19 お風呂とガールズトークとのぞきと

 「ふううぅぅ」

 思わず深く息を吐き出す。
 今、俺は宿にある露天風呂に入ったところだ。

 この露天風呂は日本の露天風呂と同じように、湯船の周りに大きな岩を並べ木で屋根を組み上げている。
 湯船の広さは五メートル四方といったところか。お湯の温度はややぬるめだ。本格的に暑くなる季節にかかろうとしており、昼間の熱気が残っているものの裸で洗い場にいても暑くも寒くもなく丁度いい気温だ。
 ここの露天風呂は男風呂と女風呂を木の壁で隔てているだけなので、女風呂の会話も男風呂の会話も互いに筒抜けになっている。

 湯船に浸かりながら空を見上げる。頭上の夜空には大きな満月が明るい光を差し込んでいる。

 「ふいぃぃ」
 俺の向かいにはトーマス。そして少し離れたところにはランド教官が入っていて、ケイムは湯船をすいーっと浮かんでいる。

 「気持ちいいなぁ。お風呂ってこんなにいいものだったんだなぁ」
 トーマスがしみじみと言う。俺も久しぶりなのでとても気持ちがいい。

 「冒険してるとな、屋外で温かいお湯が湧いているのを見つける時がある。川の側とか、湖の湖畔とか、火山の上り口とかな。安全を確保できれば今みたいにお風呂として入ることができるぞ」
 「へぇ。教官。そういうところって結構あるんですか?」
 「それほど多いわけではないな。場所によるから町を訪れる度にギルドで聞いてみるといい」
 「それはいいことを教えてもらいました。」
 うん。確かに火山から近いところとかはありえるな。今度は積極的に探してみるのもいいかも。

 少しすると板塀の向こうから喧しい声が聞こえてくる。向こうは向こうで女性陣が騒いでいるのだろう。

 「……あああっ。ヘレン。お、大きい……」
 「……あっ。シ、シエラ。か、神……神……がここに……」

 シーンとしている男風呂に女性陣の声が響き渡る。
 「う、うん。あれは聞かなかったことにしておこう」
 俺はこっそりつぶやいた。
 仕切りの板の向こうからお湯をパシャパシャする音が聞こえる。
 トーマスが、おそるおそる俺に言った。
 「な、なあ。ジュンさん。やろうぜ?」
 「え? 何を? ……まさか、トーマス」
 「の、ぞ、き、だよ!」
 いやいやダメだぞ。「それはダメだ」と言おうとしたら、お湯に浮かんでいたケイムが、
 「えう!? のぞきぃ?」
と話に割り込んできた。
 「……のぞき。えへ、えへへへ」
 ……こいつは変態か? ケイムの顔が赤くなっていて、鼻血が出るんじゃないか? トーマスが心配そうに「大丈夫か?」ときいている。
 話を聞いていたランド教官も近くにやってきて、
 「おう。のぞきか。……男は度胸だぞ。トーマス」
といってサムズアップする。トーマスも、
 「ええ。教官」と、サムズアップしながら答えた。

 俺が「いや。それはちょっとな」と渋っていると、トーマスが、
 「そりゃあ、ジュンさんはさ。ノルンさんとかヘレンさんの裸を見慣れてるかもしれないけどさ。それはベッドの上だろ? ……風呂は別だぜ?」
 「風呂は別……」
 トーマスの悪魔の囁きに俺は聞き返してしまう。

 「ほら。想像してごらんよ。湯煙の向こうにさ。ほんのりと桜色に染まるノルンさんとヘレンの肌に、温泉の水滴が弾かれててさ。月の光を浴びてキラキラして。……こう。恥ずかしげにタオルで隠してるところを想像してごらんよ?」

 湯けむりの向こうに月の光を浴びたノルンとヘレン……うっ。は、鼻血が出そうだ……。み、見たい! だけど……他人には見せたくないぞ! うう、見たいけど、見せたくない。

 俺が悶々としている間に、男三人は何やらコソコソと板壁の方へにじり寄っていった。

――――少し前。女性の脱衣場。

 「わあ。ノルンの肌って綺麗ねぇ」
 「何言ってるの? ヘレンだって、その胸! 私より大きいじゃない」

 私は服を脱いでいるヘレンの胸を見て、思わず自分の胸と比べてしまった。……小さいわけではないけど、ヘレンの大きい胸には負けるなぁ。

 その隣では、サクラがシエラと話しながら服を脱いでいる。
 「わ! シ、シエラちゃん。お、大きい。やっぱり大きいです!」
 「え、ええっと。そ、そう? サクラちゃんだって可愛いじゃん」

 驚くサクラの声に、私とヘレンもシエラの胸を見る。……さすがは竜人族、大きいわ。ヘレンとどっちが大きいだろう。

 「た、確かに大きいわね」
 ヘレンが思わずたじろぐ。が、サクラがいたずらっぽく、二人の手を引っ張って並ばせた。
 「ね、ヘレンさんとシエラちゃん。ちょっと並んでみてくださいよ」
 「うぇ? えっと」「い、いいわよ」
 私とサクラは並んで立っているヘレンとシエラを正面から眺める。うん。二人とも同じくらい大きいわね。私よりカップ1つぐらい大きい。腰のくびれはシエラの方が上。だけど、人族のヘレンには色気があるわ。

 「の、ノルンさん。二人とも大きいですっ。大きすぎます!」
 「そうね。サクラ。悔しいけど負けたわね」

 サクラはワーッと言って、二人の胸をあれこれ触って確かめようと手を伸ばす。二人は慌ててサクラの手から自分の胸を守ろうとしているが、ネコマタ忍者のサクラには叶わないようだ。

 「くすくす。楽しいわね」
 「こらぁ。ノルン。見ていないでどうにかしなさいよ!」
 その様子を見て笑っている私をヘレンが怒鳴りつける。それを見ているとますます笑いがこみ上げてくるわ。
 まあ、私たちのパーティーではヘレンとシエラがやっぱり大きいわね。次はカップ1つの差で私。そして、サクラの順番。サクラはこの中で一番小さいとはいっても、はっきりいって十分大きいと思うわよ?

 その時ドアが開いてトーマスたちのチームメイトのセレスたちも脱衣所に入ってきた。
 「あらっ? ちょっと遅れちゃった?」
 「いいえ。私たちもこれから入るところよ」

 セレスたちの目には未だに胸をさわろうとしているサクラと、守ろうとしているヘレンとシエラの壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 「ところで……何やってんの?」
 「ええとね。バストサイズの確認ってところかしら」
 「そ、そう。……ふうん」
 セレスたちは争いを横目で見ながら、いそいそと服を脱いでいく。そこにサクラが食いついた。
 「ああっ。セレスさんたち! いつの間にきたの?」
 「サクラ! 声が大きいって!」
 大声で叫ぶサクラにセレスが慌てて注意する。

 服を脱いだセレスたち。そうね、セレスとルンはサクラと同じくらいね。アイスは、やっぱりハーフエルフ補正があって絶壁、いや平原というのだろうか。

 さっそくヘレンとシエラの胸を見たセレスとルンは、自分の胸と比べると、指をワキワキさせながらヘレンとシエラに迫っていく。
 「あああっ。ヘレン。これは是非とも確認しなくてはならないわ!」
 「シ、シエラ。か、神……神の乳がここに」
 ヘレンとシエラは再び胸を隠し、涙目で後ずさる。
 「い、いや。ごめんなさい。勘弁して。マジで」「いやぁ」
 二人に迫るセレスとルンの頭をアイスがコツンと叩く。
 「コラッ」
 私は笑いながら、
 「そこまでにしなさいよ。みんな困ってるよ」
 「うっ」「ん。ごめん」
 ようやく大人しくなったセレスとルンだったが、ヘレンとシエラは私の後ろに隠れた。
 そこへサクラが暢気な声で、
 「ねえ。バカやってないで。早くお風呂はいろうよ!」
と言い、たちまちにみんなからジトッと見られる。
 「お前が言うな!」
 「す、すみません」

 脱衣所からみんな仲良く露天風呂へと移動する。空には満月が煌々(こうこう)と輝き、目の前には風情のある湯船の水面がキラキラと月の光を反射させている。

 「「「おお」」」

 思わず一斉に声が出てしまう。私たちはゆっくりと湯船に浸かった。

 「ああ。いい湯だわぁ」
 うっとりと私がいうと、みんなも同じように「はぁぁ」とか「生き返る」とか言っている。
 月の光の下で、私たちは思い思いに湯船に浸かりながらガールズトークを続ける。

 「あのう……」
 「うん? どうしたの? シエラ?」
 「その……ジュ、ジュンさんとの夜って、どうだったのかなぁって思って……そのう」
 湯船につかっているシエラは、真っ赤になって左右の人差し指の先をつんつんしながら聞いてきた。
 「そうね。……幸せだったと言っておくわ。ね? ヘレン?」
 「……否定はしないわよ」
 うふふと笑いながらシエラを見ると、シエラは鼻から下を湯船に沈めてぶくぶくと泡を吹いていた。
 何この可愛い生き物。と思って見ていると、シエラは顔を上げて恥ずかしそうに、
 「もう私は一人になっちゃったし……。それに命を助けてくれたし……。優しいし……」
とつぶやいている。さっきの宴会でもちょっと気にはなったんだけど、シエラの場合、仇討ちがあるっていいながら、第四夫人の席を予約させて下さいって言ってたのよね。
 ジュンは自分の称号のせいだって気にしていたけど、間違いなくこの子もジュンにれているわよ? ……もしかしたら父親の背中と重ねているのかもしれないけれどね。
 私はシエラに、
 「ふふふ。そうね。ジュンは強いし頼りがいがあるわね。……でもシエラの場合は、まだ憧れといったところかしら? そんなに焦る必要はないわよ。あなたの気持ちなんだから、いずれその答えが見つかるわ」
と言うと、そばで聞いていたヘレンも、
 「そうね。ノルンの言うとおりかもしれないわね。……まあ正直に言って時間の問題と思うけど」
と言った。私もそう思うけどね。
 いたずらっぽく、
 「あら? ヘレンの言葉を聞くと、なんだかジュンの手綱をきちんと握っておかないといけないような気がするわね」
と言うと、ヘレンが慌てて、
 「ノ、ノルンが第一夫人なのは変わらないわよ。……ね、だから落ち着きましょう」
と言った。
 ヘレンと漫才をしている間にシエラはしばらく何事かを考え込んでいる。きっと自分の気持ちについて考えているんでしょう。

 和気藹々わきあいあいと話をつづけていると、急に犬人族のセレスが鼻をクンクンさせる。
 「あぁ? …………」
と、次の瞬間。セレスの顔に青筋がピキッと浮き出る。隣のお風呂からかすかにジュンの声がする。
 「……な、な、やめ……」

 私は、何かな? と思って周りを見回すと、ヘレンは堂々と湯船につかっているが、サクラとシエラは状況がつかめていないようで、ハテナを表情に浮かべながらセレスを見ている。
 セレスはアイスに目配せをする。と、二人ともうなずくと、湯船から出て板塀の方へ近づいていく。

「のぞくんじゃねぇぇぇぇ!」
 セレスの叫びと同時に、アイスがわざと水魔法を暴発させて男性陣は板塀から吹き飛ばされたようだ。
 ……アイス。やり過ぎよ。板塀までぶっ飛んでるわ。
 しかもアイスは、そのまま威力を落とした水弾で男性陣を脱衣所まで追い込んでいった。

「どわぁぁぁ」「ひいぃぃ」「なんで俺までぇぇ」
 最後のはジュンの悲鳴ね。

「後でお仕置き」
 ルンがつぶやくと、せっかくのお風呂に入っているのに氷点下の世界にいるように寒気が伝わってくる。
「ほ、ほどほどにね」
 見ると、赤くなって両手で口を押さえていたサクラとシエラだったが、ルンの言葉を聞いて今度は青ざめてガクガクブルブルしている。

「ほら。サクラもシエラもオタオタしないの」
「ふわぃ! ……ヘレンさんは何で平気なんですか?」
「修道院時代にのぞかれるのに慣れているからよ。別に減るもんじゃないし……」
「さ、さすがはヘレンさんです。大人の余裕ですね!」

 なぜかシエラはキラキラした目でヘレンを見ている。が、次のヘレンの言葉を聞いて、真っ赤になって湯気を出した。
 「ま。ジュンにだったらのぞかれるのは平気だけどね」
 私も笑いながら、
 「ずるいわ。ヘレン。私だってジュンだったらばっちこいってところよ」

 するとシエラはますます赤くなる。
 「うう~。……お二人とも余裕ですね」
というと、そのままのぼせて湯船に倒れ込んでしまった。やだ。のぼせちゃったのね。

 「きゃっ! シ、シエラ! たいへん!」
 私はサクラと一緒に、慌ててシエラを脱衣所に連れ込んだのだった。

 ちなみに板塀はアイスの魔法によって石塀に作り替えられ、お風呂を出たセレスとルンによって、トーマスとケイム、ランドさんは廊下で正座させられていた。
 ジュンは……私たちが引き取って、お部屋で事情聴取という名目でヘレンと二人でべたべたとくっついて堪能させていただきました。

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