03 危機一髪

「うわぁ。あの赤いのがみんなサルサケですか?」
 木々を見上げるシエラがそう言った。
 目的地に着いた私たちの目の前に、赤い木の実をつけた沢山の木々が現れた。それを見て私はほっと胸をなで下ろした。だって、これだけあれば籠二つ分なんてすぐに採れるわ。
(マスター。例の集団が200メートルまで近づいています)
とフェリシアの念話に、私は、
「シエラ。例のが近づいたわ。準備しましょう」
と言うと、シエラはどこか緊張した面持ちで「はいっ」と返事した。
 私は、二つの籠をアイテムボックスから取り出して地面に起きハルバードを手にすると、
「召喚 サラマンデル、ウンディーネ、ノーム、シルフ!」
と言った。すると、目の前に魔方陣が浮かび上がって四大精霊が姿を現した。
 シルフが早速近くに寄ってきて、
「やっほー! 元気だった?」
と聞いてくる。
「ええ。おかげさまで」
と言うと、ウンディーネが、
「フレイに聞いたわよ? なんでも、魂を分かち合う男性と無事に出会えたんですって?」
と言う。思わず、
「えええ! なんでフレイが知っているのかしら?」
と狼狽して言うとノームが低い声で、
「ふはははは。まあそれは重畳ちょうじょうなことだ」
と言った。サラマンデルが周りを気にしながら、
「で、俺たちを呼んだのはどうしてだ? シャー。こんな森の中だと火の精霊の俺は役に立てないと思うけど?」
と言う。ちょっと悪いことをしたかなと思っていると、サラマンデルが周りの妖精と話を始めた。
「ふむふむ。なるほどね。わかった。きちんと燃やす対象を絞って欲しいとね。それはもちろんだ」
 独り言のように話を進めるサラマンデルを置いておいて、私とシエラがならず者に狙われていることを説明し、依頼品であるサルサケを採っている間の護りと襲撃の対処をお願いした。
 ところがシルフが私の周りを飛び交いながら、
「んじゃ、サルサケは私が採るわよ。その方が安全じゃん」
と言い出した。思わず、
「いいの? そんなことお願いして」
ときくと、シルフは笑って「簡単、かんたーん!」といって指をぱちりと鳴らした。
 すると周りに風が渦巻いてさあっと散っていったと思うと、木々の枝からサルサケがぷつりと落ちてきた。たくさんの実が地面に落ちる前に再び風が運んできて地面においてあった二つの籠に積まれていく。
 その光景を見たシエラが口を開けて、
「うわー。すごいです」
と言った。こんなにすぐに終わっちゃった……。
 シルフが振り返って、「どう!」と自慢するかのようなドヤ顔で振り返った。私はお礼を言ってとりあえず二つの籠をアイテムボックスに収納する。これで後はお仕置きタイムってわけね。
 精霊達と相談して、とりあえず精霊達には姿を消してもらい、私とシエラがわざと無防備な様子を見せて罠にひかっけることにする。フェリシアは上空で周囲の状況を見て貰うことに。
 早速、ギルドから借りたのとは別の籠を地面に置く。私の探知魔法に彼らが入ってくるのを感じつつ、私は、
「じゃ、私が木に登るからシエラは下にいてね。……油断しないように」
とシエラに言った。シエラは神妙に美しい白銀の神竜の盾を取り出せるようにして、私にうなづいた。
 けれど、私が木に登るために枝をつかもうと手を伸ばしたとき、
「おっと。こんなところでお会いできるとは奇遇ですね」
と声が掛けられた。タイミングすら計ることができないの?そうとうに頭が悪そうね。
 そう思いつつ振り向くと、私たちを囲むように八人の冒険者が茂みの中から現れ、ニヤニヤと笑っている。どうやら魔法使いとレンジャーの二人は隠れているようだが、私の気配感知には右手と左手の茂みの中に隠れているのがありありとわかる。正面のゴルとフーバが私とシエラを見つめ、
「くふふふ。ここならば誰も助けにくるまい。お前たちも俺たちのコレクションに加えてやろう」
と言った。隷属化した女性を「コレクション」と……。ゆるせない!
 内心の怒りを感じさせないように平然と回りを見回すが、彼等は下衆げすな視線で私とシエラの体をねっとりと見回した。その視線を感じて怖気おぞけに肌が粟立つが、毅然と、
「女性を奴隷にして物扱い男はお断りよ。さっさと帰りなさい」
と言うが、どうやら彼らには強がりに見えたのだろう。フーバが、
「はははは。言うねぇ。ま、その綺麗な顔が変わるのを楽しみだよ」
と言い、ゴルが、
「できれば、その美しい肌を傷つけたくないんだが。まあ、多少はポーションで治せるからな。……いけ!」
と号令を出した。
 早速、六人の剣士が私たちの前に走り出してくる。
「ノーム! シエラ!」
 私の呼びかけに、地中から現れたノームと共に神竜の盾を構えたシエラが剣士のために立ちはだかる。
 ノームの姿に剣士達が驚くが、ゴーレムだと思ったのだろうか。そのまま剣で斬りかかってきた。
 ノームとシエラの脇から二人の剣士が駆け抜けようとしたので、ウンディーネとサラマンデルが立ちふさがる。
「な、なんだ! こいつら!」
 精霊を見たのははじめてなのだろう。驚きに動きが止まる二人の冒険者にそれぞれ水弾と火弾が飛んでいく。
 前衛ではノームの体に剣が突き刺さるが、それを無視したノームの無造作なパンチに四人の剣士が吹っ飛んでいった。シエラの方は、巧みに二人の剣を盾で防ぎつつ応戦している。
 私はハルバードを構え、頭上に一〇個の雷球を浮かび上がらせた。バチバチと放電する光の珠に冒険者達の顔が引きつるが、
「サンダーバレット」
と短く詠唱して雷球を放った。
「ギャアアアァァ!」
 雷球の当たった冒険者が感電して、その場に倒れ込みビクンビクンとけいれんを起こしている。茂みの中から、隠れていた魔法使いとレンジャーが転がり出てきた。
「な、ななな、な」
 首謀者の一人のゴルは、全身を流れる電流に涙を流しながら何かを言おうとするが言葉にならない。
 しびれて地べたにいつくばっている彼らを縛り、その前に私とシエラと精霊達が並んだ。それを見て、ただ一人の魔法使いが呆然とつぶやく。
「よ、四大精霊」
 その声に、他の冒険者が驚きの声を上げて、護衛目的である二人の貴族の息子をにらんだ。
「なんて人に喧嘩を売りやがった!」「精霊を使役できるような奴にかなうわけないだろ!」
 冒険者に責められた二人が怒鳴り返す。ゴルが、
「はぁ? お前らは俺らの言うとおりにしてればいいんだよ!」
と叫ぶと、フーバが私に「おいお前ら! 今なら見逃してやるからさっさとこのロープをほどけ!」と言う。
 この人たちは一体なに様のつもりなのだろうか? まだ人の社会に出てそれほど経っていないけれど、貴族っていうのはこういう人ばかりなの?
 あきれた表情で見ていたウンディーネが、
「まったくみにくいわね」
と言った。そのとき、空からフェリシアが舞い降りてきて肩に止まる。珍しく怒気を抑えている様子に、かえって私は冷静になった。怖々と見ていた冒険者たちが私たちににじり寄ろうとする。
「ゆ、許してくれ!」「たのむ! なんでもするから殺さないでくれ!」
 それを見ていたウンディーネがため息をつくと、私に、
「ノルン。もう見ていたくないから帰ってもいい?」
と言う。そうね。精霊にとってこういうみにくい心は耐えがたいものかもしれない。
「ありがとう。みんな。またよろしくね」と私は言うと、精霊たちは「じゃあね」と言って姿が薄くなって消えていった。
 私は、目の前にいる一〇人の男たちを見下ろしてため息をつく。「どうしよう? これ」

――――。
 結局、サルサケの採取も終わったことだし、縛ったままで一〇人を引き連れて村に戻ることにした。
 上空をフェリシアから監視して貰い、私が先頭で、縛ったままの一〇人、シエラの順番で森の中を歩く。歩きながらゴルとフーバの二人は、延々とわめいているけど無視している。
 サルサケの群生地から一時間も歩いたころ、慌てたフェリシアが、
(マスター! 西から何かの群れが急スピードでやってきます!)
と言う。まずいわ! 何もない森の細道で列が伸びきったここでは戦闘のしようがない。ところが思案する間もなく、
(あと四〇〇メートル! 群れは二〇匹の魔狼。子供を追いかけているみたいです!)
 子供ですって!
 ……私は、すぐにフェリシアに、
(フェリシア! 子供を助けに行って!)と言うと、フェリシアはすぐさま木々の間に飛び込んでいった。
 私はちょっと考えて、後ろの八人の冒険者に、
「村の子供が魔狼の群れに追われてこっちに来る。……ロープを解くから子供を守って応戦しなさい」
と言うと、彼らの一人が、
「魔狼だと? わ、わかった。早く解いてくれ!」
と言った。すぐさま彼らのロープをほどき武器を手渡したが、ゴルとフーバの貴族だけは縛ったままだ。
「お、おい。俺たちは?」「そうだ! 見殺しにする気か?」
と、情けない声を上げる。だけどこの二人は邪魔だ。
「見殺しにはしない。けどロープも解かない」と言い、周りの冒険者に言う。
「この二人のロープを解いたり、私たちを裏切って逃げたら後で後悔するわよ」
と脅しておいた。
 耳を澄ませていたレンジャーの男が、迫り来る魔狼の気配を察知して、
「おいおい! 何匹いるんだよ? 多すぎんぞ!」
と悪態をついたとき、子供の肩をつかんで運んできたフェリシアが木々の間から飛びだしてきた。
 あの子は……、アイリちゃんじゃないの!
 アイリちゃんは必死に逃げたのだろう。手足には擦り傷、服のあちこちに木の葉や土の汚れがついている。フェリシアに運ばれながら、アイリちゃんは私とシエラを見ると、
「お姉ちゃん! 助けて!」
と叫んだ。私はすぐさま、
「あんた達は前衛を! シエラはアイリちゃんを守りなさい!」
と指示を出したが、何を思ったのか、
「みんな逃げろ!」
と誰かが叫び、冒険者達がゴルとフーバを抱え上げて反対側の森へと飛び込んでいった。
 シエラが、
「ああ!」
というが、もう遅い。彼らのロープをほどいたのは失敗だったか……。タイミングが悪かったわ。けれど襲撃がわかっていて、みすみす殺されるのを見るのは気が引ける。甘いと言われるかもしれないけれど、そうせずにはいられなかったの。
 とはいえ逃げ出した彼らの事など今はどうでもいいわ。私の前にシエラが立ち、アイリちゃんは私の後ろにいてもらう。魔狼が森から飛び出してきたので即座に結界の空間魔法ガードウォールを周囲に張る。
 魔狼たちが私たちを半円状に取り囲む。体長一メートル五〇センチほどの真っ黒の魔狼は、赤い目で私たちの結界を見てうなりながらも慎重にすきをうかがっている。森から次々に姿を現し、その数は一〇匹。気配感知によれば、残りの半分ほどは向こうの林の中で待機しているようだ。

――魔狼――
 瘴気に犯された森林狼フォレストウルフ。凶暴で、同じ魔物でも容赦なく群れで襲いかかる。ランクD。

 突如、サイドに回った狼が襲いかかってきたが、シエラが反応するまでもなくガードウォールを突き抜けることはできなかった。
 背後のアイリちゃんがブルブルと震えているので、
「アイリちゃん。この魔法の中にいれば大丈夫だからね。……フェリシア、アイリちゃんを守りなさい」
と魔狼から視線を外さないままで話しかけた。さあ、次はこちらの番よね。
雷撃の霧エレクトリカル・フォグ!」
 結界の外の地面から霧が吹き出して私たちの結界を覆った。霧の向こうで電撃がスパークする光が見え、魔狼の「きゃん!」という声が聞こえる。霧の向こうで見えないけれど探知魔法リサーチスフィアで様子を探ると、一匹の大きい個体――おそらくボスと思う、が出てきたようだ。
 霧の向こうから、
「グオン!」
と大きな吠え声がして魔狼の気配が遠ざかっていく。ボスの一声で、他の魔狼たちはターゲットを逃げた冒険者たちに変えて森に入っていった。ボスは私たちのいる霧を一瞥すると、悠々と他の魔狼たちを追って森に入っていった。
 気配が遠ざかっていき、私のリサーチスフィアの範囲を超えていく。
 私は背後のアイリちゃんを抱き上げて、「もう大丈夫よ」と声を掛けてあげる。まだ震えているアイリちゃんだったが、しばらくそうしていると落ち着きを取り戻してきて、
「お姉ちゃん、ありがとう」
と小さい声でお礼を言った。アイリちゃんを下ろすとシエラがやってきて、
「ねえ。アイリちゃんはなんでこんなところまで来てたの?」
と尋ねた。聞いてみると、どうやら村はずれの農場で飼っている鳥が逃げ出したらしい。鶏のように飛べなくて食用になる卵を産む鳥らしい。その鳥を追いかけてようやく見つけたところを狼に襲われ一生懸命に逃げたそうだ。どうもその様子を聞いていると、魔狼の方もすぐに殺すのではなく狩りの練習としてなぶりながら追いかけていたようだ。
「アイリちゃん。そういう時はまず大人の人に相談しなさい。私たちがいなかったら今ごろアイリちゃんは生きてないわよ。絶対に一人で森に入っちゃダメじゃない!」
 シエラがアイリちゃんにお説教を始めているが、言っていることは当然のことだ。アイリちゃんが反省して俯いてしまったので、シエラがアイリチャンをぎゅっと抱きしめた。
 私は冒険者達が逃げていった方角を見る。あっちは岩山があった方角だ。もはや彼らのことを心配する必要などまったくないが、もし岩山まで逃げることができたら彼らもランクCなことだし、撃退することができるのかもしれない。
 シエラが、
「ノルンさん。もう彼らのことはいいんじゃないですか?」
と言ったので、「そうね」と言って私たちは村へと向かって歩き出した。

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