07 幽霊船の記憶 2

 青い光に誘われるように階段を降りると、そこは船底の倉庫だった。
 多くの木箱と樽が積み重なっている。もし食料品だったなら腐っているだろうが異臭はしない。
 明かりはなく真っ暗な倉庫であったが、青い光がぼんやりと周囲を照らしながら木箱の間を進んで行く。
 ノルンがハルバードを掲げると、その先にまばゆい光が現れて倉庫を照らした。どうやら遺体もなく危険もなさそうだ。それでも警戒しながら青い光の後を追っていく。

 船尾方向に進んでいた青い光が、突然まばゆい光を放った。
 すると再び青い幻の船員が二人現れた。二人は木箱の間を行ったり来たりして、積み荷を整理をしている。

 と、ふいに一人の船員が、しゃがんでいるもう一人の船員に話しかける。
 「……なあ、あれって何だと思う?」
 「うん? こないだ漂っていた木箱か? ……俺にはさっぱりわからんよ」
 「俺はあれ見てから胸騒ぎがするんだ」
 二人はその場で座り込んで会話を続ける。
 「海神様の贈り物……か」
 「不思議な模様が刻まれていた綺麗な青いペンダントだった」
 「でもよお。そんなおどろおどろしいもんじゃないと思うがなぁ」
 「……どこか俺たちの力もおよばない何かだよ。だがなぁ。力のある物っていやあ。ろくでもないことになる気がするんだよ」
 そういうと一人の船員が立ち上がって、もう一人を見下ろした。
 「まあ、船長に任せておけば何てこともないだろう」
 「そりゃあ、そうなんだが……なんだか不安でなぁ」

 その会話を最後に再び幻は消え去り青い光だけが残った。青い光は俺たちの頭上を通って、もと来た階段を上っていく。
 俺はあとを追いかけながら、
 「海神様の贈り物か……」
とつぶやくと、すぐ後ろのノルンが、
 「もしかしてだけど。前にセレンが言っていたペンダントかしら」
 「セレンって人魚マーメイド族の親友だっけ?」
 「そうよ。……だいぶ昔の事らしいけど、ミルラウスの秘宝で、碧洋へきようの瞳と呼ばれるペンダントが奪われたらしいの」
 「碧洋の瞳?」
 「そう。青いペンダントで海神様の何かに関係する品らしわね」
 ……それがこの船に? まさかな。

 俺たちの前を行く青い光は、中甲板を通り過ぎてさらに階段を上る。
 再び上甲板に上り外に出てきた俺たちは、そこで再び幻像を見せられる。
 青い光が再び光ると、そこには十人の船員の幻が現れた。どうやら嵐のまっただ中のようだ。必死に船を制御しようと叫んでいる。
 「おい! いそげ! 帆をたため!」「今やってる!」
 幻の船員たちは激しい雨に打たれながらも必死に作業をしている。
 舵をとっていたマッチョの船員が叫ぶ。
 「二番から五番のロープをはなせ! ……おい! 悪いが船長の所に行って、積み荷を多少捨てないと危ないって言ってきてくれ!」
 「ああ! 任せろ!」
 マッチョのそばで作業していた船員が急いで走って行った。一人になったマッチョが舵を強く握りしめ、前方を注視した。
 「くそ! 舵が重てえ!」

 その時、甲板にいた一人の船員が三時の方向を指さして叫んだ。
 「おい。なんだあの波……」
 「なに?」「げっ……」「マジかよ」「な、なんだありゃ……」
 その方向を確認した船員が絶望の表情を浮かべている。
 「で、でかい……。百メートルはねえか?」
 「ややや、やばいぞ。早く船首を波に立てないと……」
 「う、間にあわ……「「うわあぁぁぁ!」」」
 俺たちも見えない波に襲われたように思わず腰を下げ、甲板を踏みしめる。
 船員たちは波に巻き込まれたのだろう。その叫び声を最後に幻が消えた。

 もちろん今の海は波などないかのように凪いでいる。相変わらずの霧に包まれ、船体の周囲はほとんど様子が確認できない。
 静けさに支配されたその場にただただギシギシという木の音だけが響く。俺たちは静まりかえった。
 「……………………」
 ふと見あげると、青い光は甲板中央の上空に揺らいでいた。
 それを見上げて話しかける。
 「次は何を見せてくれるんだ? 俺たちに伝えたいんだろ? ここで何が起きたのか?」
 俺の言葉を聞いた青い光はすうっと船尾楼の扉に入っていく。最初に男性が入っていった扉だ。
 俺たちは青い光の後を追いかけ船尾楼の扉を開けた。

――――。
 そこは食堂だった。
 テーブルとイスが並んでいてその奥には厨房が見える。
 青い光は食堂の奥に佇んでいた。
 俺たちが中に入ると、二人の人物が現れる。一人は船長だ。もう一人はエプロンを着けているところからコックのようだ。船長より年上で親子ほど離れて見える。
 コックがテーブルに座って船長にワインを注いでいる。

 「なあ、船長。……いよいよだな」
 「ああ。今になって不安だよ」
 つぎ終わったコックが船長の肩をばんっと叩いた。
 「おいおい。今頃なーに言ってやがる。いい加減、腹をくくれよ」
 「そうはいうけどなぁ」
 「……まあ、大丈夫さ。お前さんがプロポーズした時、あの娘は幸せそうだったぞ」
 「そうだといいんだけど」
 コックは自分のグラスにもワインをつぐ。
 「かっかっか。返事を聞きに行くだけじゃねえか。……いいか。こういうときは、向こうの方が緊張してんだ。わかってやれよ?」
 「う、うう。腹が痛くなってきた……」
 コックがグラスをあおり、立ち上がって船長の背中をばんばん叩く。
 「ほらほら。気合い入れやがれ。男だろ? ……まったく世話が焼けるな。誰が見たってお前たちはお似合いだ。それに好き合ってるのが見え見えだ。じれったいくらいだぞ」
 船長はコックを見上げて、
 「だけどさ。彼女の両親がゆるしてくれるかどうか……」
 「……だけどとか言うな。許してくれるまで通い詰めるのが男じゃねえか。絶対に諦めんなよ? あの娘が好きなんだろ? 嫁に欲しいんだろ? 一緒になるんだ。それくらいの覚悟と苦労をしなきゃ」
 「わかってるよ。僕だって……わかってるさ」
 そういって船長は手元のグラスをじっと見つめる。それを見ていたコックは再び自分のグラスにワインを注いだ。
 「うちのクルーはみんな船長を応援してる。不安に思ってもそれを忘れるな。絶対に上手くいくからよ」
 「ははは。ありがとう。僕はいい仲間を持ったなぁ」
 「今ごろ言うんじゃねぇよ。ったく」
 「「ははははは」」
 二人は笑いながら消えていった。

 俺は幻のいたところをしばらく眺めた。
 「プロポーズ……か」
 ノルンとヘレンを見る。そして、サクラとシエラを見る。
 みんなを見ていると、急にいとおしさがあふれてきて胸が締めつけられる。
 ノルンがぽつりと言った。
 「二人の愛は叶わなかったのでしょうね……」
 みんなは悲しそうに表情を曇らせている。ヘレンが、
 「嵐で沈没してしまったのね。成就できない想い、か」
 「マスター。船長さんがかわいそうです」
 「サクラちゃん。かわいそうなのは相手のイゾルデさんもよ……。返事をしようと思った人が亡くなってしまったんだもの」
 そっと四人が俺のそばにやってくる。ノルンが、
 「ジュンはいなくならないでよね?」
と俺の手を握った。俺は、
 「そんなことがあるわけがないだろ? それにみんなこそ、勝手にいなくなるなよ」
と、みんなの肩をそっと抱きしめた。
 それを見ていた犬神が尻尾を振り出って愉快そうに、
 「本当に愛されていますね。見ている私が恥ずかしくなってきますよ。……ね、フェリシアさん?」
 (ふふふ。私はもう見慣れました)
とフェリシアの念話が届く。
 その時、青い光がすうっと天井を通り抜けて上の階に入っていった。
 それを見て、俺は、
 「どうやら。いよいよ船長室に来いってことだろう」
と言った。きっと今度は鍵が開いているだろう。確信がある。
 俺たちは一度甲板に出て階段を上り、船長室のドアを開けて中に入った。

 すると俺とノルンのしている神竜のペンダントが強い光を放ったのだった。

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