04 正体は……

 メイドが進んだ先は少人数がダンスを踊れるようなスペースだった。メイドが近づいていくと天井からスポットライトが照らされる。

 メイドはそのライトの下に進み出て、美しく一礼した。
「本日、我々の結社に特別なお客様がお見えになりました」

 フロアにいた人々は「特別な」を聞いて感嘆の声を漏らし、いまだ暗がりにいるサクラの方を期待を込めて見つめているようだ。

「さきほど、私どもの方で準備が整いました。美しくもシルクのようになめらかで、瑞々しく弾力のある黒毛種であられます」

 メイドの紹介に俺は「いったい何の紹介だ?」と首をかしげたが、フロアの人々は大きな拍手を始めた。拍手を聞いてメイドはにっこり笑って一歩下がる。
「どうぞお客様」
とメイドがサクラに前に出るように手で案内すると、白い仮面をつけたままのサクラがおずおずとライトの下に進み出る。
「おおー!」「まだ若いではないか!」「すばらしい!」
 フロアの人々が興奮して、拍手をしながら口々にサクラを讃える。

 その時、奥の席から一人の少女が歩いてきた。
少女はやはり白仮面とつけており、その腕に白い毛並みの猫を抱えている。
 ……ん? どこかで見たことがあるような?
 俺は気になって少女を凝視するとナビゲーションが少女の正体を教えてくれた。

――シルビア・エスターニャ――
 種族:人間族 年齢:12才
 職業:エスターニャ男爵令嬢
 称号:幸運の運び手
 スキル:礼儀作法3、直感4

 おいおい! シルビア嬢じゃないか! ってことはあの白猫はスピーか?
 俺は驚いて、思わず「なんだと?」とつぶやいた。ヘレンが、
「誰? 知ってる人?」
と聞いてきたので、俺はヘレンの耳元で、
「あの猫。サクラの祖父だ」
と言うと、ヘレンは「は?」と聞き返してきた。俺は黙ってうなづく。

 白仮面をつけたシルビア嬢はライトの下に出てサクラの横に進み出て、一礼してからフロアの方へ振り返った。
 さすがに男爵令嬢とあって、一つ一つの所作が美しい。もっともその腕の中のスピーは目を丸くしながらサクラの方をじっと見ている。
 シルビア嬢が一歩前に出て、

「皆様。本日は我が秘密結社。「モフリニスト・クラブ」の集会への参集、ご苦労様です。また特別なお客様もお見えになられ喜ばしい限りですわ。どうぞお時間の許す限りごゆるりとお過ごしください」

と挨拶して下がっていった。
「「え?」」
 俺とヘレンの小さな驚きの声が重なる。

 モフリニスト・クラブ? ……ま、まさか。この結社って。

 そう思って改めて周囲を見渡すと、フロアの人々は実にいとおしそうに大切そうに猫や犬を撫でている。
 俺とヘレンは思いっきり脱力した。「な、なにこれ……」。ヘレンのつぶやきが聞こえる。

 そこへサクラが戻ってきた。
「あっ。マスターが浮気してる!」
 小声であるが、いきなりそう言ってサクラは俺の膝の上の猫を指さした。
「この泥棒猫! 駄目よ。マスターはあげないんだから」
といって、俺の膝の猫を取り上げて床に下ろし、俺のすぐ横に密着するように座った。
 なんだかサクラの方からいい香りがする。心なしか、猫耳もフロアの光を反射して妙にキラキラして見える。
「うふふふ。触ります? いいですよ。モフっても」
といってサクラが頭を俺の方に下げてきた。なぜか近くのソファの人々が俺たちに注目している。白仮面でよくわからないが、うらやましそうだ。
 俺は、「お、おう」といいながら、ゆっくりサクラの耳を触った。しっとりと艶がありつつも弾力がある。実はサクラの耳はたまに触らせて貰っているが、120%増しでさわり心地が良くなっている。
 サクラが頭を起こすと、えへへと笑いながら、
「さっきの部屋でお手入れしてもらったんですよ。香油とかつけてもらって」
そういって猫耳をぴょこぴょこと動かした。

 それにしても、さっきの挨拶を見るに、この秘密結社はシルビア嬢がホストのようだ。ということは男爵家執事のセバスさんとかもいるのかもしれない。

 そう思いつつ、ナビゲーションでフロアに集まっている人々を調べてみると、
「おいおい。宿の親父がなぜここに。何が赤鬼だよ。……奥さんまでいるし。娘さんはどうした? ………げっ、あっちにはケイムじゃないか。やたら猫を侍らせて……、どんなプレイだっつうの。っとと、あれはマリナさんか……」
 なぜか知り合いがたくさん見つかった。
 ……まあ、危険な結社じゃあないよな。俺は気を取り直して、しばらくしてからヘレンとサクラを連れて退出した。
 ちなみに病気だったマチルダも白仮面をして、シルビア嬢とスピーと同じテーブルで楽しそうにしていた。

――――。
 白仮面を路地裏に放置していた人々に帰し、その日は宿に戻った。ちなみに娘さんはカウンターでぐっすり眠っていた。俺は、そばに落ちていた毛布を娘さんの肩にかけてやり、自分の部屋へと戻ったのだった。

 次の日、俺たちはいつもより遅めに目を覚まし、朝食を取ってからギルドへ向かった。
 時間帯からして、すでに朝の忙しい時間は終わっているはずだ。
 エミリーさんの依頼も、結社が危険の無いものということもわかっている。明るい気分で勢いよくギルドのドアを開けた。

「おはよう」
 明るく挨拶するエミリーさんに近寄り、小声で「例の御報告があります」と言うと、うなづいて依頼をした部屋に行っていてと言われた。
 俺たちが部屋に向かうと、背後からエミリーさんがマリナさんに、
「ちょっと例の個人的な用件で行ってくるから、ここお願いね」
と言う声が聞こえた。マリナさんが、なぜか「がんばってね」と言っているのが聞こえた。
 まったくあの二人は仲がいいよな。そういえば禁断の関係だっけ、知られたらヤバイよね。俺たちだけが二人の秘密を知っていることに、内心でほくそ笑みながら部屋に入った。

――――。
 エミリーが、ジュンさんの待つ部屋に向かった後、私は急いで手元のベルを鳴らした。
 すると外から沢山の冒険者、――エミリー親衛隊の人たちがギルドに入ってくる。
「くそっ。いよいよ我らが女神があいつのものになっちまうのか」
 どの冒険者の顔も苦々しげだけど、そのファン心理はわからなくもない。
 それでも私は、エミリーが幸せになるんならそれでいいと思う。たとえ相手が美人を侍らしている男性だったとしても。
 そう思って、私はエミリーの告白が上手くいきますようにと祈った。

――――。
「――というわけで、確かに集会に参加していましたが、怪しいとか危険なことをする集会じゃなかったですよ」
 俺の報告を聞いて、エミリーさんはその表情を明るくした。
「そう。それならよかった」
 そう言って、肩を落として安心しているエミリーさんに、俺は、
「いやあ。最初はどうなるかと思いましたけどね。まさかモフモフ好きの集会だなんて思いませんでしたよ」
と言うと、エミリーさんは、フフフと笑いながら、
「そうね。私も聞いていてまだ信じられないわ。……私もマリナにお願いして入れて貰おうかな」
と言ったので、俺は思わず猫にまみれる二人を想像してしまった。それはそれであやしい気がする。主に性的な方で。
「じゃ、後日、報酬は渡すから。今回はありがとうね」
 そう言って、エミリーさんはにこにこしながらドアを開けた。

 ギルドの受付前に戻ると、なぜかさっきまでいなかった冒険者達がそこにいた。
 あれれ? みんな依頼に行ったんじゃ……。それに男ばっかり残ってる?
 首をかしげたが、その時、マリナさんが拍手をしながらエミリーさんのところに駆け寄っていった。
「その表情じゃ、上手くいったみたいね! おめでとう! エミリー」
 何のことか分からないが、ついでマリナさんが俺の方へやってきて、俺の両手を握る。
「ね、ジュンさん。くれぐれもよろしく頼むわね!」
と言うマリナさんの笑顔につられて、俺は、
「え? ええ。任せてください?」
と変なイントネーションで答えた。一体、何のことだろう? 俺は説明を求めてエミリーさんの方を見たが、エミリーさんも訳が分からないという表情だ。
「くっそおおお!」
「みんな! 女神の幸せのためだ! 我慢しろ!」「くっ。今日はやけ酒だ!」
 途端に周りの冒険者達が叫び出す。中には隣の者と抱き合って涙を流しているのもいる。

「こ、これは一体なんなのかしら?」
 俺の後ろでヘレンがそう言うと、マリナさんが、
「これでエミリーとジュンさんがお付き合いするんでしょ? あなたたちも仲良くしてね!」
と返事した。

「「「「は?」」」」

 慌ててエミリーさんがマリナさんの肩に手を掛けて、
「ちょっと何のこと?」
と言うと、マリナさんはちょっと首をかしげて、
「まったくエミリーったら相談してくれたらいいのに。真剣な表情でジュンさんたちのいる部屋にこもっちゃって……」
と言い出した。ま、まさか。俺がエミリーさんとマリナさんの関係を壊そうとしているのか? それをマリナさんは笑って見送ろうとしているのでは。

 俺は慌ててマリナさんに駆け寄って、
「いや。マリナさん。それは誤解です! 俺とエミリーさんはそんなんじゃないですよ!」
と言うと、エミリーさんも、
「そうそう。あれは別なのよ! 別!」
と言って援護射撃した。俺は思わず、
「だから安心してください。マリナさんの恋人のエミリーさんを奪ったりしないです!」
と言ってしまった。言ってからハッとしたが、周りに静けさが戻る。ヘレンとサクラが「あ~あ、言っちゃった」という顔で俺を見ている。

 徐々に、エミリーさんの右手がぷるぷる震えだして、
「んなわけあるかー!」
「おぶぐろおおぉ!」
と言って、打ち下ろしの右チョッピングライトが俺に炸裂し、俺は気を失った。

――――。
「な~んだ。そうだったの」
「私たちの勘違いだったんですね」
 間の抜けたヘレンとサクラの声に、俺は意識を取り戻した。首を振って顔を上げると、俺はカフェスペースの一角に転がっていた。……おかしいな。俺には「自然回復」があるはずなのに。
 そんな場違いなことを考えながら立ち上がると、マリナさんと冒険者たちが申しわけなさそうに、
「ご、ごめんなさいね。私たち勘違いしてたみたい」
「そうだ。俺たちも悪かったよ」「ああ。そうだな」
 いまだに状況がよく分からないが、ヘレンとサクラを見るとうなづいているので、
「いえ。大丈夫です」
と言うと、エミリーさんが鼻を鳴らして、
「ふんっ。いいの! あんな、あんな勘違いしてたんだから! もう!」
と言って腕を組んだ。エミリーさんは俺と目が合うと、「うっ」と言って、ぷいっと顔を背け、
「まあ、殴ったのは悪かったわよ」
と言う。すかさずサクラが「ツンデレ、キター!」と叫び、ヘレンに口を押さえられていた。

 ううむ。どうやらエミリーさんとマリナさんがレズビアンな関係というのは勘違いだったようだな。
 俺はそう思いながら、エミリーさんに殴られた頬をさするのだった。

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