23 出発の朝

――――
 朝が来た。
 ……トントン。

 控えめなノックの音がする。
「ジュン。ノルン。入っても大丈夫かしら?」

 ヘレンだ。……と、別に焦るわけじゃない。俺たちはとうに起きて身なりを整え、汚れたシーツとタオルをノルンの魔法で綺麗に洗濯乾燥しておいた。
「大丈夫よ」
 窓辺のイスに座っているノルンがヘレンに声をかける。

「お邪魔しまーす」
 といって入ってきたヘレンは、ニヤニヤしながら俺とノルンを見つめた。ノルンが照れくさそうに笑いながら、
「……ヘレンってば、もう!」
と言うと、ヘレンが、
「うまくいったみたいね。背中を押したかいがあったわ」と言った。

 え? そうなの?

 ヘレンは笑顔で俺を見る。
「だって、ノルンってば寝室でなんだかイジイジしてたしさ。……それにノルンがオッケーなら、次は私の番でしょ?」
 そういってビシッと人差し指を立てたヘレンの目が、ぎらりと輝いていた。

 気を取り直して三人でダイニングに移動すると、サクラとシエラが朝食の準備をしていた。

「あ、おはようございまーす! マスター! ノルンさん!」
「おはようございます。ジュンさん、ノルンさん」
「ああ、おはよう」
 なぜか二人ともニヤニヤしているのが気になるが、サクラが、
「昨日はおたの「あ、そうそう」でしたね」
というのに無理矢理、言葉を重ねた。俺はコホンと咳払いをして、
「そうそう。食事を終えたらトルメクさん、警備本部、ギルドに挨拶してすぐに出発しよう」
と言った。あからさまに話題を変えた俺を見てサクラがニヤニヤして、
「これでようやく私の番も回ってくるわけですね」
と不穏なことを言った。

 パン、ジャム、バター、スープ、サラダ、ベーコンとスクランブルエッグ。料理がテーブルに出され、全員が席に着く。

「さ、ジュン。食べましょうよ」と、ヘレンに脇から突っつかれる。
「ああ、っていうか。俺が言うのか? ……まあいいや。じゃ、いただきまーす」
 ちなみに「いただきます」はこの世界でも一般的に使われていた。かつては信仰との関係で「神の慈悲に感謝して食事をいただきます」というようなことを言っていたらしいが、そのうち省略されてきて、今では一般的に使われているとのこと。

 朝食を終え身支度をすませると、俺たちはシエラの家を出た。

 家を出る時、エイシェントドラゴンメイルに身を包み、神竜の盾を背中にしょったシエラは、玄関の外から家を見渡し、しばらく黙祷すると一つ大きく頷いた。

「お父様。行ってきます!」
 明るいシエラの声が響き渡った。

 トルメクさんのところに挨拶に行くと、トルメクさんはシエラの恰好を見て固まった。が、すぐに、
「……そ、そうか。たしかにその鎧が必要になるだろう」
と言った。シエラが申し訳なさそうな表情をしたが、トルメクさんは首を横に振って、
「いいんだよ。シエラ。骨董品よろしく飾っておくのがいいわけじゃない。お前の旅にきっと必要になる。竜王のご加護がお前にありますように」
と言って、笑顔で送り出してくれた。

 その後、警備隊本部、ギルドと挨拶を済ませ、最後に墓地のギリメクの墓に挨拶をしてから、俺たちはいよいよドラゴニュートの集落を出発する。
 アルの街へと続く西側の入り口では、オステル家をはじめとする多くの竜人族たちが見送りに来てくれた。
 声援を受けながら門をくぐり、一路めざすはアルの街だ。

 晴れ渡ったデウマキナの山道からは広々とした景色を見下ろすことができる。遠くにかすんで見えるのがアルの街だ。
 ノルンと結ばれてから心に充足感がある。デウマキナの下山でも、隣にノルンがいる。そして、みんながいる。

 さあ、アルに帰ろう。
 山道を下っていく俺たちの歩みは、しっかりと、そして軽やかだった。

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