04 黒い鎧の男

「くっそ!」
 悪態をつきながら男たちが森の中を必死に走る。
 一番先頭のレンジャーが、
「もうすぐだ! 岩山まで行けば、そこに洞窟があるはずだ!」
と叫んだ。
 と、一番後ろを走っていた男が、
「ぐっ! うわあぁぁ!」
と叫んだ。そのすぐあとから魔狼の吠え声と男の断末魔の声が聞こえてくる。
 誰かが、「きやがったぞ!」と叫んだ。
 男の一人は、なんでこんなことになったんだろうと思った。いつもどおり坊ちゃんのお守りでこの村の温泉に来て、いつもどおり坊ちゃんが惚れた女をさらおうとした。美しい女の二人連れ。だが、それが失敗の始まりだった。女たちの依頼を確認して森の奥まで気づかれないように追いかけ襲撃したが、精霊たちと女の雷撃魔法によってあっというまに制圧された。
 そもそも契約によって精霊に守られている女だとは知らなかったし、あの数の雷球魔法の並列発動など見たことがない。自分らはそんな人を襲ったのだ。畏敬の念よりも何よりも逃げたいと思った。
 タイミング良く魔狼の襲撃があって上手いこと逃げ出すことができたが、今度は魔狼の群れに追いかけられる羽目になってしまった。
 男は後ろを必死で走る二人の男を見る。どう考えても、この坊ちゃんのせいだよな。
 だが男たちには坊ちゃんの手足となって動く以外の道はない。何しろ坊ちゃんの父親はゴーダ伯爵。エストリア王国の東部に所領を持ち、冷酷な性格で粗相をしたりミスをした部下には厳しい処罰を与える。事実、即座に首をはねられた官吏を見たことがある。人間を道具と見下すような冷え切った目を思い出すだけでも震えが来る。
 不意に森が途切れ岩山の前に出た。ちょうどよく正面に洞窟の入り口が見える。
「おい! あそこに防衛線を張るぞ!」
とレンジャーが怒鳴り、全員が洞窟に向かって走る。
 しかし、「ぐるるるぅっ」、
と吠え声がして、レンジャーの目の前に一匹の大きな魔狼が立ちふさがった。
 行く手を阻まれ岩山のそばに逃げ込んだが、ついに男たちは半円状に魔狼に囲まれた。
 岩山を背に魔狼に向かってそれぞれが武器を構える。男たちを囲む魔狼の数は今や三〇匹ほど。はっきりいって絶望的な数だ。
 誰かが「くそっ」と悪態をつくが、その足は震えている。
 その時。洞窟の方から間の延びた男の声が聞こえてきた。
「おんやぁ?」
 暗がりからぬぅっと全身に黒い鎧を着て大剣を背負った男が現れた。魔狼に囲まれた男たちは助かったと期待したが、すぐに失望の色をあらわにする。今更たった一人増えただけで何がどうなるというのか。
 しかし、物わかりが悪い者が二人いて、
「おい! お前! 俺とフーバをここから助けろ!」「俺たちは貴族の息子だ。助けてくれたら礼金ははずむぞ!」
などと声を掛けている。
 男たちを囲んでいた魔狼は男が現れた瞬間から、まるで金縛りになったかのように動きを止め、ぴくりとも動かない。
 黒い鎧をまとった男は楽しそうに笑い出した。
「ははははは! これはこれは!」
 先ほど助けろと命じたゴルが、怪訝な顔で問いかける。
「おい! まさか頭がおかしいんじゃないだろうな? さっさとしやがれ!」
 黒い鎧の男は、
「よかろう! 助けてやろう!」
と言った。男の全身から漆黒のオーラが立ち上る。「死ね」
 静かな宣言とともに、ぴたりとも動かなかった魔狼が一斉にころりと倒れていく。まるで狼の人形が横に倒れるように。
 その異様な光景に冒険者達は言葉が出ない。そして、首をゆっくりと黒い鎧の男に巡らすと体がブルブルと震えた。ゴルとフーバだけがその異様さに気付かずに、喜色を浮かべる。
「おお! よくやったぞ! お前を俺の部下にしてやろう!」「よろこべ! 伯爵家の部下になれるんだ」
 それを聞いた冒険者たちが何かを言おうとするが声が出てこない。
 黒い鎧の男は二人を見てニヤリと笑った。
「では礼金としてお前らの命をもらおう。苦痛ともにその命を捧げるがいい」
 その言葉とともに、そこにいた九人の男たちの全身を帯状になった黒い霧が縛り上げる。
「おい! なんだこれは!」「は、離せ! ……ぐわああぁぁぁぁ!」
 ベキッ。グチャッ。「あAAAAA……」
 骨が折れ、肉がミンチになる音がして、押しつぶされ、すりつぶされて、誰がどう見ても死んでいるはずの一〇人は、その無残な姿になってもまだ叫び続けていた。すでに言葉にならない苦痛の声がいつまでもあたりに響いていた。

 しばらく、その光景を見て笑い続けた黒い鎧の男が懐から黒い水晶を取り出すと、魔狼と男達の死体が崩れるように黒い塵となり、水晶に吸収されていった。
 すべての黒い塵を吸い込み終えると、男は再びその水晶をふところにしまう。
「いい生けにえになったかな?」
といいながら、男は洞窟に入っていった。
 一筋の光りも通らない真っ暗な洞窟を、男は危なげなく迷いなく進んでいく。
 やがて長い階段を降りて大きな広間へと出た。洞窟の最奥の広間だ。
 黒い鎧を着た男はその一番奥に行くと再び黒い水晶を取り出す。
 前方の地面を見下ろした男はニヤリと笑みを浮かべ、
「うんうん。地脈の流れも近くにあって、ここが良さそうだ」
 そういって再び黒い水晶を取り出すと、ためらいなく一番奥の地面に突き刺した。
「さあて、いい瘴気をもたらしてくれよ?」
 男の右手から黒いオーラが水晶に吸い込まれていく。黒水晶は一瞬だけ強く光り、その内部がぼんやりと光り出した。
 男は満足そうにそれを見下ろすと、
「去年のトレントみたいなお祭りになるといいんだがな。どうなるか見させてもらおう」
と言って、真っ暗な闇の中を歩き出した。
 その背中越しには、まるで心臓の鼓動のように明暗をつけて光る水晶があった。

――――。
 村に着いた私たちはまっすぐにギルドに向かう。
 森の奥で襲われたこと。そして、何よりあの魔狼の群れはギルドに報告しないといけない。
 途中でアイリちゃんは疲れてフラフラとなり、今は私の背中でぐっすりとお休み中だ。
 すでに日が沈み暗くなりゆく村道を急ぐと、村の出入り口のところでたくさんの村人ががやがやと騒いでいた。
 手に松明や鎌、剣を持っている。それを見たシエラが、
「アイリちゃんを探しに行くんじゃないですかね」
と言った。あ、そうよね。「そうよね。急がないと」と行って、人々の集まっているところに向かう。
 私たちが森から出て近づいていくのが見えたのだろう。幾人かの村人が私たちを発見し、ついで私の背中のアイリちゃんを見つけると、急に騒ぎ出した。
 人々の間から二人の人が飛び出してくる。アイリちゃんのお父さんとお母さんだ。
「「アイリ!」」
 二人が私を囲んで背中のアイリちゃんの顔をのぞくと、
「うん、んん」
と言って、アイリちゃんが目を覚まして身じろぎするのが感じられる。
「お父さん! お母さん!」
 アイリちゃんはそういってお父さんに手を伸ばし、お父さんは私の背中にいたアイリちゃんを抱き上げた。
「アイリ! 無事で良かった!」
 背中が軽くなった私はシエラと共に親子の再会を眺めていた。隣にいるシエラが何かを思い出すように遠い目をしている。私はそっとその手に自分の手を重ねる。
「よかったわね」
とシエラに言うと、シエラは短く「はい」とだけ返事をした。
 アイリちゃんの父母である宿のおやじさんと女将さんは、私たちに何度も何度もお礼を言った。私たちがもういいですよと言っても言ってもお礼を言い続けている。他の村人も感謝の言葉をかけてくれた。
 ギルドへの報告があるからといってその場を逃れてギルドに向かう。背後ではまだ感謝し続ける村人達がいた。

 明かりの漏れるギルドが見えてくると、シエラがほっとしたように、
「ようやく着きましたね。……なんだかいつもの依頼より疲れましたよ」
と言う。「そうね。私も疲れたわ」とシエラに言いつつギルドの扉を開く。
「でもアイリちゃんを助けられて良かったです」
というシエラとともに、柔らかい光があふれたギルドホールへと入る。

 さあ、今日はゆっくり休もう。

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