11 無人島

――――。
 海に落ちた私は必死に体を動かすが、泳いだこともないので体が浮かんでいかない。
 激しい水のうねりに神竜の盾が引っ張られ、体をもまれながら混濁こんだくしていく意識。
 ああ、もう駄目かもと思い、全身から力が抜ける。
 意識が薄れて気を失う瞬間、私の体を誰かが抱き留めてくれた。

 ………………。
 …………。

 ……。

 ザザー。……ザザー。
 カサッ。カサカサッ。

 目を閉じた私の顔に、温かい日の光が降り注いでいる。
 全身が鉛のように重い。ゆっくりと目を開けると目の前に小さなカニが歩いていた。

 ゆっくりと上半身を起こすと、そこは砂浜の波打ち際だった。
 辺りを見回すと、私の後ろにはジュンさんが同じように倒れている。
 「気がつきましたか」
 急に話しかけられて私は声の砲へ振り向く。そこにはサクラちゃんが口寄せしたお犬様が、優しそうな目をして見ていた。
 「は、はい。……お犬様が助けてくれたのでしょうか?」
 「そうですよ。あなたがボートから転落して、すぐにジュンさんも飛び込んで行きました。ここまで私が二人を乗せてきたんですよ」
 私は、お犬様に深く頭を下げた。
 「ありがとうございます!」
 お犬様は私の前まで歩いてくると、ペロンと私の顔をなめた。
 「いいんですよ。ボートの方も無事のようです。……それより時間がありません。どうやら私はサクラと離れすぎたようで、そろそろ口寄せが解除されるはずです。あなたの盾はそこにありますよ」
 そう言って再び私の顔をお犬様はなめる。その体が端の方から透けていく。
 「時間が来たようですね」
 私はお犬様に、
 「ありがとうございました」とお礼を言う。
 「ふふふ。またお会いしましょう」
 そう言うと、お犬様はすうっと消えていった。

 お犬様を見送って、すぐにジュンさんのそばに駆け寄っていく。
 「ジュンさん! ジュンさん!」
 名前を呼んで体を揺するが、苦しそうな表情でうめくばかりで意識がもどってこない。
 「ああ! ……わ、私のために。ど、どうしよう」
とおろおろしながら、ジュンさんの様子を見る。全身が冷え切っていて顔色が悪い。確か自然回復のスキルがあるはずだから怪我はないはずよね……。
 私は顔を両手でペシッと叩いた。
 「こうしちゃいれないわ。今、私がしっかりしなきゃ」
 現在はどこかの島の砂浜のようだ。砂浜の奥に林があり、その奥に岩山が見える。
 どれくらいの大きさの島であるかよくわからないけれど、とにかくここにいてもどうしようもない。
 私はジュンさんを林のそばに運んだ。こういうとき強靱な竜人族でよかったと思う。
 寝かせたジュンさんの側の地面に神竜の楯を突き立てて日陰をつくる。
 空を見上げると日が傾いてきている。
 まずい。飲み水と食料、火の確保!

 かたわらの木を見上げる。
 デウマキナでは見たことがない不思議な形だ。幹が伸びていった先に大きな葉っぱが四方八方に伸びていて、その葉元に三〇センチくらいの茶色い実がいくつかなっている。
 試しに一つ食べてみよう。
 ジュンさんから離れた一本を選んで、思いっきり幹を蹴っ飛ばす。幹の先端がぐわんぐわんと揺れ、その先か三つの実がばらばらと落ちてきたので、ささっとキャッチする。
 「うわっ、これ硬い! ……頭に当たってたらやばかったかも」
 思わずぞっとしたけれど、まあ無事だったからいいか。
 「さあって、食べられるといいな」
 しゃがんで腰の剣を抜き、一つの実に剣身を添えて力を入れた。
 「ん、んんん。……結構硬いわね」
 一度、剣を離して立ち上がる。大きく剣を振りかぶって、足下の実に叩きつけた。
 真っ二つになった実の断面を見てみると、細かい糸がびっしりと絡まったような皮がものすごく分厚く、その中に白いカラのようなものがあって、そこから乳白色の液体が垂れてきていた。
 「って、これ全然、実がないじゃん!」
と一人で突っ込みを入れ、残された乳白色の液体を指につけてなめてみた。
 「これ甘くておいし~い」
 特に苦みも刺激のある味はしない。肌に少し塗ってみたけれど、別に赤くなったりはしないみたいだ。……どうやら飲んでも大丈夫なようね。
 「そうと決まれば」
と独り言をもらしつつ、私は木を蹴りまくって実を落とし続けた。
 こうして手に入れた実は全部で十五個。これだけあれば一晩は充分でしょ。
 実を落とすついでに火をつける木の枝を探してみたけれど、枝らしい枝は見つからなかった。仕方なく落ちていた大きな木の葉を拾い集め、それを腰にくくりつけておく。
 「仕方ないわね。……てえぃっ」
 砂浜側の一本の木を切り倒し、その木を細かくするべくさらに斬りつけるが上手くいかない。
 「うわぁ。間に合わないよ」
 そうしている間にも、日は沈み少しずつ暗くなっていく。仕方ない。
 作業を切り上げて、ジュンさんのそばに行っておんぶして風のしのげるところを探して砂浜を歩いた。
 砂浜の先は岩山の崖に突き当たっていた。岩山はそのまま海にせり出して岬になっているようだ。
 どんどんと暗くなっていくし、その岩陰と不思議な木の大きな葉っぱを利用してテントを造ろう。
 そう思って急いで岩壁に向かっていくと、そこに丁度良さそうな洞窟があるのが見えた。
 穴のそばでジュンさんを下ろし、周りに何もいないことを確認し、そっと中の様子をうかがう。
 入り口は高さ二メートルほど。暗くなっていくなか、慎重に中に入るとすぐに行き止まりに突き当たった。入り口からの奥行きは一〇メートルほどで、中は広くなっている。一番奥の壁の上の方に直径五〇センチほどの穴が開いていて、そこから岩壁の反対側の景色が見えた。
 幸運に感謝しながら、私は急いでジュンさんを中に運び込んで寝かせた。
 もういい加減に暗くなってきていて、よく見えない。
 取ってきた木の実の皮を、剣で力任せに剥ぎとり、糸をほぐす。そして、その糸に私の道具袋にあった着火の魔道具を利用して火をつけた。
 暗闇にぼうっと赤く燃える沢山の糸。他の木の実の皮も種火に投入し、火が大きくなってきた。
 その火が消えないうちに拾ってきた木の葉と刻めんだ生木を火にくべる。最初は黒い煙が立ち上るが、やがて火が移ってきた。
 「よし。この間に寝床を準備しよう」
 光源を確保したので、私は一度、砂浜に戻る。腰の道具袋から討伐素材を回収するための空き袋を取りだし、そこに昼間の熱でまだ温かい砂を詰めて、洞窟の奥に運んだ。
 何回か往復して砂の寝床を作り、そこへジュンさんを寝かせる。
 たき火をその前に移し、さらに生木をくべる。その傍らで、残りの木の実の皮をすべてはぎ取って火にくべた。まわりに濡れた私の防具とジュンさんの防具を並べておく。
 神竜の盾を傍らに立てかけて扉のように固定し、濡れそぼったジュンさんを振り返った。
 「…………うん。緊急事態よね」
 そうつぶやいて、肌に張り付いているジュンさんの衣類を脱がせる。剣、剣帯、
靴、ズボン、上着……そして、下着。
 鍛えられて引き締まったたくましい肉体がたき火の揺らめく灯りに照らされている。
 「ごくり」
 つばを飲み込み、自分でも頬が赤くなるのがわかる。
 神竜のペンダントだけをそのままにして、濡れた衣類を防具と一緒に火の周りに並べ、次に私は自分の濡れている服を脱いだ。……そう。ジュンさんの冷え切った体を私の肌で温めるのよ。
 自分の濡れた衣類も火の周りに並べ、
 「うぅっ。は、恥ずかしいわ」
と、誰が見ているわけでもないけれど、残った木の葉で体を隠しながらジュンさんに覆い被さった。
 冷たいっ! まるで氷のようだ。
 私は青ざめたジュンさんの頭をやさしく胸に抱えこんだ。そして、そっと体の上に木の葉をいくつも重ねる。
 素肌と素肌を重ね、今まで以上にジュンさんを感じる。そっとジュンさんの唇に口づけをする。
 ぎゅっと冷たい体を抱きしめながら、不謹慎かもしれないけれど、愛おしさと今までに感じたことのない不思議な熱が胸にわき起こってきた。

 「ジュンさん。……」

 そうして一晩中、私はジュンさんの体を温めつづけた。

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