26 ルーネシアへの入国

――――。
 ルーネシア国王パトリスは、突如として何かが爆発するような音がして慌てて執務室の窓から空をのぞいた。
 「な、なんだあれは!」
 王国をずっと覆い尽くしていた雨雲が吹き飛ばされ、晴れ間が見えたと思ったら、その真ん中に翼を持った巨大な蛇の化け物がいたのだ。

 「陛下! 危険です避難して下さい!」
 慌てて侍女や騎士たちが執務室に入ってくるが、パトリスはそれを手で制した。騎士団長と侍女長も急いで部屋に入ってくる。
 「よい。あのような化け物がいてはどこにいようと無駄だ」
 「しかし!」
 「よい! それより皇太子らを避難させよ。……私はここで何が起こるのか見届けたい」
 パトリスがそう言うと、侍女長も騎士団長もぐっと唇をかんだ。騎士団長が、
 「お前たちは皇太子殿下らを急いで避難させよ!」
とそばの騎士に命じる。「「「はっ!」」」と短いいらえがかえり、三人の騎士が執務室から出て行く。
 騎士団長が、
 「陛下。では私もご一緒申し上げます」
と言うと、陛下は苦笑いしながら、
 「うむ。まさかあのような化け物が頭上にいたとはな」
と言って、イスを窓際に持ってこさせて座った。
 ここからではよく見えないが、まばゆく光る何かが蛇の化け物と戦っているようだ。時たま赤い炎がきらめいているのがわかる。
 突如として、海の方から凄まじい光線が放たれた。
 その衝撃がビリビリと王宮の窓を揺らす。それを見て騎士団長が驚いて、
 「な、なんだあの魔法は!」
と小さく声を漏らした。
 すると、今度は巨大な蛇の化け物が何かに吹っ飛ばされるように、一直線に海の方へと吹っ飛んでいく。いつの間にかその身の半分ほどが断ち切られている。
 「まさかあれと戦っている者がいるのか?」
と騎士団長が呆然とつぶやいた。パトリスは祈るように、
 「もしそうなら神であろう。……ならば我らはまだ見捨てられてはおらんということよ」
と言った。
 しばらくすると王宮の上空から幾重いくえもの光輪が、まるで波紋のようにどこまでも広がっていく。その神々しい光景に、パトリスと騎士団長、その場の人たちが一斉に床の上にひざまづく。
 「「おお! 神よ!」」
 手を組んで祈りを捧げると、ひときわまばゆい光が世界を覆った。
 「へ、陛下! あの化け物がいなくなっておりますぞ!」
 騎士団長の言葉に海の方へと視線を向けると、確かにそこにいたはずの黒い蛇の巨体は姿形すがたかたちを消していた。
 「たすかったのか?」
 呆然としながらそうつぶやいたパトリスは、慌てて侍女長に命じる。
 「宰相の所へ行き、状況の確認と被害状況を調査しろと命じておいてくれ!」
 「はいっ!」
 慌てて走って行く足音を背中に聞きながら、パトリスは空を見上げた。
 「はは、は。……奇跡だ! 神の奇跡だ!」

――――。
 まだ嵐の影響で濁った海の上に純白のテーテュースが浮かんでいる。

 ノルンと一緒にその甲板に降り立つと、すぐに船長室からサクラを先頭にみんなが飛びだしてきて抱きついてくる。
 「マスター! お帰りなさい!」「心配したじゃない!」「良かったです!」
 出遅れたセレンが笑いながらやってきて、
 「ふふふ。私も。えいっ」
 その様子をノルンが横で微笑みながら見ていた。

 船長室に戻って、俺は仰天した。
 なにしろ船舵が無くなっていて、代わりにスクリーンの前にイスが並んでいるんだよ。
 あとでサポートシステムに確認すると、船長室が戦闘指揮所に展開したとのことで、思わず遠い目をしてしまった。
 空を飛んだのはヘレンたち三人の持つ神竜王のブレスレットのお陰らしい。
 エネルギー残量が一〇%を切ったということで、ノルンが宝玉に聖石の力を充填するために中甲板へ向かった。
 嵐と戦闘の余波で、海は時化しけ状態だが、立ちこめていた暗雲がきれいに晴れ、風も穏やかになっている。
 目標のルーネシアもすぐそこ。早速、サポートシステムに命じて帆を張ってルーネシアに向かった。

 船長室でみんなとムシュフシュとの戦いを振り返っていると、メインマストの一番上にいるフェニックス・フェリシアから念話が入った。
 (マスター・ジュン。三隻の船が近づいてきます)
 (船? わかった。ありがとう)
 早速、窓から正面をのぞくと確かに三隻の帆船がルーネシアの港からこっちに向かっている。
 広げられた帆には南十字星にしゃちの紋章がついているようだ。あれがルーネシアの国旗だろうか。
 不意にノルンが、
 「ねえ。ちょっと思ったんだけど。ムシュフシュと戦ったのが私たちだと知られたら大騒動にならないかしら?」
とぼそっという。途端にその場が静かになった。

 ……ヤバイね。間違いなく大騒動になるね。っていうか、こんな船に乗っている時点で騒動になりそうだ。俺たちは自由な冒険者でいたい。決して勇者とか英雄にはなりなくないんだ!
 ノルンに、
 「見られたかな?」
ときいてみると、ノルンは右手の拳を可愛らしく握って額に押し当てて考え込んだ。
 「……私とジュンは大丈夫だと思うわ」
 ヘレンが、
 「テーテュースは?」
とおそるおそる言うと、ノルンはにっこり笑い、
 「見られてる可能性あるわね」
と言った。まずい。まずいぞ。それは! しかも急いで対応を決めないとルーネシアの船が来てしまう。
 黙り込んでいたセレンが、
 「じゃ、こうしましょ。……この船はミルラウス王家所属ってことにしといて、何か聞かれたら国防機密ってことでどうかしら?」
 「おおう! ざっくり来たな!」
と突っ込むと、セレンは、
 「大丈夫だと思うわよ。ムシュフシュも海竜王さまとミルラウス軍が退治したことにすればいいじゃないかしら」
と笑った。ううむ。そうか? 確かに海竜王とマーメイドたちが戦ってくれたが……。
 俺が言いよどんでいると、ノルンが俺の肩を叩く。
 「それしかないわね。みんなもいい? この船はミルラウス所属にしておくこと。ムシュフシュは海竜王とミルラウス軍が退治したことにします」
 「わかったわ」「「はい! ノルンさん」」
 ヘレンたちも納得したようだ。俺も「わかった」と言う。
 セレンは思い出したように、
 「あっ、それから私がミルラウスの姫だってのは内緒でね? めんどくさいから」
と言う。ああ。それはわかる気がする。だが……、
 「それなら船長はセレンにしておいた方がいいな。俺たちは所属がエストリア王国になってるから」
と言うと、セレンが少し考えて、
 「仕方ないわね。でも代理にしておいて。海神様があなたに与えられた船だから、船長は秘密でもいいけれどジュンがなるべきよ」
と肩をすくめた。一連の会話を聞いていたサポートシステムが、
 「それでは本船の船長代理をセレン様に設定します。なおミルラウス王家のトライデントの紋章を船首と船長室に設置し、メインマストに旗を掲げます」
と告げる。すると、船長室の後ろの壁がガコンと引っ込み、そこにトライデントをかたどった銀製のプレートがせり出した。

 それから少しして、ルーネシアの船が近づいてきて、
 「こちらルーネシア王国入国管理局です。そちらの船は停船して下さい」
と呼びかけられた。拡声の魔法か魔道具だろうか。
 俺が指示するまでも無くサポートシステムが船を停船させると、一隻の管理局の船がすぐ横までやってきた。残りの二隻はテーテュースを挟むように少し離れた位置で待機している。……って、これ警戒されてるよね?
 船長室から甲板に出ると、管理局の船の船べりに制服を着た男性が現れ、
 「失礼する。さっきまで化け物が暴れていたが、そっちの船は大丈夫か?」
と声を掛けてきた。
 どうやら俺たちが戦っていたとは悟られていないようだ。
 俺は内心で胸をなで下ろし、
 「ああ。かなり揺れたが大丈夫だ。……まさか海竜王様が現れるとは思いもしなかったよ」
というと、男性はうなづき、
 「そうか。あの攻撃は海竜王様だったのか。……すまぬが所属を教えてくれ」
 「こっちはミルラウス王家の所属だ」
 「な、なに! ミルラウス王家所属? ま、まさか王族の方が?」
 「いや。乗船はされていないよ。ただちょっと用件があってね。ルーネシアに入国したいんだがいいだろうか?」
 男性は慌てた様子で、
 「ちょっと待ってくれ。すぐ港に連絡するから!」
と引っ込んでいった。ばたばたと甲板を走る音が聞こえ、すぐに戻ってきた。
 「了解だ。この船が先導するからついてきてくれ。……君が船長でいいのか?」
 そこへセレンが割り込んできた。
 「船長代理は私よ」
 優雅な足取りで俺の隣に歩いてきたセレンは、男性を見上げて、
 「船長代理のセレンよ。先導をよろしくね」
 そういってセレンが笑いかけると、なぜか男性は頬を赤らめて、
 「わ、わかった。ではついてきてくれ」
と言って再び甲板に引っ込んでいった。

 ルーネシア入国管理局の船に囲まれながら、テーテュースが首都ルーネシアの港へ入っていく。
 三日間も暴風雨にさらされて、街全体はすさまじい被害を受けたようだ。道路にはどこから飛んできたわからないような木材や土砂が積もり、街路樹が折れ、建物の屋根が吹き飛んでいるところもあるようだ。
 ムシュフシュを倒してようやく嵐が終わり、人々がおそるおそる街中に出てきている様子が見えた。
 これは復興するのに時間がかかるな。

 指示をされた桟橋に停泊し、タラップをみんなで降りていくと、先ほどの入国管理局の男性が待っていた。
 先ほどは急用だったのでセレンの恰好も上はビキニトップだったが、今はノルンから古代ギリシア風のゆったりした服を借りて身につけている。

 ちなみに俺たちがいない間のテーテュースは小さくしてアイテムボックスに収納というわけにも行かないので、サポートシステムに命じて封印状態としてある。ごく狭い範囲の結界を張り俺たちのほかは誰も乗船できないようになっている。

 俺たちは男性に連れられて、入国管理局の建物へと入っていった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です