03 潮騒のバカンス 3

 「シエラ……。勇気をだしてね」
 「はい。ノルンさん。……あの、ありがとうございます」
 「いいのよ。早くしてもらわないと、私たちの番が回ってこないしね」
 「う、が、頑張ります」

 ここは宿屋マリンブルーの廊下である。そこにはノルンとシエラがコソコソと話をしている。と、ノルンが自分の部屋のドアまで戻り再びシエラの方を見る。大きく頷いてそのまま自分の部屋に戻っていった。

 廊下に一人残されたシエラは緊張した面持ちで、ジュンの部屋のドアをノックする。その背後では、わずかに開けた部屋のドアの隙間からノルンがじっと見ていた。

――――。
 トントン。
 部屋のドアをノックする音がする。

 俺たちはジャズバーから戻ると、すぐにそれぞれの部屋に戻った。
 俺はまだ飲み足りなくて、窓の近くにイスを運んで外の景色を見ながらグラスを傾けていた。

 「はい。誰だい?」

 ドア越しにそう呼びかけると、小さい声で、
 「……シエラです。ちょっといいですか?」

 そういう声が聞こえた。……シエラだ。ということは…。
 俺はすぐさま無人島での約束、宿に泊まったらシエラを抱きたいという約束を思い出し、にわかに緊張してしまった。
 ドアの鍵を開けると目の前には薄手の寝間着を着て、緊張にガチガチになっているシエラがいた。
 「……どうぞ」
 そういって部屋の中に入れて窓辺のイスに座らせる。

 「なあ、シエラ。今日はどうだった? 楽しかったか?」
 シエラの緊張を少しでも紛らせたい。俺はそう思って尋ねた。
 「はい。今日は本当に楽しかったです! 無人島パラディーススの海も楽しかったですけど、こうしてお店巡りをするのもいいですね」
 シエラはまだ緊張が取れないようが、ニコニコと微笑んでいる。
 「それにお昼の屋台の焼き鳥も美味しかったですし、砂浜でみんなで食べるのもいいですよね。……さっきのジャズも、なんていうか、大人の雰囲気って感じで楽しかったです」
 「ふふふ。楽しかったか。それは良かった。……ちょっと飲むか?」
 「あ、はい。いただきます」
 俺はもうひとつグラスを用意して、お酒をついでシエラに手渡した。ノルンがいれば氷も出せるんだが、残念ながら俺には魔法が使えないからそこまではできない。せいぜい魔力付与の応用でグラスの温度を下げてやるくらいだ。
 「ほい、どうぞ」
 二人でグラスを手に乾杯をする。
 シエラは水割りとはいえウイスキーは初めてなので、チビリと舐めるように飲んでいる。
 と、外から風が潮の香りを運んできた。
 俺はもう一つのイスを窓の側に引き寄せて、二人並んで窓から外の風景を眺める。
 月に照らされた穏やかな夜の港。昼間の熱気がまだ残っているが、騒いでいた人たちも宿に帰り静けさが支配している。
 俺は、不意に外を歩いてみたくなった。
 「なあ、シエラ。ちょっと外を歩いてこないか?」
 「え?今からですか?寝間着ですが……」
 「ああ、なら俺の上着を貸してやる」
 「あ、ありがとうございます」
 上着をふわっとシエラにかけてやると、恥ずかしそうに赤くなってもじもじとしていた。
 シエラの手を取って、ドアの鍵をかけ静かに階段を下りていく。一階のカウンターではまだ何人か飲んでいたので、宿のおっちゃんに夜の散歩に行くと伝えた。

 宿のドアを出ると、道路を挟んで静かな港が見える。月の光に照らされた一幅の絵のような世界。色は失われ、光と影のモノクロームの世界。

 俺とシエラは手をつないだまま、ゆっくりと港の方へと歩いて行った。
 船の停泊しているアリーナを過ぎ、桟橋さんばしにたどり着く。俺たちはその桟橋の一つまでくると、二人並んで桟橋から足を投げ出すように腰掛けた。

 足下を波が上下している。暗くて見えないが、昼間だと魚影をいくつも見ることができるだろう。
 仰ぎ見れば天球には月が輝き、その光が万物に降り注いでいる。
 ――月光世界。
 思わずそういいたくなる。町の方を見れば、宿や酒場はまだまだ明かりがついているようだ
が、道行く人はわずかに二、三人だ。

 俺は、海面を見つめながらシエラに語りかけた。
 「……なあ。シエラ」
 「はい?」
 「あの時、……ギリメクさんを助けられなかったことをな、いまだに後悔しているんだ」
 「……………………」
 シエラはうつむいて、ただ黙って聞いている。
 「それで、お前が仇討かたきうちに出る。……俺は甘いのかもしれないが、最初はお前を守ろうと思っていた。罪滅ぼしの意味も込めてな」
 「……………………」
 「でも、今は違う」
 うつむいていたシエラは、俺の顔をのぞき込む。と、俺もシエラの顔を見つめる。
 「違う?」
 「ああ。……俺たちは仲間だ。支え、支えられ、守り、守られ。だから、シエラの仇は俺たちの仇でもある。だから、……がんばろう」
 「…………ジュンさん」
 ゆったりした波の音をBGMにして、俺はシエラに語りかけた。
 「その……、無人島ではありがとうな」
 すると、シエラはじっと俺の目を見ている。俺もシエラの目を見つめた。と、シエラは急に楽しそうな笑顔を見せた。
 「……ジュンさん。さっきの一つ間違っていますよ」
 俺はシエラと見つめ合いながら、首をかしげる。
 「うん?……」
 「ええ。仲間じゃありません。家族、いや未来の夫婦ですよ。……みんな、ジュンさんの婚約者です。だから、頼ってください。私も頼ります」
 「……ああ、そうだったな。俺の居たところでは結婚式の時にこういうんだ。健やかなる時も病める時も、死が二人を分かつまで、相手に寄り添い、神聖なる誓いを守ることを誓いますか?と」
 「……死が二人を分かつまで」
 「そうだ。二人きりとはいかないがな。……だから俺は一人ずつ尋ねた。俺と一緒にいてくれるか?とね」
 「……はい」
 「今、改めてシエラにきこう。いついかなる時も、俺のそばで、俺と共にいてくれるだろうか?」
 俺はシエラの目をじっと見つめる。モノクロームの世界の中で、時が止まったような世界の中でシエラの美しい金髪が輝いている。
 「……はい。死が分かつまで、共にあることを誓います」
 シエラは、小さく、しかし、しっかりとそう言った。
 俺とシエラは、そのままキスを交わす。

 部屋に戻った二人は、言葉もなく抱き合い。そのままベッドにもつれ込んでいくのであった。

 穏やかな月の光だけが、愛し合う二人を見守っていた。

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