18 海神セルレイオスの聖域

 一定のリズムで繰り返す波の音が心地よい。

 目を覚ますと、俺の体はあちこちが女性陣にロックされていた。
 微妙にざらざらしているのは、昨夜はかたまって砂浜で寝たせいだと思う。

 ねむっている女性陣を起こさないようにそっと起き上がると、
 (おはようございます。マスター・ジュン)
と、そばにいたフェリシアから念話が届く。
 (おはよう。フェリシアは寝たのかい?)
と返す。聞いてみると、フェリシアはガーディアンの特性として本来は睡眠の必要が無いらしい。
 ……あれ? でもいつもはノルンのそばで寝てるよな。
 (それはプライバシーを守るためです。特に二人の時は早めに寝ます)
 ああ、さいですか。それは仕方ないよね。
 俺は苦笑いしながら、みんなはまだ寝かしておいてくれと言い、一人で砂浜に座り目の前の海を眺めた。
 まだ早い時間帯で、海の空も段々と明るくなっていくころだ。
 遠くの海原でクジラらしき大きな魚がジャンプしているのが見える。
 砂浜に腰を下ろしてしばし海を眺めていると、誰かが起きてきて俺の隣に座った。

 「セレンか」
 「ふふふ。おはよう。……昨夜は楽しかったわ」
 俺は頭をかきながら、
 「昨日は、俺もはしゃいじゃったなぁ」
と言うと、セレンがぐっと体を寄せてきて、
 「みんながあなたに惚れている理由がわかったわ」
 「そ、そうか? 俺にはよくわからないんだが」
 「いいのよ。あなたはあなたのままでいれば」
 「ふうん。まあ、そんなもんかね」
 女性の感覚ってやつだろうな。俺にはわからないよ。……俺にとっては、みんなが幸せならそれでいいさ。
 「あら? 浮気?」
 そこへ砂を踏む足音とともにノルンがからかうように声をかけてきた。
 「愛しの彼を借りてるわよ」
 振り返ったセレンがにこやかにノルンに言う。本当に親友なんだな。この二人。
 ノルンは反対側に座り、しばらく三人で海を見ていた。

――――。
 みんなが起きてきて朝食を済ませると、片付けをしながら、セレンが、
 「今日は案内したいところがあるんだけれど、いいかしら?」
と言ってきた。案内っていうともしかして、この島の秘密か? 俺は黙ってノルンの方を見ると、ノルンは何も言わずにうなづき返してきた。
 「わかった。でも、いいんだな?」
 「……ええ。ありがとうね」

 セレンが先頭になって林を歩く。
 頭上の枝葉の間から濃い青空がのぞいている。時たまカラフルな鳥が木々を飛び回っているのが見えた。
 こうして歩いていると、濃密な木々のマイナスイオンがまるでサウナのように俺たちを包んでいる。気分が乗ってきて、まるでハイキングのように楽しみながら林を歩いた。
 「おっ?」
 セレンに従って歩いて行くと小さな池に辿り着いた。直径三〇メートルほどで真ん中にストーンサークルの立っている島があり、そこまで陸橋が続いている。
 水は透き通ってい水底まで見えるが、鉱石の関係だろうか。綺麗なセルリアンブルー一色だ。
 「ふふふ。私のワンピースと一緒の色ね」
とノルンが興味深そうに水底をのぞいていた。
 陸橋を渡って中の島にあるストーンサークルまでたどりついた。
 前を歩いていたセレンが振り返って、
 「ここが海神セルレイオス様の聖域よ」
と教えてくれた。
 「おい! それって俺たちに言っても大丈夫なのか?」
 心配になった俺が問いかけると、
 「ええ。失われていた碧洋の瞳を持ったあなたたちが、今、ここにいる。……私はこれが運命だと思う。きっと海神様の思し召しにちがいないわ」
と珍しく神妙な表情をした。
 セレンは中央の台座に近づいていき、そこに碧洋の瞳をかざした。台座から水色の光りが空に向かって立ち上る。
 どこからともなく低周波のブゥゥンという音が聞こえる。ストーンサークル全体が光を放ちはじめた。
 「さあ、サークルの中に入って」
 セレンの指示に従うと一際まばゆい光りで目がくらんだ。

――――。
 気がつくと、俺たちは光りの柱の中をゆっくりと下に下りていた。まるで未来のエレベーターのようだ。
 俺たちが向かう先から強い力の波動を感じる。それも聖石と同じ種類の力を。
 ノルンの肩にいるフェリシアが、
 (この波動。この気配。……セルレイオス様がいらっしゃるようです)
 (えっ。海神が?)
 (はい。マスター・ジュン。間違いないです)
 驚きを顔に表すと同時に下降が止まった。
 俺たちがたどりついたのは海底神殿だった。

 ギリシャにあるような壮麗な神殿を覆うように結界が張られて空気が存在し、俺たちでも中に入っていけるようになっている。ところどころから、海水が滝のように上から流れ、川となって再び海へと戻っているようだ。
 海底だというのにまるで水深一〇メートル地点のように妙に明るい。神聖な空気に包まれて厳かな雰囲気が漂っている。結界の外を魚たちが群れをくんで優雅に泳いでいった。

 「すごいな……」
と言ったきり、表現する言葉が出てこない。なんて幻想的で美しいのだろう。
 正面の神殿の中から強い力の波動を感じる。温かくも強い力。魔力とも瘴気とも違う聖石にとてもよく似た力だ。
 「客人よ。中に来るがいい」
 不意に俺たちの頭の中に男性の声が響き渡った。
 ヘレンが、
 「今のが……?」
と俺を見るので黙ってうなづいた。「海神セルレイオス様だ」
 転移陣から神殿まで石畳の道が続いている。俺を先頭におそるおそるその道を歩く。
 歩きながら、セレンに、
 「セレンは海神様にお会いしたことは?」
とたずねると、首を横に振り、
 「無いわ。そんな恐れ多いこと」
と言う。まあ改めて考えてみるまでもなく当然のことか。ヘレンだって信仰しているトリスティアに会ったことはないだろう。
 ふとヘレンの方を見ると緊張で顔がこわばっていた。その後ろを歩くシエラもそうだ。
 う~む。俺はなぜかそれほどの緊張感を感じないが。普通は緊張するもんだよな。

 神殿の入り口に立ちゆっくりと中に足を踏み入れた。
 中は大きな柱の林立する広間となっており、不思議なことに屋根を通り抜けて光が射し込んでいる。
 隅々まできれいに掃除されており広間の中央には泉があった。
 入り口で止まっていると、ゆったりとした服を着た一人の女性が歩いてきた。
 「海神セルレイオス様の神殿へようこそいらっしゃいました。私は使徒のマール。海神様がお待ちです。どうぞこちらへ」
と言って、その女性は俺たちを奥へと案内する。
 広間にはそのほかにも何人かの男女がいて、中には耳の辺りにエラのある人もいる。
 セレンの方を向くと、
 「人魚族ではないわね」と言う。先頭を行くマールさんはにっこり微笑みながら、
 「海神様の使徒ですわ。中には今の人魚族の先祖にあたる者もおりますね」
と教えてくれた。
 使徒か。今の口ぶりだと寿命が無いか、長寿なのだろう。
 マールさんは一直線に広間の奥の壇になっている所に向かっている。そこには玉座のような壮麗な玉座が在り、一人の隆々たる筋肉を持つ壮年の男性が座られていた。海神セルレイオス様だ。圧倒的な存在感と強い神聖な力の波動を感じる。

――海神セルレイオス――
 ステータス表示不可。
 創造神の眷属にして、ヴァルガンドの海を支配する。

 マールさんはセルレイオス様の前で優雅にひざまづいたので、俺たちもその後ろに並んで膝をつき頭を下げた。
 「セルレイオス様。お客人をお連れしました」
 「うむ。礼儀など堅苦しいことはよい。顔を上げ立ちなさい」
 いやいや、海神を前にそんなことはできない、よな?
 俺はおそるおそるマールさんをうかがうと、マールさんはにっこり笑って立ち上がり、俺たちにも、
 「大丈夫ですよ。お立ち下さい」
と言う。「いや、しかし……」と言うも、重ねて「さあお早く」と言われ、おそるおそる立ち上がり、壇上のセルレイオス様を見上げる。
 うん。まるっきりギリシャ神話に出てくる海神ポセイドンのイメージ通りのお姿だ。
 セルレイオス様は、よく引き締まった肉体に髭をたたえ、いたずらっぽく笑みを浮かべて俺たちを見下ろされている。
 「ははは。緊張することはないぞ。……どれ神力を抑えてやろう」
 すぐに俺たちを包んでいた力の波動が弱まっていき、圧倒的な存在感は感じるもののそれほどの威圧感は感じなくなっていく。
 セルレイオス様はゆっくりと階段を降りられて、俺たちの目の前までやってこられた。
 「……そなたら二人はすでに半分、我らの仲間だからな。もっと気楽にしてもらってもいいんだぞ? 聖石の力は上手く引き出せるようになったか?」
 そうは言っても、俺はうやうやしく、
 「はい。私はトウマという方に、ノルンはパティスという方に教導を受け、聖石の力をコントロールできるようになりました」
と申し上げると、セルレイオス様はうなづきながら、
 「そうか。トウマとパティスにな。……だがわれの見たところでは聖石との融合率は二割ってところだ。まだまだ強くなるはずだから精進は怠るでないぞ?」
 えっ? あれでまだ二割の力なのか? トウマさんとイトさんからはお墨付きをもらったんだが……。
 疑う気持ちが表情に出ていたのだろう。セルレイオス様は笑いながら、
 「なんだ。気づいていなかったのか? だいたい神の力の結晶たる聖石の力がそんなものなわけがあるまいよ」
とおっしゃる。まあ、確かにその通りかもしれない。
 セルレイオス様はゆっくりとセレンの前に進まれた。慌ててセレンが再び膝をつき頭を下げる。それをながめられ、
 「よいというに……。まあ海に住む者なら仕方ないか」
 「恐れ多いお言葉でございます。どうかこのままに」
 海神セルレイオス様は苦笑しながらひざまずくセレンを見下ろし、
 「うむ。ミルラウスの姫、セレン・トリトン・ミルラウスよ。よくぞこの者たちを連れてきたぞ」
 「ははっ。もったいないお言葉でございます」
 セレンの言葉を聞いたセルレイオス様はにっこりと笑みを浮かべられ、俺の方をちらりとご覧になった。……その瞬間、なぜか嫌な予感がする。
 「褒美に、そなたに新たな使命と力を与えよう」
 そうおっしゃると、いつの間にか手にトライデントをお持ちになり、その先端をそっとセレンの頭の上に載せられた。
 「海神セルレイオスの名の下にそなたに命ず。ジュンの従者となり彼の者を支えよ。求めに応じて妻となり子を成すがいい。」
 トライデントが光を放ち、その光がセレンに吸い込まれていく。セレンはその命令を受けるとその場でひれ伏した。
 「はっ。御命ぎょめい御心みこころのままに! 彼の従者となり妻となり支えます!」
 「うむ。……ジュンよ。この娘を頼むぞ。はっはっはっはっ」
 ……なぬ? まさか神様の命令でそんなのありか?
 ぽかんとしている俺の肩をノルンが叩き、
 「五人目決定ね」
とつぶやいた。見ると、ヘレンとサクラ、シエラの三人は微妙な表情になっている。

 セルレイオス様は笑いながら俺の所に来ると、
 「そして、これをお主にやろう」
と言って、トライデントの柄で床をトンっと叩いた。
 すると空中に全長三十センチほどの小さな帆船の模型が現れた。白い船体にところどころ銀の模様があしらわれている。
 しかし、この模型は一体……。疑問に思った俺にセルレイオス様は、
 「単なる模型ではないぞ。神船テーテュースだ。自由自在に大きさを変えることができるのだ」
 おいおい! そんな船を使っていたら大変な騒ぎになるんじゃないか?
 しかし、セルレイオス様は笑いながら自慢を続けられた。
 「ふふふ。しかも偽装機能付きだ。他にも秘密のギミックと魔法がわんさか仕込んである」
 セルレイオス様の漏らした言葉に思わず頬がひくつく。秘密のギミック……。一体なにが仕込まれているのだろうか。思わず、
 「まさか、俺たちで遊んでいらっしゃるんじゃ……」
とつぶやいたが幸いに聞こえなかったようで、フェリシアを見て、
 「おお! お主がフェリシアか。トリスが守護につけたという」
と興奮されていた。
 これは何を言っても聞いてもらえないような気がする。

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