04 サメ退治

 次の日の朝。俺たちはベルトニアのギルドへ顔を出した。
 別にお金に困ってはいないので、単純にこっちのギルドにでも挨拶をしておこうくらいの軽い気持ちだったが、ここで思わぬ事態になってしまった。
 どうやらこの町のギルドに所属している冒険者はランクCが最高であったらしく、しかもその冒険者が例の鮫にやられてしまったとのこと。
 そこにフルール村救出の立役者である俺たちが訪れたのである。
 人食い鮫退治の失敗により、ベルトニアにおける冒険者ギルドの評判は落ち目になっているのに加え、腕利きの冒険者がおらず困っていたようだ。ギルドマスターが女性であったのも理由にされていたようで、俺たちはすぐにギルドマスターに呼び出された。

 用件は、いうまでもなく人食い鮫退治。ギルドからの緊急依頼となった。
 さて、本来はアルの町を拠点にしており、いわば旅先に訪れただけであるベルトニアのギルドからの緊急依頼は、必ずしも受けなければペナルティがあるわけではない。
 しかし、昨夜のルーマスさんとザフィールさんの話を聞くと、早くに人食い鮫をどうにかしなければ、そのしわ寄せが漁師に掛かり、挙句あげくにはこの町全体に及ぶことは火を見るより明らかだ。
 俺はみんなに相談の上でこの緊急依頼を受けることにした。

 問題は水中戦ということだ。何の策もなしに挑むならば、全滅した冒険者と同じ道をたどるだろう。
 だが勝算はある。もちろん封印術式を解除するまでもない。ノルンとヘレンの魔法を主軸にいくつもの策が脳裏に浮かんでいる。
 むしろ問題はどのようにして人食い鮫のいる海域に出るかということだったが、それもギルドの紹介で漁師の船に乗せてもらえることになっているそうだ。

 俺たちは早速、紹介された漁師のところへ向かうべく、ベルトニアの街を港の方へと歩いて行った。
 「おう! まさか、お前たちだったとはな」
 漁師の家で俺たちを待っていたのはザフィールさんだった。しかし、ザフィールさんは次の瞬間、
 「しかし、何か策はあるのか?」
ときいてくる。俺はうなづき、
 「こっちには魔法使いがいるから、いくつか策がある。だから、俺たちを連れてってもらいたい」
と言うと、ザフィールさんは、
 「わかった。その策とやらに期待させてもらうさ。……たのむぜ」
と言った。

――――。
 早速、準備ができ次第、ザフィールさんの船に乗って俺たちは出航した。
 とりあえず、一番最近の襲撃ポイントに向かってもらう。

 港から外洋に出るとやや波が高くなったが、船は帆に風をはらんでぐんぐんと海を進む。
 フェニックス・フェリシアには、相手が海中ということで気配感知も鈍るが、上空から監視をお願いしている。
 時折ぶつかる波のしぶきが顔にかかる。俺はふと気になって、
 「なあ、襲撃の間隔ってどうなってるんだ?」
ときいてみた。かじを取るザフィールさんは、しばらく考えて、
 「一週間前に沖で一人、三日前にまた一人、二日前には二人。それと……朝に一人だ」
と言った。そうか。今朝既に一人襲われているのか。だがそれよりも……。
 「とすると、ここ数日は間隔が狭まっているってわけか。それはやばいな」
 サメってのはもともと頭が良い。襲撃がちぢまっているってことは、食べるためだけじゃないな。人を襲いらうことがたのしくなっているのだろう。
 俺の表情がきびしくなったのを見たザフィールさんが心配して、
 「俺が言うことじゃないが見極めも大事だろう。無理なら逃げるのも手さ。幸いに俺の船はそう簡単に沈みやしねえぞ」
 俺はうなづいて、
 「大丈夫さ。引き際は誤らないよ。それに勝算があるんだ。安心して見ててほしい」
 「それならいいんだがな。……それで作戦って何をやるんだ?」
 「ああ」

 それから俺は今回の作戦をザフィールさんに説明する。
 相手は海中にいるサメで、明らかに地の利は向こうにある。だが奴は一匹、こっちは仲間がいる。
 今回の作戦には三つの段階フェイズを想定している。
 まず第一は、少しでも俺たちに有利な状況を作るべく、戦闘予定域の準備とおびき出しだ。
 第二は、相手の有利を奪うため、サメの動きをいかに阻害するかだ。
 第三は、いかにダメージを与えるのかである。
 この三段階のすべてで、ノルンとヘレンの魔法には活躍してもらう予定だ。

 港から出港して一時間。海の真ん中でザフィールさんは船を止めた。
 「ここが三日前に襲撃されたところだ。場所的には潮通しの良いところで回遊魚がよくかかるところだな」
 それを聞いて俺は即座にここでおびき出すことに決めた。
 「潮通しの良いところ……。ならば、おびき出すには調度いい。ザフィールさん。俺たちはここで仕掛けを作る。くれぐれもサメが来ても慌てずに海に落ちないように注意してくれ」
 俺はそう言って、甲板のみんなのところへ向かった。

 「さあ、狩りの時間だ」
 俺はノルンとヘレンに向かってうなづいた。
 ヘレンがメイスとコトンと甲板に立てかけ、詠唱を始める。
 「我がマナを資糧に結界となれ。マナバリア」
 甲板上に魔法の結界が完成し、俺たちを中に入れたままヘレンの手の動きにしたがって結界が海へと移動する。
 「なっ! ――」
 船からザフィールさんの驚いた声がしたが、俺たちは手を振って大丈夫だとアピールした。
まるで巨大な透明な箱に入ったまま海に沈んでいくように俺たちは水中に入っていく。
 海中に入るとそこはどこまでも深くどこまでも広がる海の世界。海面から差し込む日の光がゆらゆらと揺れている。足下も目の前も、遠くはかすんで見えないが、時おり魚の群れが鱗に光を反射させながら通り過ぎていく。
 ノルンが、
 「へぇ。海の中ってまるで別世界ね」と言った。
 どうやら他のみんなは初めて潜る海の中に緊張しているようだ。俺も沖縄でボートダイビングの経験が無かったら落ち着かなかったかもしれない。
 近くにサメはいないようだ。今のうちにみんなが落ち着くまで少し待つ。俺は、
 「サメ退治じゃなかったら、のんびり海中遊覧でもいいんだけどね」
とおどけて言うと、ノルンが、
 「今度ゆっくりしましょ」
と言う。俺は笑い返しながら様子を窺う。……まだシエラがおっかなびっくりという様子だが、そろそろいいか。
 俺は気を引き締め、
 「ノルン。例の物を」
と指示を出すとノルンは結界の端により、アイテムボックスから直接海中へと血のついた子羊の肉を放り込んだ。肉はゆっくりと海に沈んでいき、血が潮の流れに乗ってゆるやかに拡散していく。
 「全員、四方を注意。ノルンは結界ごとステルス」
 俺の指示にノルンはハルバードを掲げ、みんなは無言で周りを注視する。しばらくすると、海上のフェリシアから、
 (マスター・ジュン。二時の方向五〇〇メートル先から巨大な魚影が近づいてきます!)
と念話が届いた。
 (わかった。そのまま周囲を見といてくれ)(わかりました)
 さっそくみんなにも念話を伝え、二時の方向を注視していると、遠くかすんでいる向こうから体長二〇メートルほどの巨大な魚影が見えてきた。
 ナビゲーションで情報を確認しよう。

――人食いさめ
人の血の味を覚えた鮫。体長二〇メートル。ランクCチーム相当だが海中戦は危険。

 どうやらあいつがターゲットのようだ。

 「大きいわね……」
 ヘレンがつぶやいた。近づいてくるにつれ、確かにあのサイズは迫力がある。ギョロッとした魚類特有の目に体のあちこちに傷跡がつき、その口からは三列に並んだ鋭い牙が並んでいる。
 俺たちの足下でサメは沈んでいった子羊の肉の周りをゆっくりと旋回する。どうやらまだ俺たちには気づいていないようだ。
 (ノルン。そろそろ行くぞ)
 俺の念話に、ノルンがハルバードを構えてうなづいた。
 ぐるぐるまわっていたサメが一気に肉に向かって突進していく。
 (アイスランス)
 ノルンの念とともに、数十本の氷の槍が海中に出現した。
 サメから目を離さずに俺は短く「行け」と言うと、即座にアイスランスが魚雷のように次々に発射してサメに襲いかかる。
 血の臭いで興奮しているサメは激しく暴れるが、その体に次々にアイスランスが突き刺さり血を流していく。
 海中に赤いよどみが広がっていき、サメの動きが徐々におさまっていった。
 それを見ていたシエラが、
 「なんだかあっけなかったですね」
と言った瞬間。グワッとものすごい勢いで水がうねり、俺たちのいる結界が揺らいでみんなの足がふらついた。
 「な、なんだ?」
と思わず言葉にした瞬間。ちょうど俺たちの背後の海底から巨大な何かが瀕死のサメに襲いかかった。
 ヘレンが「な、なによあれ!」とつぶやく。
 俺たちの目の前には、体長だけでもさっきの鮫の三倍はあろうかという更に巨大なサメが、瀕死のサメを口にくわえていた。のぞいている牙だけでも1メートルくらいありそうだ。

――船喰い(シップ・イーター)
 ヴァルガンド最大の鮫。個体数が極めて少ないために数十年に一度ほどの目撃情報しかないが、性格は獰猛で危険。漁船程度ならその名前の通り喰らってしまうほど。ランクA相当。ちなみにフカヒレは意外に繊細で絶品。

 幸いにもステルスが効果を発揮しているようで俺たちがいることに気づかれていないようだ。しかし、巨大なサメは頭上に浮かぶザフィールさんの漁船の方へとゆっくりと浮上してくる。
 「お、おいおい! このままじゃ船が危ないぞ!」
と小さく叫ぶと、ノルンが、
 「でもあんな化け物。どうしたら……」
と自信なさげに言った。ヘレンやサクラもサメの圧倒的な大きさを目の当たりにして、顔が青ざめている。
 「ちぃっ! あのでかさに、気が飲まれてるか」
 俺は舌打ちして「覇気」を放った。俺の覇気に当てられたみんなの体がビクッと震える。
 「少しは気合いが入ったか? ……やるぞ!」と叫んだら、みんなは、
 「わかった!」「そうね」と口々に言って頭上を見上げた。
 サメは船のまわりをぐるぐると旋回している。俺は戦闘モード「氷華舞闘」を発動。全身に冷気をまとう。抜き放ったミスリルソードを構え頭上のサメを睨む。
 「ヘレンは結界の維持を! ノルンは奴の動きを止めろ!」
 俺の指示に、即座にノルンがハルバードを構え魔力を高める。
 「エレクトリック・バインド」
ハルバードの先から雷撃がロープのように伸び巨大なサメに絡みついた。サメがふりほどこうともがくたびに俺たちのいる結界が揺れる。が、すぐに雷撃でサメは痙攣しはじめた。
 全身の魔力を高めて一気に結界から飛びだす。息継ぎの必要もないほど海水を一直線に切り裂き、痙攣しているサメの頭部に渾身の冷気をまとった剣で渾身の突きを放つ。突き出す剣を起点に氷が全身を覆い、俺は一本の氷槍となってサメの頭部を貫通して海上へと飛びだした。
 「ふんっ」
 全身の氷が細かく砕け散って、空中にキラキラと輝いて落ちていく。海へと落ちる瞬間に、足下の冷気が海面を凍らせ足場を作った。
 巨大なサメは頭部を凍らせ、動きを止めて、まるで小さな浮島のように海面にぷかぷかと浮かんでいる。ザフィールさんを見ると、漁船の手すりをつかんで目を大きく開き、あんぐりと口を開けて俺を見ていた。
 そのまま海面を跳躍して船の甲板に飛び乗ると、同じ頃に海中から結界に包まれたノルンたちが浮上してきた。
 「これで退治は完了ね」
と甲板に戻ってきたノルンがにこやかに言った。ヘレンが船のそばに浮かんでいるサメを見て、
「さすがはジュンね」とつぶやく。
 シュタッと音を立てて甲板に降り立ったサクラは、「サメっておいしいんですか?」と間の抜けたことをきいてきた。つづくシエラが「サクラちゃん。あれはちょっと……」と言葉を濁している。
 俺はみんなとハイタッチして、
 「少しアクシデントがあったが、うまくいってよかった」
と言い、「今晩はまた海鮮で乾杯だ」と告げると歓声が上がった。
 いまだに呆然としていたザフィールさんが、
 「お、お前ら……。あれ何だかわかってんのか?」
とわなわなと震える指で山のようなサメを指さす。
 「船喰らいシップ・イーターだぞ! あれは! それを事もなげに……」
 そうつぶやきながらザフィールさんは自分の世界に入ってしまった。

――――。
 それから五分後、ようやくザフィールさんが復活した。
 「よかった。自分の世界に行ったままだったらどうしようかと思いましたよ」
と言うと、ザフィールさんはこめかみに青筋を浮かべて、
 「悪かったな! あまりにも驚いたもんだからよ」
と叫んだ。つづけてブツブツと、
 「まったくよぉ。ありゃあ漁船を一呑みにしちまう化け物だぞ。あんなの五〇年に一度出るような、しかも誰も倒せねえからどっか行くまでやり過ごすしかねえような奴だ」
と言い出したが、まあ、そこは適当に笑って誤魔化そう。
 ザフィールさんはまだしばらくブツブツと何かを言っていたが、俺たちは受け流しながらも指示にしたがって船喰らいの巨体を船に縛り付ける。
 縄の張り具合を確認した俺が、舵を握るザフィールさんに合図するとゆっくりと船は巨大な肉塊を曳航えいこうしながら進み始めた。

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