06 ロンギさんとお仕置き

 俺はリリーさんの方を向いた。
 「ここからはブノワ家の問題だが……。冒険者おれたちに手を出したらどうなるか、思い知らせるなら手を貸すぞ?」
 「え?」
 顔を上げたリリーさんにニヤリと笑い、
 「腐った貴族を罠にはめる」

――――。
 「な、なんだと!」
 オオヘラジカがデマ情報だと知ったロンギさんの怒りは相当な者だった。真っ赤になって怒り、憤怒の表情を見せるその姿はまさに赤鬼だ。
 怒髪天をつく勢いのロンギさんに子爵への逆襲を持ちかけたところ、二つ返事で協力してくれることになった。

 さて50人の盗賊だが、この人数でアルに帰還すれば、たちまちに子爵の耳に入ってしまう。それに今回はギルドも利用されたわけだ。
 俺はノルンにシルフを呼び出して貰い、アルの冒険者ギルドのサブマスターへの伝言をお願いした。サブマスターのアリスさんはエルフだから使える手だ。
 シルフを仲介にして、アリスさんに報告する。アリスさんはすぐさまギルドで仲介した依頼を精査すると同時に、50人の盗賊を秘密裏に確保するためいくつかの冒険者チームをよこすそうだ。
 もともとギルドは国家とは独立しており、今回の件は見過ごすことができないらしい。俺の計画を話すと、表面上、ギルドはかかわらないが協力するとのことだ。
 ともあれ50人の捕まえた盗賊を連れて、森の入り口にある俺たちのキャンプ地へと戻る。
 2日して、ギルドの手配した冒険者チームとバトンタッチし、俺たちはザンギを連れてアルの街に帰還した。

 さあ、お仕置きの時間だ。

――――。
 深夜の王都エストリア。
 ザンギから聞き出した連絡手段で、事前に子爵と連絡を取った俺たちは、一見なんの変哲もない馬車に木箱を載せてブルータス・ロッソ子爵邸の裏口に来ていた。
 音もなく裏口の扉が開き、中から子爵の部下2人が屋敷に入るように指示を出した。
 静かに馬車を進めると、すぐ後ろで裏口が閉められた。

 屋敷の方からでっぷりした男と、細身の執事らしき人物が警備の兵を連れて出てきた。
 ナビゲーションで確認すると、あの太った人物がブルータス・ロッソ子爵本人だ。
 俺は馬車から下りて膝をついて子爵が近寄るのを待つ。
 子爵が、
 「例の荷物は?」
 俺は顔を上げて、
 「はっ。確かに荷台にあります」
 それをきいた子爵が愉悦にゆがんだ表情を見せ、「屋敷に運び込ませろ」と執事に命令した。
 執事が合図をすると、警備兵4名が出てくる。
 馬車からは3人のフードの人物が木箱をゆっくりと地面に降ろした。その木箱を警備兵が屋敷へと運んでいく。
 それを見た子爵が満足そうに見て、
 「ふん。報酬は約束通り後で届けさせる。ご苦労だったな」
ときびすを返して屋敷へと戻っていった。
 俺は頭を下げて見送りながら、にやりと笑った。

――――。
 子爵は執事と一人の魔法使いを連れて、木箱の運び込まれた地下室へと向かった。
 「くくく。ようやくだな。……おい。今夜は誰もここに入れるなよ」
と子爵が執事に命じる。初老の執事は無表情に、「はっ」と短く返事をする。
 地下室に入った子爵は、警備兵を下がらせて、執事に箱の蓋を開けさせる。
 執事が蓋を持ち上げると、そこには一人の女性が薄いワンピース一枚を着せられて縛られていた。その目は自らの身に起きる運命を知っているかのようにおびえている。
 執事がその女性を持ち上げて床に降ろし、再び子爵の後ろで待機する。
 女性が子爵を見てぶるぶる震える。ワンピースの裾から見える白い足が欲情をそそる。
 子爵がいやらしい目で女性の全身をねぶるように見て、
 「リリー・ブノワ。……貴様は今日から俺の持ち物となる。せいぜい楽しませることだ」
と言うと、後ろの魔法使いがスタッフを掲げた。
 「――――スレイブ」
 赤黒い光がスタッフから女性に伸びていき、女性の体に吸収されていく。女性が身をよじって苦しみ、強くつぶった目から涙がこぼれる。
 倒れ込んで息も絶え絶えな女性を見て、子爵が高笑いをはじめた。
 「くくくく。ははははは」

 ドンッ。
 そこへドアが叩きつけられるように開かれ、警備兵が飛び込んできた。
 「し、子爵様! 大変です!」
 それを見た子爵が激怒する。
 「なんだ貴様! 誰も入れるなといったろう!」
 警備兵は慌ててその場に膝をつく。
 「王都警備隊が強制捜査令状を持って来ております!」
 それを聞いた子爵が目を丸くする。
 「は? なんだと?」
 執事が慌てて、「私が見て参ります」といって地下室を飛びだしていった。
 子爵は訳がわからない様子でぶつぶつとつぶやいている。
 「どういうことだ? 王都警備隊だと? リチャードの奴には賄賂をやっているのになぜだ?」
 そこへ男の声で、
 「まだわからないのか? 貴様には王国奴隷法違反の罪科で逮捕状が出ている」
 子爵が慌てて声のした方を振り向くと、そこには後ろに控えていたはずの警備兵の一人がいた。
 ゆっくりとカブトを脱いだ警備兵の顔を見た子爵が、驚きで目を丸くし、
 「き、きき、貴様は! ジャック・イグドール! ゾディアック騎士団がなぜ!」
 ジャックと呼ばれた警備兵が一歩前に進むと、子爵はわなわなと震えながら一歩下がり、ついに壁に背をつけた。ジャックの隣にいた警備兵が魔法使いのもとに行くと、魔法使いはおとなしくスタッフを床に置いて両手を挙げた。警備兵が魔法使いを拘束していく。
 「ブルータス・ロッソ。……言い逃れはできないぞ? 俺の目の前でリリーのお嬢ちゃんに隷属魔法を使いやがったからな」
 「ふ、ふざけるな! 私を誰だと思っている!」
 「……一人の犯罪者だ。確保しろ」
 ジャックの指示で、ほかの警備兵が子爵に近寄ろうとしたとき、地下室のドアがバアンッと開き、
 「子爵様! お逃げ下さい!」
と叫びながら執事が飛び込んできた。
 警備兵たちがそれに気を取られた瞬間。子爵が右手で壁の一部を押した。
 すると子爵のいたところの壁がグルンッと反転し、子爵の姿が消えた。
 ジャックは、
 「ちぃっ。隠し通路か! 早く捕まえろ!」
と指示を出すと、警備兵たちが執事を捕まえると同時に子爵のいた壁へと殺到した。

――――。
 俺は王都警備のゾディアック騎士団リーブラ隊の1番隊隊長ロナウド・マッカートとともに、ロッソ子爵邸へと突撃した。
 ロナウドは部下に次々に指示を出し、子爵邸の警備兵やメイド、使用人に執務室を確保していく。
 それを横目で見ながら、まさかサブマスターのアリスさんがゾディアック騎士団と繋がりを持っていたとは知らなかった。というか、元ヴァーゴ隊一番隊隊長だとはね。
 リーブラ隊でも水面下で子爵を内偵していて、様々な悪事の証拠を押さえていたようで、話は早かった。
 今回の作戦は、決定的な犯罪の証拠をつかむため、リリーさんにおとりになってもらっている。俺たちがリリーさんをザンギの代わりに引き渡し、リリーさんが隷属魔法にかけられるところを現行犯逮捕するものだ。
 リリーさんには事前にノルン謹製の使い捨て魔法無効化アイテムを装備してもらった。

 地下室から潜入していたリーブラ隊隊長のジャック・イグドールが飛びだしてきた。
 「くそ! 子爵が隠し通路で逃げた! あたり一帯に検問を張れ!」
 指示を聞いて、警備兵に分した騎士団員が飛びだしていった。
 逃がしたのか? ここまで追い詰めておきながら。
 ――その時、頭上から魔力のほとばしりを感知した。かなりの魔力が波となって俺の体を通り抜ける。
 「なんだ! 今のは?」
 どうやら魔力感知を持っていない人も異変を感じたようだ。
 慌てて屋敷の外に出ると、屋敷の屋根上に子爵が立っていた。その手には飲み終わった怪しげな薬瓶と不気味な剣を持っている。
 「くはははは。こうなったら貴様らを一人残らず殺してやる! この魔剣バアルでな」
 ドクンッと空気が脈動し、子爵の体を血管が浮かび上がり、なにかが手にした魔剣に吸い込まれていく。子爵が「ガアアァァ」とうめきながらその体が異形へと変化していく。
 体は紫となり、その額にもう一つの目が現れ、髪の毛が一本残らず抜け落ちた。手が異様に太くなり、細長い尻尾が生えてくる。
 ジャック・イグドール隊長が、
 「人間を止めたか! みんな注意しろ!」
と叫ぶ。

 ……やれやれだ。
 俺はため息を吐きつつ、神力を少しずつ解放していく。白銀の光が俺の全身からあふれ出した。
 「ジュン。俺にまかせろ!」
 その時、俺の脇を一陣の風が通り過ぎた。

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