16 ギリメクの闘い

 ギリメクは突如として目の前に現れた洞窟に自分の目を疑った。
 ……誘われているのか?

 今日の午前、ギリメクはドントと分担して町の西側外壁の内側を調査していたとき、小さなクマの人形を見つけた。
 その人形を目にしたとき、今まで見えてこなかった点と点が結びつき、一本の線となって浮かび上がったのだ。

 オステル家、西1番通りの瘴気の結晶発見場所、そして、クマの人形。竜人族の町を上空から見たとき、この3カ所は綺麗に一本の直線で結ぶことができる。……つまり、犯人は何らかの方法でライムをさらって、一直線に街の外へ出たのだ。おそらくは空を飛んで。

 すると敵は魔法使いの可能性が高い。ならば誘拐の目的は何らか実験に使うか、儀式の生け贄の可能性が高いだろう。ドラゴンを祖先に持つ竜人族の生け贄はさぞかし価値のある生け贄であるに違いない。

 気がつくとギリメクは自宅の倉庫から先祖伝来のミスリルの長剣を持って、カリタに一方的に告げて町を飛びだしてきていた。
 手に持つ発光石に誘われて雨の中を襲い来る魔獣を倒しながら、一本の直線の伸びる先へと歩みを進めた。
 おおきな窪地を底まで下りたとき、ふいに地面が揺れ、正面の岩肌に洞窟が生まれていた。

 ギリメクは慎重に洞窟に足を踏み入れる。剣を抜いて五感を澄ましてどの方角から敵が来ても対処できるように慎重に進む。

 竜人族最強の戦士であるギリメクであるが、一人では限界がある。それに何より、この洞窟は相手のホームグラウンドだろうから不利なのは当たり前だ。それでも、生存のタイムリミットが近づいているであろうライムを救うには今しかないだろう。
 ギリメクの脳裏にはライムの顔と自らの一人娘シエラの顔が重なって見えていた。

 洞窟は途中からたいまつが掲げられていたので、敵に見つからないように発光石を解除して進んでいく。道は一本道で脇道はない。やがて巨大な広間に突き当たった。

 広間への入り口から慎重に中の様子を確認する。広間は一辺が約200メートルはあり、天井の高さも10メートルほどあるようだ。その真ん中に漆黒の祭壇のようなものがあり、その上に一人の少女の姿が見えた。
 ライムだ。しかし、ギリメクはいきなり飛び込まずに広間の中を慎重に確認する。

 壁には一定の間隔でたいまつがついているが、人影は一つもない。……洞窟の主は外出しているのであろうか。そうならばチャンスなのだが。

 ギリメクは意を決して、音を立てないように中央の祭壇に向かった。
 近づくにつれ、その祭壇の異様な雰囲気に肌が粟立っていく。
 ……いったい何の祭壇だ? 竜人族の町からもそれほど遠くもなく、神聖な山デウマキナの中腹にあるこの祭壇は。

 祭壇まであと10メートルほどというとき、広間に笑い声が響いた。
「くっくっくっくっ。お客さんが御出ましになりましたね。これはおもてなしをしなくては」

 祭壇から黒い霧が吹き出すと空中に集まり、もやの中に白いお面のような人間の顔だけが浮かび上がった。

「お初にお目にかかりますな。暗黒の天災グラナダと申します」

「貴様がライムを連れ去ったのか?」
「おやおや。お名前をいただけませんか?……ギリメクさん?」
「っ貴様! 俺の名前を……、鑑定持ちか?」
「くっくっくっくっ。さあてどうでしょうかねぇ?」

 ギリメクは剣を構えグラナダの動きを注視する。やがて黒い霧はローブを着た人形ひとがたに収束していき、ゆっくりと地面に下りていく。
 ギリメクは、
「ライムを返して貰うぞ」
と言って祭壇に近づこうとするが、グラナダは、
「それは駄目ですね。その子は大事な生け贄ですからね」
と言う。ギリメクは、
「ふざけるな! 貴様の勝手な儀式にその子をやるわけにはいかん! なんとしても連れ帰らせてもらおう」
と言って、グラナダに斬りつけた。

 グラナダはスーッと地面を滑るように後退すると、その手から二つの火の玉を放ってきた。
 しかし、その火の玉は二つともギリメクの斬撃によって二つに切り裂かれる。
 グラナダは目を細めて、
「ほう。その剣はミスリルの剣ですな。どうやらふつうのお客さんではないようだ」
と面白そうに言う。ギリメクは、黙って剣を構える。

 この剣は先祖伝来のミスリルの長剣。己の魔力を剣に纏わせれば、さきほどのように魔法を切り裂くことができる。もっともよほどの技量が無いと余波を喰らってしまうのだが。

 グラナダが右手を高く上げた。
「ではこれはどうですかね?くくく」
 掲げた手のひらのうえに黒い炎が渦巻いて小さな竜巻のように見える。それを見た瞬間、あれはヤバイ魔法だと確信する。

 ちらりと祭壇上のライムを見る。……絶対に助ける。我が身にかえても。ギリメクの心の中で闘志が燃え上がった。
 グラナダが右手を振り下ろすと同時に、ギリメクは、
「おおおおぉぉぉ!」
と雄叫びを上げた。その瞬間、ギリメクの体を薄い黄金色のオーラが覆った。次の瞬間、グラナダの放った黒炎竜巻がギリメクを飲み込んだ。

 グラナダを自らのあごをさすりながら、その様子を見ている。「うんんん? どうですかねぇ」
 突如、黒炎竜巻に黄金の剣閃が走り、竜巻が霧散していった。
「しっ!」
 短い吐気とともに、黄金のオーラをまとったギリメクが弓矢のようにグラナダに一直線に斬りかかる。

 ギリメクの袈裟斬りの一撃がグラナダを襲うが、ガンッという音とともに、グラナダがいつの間にか取りだした黒い杖によって防がれた。
 至近距離でグラナダとギリメクがにらみ合う。

「くっくっくっ。これだから竜人族は面白い。……土壇場で竜の血に目覚めましたか?」
 つばぜり合いの反動を利用して距離を取る二人。

 再びギリメクはグラナダに一直線に迫る。しかし、今度はその足下から黒い鞭のような影がギリメクを捕まえようと伸びてきた。
「ちぃ」
 舌打ちをして、ギリメクは地面を蹴って大きく飛び上がって影の鞭を避ける。その着地の瞬間、ギリメクの足下がずぶりと沈んだ。あっという間に影に膝まで飲み込まれるギリメクに、グラナダは再び宙に浮かびながら、
「捕まえましたよ。どこまで捌けるか見せてもらいましょうかねぇ」

と言うと、グラナダの周囲に数十ものこぶし大の黒い魔力弾が浮かび上がった。いくつもの魔力弾が、まるで指揮者のように動くグラナダの手の動きに呼応して、縦横無尽に動き回ってギリメクを襲った。
「うおおおお!」
 ギリメクは再び雄叫びを上げ、剣や拳で魔力弾を切り裂き、はじきつづける。

 その様子を見ながら、グラナダは含み笑いをもらした。「くくくく。なかなか続きますなぁ」

 その時、洞窟の通路からシエラの叫び声が響いた。
「お父さん!」

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