07 二人の夜

「ねえ。ジュン。やっぱりリビングのカーテンは緑より藍色の方がいいわよ」
「そうか? 緑も落ち着いていいとは思うけど。……っていうか、実際の現場見てからだって」

 夜になって俺たちは宿に戻ってきたが、サクラは今日はマチルダの家に泊まると念話が届いた。
 期せずして二人きりの夜となったわけだが、夕食が終わってからも二人で食堂でだらだらと過ごし、さっきようやく部屋に戻ってきたところだ。
 自分の部屋に戻り、窓辺の椅子に座って外を見ながらノルンに念話を送る。

(ノルン。今、大丈夫か?)
(……うふふ。今? 今はシエラとお風呂に入っているけど、大丈夫よ?)
(お、おう。そうか。……そっちの依頼はどうだった?)
 ノルンたちは確かサルサケの採取依頼だったか。それほど大変な依頼とも思えないが、うまくいったかな?
 ところが案に反してなかなか返事が来ない。今ごろ風呂に入っているってことは無事であることは間違いないが……。
(あのね。依頼は無事に終わったけど、そっちに戻ったら詳しく報告するわ)
(そうか。まあ、二人が無事ならそれでいいさ。気をつけてな)
 俺の念話にノルンはお礼を伝えてくると、
(そうそう。……ジュン。ヘレンをよろしくね)
と言ってきた。
(ヘレン? ああ。さっきまで食堂にいて、今はもう部屋に戻ってきたんだ。ヘレンも今ごろ寝るところじゃないかな?)
(そう。ま、それでもよろしくね。私はオッケーだから)
 オッケー? 大丈夫ってことか?
(ああ。家のこともあるし、帰ってくるのを待ってるよ)
(ふふふ。そうね。私たちも楽しみにしてる)
(じゃあな)
(ええ。明日の夕方には戻れると思うわ。じゃあ、また明日)

 どうやら何かがあったようだが無事に解決したのだろう。詳しくは教えてくれなかったが声は暗くはない。
 そう思っていると部屋がノックされた。
「はい」と言いながらドアを少し開けるとヘレンが立っていた。
「ジュン。ちょっと入れて」
とどこか緊張した様子のヘレンに、俺は「ああ」と言ってドアを開ける。
 ヘレンはおずおずと中に入ってくると、ぽすんとベッドに腰掛けた。
 俺のそばを通り過ぎるとき、ほんわかと花の香りがする。香水なんてめずらしいなと思いつつ、俺は窓のそばの椅子を持ってきて、ヘレンに対面する形で座った。
 するとヘレンが、
「一年間にいろんな事があったわね」
と言い出した。
 ヘレンとは修道院に加護の説明を聞きに行くときに出会い、その後のエビルトレント事件、そして、初心者合宿、シンさんの家でのトウマさんとイトさんとの修業……。確かに濃密な一年間だったな。
 修業では俺とサクラはトウマさんに、ヘレンはイトさんに鍛えられたわけだが、その合間にはみんなで旨いものを食べたりして楽しいひとときを過ごしたのも事実だ。
「ああ。修業は大変だったが楽しかったな」
と言うとヘレンもうなづいた。とはいえ、どことなく緊張しているようで俺にも緊張が伝染してくる。
 ヘレンは、
「あ、あのね。……ずっと一年間アタックしてたのよ?」
と言った。確かに、腕を絡めたり抱きしめられたり、大胆にも俺の膝の上に乗っかったりもしたことがある。
 ヘレンが俺に恋愛感情を抱いていることは、実はわかっているんだ。それに俺にとってはノルンが一番だが、別にヘレンが嫌いなわけじゃない。
「知ってると思うけど、別に複数の人と婚姻を結ぶことは認められているの。今の私みたいにフリーの修道女もね」
 そう。ヴァルガンドでは複数の妻を持つことが認められている。これはトリスティアの教えでもあるらしく、実際に人口比が男性に比して女性の方が高いことや、王族が複数の伴侶を持つことも理由にあるようだ。
 ただし、全体として単一の家族でなくてはならず、複数の家族に属するのは禁じられる。たとえばAという男性の第二夫人がBという男性の第二夫人となることは認められない。だから複数の人との結婚が認められるとはいっても、男性か女性かを中心とした単一のハーレム状態のみが認められている。
 日本の常識を持っている俺には違和感があるが、こっちの人にとってはそれが常識であり恋愛もこの前提のうえで繰り広げられる。複数の妻を持つ場合、旦那は夫人同士の関係にも気を配らないといけない。とすれば、実は俺みたいにいつまでも受け入れないのはヘレンを傷つけていることになる。
(ヘレンをよろしくね)
 ノルンの念話を思い出す。もしかして今の状況はノルンも狙っていたシチュエーションなのかもしれない。とまあ、いろいろ分析してみたが、俺は……。
 俺は一つ息を吐いて頭を横に振る。それを見てヘレンが拒否されたのかとショックを受けたような表情をする。が、構わずに丹田に力を入れ気合いを入れる。
 俺は立ち上がってヘレンの前に立って、その両手をそっと握った。ヘレンがおそるおそる俺を見上げる。
「ヘレン。すまなかった。ヘレンにこういうことを言わせてしまって。ノルンにもサクラにも、ひょっとしたらシエラにも気をつかわせてしまって本当に俺はヘタレだな」
「……ジュン」
 俺はヘレンを立ち上がらせる。その目をじっと見つめ、
「俺の第二夫人になって、ノルンと一緒に俺を支えてくれ」
 俺を見つめるヘレンの目が熱を帯びる。その唇が震えるように言葉をつむぐ。
「……はい。喜んで」
 そして、俺はヘレンの唇を自らの唇でふさぎ、そのままベッドに押し倒した。ヘレンが小さい声で、
「大事にしなさいよ」
 俺は「もちろんだ」といって、荒々しくキスを交わした。

――――。
 朝の光を二人で迎えた俺たちは、お互いの顔を見合わせて照れてしまった。
 再びヘレンにキスをして、ベッドからするりと下り振り返る。ヘレンが上半身を起こすと美しくも大きな胸が揺れる。俺がじっと見ているのに気づいて、ヘレンが恥ずかしそうに布団で胸を隠す。あれだけ愛し合ったけれど、やっぱり恥ずかしいのだろう。
 俺はヘレンのそばまで行きその手を取る。ヘレンも俺に手を引かれながらベッドから下りた。ヘレンが体を隠しているシーツに手を当てて、そっとシーツを脱がせると、すっとシーツが床に落ちてヘレンの裸体が現れた。そっとヘレンを抱きしめ、その美しい唇を求めた。

 二人で笑いながら近くに落ちている服を身にまとう。ベッドの汚れてしまったシーツを見ると、しっかりとそこには昨夜の行為の跡が残っていた。赤い印を見ているとヘレンが慌てて俺からシーツを取り上げ、「うー」とうなっていた。
 さてノルンとの時は魔法で綺麗にすることができたが、残念ながら水と風の魔法の適正が俺たちにはない。ヘレンを着替えに自室に戻らせて、俺はシーツを持ってそっと裏手の井戸へ向かった。
 シーツを洗って戻ってきた俺は、綺麗にたたんでサイドテーブルに置いておいた。後でリューンちゃんかライラさんに任せよう。
 ノックの音がして着替えを済ませたヘレンが戻ってきた。二人、目が合うと、どちらともなくクスクスと笑い出す。照れもあるし、行為の跡を隠して互いに共犯者みたいだ。
 俺はヘレンに、
「ヘレン。愛している」
と言うと、ヘレンも照れながら、
「私も愛してるわ」
と言った。俺は畳んで小さくなったシーツを手にヘレンとともに階下の食堂へ向かった。
 朝の食堂はすでに賑やかになっていたが、厨房の入り口でライラさんを呼んだ。
 エプロンで手を拭きながらライラさんが忙しそうにやってきた。
「すみません。ライラさんにしかお願いできなくて……。これお願いします」
そういってシーツを渡すと、ライラさんは俺とヘレンをまじまじと見つめ、
「わかったわ。リューンには渡せないものね」
といって、シーツを持って奥に入っていった。
 ライラさんの背中を見ながら、ヘレンが、
「ううっ。なんだか恥ずかしい……」
と言っている。俺はヘレンの手を取ってテーブルに着き、朝から元気に忙しそうに接客するリューンさんに朝食をお願いした。

――――。
 ちょうど夕食時にノルンとシエラが帰ってきた。
 俺とヘレンとサクラはギルド前で二人を出迎える。ノルンはヘレンを見て、
「ヘレン。……どうだった?」
と言うと、ヘレンはやや赤らんで黙ってうなずく。続いてノルンが俺を見て、右の握り拳で俺の胸をポンッと叩いて、
「私たちの将来の旦那様。がんばってね」
と言った。ノルンは自分の唇に人差し指を当てると、その人差し指を俺の唇に当てて、
「ふふふ。でも一番は私だからね?」
といたずらっぽく微笑んだ。
 サクラはすべてわかっているはずだが、知らない振りをして、
「あれぇ。なんか怪しいなぁ。マスターの顔が赤いです」
と言う。すると何にも知らないシエラが、首をかしげて、
「あ、本当です。夏風邪?」
と言っている。二人の様子を見たヘレンが、
「も、もう。大丈夫よ。ねぇ、ジュン?」
と言ったので、俺は「ああ。二人とも俺は大丈夫だ」と言う。すると、サクラが、
「ふふふ。なんでヘレンさんが答えるのかなぁ?」
と言い出したので、俺はデコピンして力ずくで黙らせた。
 サクラは涙目で額を押さえ、「ううぅ、ひどいです」と言っている。内心でサクラに謝りながら、
「さ、宿に戻るぞ!」
と何も無かったかのように宣言して、振り返って歩き出す。
 すると自然にノルンとヘレンが俺の左右に並び、その後ろをサクラとシエラが慌てて走ってきた。
「もお! 待ってくださいよ!」
というサクラの声が、夕方の混雑する町に響いた。

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