02 エミリーの依頼

 俺たちがいつものようにギルドにやってくると、
「あ、ちょっとこっちに」
と言って、いきなりエミリーさんにつかまった。

 ……俺、何かしたっけ? エミリーさんは周りに聞かれないように小声で、
「貴方たちに私から指名依頼したいから、今日の夜、受付が落ち着いた頃にギルドに来てちょうだい。誰にも内緒にね」
と言った。
 なんだろう? 秘密のお願いか? 俺はうなづいて、その日は簡単な森への肥料をまく依頼を受けることにした。

 ちなみに現在、ノルンとシエラは二人だけランクが低いために別行動をしていて、今は近隣のフルール村に討伐依頼で行っている。ここにいるのはヘレンとサクラの二人だ。
 東側の門から街の外に出て、焼け野原に若木がぴょこぴょこ生えている森に踏み込んだ。
 一年前のエビルトレント戦後、結局、この森はすべて焼き払われた。植樹をし、エルフの力を借りて元の森にするように生育しているようだ。俺たちの肥料まきの依頼もその一環で、依頼主はアルの街の領主様だ。現在、この森は危険はないので低ランク冒険者の多くが従事している。
 俺たちはなるべく森の奥の方へ肥料をやろうと、身体強化を駆使して奥へ奥へと進む。
「この辺りにするか」
といい、俺とサクラとで手分けして肥料を根元にまいていき、ヘレンが今日の日付を記入した木札を枝に引っかけていく。

 単調作業をしながら、ヘレンが、
「エミリーさんの依頼って何かしらね?」
とつぶやいた。サクラが耳をぴょこぴょこ動かして周辺の状況を確認しながら、
「彼氏の素性調査とかだったりして」
と言う。それはどうかなぁ。エミリーさんに彼氏がいるって聞いたことないけど、付き合う前の信用調査とかならあり得るのか?

 夕方になってギルドに戻って今日の報酬を貰い、エミリーさんから声がかかるまでカフェで待機する。
 俺たちの周りが酒飲みでがやがやと騒がしくなる頃、エミリーさんがこっちに歩いてきた。なぜか周りの冒険者が険呑な視線で俺を見る。
 エミリーさんが、
「おまたせ。じゃ、あっちの部屋にいくわよ」
と言うので、その後をついて行く。なぜか後ろから、チッという舌打ちの音や「エミリーさんもか」とかいう声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。

 部屋に入ると、エミリーさんが、
「悪いわね。実はちょっと調べて貰いたいことがあるの」
と言った。サクラが、面白そうだといいたそうな顔で俺を見る。きっとあれは「やっぱり彼氏の調査ですよ」といいたいんだろう。
「詳しい内容を言う前に、これは秘密厳守でお願い。いい?」
と言われたので、俺は、
「秘密厳守って、俺たちに何をさせる気ですか?」
と言った。これは安易に受けて大丈夫なのか? エミリーさんは、
「とある人物の素性調査よ。尾行も含めてね」
と言った。

 サクラがますますどや顔になる。マジで? 本当にサクラのいうとおり、彼氏の調査なのか? 俺はエミリー親衛隊の面々を思い浮かべながら、ショックを受けるだろうなぁと思った。だがまあ、お世話になっているエミリーさんのために一肌ひとはだ脱ごうじゃないか。
「わかりました。秘密厳守。お引き受けします」
と俺が言うと、エミリーさんが、
「そ、そう。助かるけど、依頼内容も聞かないで引き受けたら駄目よ?」
と言う。俺は、安心させるように笑みを浮かべ、
「もちろん。わかっていますって。でも今回はエミリーさんの幸せのために俺たちが力になります」
とそう断言した。隣のヘレンもサクラもうなづいている。
 エミリーさんはぎこちなく笑みを浮かべながら、
「し、幸せ? ……ま、まあいいわ」
と言った。

 さて、それでは見事エミリーさんのハートを射止めた相手は誰なんだろう。気を取り直して、エミリーさんは、
「調べて貰いたいのはマリナよ」
「「「はっ?」」」
 相手の名前を聞いた途端、俺たちは異口同音に聞き返した。横を見ると、ヘレンもサクラも口を開けてぽかんとしながら互いに顔を見合わせている。ま、まさか。この二人は禁断の関係なのか?
 明かされる衝撃の事実に、俺たちはしばし呆然としながらエミリーさんの説明を聞いた。

 なんでも最近のマリナさんが、とある怪しげな集会に参加している疑いがあるらしい。もちろん健全な集会なら趣味もあるのでとやかくは言わないが、問題はその集会が夜中に白い仮面をかぶって集まるというもの。最近、噂で耳に入ってくる例の集会だ。危険な宗教か、反政治の地下組織か……。
 何にせよ、大切な同僚であるマリナさんの身を守るためにも、尾行してどこに行くのか。そして、集会に参加しているならば、その集会はどのようなものかを調査して欲しいとのこと。当然だが、くれぐれもマリナさんに気取られてはいけない。

 俺たちは依頼内容の重さに驚きながらも、ギルドの正当性と何より二人の幸せのために尽力することを決意した。
 エミリーさんは普通の依頼ではないことを承知しつつも、妙にやる気を見せている俺たちにとまどっていたようだが、俺たちの堅い決意を見て安心した様子だった。

 部屋から出た俺たちは、そのまま何事も無かったかのようにギルドから出て宿に向かう。

――――。
「ね? ジュンさんたちに何か用だったの?」
 受付にもどったエミリーにマリナが尋ねた。エミリーは、
「ううん。何でもないわ。ちょっと個人的な用事をお願いしたのよ」
と答え、「ちょっと休憩させて」と言った。

 もしかして告白? でもそんなそぶりは今まで見せたことがなかったけど……。それにあの美女軍団に割り込むなんて、エミリーならおかしくないけど……。
 そんな風に思ったマリナは、とっさに、
「ええ。いいわよ。っていうか、何だったら今日は先にあがってもいいよ」
と言うと、エミリーは笑いながら、
「そこまでじゃないわよ」
と言いつつ休憩室に入っていった。

 その後ろ姿をぼうっとマリナが見ていると、カフェにいた冒険者が数名やってきた。
「なあなあ。マリナさん。エミリーさんはあいつらに何のようだって?」
 そう聞かれたマリナは、彼らが「エミリー親衛隊」を名乗っていることを知っていたので、その心配はわかる。
 マリナは、少し彼らを哀れみながら、
「……なんでも個人的な用事だったみたいよ」
と言葉少なげに言った。
 それを聞いた冒険者たちは愕然がくぜんとした様子で、
「マジか?」「くそっ!」
「な、なんであの野郎ばっかり」
「お、俺たちの女神が……」
と口々にいいながら、肩を落としてカフェに戻っていく。マリナはその背中を見ながら、まるでお葬式みたいだなって思った。

 その日のギルドカフェの夜は、やけ酒を飲んだ冒険者が何人もぶっ倒れていた。

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