02 森の奥へ

 次の日の早朝、ギルドに依頼の確認に向かう。
「ああ。サルサケですか。……ちょっとお待ちを」
 受付のおじさんはそういって、脇の戸棚から地図を取り出した。
「えっとですね。だいたいここら辺で採れますね。森からだいたい半日ってところですかね」
 まあ、ナビゲーションがあるけどね。なんて思いながら地図を見ると、村から南に約10キロメートル。小川沿いに歩くのが楽そうだ。近くに岩山があるみたい。
「ここら辺は、偶に森林狼フォレストウルフの目撃情報がありますから注意してください」
「ありがとう。気をつけるわ。それで依頼書では依頼主は村長さんだけど、採取後はギルドに提出のことってあるけど、こちらに持ってくればいいのかしら」
「ええ。そうです。二かごくらい採っていただければありがたいです」
 おじさんはそういって脇にある籠を渡してくれた。う~ん。この籠二つ分のサルサケって結構大変そうな気がするけど。たくさんなってるといいわね。
 私はおじさんにお礼を言ってシエラと共に出発しようとした。そのとき、横から、
「森へ行かれるのなら我々が護衛しましょう」
と言って、昨日のゴルとフーバという女たらしの冒険者が立ちふさがった。その目には隠しているつもりだろう下心が透けて見えるようだ。……気がついていたけれど、せっかくこっちが無視をしていたというのに。
「結構ですよ」
 短く告げて、シエラと一緒に二人の脇をすり抜けてギルドから出て行く。何度かこの村に来ているが、あの二人組は初めて見る。護衛なんていっていたが彼らだってここら辺の森は知らないだろう。
「ランクEなんでしょう?森には危険が一杯ですよ?」
 背中から声が掛けられるが、私たちは無視して森に向かった。

――――。
「ちっ。あいつらなびかねーな」
 弟のフーバが立ち去っていく美女2人の後ろ姿を身ながら吐き捨てた。
「まあいいさ。いつものとおりにすりゃいいだろ?」
 俺がそう言うと、フーバはニヤリと笑った。「ふっ。俺たちのものにするのが楽しみだぜ」

 俺たちは昨日、このフルール村にやってきた。目当ては温泉とかいう大きなお風呂だ。
 伯爵家の子として風呂に入った経験はあるが、聞くところによるとここの風呂は別格らしい。
 別行動していた奴隷の女どもはまだ宿の部屋の中だ。あいつらは戦闘力が無いから外に出すのは危険だからな。
 ……それにしても、昨日の夕方に美女二人に出会えるとはなんてラッキーなんだろう。
 透けるような肌にきらめく髪。澄んだ瞳に整った肢体。どの貴族の娘よりも美しく、まさに美の化身といえるような二人。すでに相手がいるとか言っていたが、本当だろうが嘘だろうが関係ない。絶対に手に入れてやる。
 俺とフーバは無言で目を合わせるとニヤリと笑った。
「じゃ、さっそく奴らと話をつけようぜ」
そういって俺たちはギルドを出て二人とは別の方向へと向かった。

――――。
 ギルドから出て森の入り口に向かって歩いていると、あとからフェリシアが合流した。
(マスター。例の二人は村はずれで怪しげな男達と話をしていました)
 フェリシアの念話に、予想通りの展開になったことがわかった。彼らは森の中で私たちを襲って連れ去り、奴隷にするつもりなんだろう。
(そう。予想通りね。……フェリシアは気配感知をお願いね)
 驚くこともなくフェリシアに警戒をお願いすると、フェリシアが、
(了解です。それにガーディアンたる私がマスターをお護りしますから)
(ふふふ。まあ、そこまでの相手でもないでしょう)
と笑った。私はシエラに、彼らがならず者と結託して森の中で襲ってくる可能性が高いことを伝える。
「ええー! 大丈夫ですかね?」
と素っ頓狂な声を上げたので、私はにっこり笑って、
「たいした奴らじゃないわ。私とあなたとフェリシアがいれば、あんなの百人いても大丈夫よ」
と言うと、シエラはほっとしたように、
「そうですよね。……それにそんなやり方は許せないです」
 そう言って自らの腰に下げたミスリルの長剣の柄を撫でた。あれはリキッド家先祖伝来の品でギリメクさんの遺品となった剣だ。
 警備隊長であった高潔なギリメクさんの娘として、卑怯な手段で女性を罠にはめて奴隷にする貴族のぼんぼんの所業は到底許せるものではないだろう。

 森を進むこと約二時間。
 ナビゲーションによると、目当てのサルサケまであと一時間ほどのようだ。
 ちなみに私たちを襲おうとしている集団はおおよそ一〇人で、西に四〇〇メートルほどのところを歩いている。
 フェリシアの感知によれば、気配からおそらく伯爵家で用意した取り巻きの冒険者たちで、剣士六名、レンジャー一名、魔法使い一名、そして、例の二人のようだ。全員ランクCクラスのようで、シエラ一人だったならば危なかったかもしれない。
「さてと、ここいらでちょっと休憩しようか」
 シエラにそう声をかけて、近くにある苔むした岩に腰を下ろす。
「そうですね」と言いながらシエラは隣に座り、
「あとどれくらいですかね?」
ときいてきた。
「あと一時間くらいね」
と言うと、シエラが「例のは?」と言う。
「一〇人。予想だけど、私たちがサルサケを採取している無防備なところを仕掛けてくると思う」
「なるほど……、って一〇人もいるんですか?」
「大丈夫よ。シエラ。こっちは精霊も呼んでおくから」
 ふふふ。四大精霊を召喚するまでもないけれど、お仕置きをしなきゃいけないわよね。内心そう思って笑顔を作ると、シエラが、
「うわぁ。ノルンさんが黒い笑顔をしている……」
とつぶやいた。
 その時、私の耳元で、
……危ない男が来ているよ。
……かなり強そうだよ。
……気をつけてね。
と妖精達の声が聞こえた。少し遅れて突然うしろから、
「よお!」
と声をかけられた。
 はっ? 私の探知魔法リサーチスフィアにもフェリシアの気配感知にも引っかかってないわよ?
 慌てて立ち上がって声の方を向いて構えを取ると、そこには黒づくめのフルプレートで全身を覆った大柄な騎士がいた。背中には見たことのないくらい幅広の黒い大剣を背負っている。一見、軽そうな性格に見えるが、その全身から感じる圧倒的な存在感に私は戦慄した。
 警戒している私たちを見て黒い騎士は手を前に開いて、
「ああ、悪い悪い。驚かせちまったか。……別にやりあおうってんじゃないんだ」
と言った。警戒をしながらも構えを下ろすと男は腕を組んで首を横に振る。
「まあ、しゃあないな」とつぶやく男に、私は、
「一体に私たちに何の用かしら?」
ときくと、男は、
「なあに、ちょっと道を聞きたくてな」
「道?」
「ああ。……ここいらに洞窟のある岩山があったと思うんだが、どっちの方向かわかるか?」
 洞窟があるかどうかわからないけれど、岩山ならここから東に行ったところにある。が、こいつの教える道理もないけれど。
「教えてもいいけど条件があるわ」
と言うと、男はうれしそうに、
「おお! 知ってるか!」
と言った。私は構わずに、
「条件は、教えたら何もせずにすぐにここを立ち去ること。いい?」
「もちろんだ! 岩山さえわかればお前らに用はないさ」
 そう断言する男に、私は東を指さした。
「あっちの方向に進みなさい」
と言った。男はそっちの方向を向いて、
「なるほど。あっちか。ありがとうよ。じゃあな」
と言い、私たちに手を振りながら歩いて行った。
 私とシエラはその背中が見えなくなるまで警戒を緩めなかった。
 やがてシエラが、
「ノルンさん? あの人は?」
ときいてきたが、私は「わからない」とだけ返事した。
 なぜなら、私の目には今の男の全身から瘴気が吹き出しており、しかもナビゲーションに、

――????ゴルダン――
 種族:?? 年齢:??
 称号:?????
 加護:??の加護
 スキル:???????????

とあって鑑定できなかったのだ。あれは絶対に危険な男。戦うならばジュンがいるときでないと。
 男が去って行き、私とシエラは気を取り直して森の奥へと出発した。

――――。
「ちぃ。虫ばっかりだな。この森は!」
 イライラしたぼっちゃんが吐き捨てるように言った。
 俺は、
「まあまあ、こんなに森の深いところまで来たんで仕方ないっすよ」
と言った。それを聞いたゴルぼっちゃんは、フンッと言って視線を逸らした。
 俺はゴーダ伯爵と専属契約を結んでいる冒険者のリーダーだ。高額報酬と引き替えにして、ぼっちゃんたちの手足となって依頼を代行したり、場合には非合法なこと、女性を罠にはめて奴隷化する手伝いをしている。
 今回、哀れにもぼっちゃんたちのターゲットになったのは二人の女性だ。宿で確認したところ、確かに見たことがないくらいの美女のペアでぼっちゃんたちが執着するのもわかる。……ただ、俺の勘ではやばそうな相手ではあるけどな。
 フーバぼっちゃんが、
「兄さん、これもあの二人を捕まえるまでの我慢さ。その分、期待できるだろ?」
と笑うと、ゴルぼっちゃんも「ああ、そうだな」と言った。今まで悪事の代行をした俺がいうのもなんだが、下碑げひた笑顔だな。
 俺は7人の仲間を見回した。みんなの目が油断なく俺を見上げる。……どうやら士気は高いみたいだな。
 そう思って、ターゲットの二人の美女のおこぼれがもらえると良いなぁと思いつつ、俺たちは再び森の奥へと踏み入っていった。

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