06 ヘレンと二人で

――――。
 アルに戻ってきてから、もう一ヶ月が過ぎて季節は夏真っ盛りの|大蟹の七月となった。
 今朝、ノルンとシエラがフルール村に出発した。依頼を達成するために、向こうに四日間ほど滞在する予定らしい。
 今は二人がランクDになるまで別々に依頼を受けている状態だ。普通はランクDになってもそれなりの実績を持ってはじめて、ランクC昇格試験への挑戦が認められる。けれども二人の場合は同じチームであり、竜人族の町からの報告もあるため、ランクDに昇格次第での挑戦が特別に認められることになっている。
 というわけで、今、俺たちのチームは二つに分かれて依頼をこなしているわけで、今、俺はヘレンとサクラと一緒にギルドの掲示板を眺めているところだ。

「う~ん。あんまり適当な依頼はないですねぇ」
とサクラが言った。ううむ。確かに来た時間がちょっと遅かったせいもあって、ランクDとして貼ってある依頼書は三枚しか残っていない。東部平原でのホーンラビット五匹の狩猟、西部森林でのキノコの採取、とある貴族の家に於けるパーティーの警備……。正直に言って気乗りがしない。ホーンラビットとキノコは簡単すぎるし、貴族がらみは聖女の弟子ヘレンを抱える俺たちにとっては変に目をつけられる可能性が高い。もちろん、そういう面倒事に遭遇したところで、俺はヘレンを守るだけだが。
 とはいえ、今日はどうするかなぁ……。
「そうねぇ。今日は休日にでもしない?」
「賛成です! マスター。……私、マチルダちゃんのところに遊びに行きたいです」
 ああ、マチルダちゃんか。そういえば父親の鍛冶師ジョンさんには俺の籠手こてを作ってもらったんだよな。サクラがこういうってことは祖父のスピーにも会いたいんだろう。
 ……ノルンとシエラには悪いが休日にするか。
「そうだな。今日は夕食まで自由行動にしよう」と俺は言った。
 すると、ヘレンが、
「ねえ。ジュンは今日はしたいことがあるの?」
ときいてきたので、俺は、
「いいや。特にないから商店街でもブラブラするかなぁ」
と言った。
 ううむ。そろそろ趣味の一つでも持つべきか。でも、日本にいたころは旅行が趣味だったからなぁ。旅先で写真を撮ったり、旨いものを食べたりが良かった。
 もちろん冒険者だから今だってあちこちへ出かけることはできる。それに旅ってのは帰ってくる家があってこそ成り立つものだ。宿は長期滞在であって家ではない。……となると、やっぱり一軒家を手に入れるのがいいだろうなぁ。
「――ってくれない?」
 ヘレンの声に我に返る。「え?ああ?」。ヘレンは俺の様子を見てもう一度繰り返してくれた。
「だから。今日は修道院に行きたいけど、ジュンに一緒に行ってくれないかってきいたの!」
「ごめんごめん。ちょっとぼうっとしてた。……了解だよ。ついでにちょっと買い物しよう」
 サクラが目をキランッとさせて、
「ふふふ。お二人はデートってわけですね? 後でお話聞かせてくださいね!」
と言ってサムズアップをすると、輝くような笑顔で颯爽とギルドから出て行った。
 ふと気がつくと、周りに残っていた冒険者が俺とヘレンを見ていた。特に男の冒険者の視線が痛い。
 受付のマリナさんとエミリーさんが面白そうにヘレンを見ている。
「――ま、とりあえず行くか?」
と言って、ヘレンを振り返るとその顔はほんのり赤く染まり、「デート……」とつぶやいていた。
 他の冒険者からチッと舌打ちされながら、俺はヘレンを連れてギルドを出た。普段はテキパキと気の強いお姉さんキャラなんだが、こういう反応されるとドキッと来るものがある。
 強烈な夏の光を浴びながら、俺とヘレンは修道院に向かった。

――――。
「元気そうね」
 応接室で修道院長の聖女ローレンツィーナ様と面会している。
 ヘレンは頭を下げ、
「院長さま。先般、デウマキナの竜人族の街で――」
と先日の依頼の話を報告していた。ローレンツィーナ様は、はじめニコニコとうなづきながら話を聞いていたが、町を覆っていた瘴気の話のくだりで顔がこわばり、洞窟の祭壇での暗黒の天災グラナダとの戦いに至っては眉をしかめ何事かを考え込んでいた。
「――という事があり、現在は、ノルンとシエラという二人のメンバーが増えました」
とヘレンが報告を終えると、ローレンツィーナ様は、
「お疲れ様。……ジュンさんも大変でしたね。竜人族の警備隊長さんは残念でしたが、これであそこの町に平穏が戻ったのでしたら良かったわ」
「本当にそう思います。思いのほか、大きな事件になりましたよ」
 ローレンツィーナ様は、
「その暗黒の天災グラナダの情報はギルドに?」
ときくので、俺は「ええ。竜人族の町で」と答えた。
「ならば後はギルドの方からも報告が来るでしょうね」
 暗黒の天災グラナダについて何かご存じでないかを伺ってみたが、残念ながらローレンツィーナ様もよく知らず、調査を請け負ってくれた。シエラのためにも情報はのどから手が出るほど欲しいし、教会のネットワークがあるから期待しておこう。
 話の区切りにお茶をいただき軽い雑談をしていると、ローレンツィーナ様が俺たち二人を見て、
「そういえば、今日は二人だけなのね。デートかしら?」
といたずらっぽく笑った。俺も軽く笑いながら、
「ええ。そんなもんです」と言うと、ヘレンが少し赤くなりながらうなづいた。
 ヘレンの様子を見たローレンツィーナ様が、
「ふふふ。あのヘレンのこんな様子が見られるなんてねぇ」と満足そうにしている。
「あ、そうだ。あなたたちメンバーが増えたんだったわね。まだ宿暮らしなのかしら?」
とローレンツィーナ様がきいてきたので、俺は「ええ」と答えた。すると、聖女様は、
「なら一つ提案だけど、修道院で持っている一軒家が近くにあるんだけど。どう?」
と言った。それって一軒家を貸してくれるってことか?俺はヘレンの方を向くと、ヘレンも思い出したようで、
「え? あの大きな家ですか?」
と言っている。ローレンツィーナ様はうなづいて、
「もともとはとある女性冒険者のチームの持ち家だったんだけど、前に王都に拠点を移してね。それで修道院で買い取ったんだけど、丁度いいから貴方たちに貸すわよ?」
 なるほど。もともとチームで使っていた家ならば、ある程度の人数が生活できるようになっているはずだ。
 俺はローレンツィーナ様におことわりして念話を飛ばした。
(ノルン。サクラ。今、大丈夫か?)
(……こっちは大丈夫よ)(はい! 私もオッケーです。何ですか? マスター)
(実はな、聖女様からなんだが、修道院で保有している一軒家を俺たちに貸してくれることになりそうなんだ)
(あら、本当? ……建物にもよるけど、確かに拠点として家を持つのは賛成よ)
(はぁい! 私も賛成です!)
(もとは女性冒険者のチームが使っていた建物らしいから、まあ綺麗なんじゃないかな? ノルンたちが帰ってきたら下見ってことでお願いしておくよ)
(了解)(わかりました!)
 ふと顔を上げると、念話を飛ばしている俺をローレンツィーナ様が興味深そうに見つめていた。
「え、えっと……」
と言うと、聖女様は笑いながら「念話って便利ねぇ」とつぶやいた。
 結局、ノルン達が帰ってきて実際の建物を確認してからになるが、月に二万ディールという格安料金で貸してくれるとのことで、俺のギルドカードからの引き落としとする予定だ。
 早速、ノルンとサクラに伝えると下見を楽しみにしていると返答があった。

 俺とヘレンはローレンツィーナ様にお礼を言って、後日、またうかがうことを約束して修道院を出た。
 時間は丁度お昼時だ。
 俺はヘレンを連れて、いつぞやのオープンカフェ・ベルロームに入った。
「いらっしゃいませ」
 白と黒を基調とした制服を着た可愛い女子店員に案内されて、オープンスペースの席に案内される。オープンスペースでは、それぞれのテーブルにパラソルが立てられている。
 俺はヘレンと対面して座り、早速、メニューを開く。
 本日のランチAはサンドイッチとサラダのセットで、ランチBはそれにハンバーグがついている。どうするかなぁ。
 対面のヘレンを見ると、パラソルの柔らかい影がヘレンの胸から上にかかり、一方で広げたメニューがレフ板のように日の光を反射してヘレンの顔を明るく見せる。ヘレンの髪の先やまつげは柔らかく輝き、もとより綺麗な白い肌が桃のように薄く染まっている。
 まるで真紅の髪をもった女神のような美しさに、思わずドキッとするとちょうどヘレンと目が合った。ヘレンは「?」というふうに首をちょこっとかしげる。
「……あ、ああ。その……。そ、そうだ。注文はもう決まった?」
ととっさに誤魔化すと、
「う~ん。そうね。前と同じでベルローム・スイーツスペシャルがいいわ」
と言う。俺は手を軽く挙げて店員さんを呼んで注文をすませる。
「もう夏ね」
 そういうヘレンとともに外の町並みを見て、薄手の服を着た街の人々が歩いているのを眺める。この近くは貴族街も近いので清掃がゆきとどいていて、おしゃれな雰囲気がただよっている。
「そういえばヘレンは海って知ってるか?」
 そう尋ねると、ヘレンは、
「海? 話には聞いたことがあるけど行ったことはないわね。ジュンはあるの?」
と言った。確かにこのアルの街は大陸の内部だから、海を知らない人も多そうだ。もちろん、俺もこっちの世界の海は知らないけどね。……そういえば、ノルンは島に住んでいたんだっけ。人魚の友達がいるとか。
 俺はヘレンに、
「ああ。こういう夏の盛りには海水浴って言って、海で泳いだり浜辺で遊んだりすると気持ちいいんだよ」
「へぇ。エストリア王国だと、海って言ったら港湾都市ベルトニアが一番大きいかな」
「昨年は修行に集中してたけど、今年はそこに行ってみるのもいいな」
 俺がそういうと、ヘレンは目を輝かせて、
「本当? それは楽しみだわ!」
「ふふふ。ヘレンの笑顔はいいな。なんだかこっちもうれしくなるよ」
「え? いきなりなによ」
 ヘレンは顔を赤くして一心に巨大なパフェを食べだした。

 それから二人で並んで商店街をぶらぶらと歩き、特に家の中に置きたい家具なんかを探して過ごした。

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