様だ。深紅のが火竜王ファフニル様、緑が風竜王タイフーン様。その後ろに続く水色のが水竜王アクアヴィータ様で、漆黒のが地竜王ガイア様、そして翼のないドラゴンが海竜王リヴァイアサン様だよ」
「なるほど」
と俺はつぶやいてその姿をしげしげと見つめた。
 背後から、
「やあ。お待たせしたね」
と言いながら二人の男性が入ってきた。二人とも2メートル近い長身で、金髪の間から楽器のホルンのような巻角まきづのがのぞいている。どこか顔つきも似ている。
 レンシさんが、
「警備隊長も一緒とはタイミングが良かったですな」
と言い、俺たちを指して、
「こちらがアルの冒険者ジュンとヘレン、サクラのチームです。……ジュン。こちらが族長のトルメク・リキッドとその弟の警備隊長ギリメク・リキッドだ」
と言い、族長のトルメクさんが、
「やあ、君が神竜王様の紋章入りの手紙を持参した冒険者か。よろしく頼むよ」
と言って握手を求めてきた。ギリメクさんとも握手を交わして席に着き本題に入る。

 ナビゲーションでステータスを確認すると、

――トルメク・リキッド――
 種族:竜人族  年齢:61才
 職業:竜人族族長
 称号:統治者
 加護:神竜王の加護
 スキル:身体強化、交渉4、農業知識3、経済知識2、槍術3

――ギリメク・リキッド――
 種族:竜人族  年齢:57才
 職業:竜人族警備隊長/竜騎士
 称号:風竜王の騎士
 加護:風竜王の加護
 スキル:身体強化、自然回復、気配感知、先読み、交渉3、剣術3、槍術4、盾術4

 なるほど。二人とも竜王の加護を得ており、強力な内政と軍事の担当者であるように見受けられる。うまいこと兄弟で役割が分かれているのはおもしろい。

 レンシさんが、
「まず例の事件について今のところ失踪と誘拐と両面から捜索していたが、この手紙によれば誘拐事件と書いてある。誘拐とみた方が良さそうだ。……ともあれジュン君のチームはシンという方の依頼でこの捜索に協力するとのことだ。この点については、族長もギリメク殿もよろしいか?」
「無論、異存は無い」「こちらもだ」
「では今のところ、事件でわかっていることをギリメク殿より説明してもらいましょう」
「ああ。わかった」
 そういうとギリメクさんは疲れた表情を見せながら椅子に座り直し、テーブルの上で両手の指を組んで話し出した。

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