02 潮騒のバカンス 2

 照りつける太陽と青い空が広がっている。
 眼下には一〇〇〇メートルものビーチが広がり、多くの人々が泳いだり、砂浜で椰子の木のようなパラソルの下で思い思いの時間を過ごしたりしている。
 ノルンの肩にいたフェニックス・フェリシアがばっと飛び立ち、ビーチを一回りしてくる。青い空に深紅のフェリシアが美しく映えている。

 俺たちも近くの店で購入した海水浴セット……木製のパラソル、スコップ、シート、サンダル……を持って、これから砂浜に繰り出すところだ。すでに水着を着て、その上から白いパーカーを羽織っている。
 ここはルーネシアのセイルビーチ。この世界では一、二を争うほど有名なビーチだ。
 日本の海水浴場と同じく管理されており、海の奥の方には遊泳区域の限界を示すブイが浮かんでいる。
 さらに沖には何艘なんそうかの船が浮かんでおり、いくつかはビーチ管理者のもののようだが、他は魚釣りをしたり優雅にドリンクを楽しんでいるような姿も見える。

 「きゃっほー!」

 うれしそうな声を挙げて、サクラとシエラが駆けだしていく……、っとシエラがど派手に転んだ。……砂に足を取られたんだろう。起き上がったシエラは、半身がすでに砂まみれになっていて、サクラがそれを見て笑っている。
 「うぅ。砂まみれになっちゃいました」
 「慌てていくからよ」
 ノルンがシエラに笑いかけて、水魔法で砂を洗い流してやっている。
 「まあ、すぐに砂まみれになるでしょうけどね」
 幸いに人が少ないところをサクラが確保したようだ。
 「マスター!ここにしましょうよー」
と、両手をブンブン振りながら、大きな声を出している。
 「おう!今行くぞ」
 俺は返事をすると、サクラの所まで行き早速パラソルを立てた。

 砂に穴を掘り、木製のパラソルのポールを固定する。パラソルを開いて、その下にシートを敷いて荷物を下ろす。異世界だから物の材質は違うとはいえ、やることは変わらない。
 同じように三つのパラソルを立てると、喉が渇いた。まだ午前だというのに、完全に三〇度は超えていそうだ。
 「ノルン。飲み物ちょうだい」
 ドリンク類は、ノルンが冷えた状態でアイテムボックスに収納していた。
 「はい。どうぞ」
 そういって、ノルンが渡してくれたのはアイスティーだ。水筒の中でよく冷えており、熱を持った体が内側からクールダウンしていく。
 みんなが、いそいそとシートの上の荷物をがさごそとしている。何をしているんだろうと見ていると、サクラが「ありました!」と何かの瓶を取り出した。
 くるっと一斉に俺の方に振りむくと、それぞれ水着の上から羽織っていたパーカーを脱いだ。
 にこにこと満面の笑みを浮かべているノルンが、
 「ねぇ。ジュン。みんなの分、日焼け止めを塗ってね」
 お、おお! これですよ、これ。日本では経験が無かったけど、うちのパーティーのような美人に塗るシチュエーション! とはいえ、そんな下心があらわにならないようにクールに、
 「任せろ! 順番にシートの上に横になってくれ」
と指示したが、ヘレンが笑いながら、
 「鼻息荒くなってるって」
と教えてくれた。いけないいけない。あやうく鼻血も出すところだった。
 ノルンがさっそくシートに横になり、
 「じゃ、まずは私からね」
 俺はノルンのなめらかな肌を堪能しつつ、日焼け止めを伸ばしていった。ふふふ。夜には何度も身体を重ねているとはいえ、こういうシチュエーションは別だな。
 ノルンは、かたわらでその様子を見ているフェニックス・フェリシアに向かって、うっとりとした表情を見せていた。

 こうしてみんなに日焼け止めを塗った後、今度は俺の分をノルンにお願いして塗ってもらった。その間、先にみんなはボールを持って波打ち際に向かっていた。
 「みんな、楽しそうね」
 俺の背中に塗りながら、ノルンがつぶやく。
 「ああ。来てよかったな」
 「本当。……ねぇ。ジュン」
 「なんだ?」
 「私ね。本当にジュンに出会えて良かったわ。あなたと会えて、あなたに抱かれて、みんながいて、そして、こんなにも色んな冒険をして……。いつもあなたのそばにいると満たされているわ」
 ノルンが塗り終わった俺の上に上体をかぶせて、俺の耳元で、
 「みんなもそう思ってるわ」
とささやいた。
 「ノルン。俺だってそうさ。……ノルンに出会う前は何度も心細さっていうか。孤独をかんじていたからなぁ」
 そう言いながら、波打ち際で輪になってボール遊びをしているみんなを眺める。
 塗り終わって仰向けになって上半身を起こす。そばのノルンに、
 「……ノルン。こんな幸せがずっと続けばいいな」
と言うと、俯せだったのに、急にぐるんっと体をひっくり返されて仰向けになる。と直ぐにノルンが唇を重ねてきた。男女の位置が逆だろうと思ったが、ジュンはノルンの背中と頭に手を回して身体を起こすと、ノルンの方がくるんとひっくり返っておれの腕の中に収まった。
 横でそれを見ていたフェリシアが、
 (ごちそうさまです。マスター)
と念話でつぶやいていた。
 立ち上がってみんなの方へと合流しようと二人で砂浜を走った。

 「あ! ようやく来た!」
 俺とノルンが走って行くと、それを見たヘレンがそういうとボールをこっちにはじいてきた。
 ボールについた海の水がほてった素肌にかかる。
 「ひやぁっ。……えーい。お返しだぁ!」
 ノルンがかわいらしくそう言って、ヘレンに向かって足下の海の水を引っかける。すべすべした白い足を蹴り上げると、海水がバシャッとヘレンにかかった。
 「きゃっ。……やったなぁ」
 そういって、ヘレンとノルンはボールそっちのけで水のかけあいを続けた。思わず揺れる二人の胸に視線がくぎづけになる。

 それを見ていたジュンの顔にサクラのはじいたボールがぶつかった。
 「ぶっ」
 「ほらほらよそ見してないでボール遊びしましょう」
 足下のボールを拾って、真上に放り投げてバレーのサーブの要領でシエラにボールを打った。そのまま腰くらいの深さのところまで入っていく。
 シエラが下からボールをえいっとはじくと、その胸もぶるんとふるえ、ボールがサクラの方へと飛んでいった。
 サクラが海水をまといながらジャンプして、「とやぁ」とアタックする。ボールは順番のとおり俺の方へ飛んできた。それをはじこうとした瞬間、横からノルンが掛け声と共にかっさらうように飛び込んでシエラめがけて打ち返した。
 「ノルン!」
 笑いながら抗議するような声を上げると、シエラが俺にボールをはじき返してきた。
 「ほらっ。サクラ行ったぞ!」
 「はい! マスター!」
 サクラは再びタイミングを計って少しかがんでジャンプし、ボールを打とうと手を振り下ろす。
 スカッ
 しなやかな手はボールをかすめ、ボールはサクラの背中の向こうへと着水する。
 「あり?」
 サクラが慌てて後ろを見ると、その腰のところにボールが寄ってきていた。
 そのとき、俺は急に何かに足を取られて海中に沈みこんだ。
 ゴパァッ。
 頭上から「マスター!」「ジュンさん!」と慌てた声がする。
 視界のはしに大きな魚の足ひれが見えたと思うと、何か柔らかなものに抱え込まれるように、俺は海上に顔を出した。
 「ぶはぁ。……セレン! 急に引きずり込むなよ!」
 「ごめん。ごめん。びっくりしちゃった?」
 ここぞとばかりにセレンが胸を押しつけてきて、俺の耳元で、
 「うふふ。どう? 私の胸は?」
 「……とってもいいな」
 ジュンは、いやがるそぶりを見せながらも、ぼそっと正直に返事をすると、セレンはよりぎゅっと抱きしめて、
 「正直な男性って好きよ」
と耳元でささやいた。しっかし、なんでこいつはこんなに扇情的なんだろう。……そういえば前に言っていたな「人魚は肉食なのよ」って。
 くっついていた俺とセレンの後ろから、
 「……ジュン。お仕置きね」
とノルンの暗い声がすると、ジュンはビクッとなって振り向いた。すると、そこにはジト目のノルンとヘレンが、腰に手をやって待ち構えていた。
 「あんたねぇ。そういうことをする前に、私たちの水着姿を見てどうなのよ? ほら。感想を言いなさい!」
 ヘレンの厳しい声が飛ぶのだった。

 そうして俺たちは、しばらくボール遊びをみんなでした後、昼食の時間が来たので、浜辺に出ている屋台に食べ物を買いに向かった。

――――。
 屋台では、鉄板がジュージューと音を立てている。おいしそうな匂いがただよってくる。
 日本の海の家ほど立派ではないが、屋台がずっと並んでいる。
 冷たい飲み物を売っているところ。イカとか貝を焼いているところ。焼き鳥を作っているところ。さすがに日本のように、焼きそばとか焼きもろこしはないようだ。……思い出したら食べたくなってきたが。

 屋台が結構な数あるので、適当に食べたいものを買って仲良く食べることにした。
 「とりあえず。イカ焼きを四つ。……でそっちの貝のも適当に。それとその芋の奴も三つくれ」
 そばの屋台で注文をして、できあがりを待つ。と、シエラが何かを発見したようだ。
 「あ、あれおいしそう!」
 そういってシエラはサクラを連れて、少し先の焼き鳥の屋台へ走って行った。その後ろ姿に向かって、
 「適当に頼んどいて! こっちできたら直ぐに行くから!」
 ヘレンがそう呼びかけた。サクラが一瞬こちらを向いてコクンとうなづいた。
 お会計をすませて二人を追いかけると、焼き鳥の屋台のケースをじっと見ていた。
 「ねぇ。サクラちゃん。これ美味しそうだよね。どうかな?」

 シエラの目の前の屋台では、何種類もの焼き鳥が並んでいる。炭で焼く香ばしい臭いとたれの甘いにおいが漂っており、否応なく食欲がかき立てられる。
 「うん。ヘレンさんが適当に頼んどいてって。シエラちゃん。たくさん頼もう!」
 「了解よ。じゃあ……」
 シエラはそういうと、鳥肉、鳥皮、豚串や牛串らしきものをそれぞれ数十本単位で注文する。
 「へ、へい。ちょっと量があるんで、ちょっとお待ちを!」
 屋台のおっちゃんが、一度に百本以上の注文に手早く串を火に掛ける。おっちゃんの顔に汗が浮かぶが、それに構わず団扇で火を調整している。
 それを興味深そうにサクラとシエラが眺めていた。

 みんな、それぞれ買ってきたものを持ち寄って、俺たちは浜辺の一角で食事をはじめる。
 目の前には大皿でイカや貝の焼き物、焼き鳥などの串焼き、サラダ、果物、サンドイッチなどが並んでいる。
 ノルンがアイテムボックスから白のワインとビールの入った樽を取り出し、氷魔法で冷却する。
 それぞれコップに入れて配ったところで、
 「じゃ、乾杯!」
と宣言して、食事をはじめた。
 早速、サクラとシエラの買ってきた焼き鳥をほおばる。ぱりっとした外側は香ばしく、かみしめると肉の旨みが口にあふれる。塩をベースにしたタレがよく合っていておいしい。
 ヘレンはイカをどうやって切り分けようか四苦八苦して、結局そのままかぶりついた。その様子を見ていると、俺の視線に気がついてちょっと恥ずかしそうに、
 「な、なに?」
とイカをくわえたままで器用にしゃべる。俺は笑いながら、
 「ほら、切り分けてやるからちょっとよこせ」
とヘレンのくわえたイカを小皿に受け取ると、手持ちのナイフに魔力をまとわせてスパスパと輪切りにした。
 ヘレンに小皿を返すついでに一切れ口に放り込む。
 「あ~、これはショウガと醤油が欲しくなるな」
とつぶやくと、ノルンが、
 「醤油だったらまだあるわよ?」
と言って、アイテムボックスから以前に妖鬼の料理人ロンギさんより分けてもらった醤油とマヨネーズをとりだした。
 残念ながらショウガはないが、醤油マヨを作ってイカ焼きにつけて食べる。
 サクラは必死の形相で一生懸命焼き魚に醤油をふってかぶりついていた。
 「うまっ」
 その隣でシエラがサクラを見て心配そうに、
 「サクラちゃん。すごい顔してるよ」
と指摘しながら、自分も肉串をほおばっている。
 人魚族のセレンが、はじめて見る醤油をおそるおそる炙った貝に書けて、串でほじくってッ口にした。感心したように貝の殻を見つめ、
 「へぇ。この調味料。すごく合うわね」
とつぶやいた。
 どうやらミルラウスにもない調味料のようで、興味津々の様子だ。こんどロンギさんに会ったら紹介してもいいかもしれないね。

――――。
 午後も目一杯あそんでリフレッシュした俺たちは、荷物を片付けると、近くのバーに入った。
 海側を大きく開いて半ばオープンテラスになっている。そこから見える海に、今まさに夕日が沈もうとしている。
 俺たちはテーブルに着き、オイスターを人数分頼んだ。
 グラスにきつめのお酒を入れてもらって、みんなで乾杯する。レモン汁をかけたオイスターがうまい。
 バーの奥では楽器が用意されていて、これから演奏が始まるようだ。

 人々のさざめきの中、5人の男性がやってきてそれぞれの楽器の音合わせをしている。準備ができたところで、一番中央の帽子をかぶったイケメンがうなづくと、ジャズセッションがはじまった。
 トランペットの音と弦楽器の音が重なるように響き、店内から外の町へと音が広がっていく。店の前を通りかかった男女が、その音にひかれて店先で足を止め、店内をうかがっている。

 パッパラ、パッパッパ、パッパー

 二曲目はスイングのようにリズミカルな曲だ。
 お酒の入ったグラスを片手に、自然とリズムに合わせて身体が左右に揺れる。みると他のみんなも同じように身体を揺らせていた。
 ふと気がつくと、演奏しているステージとテーブル席の間にやや広めのスペースが空いている。あれは? と思っていると、とある男性の客が連れの女性の手を引いて出てきた。どうやらダンススペースのようだ。
 俺はみんなの顔をちらりと見ると、全員が期待するような顔をしていた。
 微笑んで立ち上がり、
 「ノルン。踊ろうぜ」
と言って手をさしのべると、ノルンが笑顔で俺の手を取って立ち上がった。
 そのままダンススペースにエスコートし、ノルンと向き合ってその細い腰に手を回す。決められたダンスなどない。ただ曲に会わせて身体を動かすだけだ。周りで一緒に踊っている人たちも相手と話をしながら、思い思いに身体を揺らしている。
 ささやくように、
 「たまにはこんな日もいいな」
と言うと、ノルンもそっと微笑んで、
 「ずっとバタバタと巻き込まれていたからね。これからはこうしてゆっくりとバカンスも楽しみましょうよ」
と言い、俺の胸に頭を寄せてきた。
 そっと抱きしめながら一曲を終え、つづいてヘレン、サクラ、シエラ、セレンと一曲ずつパートナーを交替しながら踊った。

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