03 潜入

 月に照らされた町並みが、まるで墨絵の中に入り込んだように錯覚を起こさせる。
 静寂が支配する街に、昼間の熱気が今もなお残っている。

 エミリーさんから依頼を受け、その日はヘレンとサクラと作戦を話し合った。
 人知れずの尾行となれば、忍者のサクラを主軸に行うのがベスト。やり方はこうだ。
 ギルドの裏口側に分かれて隠れ、マリナさんの近くにはサクラが、そして、路地の間を抜けながら俺とヘレンが監視する。集会の場所を確認し潜入できそうなら潜入する。

(あ、マスター、出てきました)
 サクラが念話で教えてくれる。俺は見つからないようにそっと通りをのぞくと、ギルドの裏口から出てきたマリナさんがそっと右の方へと歩いて行った。黒い忍び装束に身を固めたサクラが、少し離れた位置から物陰に隠れながらついていく。

 俺はヘレンと合流し別ルートでマリナさんの向かう方向――東街へと向かう。身体強化で音を出さないように注意しながら路地を駆け抜けていく。
「!」
 前方に人の気配を感じた俺は、左手を挙げて後ろのヘレンに「止まれ」の合図を出して、すぐに近くの物陰に隠れた。ヘレンと路地の先をのぞくと、そこには白い仮面をかぶった壮年の男性がいた。身なりは普通の町人のものだ。

 俺はヘレンに合図をする。ふところからサクラからもらった眠り香を慎重に取り出し、高速機動で町人の後ろに移動して即座に口と鼻に眠り香を当てる。
「うっ」
 白仮面の男が一瞬、小さくうめくとすぐに意識を失う。力の抜けた体を受け取ってヘレンに合図すると、ヘレンがちかくにやってきた。二人で路地の端に男を寝かせると白仮面を取り外した。下からは顎髭を生やした壮年の男性の顔が表れた。よかった。知っている人ではない。
 サクラがいうには眠り香は6時間ぐらい効果があるとのことだ。俺とヘレンはマジックバックから粗末な布を取り出すと男の上に掛けた。
 これで白仮面一つ目をゲットだ。
 それから再び身体強化で進み、同じように年配の女性、まだ年若い男性を眠らせて白仮面を入手することに成功した。

(サクラ。俺たちの分の白仮面が揃った)
(了解です。マリナさんはまだ例の目撃情報のあった建物に向かっています)
(了解。そっちに向かう)
 俺とヘレンは、サクラと合流すべく路地を急いだ。

――――。
 通りから路地へと入り込んだマリナさんは、左右を確認すると鞄から白い仮面を取り出してかぶり、迷路のような路地を迷い無く進んでいった。
 その先に一つのドアが見えてくる。俺たちはサクラと合流してその様子を注意深く見ていた。

 マリナさんがドアを三回ノックする。
 するとドアのスリットががっと開き、誰かが中から外を確認する。
「…………」
何かを男が言うと、マリナさんが何かをつぶやいた。すると再びスリットがしまって、ドアが開く。
 マリナさんは左右を見て誰もいないことを確認して中に入っていった。

「合い言葉があるみたいだな」
 その様子を見て俺は二人に小さくつぶやいた。
 どうしたものかと考えていると、別の路地から、白い仮面をかぶった男が歩いてきた。身なりが整っていてどこかの貴族の子供かもしれない。

 男はマリナさんと同じようにドアを三回ノックすると、再びすっとドアのスリットが開く。
「…………」
 ところが男は首をかしげて、
「…………」
と何かを言った。するとスリットがさっと閉まり、離れたところのドアが開いて白仮面をした5人の筋肉隆々の男達が出てきた。男達は貴族らしい男を取り囲む。囲まれた方はテンパったように両手を突き出して、
「す、すまん。思い出した! 「どちらも最高」。な、これでいいだろ!」
 すると男たちの中の一人が低い声で、
「……入れ」
と言うと、ドアが開き、貴族らしい男が慌てて中に駆け込んでいった。囲んだ男たちもそれぞれ出てきた扉から中へと入っていった。

 それを確認した俺は、
「さ、行くぞ」
と言って、ヘレンとサクラとともにドアの前に立った。
 後ろの二人を振り返ってうなづくと、マリナさんと同じようにノックを三回する。
 すると、すっとドアのスリットが開いて、中から誰かの鋭い目がのぞいた。
「犬耳、猫耳どちらがお好みだ?」
 ……もしかしてこれが合い言葉か? 先ほどの男は確か……、
「どちらも最高」
 俺がそういうと、2秒くらい沈黙が訪れて緊張が高まる。スリットがすっと閉じてドアが開いた。
 俺は気づかれないように安堵のため息をついて、中へと足を踏み入れた。

 俺たちが中に入ると、背後ですぐにドアが閉まる。目の前には地下へと潜る階段があった。
 ドアの影にいた男が俺たちをちらりと見る。俺はゴクリと唾を飲んで階段を下りていった。
 地下に着くと、そこには厚い絨毯が敷かれたサロンになっていた。

 白仮面をつけた年配の執事が、
「ようこそ。我らが結社へ。どうぞあちらから中へお入りください」
といって、左手のドアを指し示す。礼を言ってそちらに向かおうと執事の前を通り過ぎると、急に、
「おお! これはこれは。……あなたさまはこちらでございます」
と、執事がサクラに言った。サクラはちょっと戸惑っている。
「あ、いや。そいつは俺たちと一緒なんで」
と俺が言うと、執事は、
「いえ。ご心配なく。後でお席にきちんとご案内します」
と言う。サクラは仕方なく、
「はい。こちらですね」
と言って、右手のドアへと歩いて行く。
(ま、マスター。どうしましょう?)
 サクラから念話が送られてくる。
(今は流れに任せるしかない。案内しもらえるみたいだから後で合流だ。……危なくなったら先に脱出していい)
(わかりました。それしかないですよね)
 執事がサクラの方のドアを開け、サクラは一瞬、俺の方を向いてうなづき、そのドアの中へと入っていった。
 俺とヘレンも案内されたドアを開けて中に入る。

 中に入ると、銀座の高級クラブのように高そうなソファがいくつも置いてあり、そこに白仮面の人々がゆったりと座っていた。そばのテーブルには洒落たデザインの酒瓶やグラス、つまみなどが置いてある。
 しばし呆然としていると、
「初めての方ですね? どうぞこちらへ」
と若い男性と思われる白仮面の執事に声を掛けられた。そのまま案内にしたがってコーナーのソファに座る。

 俺の隣にはヘレンが座り、
「ねえ、ここってどういうところなの?」
と聞いてきた。俺は返答に窮した。見た目は高級クラブだが前の部屋の執事が言っていた「結社」の言葉が気になる。……やはり何らかの組織。それもあまり良くなさそうな組織と見るべきだろう。
「まだ静かにしていよう」
と小声で伝え、二人で周りを見回していると、やはり白仮面をしたメイドがワゴンを押してきて俺たちのテーブルにお酒とつまみを並べていった。
 これってお金がかかるんじゃ……、と心配しながらも不自然に思われないようにグラスに酒をついだ。
 その時、
「にゃ?」
と猫の声がして、俺の膝に一匹の猫が飛び上がってきた。
「なっ」と小さく驚きの声を上げたが、見るとヘレンの膝の上には犬が前足を掛けていた。周りを見ると、フロアの人々がそれぞれ思い思いに猫や犬を撫でている。

 ……これが高級サロンってやつか。
 そう思って唾を飲み込み、不自然に思われないように膝の上の猫を撫でてやった。サクラの方が気になり、
(サクラ。お前の方はどうなってる?)
と念話を飛ばすも返事はかえってこなかった。

――――。
 マスターと違うドアに入ると、そこには白仮面をした4人のメイドさんがいた。部屋の中はさっきの部屋とは異なって照明が煌々と照らされており、タイル張りの床にいくつかのシンプルな寝台が用意されていた。寝台といってもマットレスや毛布はなく、ただ台があるだけだ。
「こちらへどうぞ」
 近くのメイドさんが、その一つの寝台に私を案内した。
「仰向けになってください」
と言われ、私は困惑した。仰向け?縛られたり、何かの実験に使われたりしないだろうか?

 私の困惑が伝わったのだろう。メイドさんは、
「お手入れをするだけですのでご安心ください。終わりましたらお連れの方の所へご案内致します」
と言った。……お手入れ?
 いざとなればネコマタに戻ればいいか。そう思っておそるおそる寝台に仰向けに横になる。
 すると寝台の両サイドにメイドさんが並んで立って、まるで手術前の医師のように両手を前に出し、
「それでは始めさせていただきます」
と言った。
 一人が頭の乗っているところの寝台を操作すると、頭部の方の寝台が後頭部の乗っているところを残して下に下がっていった。
 ガラガラっと音がして、別のメイドさんが白い陶器製の手洗いの流し台のようなものを押してきて、私の頭の下に添える。
 そして、――。

――――。
 しばらくして俺たちの入ってきたドアとは別のドアから、一人の白仮面をしたメイドさんができた。メイドさんは部屋に入るなりフロアに一礼し、後ろに続く人物の先導をして部屋の中央へと歩いて行った。

「ね、あれ、サクラじゃない?」
 ヘレンに言われなくても、後ろの人物はサクラだった。
「何かあったらすぐに飛び出るぞ」
 俺はヘレンにそう告げた。

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