15 洞窟の中へ

 デウマキナに住む魔獣の多くは夜行性だ。
 雨の中をナビゲーションの示すままにギリメクさんを追いかける俺たちだったが、さっきからひっきりなしにランドウルフなどの群れに襲われている。暗視のできないシエラさんが発光石を使っているせいもあるのだろう。
 遅々と進まないことに苛立ちながらも、また一つの群れを切り捨てた。

 やがてギリメクさんが倒したのだろう魔獣の遺体がちらほらと見られるようになった。
 それを見てシエラさんがほっと安心している。
「よかった。方角は間違っていなかったのね」
 あと1キロメートルほどで追いつけるというとき、不意に地面が揺れた。

「きゃっ!」とみんな驚いて立ち止まる。その時、ナビゲーションからギリメクさんの反応が消失した。
「!」
 思わずびくっとした俺に、3人が怪訝そうな表情になる。

(マスター。どうしました?)
 サクラからの念話に、俺はしばらく沈黙し、
(ギリメクさんの反応が消えた)
と返すと、サクラは哀しげに目を伏せた。ヘレンはその様子を見て何事かを悟ったようだ。
 シエラさんは急に変わった俺たちの雰囲気に戸惑いながら、
「あ、これは……」
といって、ウサギの人形が落ちているのを見つけた。

 濡れそぼった人形を拾いながら、シエラさんは、
「なぜこんなところに人形が……?」
といって首をかしげている。それを見たヘレンが、
「それは多分ライムちゃんのよ」
といって、前に拾ったクマの人形を取り出した。
「お友だちが言っていたわ。お父さんとお母さんのプレゼントとしてウサギとクマの人形を隠れて作っていたんですって」
 ヘレンの説明を聞いたシエラさんは無言のままウサギの人形を見つめると、手で汚れを払って大切そうに腰の鞄にしまった。

 俺は、
「ギリメクさんを追いかければ、ライムちゃんもきっと見つかる」
と言うと、シエラさんは無言で頷いた。その目に強い意志が宿るように気迫に満ちていた。

 それから500メートルほど進むと、大きな窪地に出た。
 窪地を下にさがりながら対岸を見ると、暗闇の中に岩肌が崩れて洞窟がぽっかりと口を開けているのが見える。
「洞窟があるわね」
 ヘレンの声にうなづいて、俺たちは窪地の底を進む。

 洞窟に近づいてきたので、シエラさんの発光石を消してサクラとヘレンに手を引いて貰いながら、岩陰から岩陰に移るように近づいていく。
 なにがいるか分からない洞窟だ。用心を重ねなくてはならない。

 俺は岩陰から洞窟前を眺めるが、特に気にかかるものはない。
 ……そう、ギリメクさんの遺体もない。ならば場所的にみて洞窟に入ったと考えるべきだろう。
 なぜナビゲーションから消失したのか。ライムちゃんが探索できなかったのか。……あの洞窟に結界のようなものが張ってあるのではないだろうか。

 そう思いつつ、瘴気の流れを見ると、洞窟からもうもうと濃密な瘴気があふれ出して山肌に広がって行くのが見えた。その光景におぞましさを覚えていると、後ろからヘレンが俺の手をぎゅっと握ってきた。

 振り返って小さな声で、
「あの洞窟から瘴気があふれ出している。このままここにいるのも危険だが、犯人とライムちゃんはあの洞窟にいると思う。……おそらくギリメクさんも」
と言うと、即座にヘレンが、
「行きましょう」
と言った。シエラさんはもちろんサクラも異論は無いようだ。

 ヘレンが、
「我がマナを資糧に我らを浄化し守り給え、セイント・ライト」
 セイント・ライトの魔法は瘴気を消し、しかもしばらく邪悪な気より対象を保護する魔法だ。浄化の光が俺たちを包み瘴気から守ってくれる。
 俺たちは再び岩陰から岩陰へと移動し、洞窟のすぐ脇から中の様子を探る。

(マスター。近くに何の気配もありません。私が先頭になりますから進入しましょう)
(わかった。サクラ。頼むぞ)

と念話を交わし、俺はサクラと場所を交替して洞窟の中に入っていった。
 その時、魔力と瘴気の波動が洞窟の奥から放出される。

 これは強力な魔法使いがいるな。
 体を通り抜ける魔力の大きさに、俺は気を引き締めた。

――――。
 私がフェアリーガーデンに来て四大精霊と契約をしてから2日が経っていた。
 フレイは毎日「宴だ、宴だ」と騒ぎ、ドジっ子エルフのナターシャは相も変わらず何もないところでつまづいて転んでいた。
 宴には近くに住むエルフたちも参加して、私はフレイ様の隣で食事と少しばかりのお酒を飲んだ。エルフたちの作った果実酒はフルーティな香りがしてとても美味しかったわ。

 フレイ様は、がははははと、どこかのおじさんのような笑い声をあげ続け、宴の後もお酒の瓶を抱えながらも朝まで寝ていた。……見た目6才の幼女がワンピース一枚で酒瓶を抱えて眠る姿はとてもシュールだったので、私はその上に毛布を掛けてあげた。

 そして、今日、いよいよ出発することになった。
「ノルン。気をつけていくのだぞ」
 魔方陣の前にたたずむ私に、妖精王フレイが声をかけて下さった。
「お世話になりました」
といってお辞儀すると、フレイは手を横に振って、
「そんなのはいい。さあ魔方陣を起動するぞ」

 その言葉と共に魔方陣が光を放ち始める。ブウゥゥゥンという低周波の音が聞こえる。
「それでは。またお会いしましょう」
 私はそう言うと、フェニックス・フェリシアを肩に載せたまま魔方陣に足を踏み入れた。
 次の瞬間。激しい光の奔流に包まれ浮遊感と共に私とフェリシアは転移した。

 光がおさまるとそこはゴツゴツした石の並ぶ山の中だった。時間にして今は17時くらい。雨が降っているせいで真っ暗になっている。
 予定通りならここはデウマキナの山の中、竜人族の町からやや離れた場所のはずだわ。

 なぜこんな時間に、こんなところに転移したかって?
 もともと次の目的地はデウマキナ山脈の神竜王バハムートの所だったけれど、妖精王フレイがここに行けと強引に転移先を変更したのよ。しかも夕方になっていきなり。

 でもまあ妖精王のすることですもの、きっと理由があるはず。
 けれど、フレイ。雨の中にいきなり放り出されるのはちょっと困るわよねぇ。
 私はコートのフードをかぶり周りの気配を探った。

 気配感知にも危機感知にも反応はない。
「フェリシア。周りに魔獣とかの反応は?」
(東に500メートルほどに15匹くらいの大型の狼の群れが……、移動して私の気配感知区域から出ていきました)
「そう。ならいいけど、念のため結界を張っておきましょうか」
 そういって私はハルバードを掲げ自分を中心に半径10メートルの空間魔法「結界」を張った。私を中心に半球状のドームが現れ、雨すらも結界に阻まれている。
 時間にして今は17時くらい。まずは竜人族の町を目指しましょう。

「探索 竜人族の町」
 ナビゲーションを起動するとぐるりと矢印が回転し、どうやら東の方向へ10キロメートルほど行くと到着するようだ。

 私の持つ空間魔法の中には転移魔法があるけれど、あれは視認したところか一度でも行ったことのあるところでないと転移することはできない。さらに普通は一緒に転移する人数や転移する距離によって消費魔力が変わるらしい。まあ私の場合、称号「魔道神の加護」とスキル「マナ無限」のお陰で、人数や距離は無制限で使用可能というチートだけどね。

 ともあれ、今の状況では転移で竜人族の町へ行くことは不可能。今から行っても町の入り口は閉められていることでしょう。仕方ないけどどこかで一泊する必要があるわけ。

「ま、いっか」
 気持ちを切り替え、周囲探索用の空間魔法「リサーチスフィア」と隠形の無属性魔法「ステルス」を発動し、町へ向かって東の方へ歩き始めた。

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