20 神竜王バハムート

 さてライムちゃんだが、朝食の準備ができる頃に目を覚ました。
 最初は混乱していて周りを見回し叫び続けていたが、シエラが抱きしめてやると落ち着いてきたようだ。
 詳しく事件のあった日のことを聞いてみると、確かに父親のタイストさんと母アリアさんに挨拶をしてベッドに入ったところまでは記憶にあるそうだ。
 夜中にふと目が覚めると真っ暗闇の中で不気味な白い顔の男の姿が一瞬見えたそうで、そのまますぐに気を失ってしまったようだ。そのまま眠り続けて、さっき目が覚めたらしい。

 眠り続けてきたためか、心配された体力の低下とか瘴気の影響はないようで安心した。しかし、寝室からそのまま連れ去られたのでライムちゃんは素足だ。そこで同じ竜人族のシエラがライムちゃんを背負っている。かわりにギリメクさんの遺体は俺が背負うことになった。

 帰りの道中はフェリシアの気配感知を頼りに、ヘレンの結界に加えてノルンの隠形の魔法ステルスのお陰で敵との遭遇もなく。スムーズに帰ってくることができた。

 竜人族の町では騒ぎになったが、とりあえずギルドに行ってギルマスのレンシさんに報告する。
 ノルンとフェリシアを見て目を丸くしていたレンシさんだったが、報告内容を聞いて深刻な表情になっていた。
 ライムちゃん救出の報を聞いてタイストさんとアリアさんが駆けつけて来て、何度も頭を下げていった。

 しかし、一方でギリメクさんの死去を聞き、重い空気が広がる。族長のトルメクさんも慌ててやってきて、レンシさんと同じようにノルンとフェリシアを見て目を丸くしたが、すぐにギリメクさんの遺体と面会した。

 しばしギリメクさんの頬に手を触れ、
「よくやった。ギリメク。誇り高き竜人族の戦士よ。我が弟よ……」
と言って、無言で涙を流していた。
 俺たちは、シエラとトルメクさんを残して部屋から出る。

 警備隊本部からカリタさんも慌ててやってきて遺体の安置してある部屋に入っていき、次の瞬間、女性の泣き崩れる音が聞こえてきた。しばらくすると顔を押さえるカリタさんを支えながらトルメクさんが部屋から出てきた。

 ギルドのリルさんにカリタさんを預け、俺たちはトルメクさんとレンシさんに改めて詳細な報告をする。
 犯人は暗黒の天災グラナダを名乗る者。種族不明、魔法使いと思われるが、手がかりは砕け散った祭壇のみ。
 レンシさんは、そのグラナダは魔族の中の邪悪な魔法使いではないかと想像した。

「話を聞くその能力は聞いたことがない。魔族の一種族かもしれねえ」
 魔族といえば、機工王国アークの東部に自治区を持っている種族だったはず。
 寿命は人間とほぼ同じだが、体内に宿す魔力量がエルフより多く魔法知識にも造詣が深い種族といわれる。別に異形ではなく見た目は人間とほぼ一緒。ただかつての魔族は真紅の髪をしていたが、ある時を境にまったく見られなくなったとか。
 ちなみにヘレンは真紅の髪をしているが、ナビゲーションでもちゃんと人間族と表示されている。

 俺は、
「魔族?」
と聞き返すと、レンシさんは、
「ああっと、そうだな……、お前たちは魔族大乱って知ってるか?」
と言った。俺は知らないが、ヘレンが、
「今から一〇〇〇年前に起きた大乱で、魔族を統率する魔王が他の種族や国家に対して起こした戦争ということしか知らないわ」
と言う。ついでサクラが、
「その戦争でかなりの魔族が亡くなったそうです。異世界からきた勇者と聖女も参加したそうですが、最後は魔族の中の反魔王軍の協力もあって魔王を倒すことができたとか。……ただその戦争のことは、おじいちゃんに尋ねても詳しく教えてくれなかったですね」
と言った。たしかに勇者の従者だったスピーなら詳しいことを知っているはずだ。

 レンシは、
「ほう、よく知っていたな。概ねそのとおりだ。今の魔族は、当時の反魔王軍の人々が中心派となっていて、他の種族とも協調関係にあるんだ。ただ昔っからの噂で、敗れた旧魔王軍の残党が世界中に散り散りに潜伏し、力を蓄えて再び戦乱を起こす準備をしているといわれている。……グラナダはその一人かもしれない」

 グラナダの言動から、冒険者ギルドでは危険人物として全ギルド支部に通達をすることに決定した。
 シエラはトルメクさんにギリメクさんの仇討ちのために、俺たちと一緒に旅に出ると報告。トルメクさんは、
「……わかった。シエラ。ギリメクの敵、必ず討ち取れ。しかし、お前はあいつの忘れ形見だ。俺にとっても家族同然だ。絶対に死ぬな」
と言った。そして俺に、
「ジュンさん。シエラをどうかよろしくお願いします」
と言って頭を下げた。

 ギリメクさんの葬儀は明日となり、シエラはその日はギリメクさんの遺体と最後の夜を過ごすことになる。俺たちもそれを見守りながらギルドで一泊した。
 その晩は、ランプの明かりに照らされながら、ノルンからは隠者の島での生活を聞いたり、逆に俺から一年前のアルの街でのエビルトレント事件を話したりした。
 一番気になった地球の記憶だが、ノルンにはうっすらとコンクリートのビルとか自動車の光景が脳裏に浮かぶ程度で、人間関係とかはまったく記憶が無いそうだ。実質的には記憶喪失と変わらないわけだが、その分、隠者の島で一緒に生活したパティスという老女とセレンという人魚はかけがえのない家族と思っているとのこと。

 いつか俺もその二人に会ってみたい。……別に人魚に会いたいってわけじゃないよ。

 シエラは、小さい頃に母親を亡くしずっとギリメクさんと暮らしてきたことを教えてくれた。竜人族の成人年齢は18才だが、シエラは、警備士になるためと称してギリメクさんに鍛えられており、来年、試験を受けるつもりだったようだ。
 ……その話を聞いたとき、おそらくギリメクさんの娘への溺愛の裏返しじゃないかって思ったが、そのためにシエラは箱入り娘として育てられているようだ。
 ずっと彼氏はいなかったが恋愛には興味があったようで、おそらく今朝の言葉も――俺の称号の影響もあるが――、未だに恋に恋している状態のように思える。

――――。
 次の日は再び雨だった。
 町の北部にある町の墓地の一角で、しとしとと雨が降るなかでギリメクさんの埋葬が行われた。
 墓石にはこう刻まれている。

「妻を愛し、娘を愛し、闇と戦いし勇士
  ここに眠る。
  ギリメク・リキッド」

 墓石の脇に族長とシエラが立ち、その前に一人ずつ献花する。

 ギリメクさんは警備隊長として、多くの人々から慕われていたようだ。
 集落の人々が途切れることなく献花の列に並ぶ。なかには例の三人組の冒険者や他の種族の冒険者も並んでいる。
 俺達は、その献花の列をずっと見ていた。

 献花の間に雨はやみ、雲間から太陽の光が差し込んでギリメクさんの墓を照らし出した。

 町の人々の最後に俺達も献花をし、トルメクさんを先頭に並んで全員で黙祷を捧げた。

 その時、ぶわっと一陣の風が吹き抜けて空がかげった。
 空を見上げると、そこには大きな白銀のドラゴンと緑のドラゴンがホバリングしていた。

 トルメクさんとシエラは慌てて片膝をついたので、俺達もシエラの後ろに並んで膝をついた。
 トルメクさんが顔を上げて、
「神竜王バハムート様! わざわざここまでおいでくださるとは感謝致します」
と言った。

 あれが神竜王バハムート。偉大なるドラゴンの帝王にして世界の守護者たる聖なる竜。輝く白銀の鱗が雨上がりの陽光に美しく輝いている。
 頭上から荘厳な声が降ってくる。
「トルメクよ。シエラよ。すまぬ。私がいない間に、かような事態となっていようとは思いもしなかった」
 神竜王の言葉にトルメクさんは慌てて、
「いいえ。バハムート様。我々の力が及ぼなかったのです」
「詫びの代わりに、ギリメクの魂は我が天に送ろうぞ」
 すると、シエラが顔を上げて、
「バハムート様。……父を。父の魂を…。ありがとうございます」
「シエラよ。気を落とすでない」
「はい。……私はここにいるジュン様とパーティーを組んで、父の仇を討つ旅に出る決意をいたしました」
「そうか。誇り高き竜人族の古き掟に従うというのだな」

 そこでバハムートが俺たちを見つめ、「うむ。そういうことであるか」とよくわからないが、一人で何かを納得していた。
「シエラよ。そなたに餞別を贈ろう」
 バハムートが指をかざすと、その指先から一条の光がシエラの前に伸びる。と、そこに大きな白銀に輝く盾が現れた。
 シエラが目を丸くしている。

――神竜の盾――
 神竜王バハムートの力を宿せし大盾。使用者とのつながりによって形態と性能が変化する。
 価格:――
 物理攻撃、魔法攻撃ともに耐性を持ち、瘴気を防ぐ。ある特定のキーワードによって更なる力を発揮する。
 使用者限定によりシエラ・リキッドのみ装備可能。

「我が加護を加えし盾だ。使いこなせるよう精進せよ」
「ありがとうございます。お礼の申し上げようもございません」
「よい。……ジュン。それにノルンとその仲間たちよ。そなたらのことはシン殿や妖精王フレイより聞いておる。くれぐれもシエラを頼むぞ」
 え? シンさん? あの人、まさか神竜王と面識あるのか?
 俺は驚きながらも、
「はい。必ずやシエラと共に仇を討ってみせましょう」
と答えた。
「それでは、そなたらにも武具を贈ろう」
 再びバハムートの指から光が伸びて俺の胸元に当たり、ペンダントに変化する。シルバーのチェーンに大きな赤い宝石をはめたペンダントだ。

――神竜のペンダント――
 神竜王バハムートの加護のこもったペンダント。対のペンダントと互いに呼び合う。
 価格:――
 瘴気を防ぎ、体力を回復し、状態異常を防ぐ。
 効果:浄化、自然回復、状態異常無効、対のペンダントへの次元通話

 じ、次元通話? もしかして世界を超えた念話ができるのか? ってか、こんな機能何に使うんだ? ……ただ対のペンダントってあるが。
 もしかしてと思って隣のノルンを見ると、その胸元にも同じペンダントが輝いている。目を見合わせて微笑み、反対側を見ると、どうやらヘレンとサクラには手首につけるブレスレットのようだ。

――神竜のブレスレット――
 神竜王バハムートの加護のこもったブレスレット。
 価格:――
 瘴気を防ぎ、体力を回復し、状態異常を防ぐ。
 効果:浄化、自然回復、状態異常無効

「では。我はギリメクの魂を天に送らねばならぬ。……族長よ。何かあればいつものようにな」
「はい。バハムート様」
 そういって神竜王バハムートが再び手をかざすと、ギリメクの墓から小さな光が空に昇っていく。
 そして、その光を守るように、バハムートとタイフーンがくるくると回りながら天に向かって飛んでいった。
 二匹の竜王の翼の先から雲のような水蒸気の筋、ペイパーが発生して螺旋を描き、あたかも天に続く二重螺旋の軌道のように見える。

 遙かなる天空よりバハムートの声が響いた。
「さらばだ。また会おうぞ」

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