22 激嵐

 あと二日ほどでルーネシアに到着するという時、にわかに天候が崩れ始めた。

 俺たちは船長室に集まり、サポートシステムの映し出した天気図を眺める。
 「ううむ。ルーネシア全体が巨大な台風に包まれているな」
 目の前のスクリーンの特徴的な渦巻きを見ながらそうつぶやく。
 「……あ、あの。ジュンさん。台風ってなんですか?」
 後ろのシエラからそう質問が飛んだ。振り返ると、どうやら他のメンバーも何のことかわかっていないようだ。……サクラよ。得意げな顔をしてもダメだぞ?
 俺は微笑んでスクリーンを指さす。
 「気圧とかの説明は面倒だからしないが、つまりは巨大で烈しい嵐ってことだ。空から見ると、このように特徴的な渦巻き状になるんだ」
 みんなが感心している間に、サポートシステムに、
 「この台風の中心気圧と予想進度はわかるか?」
 「はい。……中心気圧は八六〇ヘクトパスカル。瞬間最大風速一三〇メートル」
 おいおい。なんだその猛烈な強さは? 思わず開いた口がふさがらなくなる。
 「予想進度は……、過去三日間の観測からその場に滞留する見込みです」
 「……は?」
 「その場に滞留する見込みです」
 改めて気を引き締め、目の前の天気図をにらみつける。
 「過去三日間の気圧配置の移動を表示してくれ」
 「かしこまりました」
 うんうん。どうやらヴァルガンドも地球と同じく西から東へと気圧が移動しているようだ。が、ルーネシアの台風はそれを無視して居座り続けている。
 これは間違いなく何かの原因、もしくは誰かの仕業だろう。……もしかして俺たちが遭難したのも同じ原因か?
 「セレン。俺とシエラが漂流したとき、海竜王とミルラウスの人魚族が何かと戦っていたろ?」
 「……ええ。そうよ。瘴気を海に垂れ流していた奴がいて、そいつを追いかけていたのよ」
 「瘴気、か」
 俺は瘴気視で船の前方の雲を眺めるが、風が強くてよく見えなかった。瘴気だとすれば、あの嵐は暗黒の天災グラナダの仕業かもしれない。もしこの台風も奴の仕業なら……。
 そう考え込んでいると、サポートシステムが、
 「表示の図面に瘴気の観測データを重ねます」
 「って瘴気の観測できるのかよっ!」
 それなら早くやってくれ。そう思いつつ目の前の天気図を見ると、台風の中心部に瘴気だまりが発生しているのがわかった。
 台風の目の位置は……、ルーネシアの首都だ。
 「みんな聞いてくれ。現在、ルーネシアは猛烈な台風に包まれている。おそらく多くの人々が被害を受けているはずだ。……しかもこの台風は暗黒の天災グラナダの仕業の可能性がある」
 俺の説明に、ノルンたちの気が引き締まっていくのは感じられる。
 「これから速度を上げてルーネシアの首都に向かう! 接敵次第で戦闘になると思われるからそのつもりでいてくれ」
 「「「「了解!」」」」

――――。
 海洋王国ルーネシア。その王宮。

 国王パトリス・シエル・ルーネシアは、その執政室で宰相や大臣たちと会議をしている。どの表情も暗く、外からは猛烈な風の音と何かがぶつかる音が聞こえる。
 「おかしいぞ。この台風は移動する気配がない。過去にこのような事例はあるか?」
 中央の席の国王の諮問しもんに、宰相が、
 「過去の記録を調査しましたが、このようなことは初めてでございます」
 渋い顔をする国王は、
 「……今日で三日目。国内の被害状況を説明せよ」
と命じる。再び宰相が、
 「把握できておりますのは、土砂災害十六箇所。猛烈な風のため歩くこともできない状況です。各島はおろか本島内の町や村との連絡手段も断たれております。首都ルーネシアの被害は建物損壊が四十八件、死者・行方不明者は不明です。多くの国民が結界の張ってある教会へと避難している模様です」
 「つまり、具体的な状況はまったくわからないというわけか。この王宮も結界があるが、このままだと台風はしのげても食料は飢え、疫病が蔓延まんえんする危険がある。……宰相よ。遠距離通信の魔道具で各国に物資支援要請を頼む」
 「ですが、到着する頃には。……いえ到着できるのかさえ」
 言いよどむ宰相に国王は、
 「あきらめてはならぬ。海神セルレイオスさまの加護を信じようじゃないか」
と言い聞かせる。
 その時、会議の席に座っていた一人の男が、
 「恐れながら、陛下、よろしいでしょうか?」
 「うむ。マール海洋大臣か。いいぞ」
 「はっ。……これは王宮の天文官からの未確認情報ですが、この首都の上空に邪な気配を持つ巨大な何かがいるのではないかと」
 「なんだそれは?」
 「未確認なのでなんとも申し上げられませんが、上空の雲間から黒い鱗に覆われた生物らしきものの目撃例がございます」
 それを聞いていた海洋大臣の正面にすわった体格の良い男が、
 「もしや、そいつがこの台風の原因か?」
とつぶやいた。海洋大臣は、
 「将軍。気持ちはわかるが、それ以上の情報は無いのだ。もっとも原因だったとしてもどうにもなるまい」
と答える。それを聞いていた国王が、
 「いや。そうでもない。原因がわかれば少なくともこの国から移動させる手段があるかもしれぬ。……宰相よ。上空の監視を強化してくれ」
 「かしこまりました。陛下」
 国王は全員の顔をながめ、
 「この国の存亡の時だ。どんな小さな情報も見逃さないようにしてくれ」
 「「「はっ」」」

――――。
 荒れてうねる海上を純白の船が突き進む。
 帆はたたまれているが、その進路にゆらぎも遅滞もない。
 「結界機能作動。天候操作機能は妨害されています」
 この船長室から結界の外を見ると、強風で海水が竜巻のように巻き上げられている様子が見える。いや、そもそも見える範囲で竜巻が六本発生しているのが見える。
 雷が鳴り、雨だけでなくひょうが降っているところもあるようだ。
 波が逆巻き、三〇メートルを超えるような巨大な波が幾重いくえにも押し寄せている。

 遠くに見える島が激しい雨でかすんでみえる。
 だが俺の瘴気視ではその上空に渦巻く瘴気と、そこにいる巨大な蛇の影を映し出していた。

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