27 ルーネシアの夜

 ギルドカードを提示すると、俺たちの所属がエストリア王国だったので驚かれたが、結局、この後でまとめて説明することにした。ちなみにセレンはギルドに登録していないのでカードの提示はできなかったが、(外行き用の)ミルラウスの身分証明書があったので問題はなかった。
 管理局の受付を通り奥の会議室の一つに案内されると、早速、いままでの経緯を説明することになった。

 ベルトニアでサメ退治の依頼を受けたこと。漁師の船で海に出てサメと戦ったこと。
 一匹目のサメを退治したら、バカでかいサメが現れたこと。
 そして、その後、霧に包まれて幽霊船セルレイオスと遭遇したこと。船での幻影と船長トリスタンとの会話。そして、トリスタンの日記のこと。それから、いつのまにかボートに乗っており、嵐に遭難したこと。
 ここからは事前にみんなと打ち合わせたとおりに、無人島パラディーススのことや海神の聖域のことは内緒にして、かわりに嵐の中でたまたまテーテュースに乗るセレンに助けられたことにして、トリスタンの最後を伝えるためにルーネシアに向かったことにした。

 管理局の人は、船喰いと呼ばれるバカでかいサメの話を聞いて、心底驚いた様子だった。どれくらいの大きさで、どの辺りに出没したのかをしつこく質問されたが、どうやら超大型のサメで、正式にはギガシャークというらしい。通常は深海にいて、めったに浅いところには出てこないそうだが、暴れ出したら深刻な被害が出てしかも生存者がほとんどいないために襲われたことすらわからないことが多いらしい。

 そして、セルレイオスの話になると、管理局の人はひどく神妙な面持ちとなった。……特に船長。ルーネシア現国王の弟であるトリスタンとの会話になると、しばしばと遠い目をしていた。

 「トリスタン様は三十年近くも海をさまよって……」

 管理局の男性はそうつぶやいて、ノルンが証拠として見せた日記の表面を大切そうに撫でていた。

 「この日記は、トリスタン様から君たちが預かったものだ。是非、トリスタン様の依頼を達成して欲しい。……それとこの件はすぐに王宮に報告することになる。まず間違いなく、君たちにも呼び出しがあると思うから、できたら滞在先を教えて欲しい」
 管理局の人の言うことはもっともだ。王宮への報告となればトリスタンの日記に出ていた壁画を拝見するチャンスがあるかもしれない。こちらとしても願ったりだ。
 「申し訳ないですが、俺たちはルーネシアのことを知らないので、むしろおすすめの宿を指定してもらえればそこに泊まりますよ」
と言うと、マリンブルーという一軒の宿を紹介してくれた。別の管理局の人に知らせて、先に宿の部屋を予約してくれるらしい。ラッキーと思ったが、よく考えたらトリスタンの日記を持つ俺たちを粗末に扱うわけにはいかないのだろう。

 特段、船から積み荷を降ろして商売するとかはないので、入国に当たっての審査はこれで終わった。
 早速、おすすめの宿マリンブルーに向かって港前大通りを歩いた。

 「おや? 宿屋マリンブルーへ、いらっしゃい!」
 宿の扉を開くと、よく日に焼けた若い女性が一階の食堂の掃除をしていた。暴風と高波が襲ったのだろう。あちこち土砂やら、吹っ飛んだイスやらでひどい有様だ。
 こんな時に悪いなぁと思いつつ、
 「ああ。宿泊を頼む。……これ。よろしく」
と管理局でもらった書状を手渡した。
 「管理局の……。わかったわ。今日の分は費用も管理局持ちとなるわ。でも食事代は別。それと明日以降は一泊二日朝食付きで、一人一万ディールになるわ」
 「わかった。とりあえず……そうだな、二週間分を先に支払おう」
 俺がお金を渡すと、若い女性――娘さんらしい、が、
 「あの嵐の中をよく無事に航海できたわね」
と感心していた。

 二週間分を支払った俺たちは、食事を済ませた後、部屋に備え付けの風呂で体を洗った。お風呂から出た後は急激な眠気に襲われ、何をすることもなくベッドに突っ伏した。

 この街の惨状では観光とは行かないだろう。とりあえず明日はゆっくりしてからギルドに挨拶に行こう。
 俺は、そんなことをぼんやりと考えながら、深い眠りに落ちていくのだった。

――――。
 夜半過ぎ。ジュンの部屋。

 今日は疲れているだろうからということで、ノルンの采配により、珍しくジュンは一人部屋だった。

 窓からは嵐の後の澄み切った夜空が広がっている。
 空には半月が浮かび、港大通りに面した宿屋マリンブルーからは、月の光に照らされて眠る夜の港を見渡すことができる。
 ようやくの晴れ間となったが、今日ばかりは人々も復興よりも、ようやく訪れた平穏な夜に安堵して静かにしている。今はただ波の音と波止場に停泊している船が揺れる音だけが聞こえる。

 不意にジュンの部屋の中で何かが動いた。

 体長五十センチくらいの黒い猫だ。暗がりの中でその瞳だけが浮かぶように光っている。
 猫はゆっくりとベッドの側まで来ると、ひょいっとベッドの上に飛び乗る。
 ベッドの上では、風呂上がりのジュンがシャツとパンツの下着姿で仰向けになっている。マッチョというわけではないが、しっかりと筋肉のついた胸が寝息とともに上下している。

 猫はジュンの顔の側まで進むと、しばらくじっと寝顔を見ている。
ゆっくりと両目を閉じ、再び目を開くと、ジュンの顔をピチャピチャとめだした。

――――。
 「う、う~ん。……ん? ひゃっ」

 何かが顔を撫でている感触に、眠りに沈んでいた意識が浮かんでくる。ぼうっとしながら何となく目を開け、はっと跳ね起きた。そっと顔をさわるとれている。

 俺がゆっくりと振り返ると、そこにはちょこんと一匹の黒猫がたたずんでいた。
 「ニャー」
 黒猫が一声鳴く。優しく黒猫を抱き寄せて膝の上に座らせると、。黒猫と目が合った。
 「どうした? サクラ? 突然びっくりしたぞ」
と声を掛けるながら、黒猫サクラの喉を撫でてやる。サクラは気持ちよさそうに目を細めると、ゴロゴロと喉を鳴らした。

 (マスター。……私、発情期が来ました)

 サクラの念話に、一瞬、ジュンの指が止まる。その止まったジュンの指を、サクラはぺろぺろと舐めだした。
 俺はサクラのつややかな毛をそっと撫でると、サクラはブルブルッとふるえる。俺はそっと微笑んで、サクラを床に下ろす。
 「おいで」
と短く言うと、喜びに満ちた念話が送られてくる。
 (はい! マスター! ……変化!)
 サクラはいつもの美少女の姿に変化する。今は、薄い長襦袢のような寝衣を一枚だけ羽織っている。広く胸元が広げられており、月の光に照らされた胸元が艶めかしい。
 サクラはゆっくりとベッドの上に乗ると、俺の隣できれいな正座をした。そろえた膝の前に両手をついて、
 「ふつつか者ですが、末永くご寵愛ちょうあいたまわりますようにお願い申し上げます」
ときれいな姿勢で「真」のお辞儀をしてきた。
 ふふふ。やっぱり妖怪には日本の礼儀作法やら文化が伝わっているようだ。俺は感心しながらも、
 「こちらこそ。よろしく頼む」
と言うと、サクラはゆっくりと顔を上げた。その顔は発情期を迎え、すでに赤く興奮しているようだ。
 そのままサクラを抱き寄せてベッドの上に倒れ込み、ゆっくりとその唇を奪う。
 唇を離し、組み敷いたサクラの上気した顔を見ながら、
 「サクラ。これからも俺のそばにいてくれ。ノルンたちとともに」
というと、サクラはにっこり笑い俺の首に腕を回し、
 「はい。マスター。私の身と心はマスターのために」
と俺を引き込んだ。
 再び唇を重ね、窓から差し込む月の光が見守る中、俺はサクラと結ばれた。

 行為の後のどこかけだるい雰囲気のなか、サクラがいとおしげに俺の胸に頭をすりつけ、
 「マスター。……大好きです。愛しています」
と言う。
 「サクラ。俺もだよ」
 俺の言葉を聞いたサクラは、えへへと笑いながら、恥ずかしそうに鼻から下を布団で隠した。
 「私。人族と比べると長く生きてきたんですけど、そのぅ。本番は、初めてで……」
 普段のエロに走りがちな雰囲気とは違うサクラに、
 「かわいいよ」
と、再び強く抱き寄せて唇を奪い、そのまましなやかな体を求めた。

――――。
 部屋に朝の光が差し込んできた。

 「コンコン」
 部屋のドアを誰かがノックする。

 しかし、俺とサクラは気づかずに、穏やかな寝息を立てて眠っていた。

 ノックの音が止まると、鍵がかかっていたはずのドアが静かに開き、四人の女性がゆっくりと入ってきた。
 ベッドを取り囲んだ四人はそっと掛け布団をつかむと、

 「起きなさい!」「起きろー!」
 大きな声とともに掛け布団が引きはがされ、俺とサクラは裸のままでビクッと飛び起きた。
 「うわっ!」「きゃっ!」
 跳ね起きた俺たちは慌てて体を掛け布団で隠そうとするが、手元には見当たらず、あわあわと手で大事なところを隠した。
 顔が真っ赤になっているのがわかる。

 ノルンとヘレンは俺たちを見て楽しそうに笑い出し、シエラは「キャッ」と言いながら、両の手で自分の目を覆い、真っ赤になって、指の間からチラチラとのぞき見ている。
 セレンも顔を赤くしつつも、「うふふ」と声を漏らして舌なめずりしながら、俺の体をじっくりと観察していた。
 な、なんだこの見世物は。
 「早く布団をとってくれよ!」
とノルンに訴えると、ノルンとヘレンが布団をかけてくれた。
 サクラは真っ赤になって、鼻から下を布団で隠して、目の前にいる四人の女性をキョロキョロと見渡している。

 「サクラったら、昨夜は抜け駆けね」
 ノルンが、目をキョロキョロさせているサクラに笑いながら話しかける。サクラはそれを聞いて、すぽんと頭から布団を被り、布団の中から返事をした。
 「ふわぃ。すみません。……発情しちゃいました!」
 それを聞いたノルンは笑いながら布団をめくり、サクラの顔を出すと目を合わせる。
 「ふふふふ。……いいのよ。どうせ貴女の順番だったしね」
 横から、ヘレンが笑いすぎて目尻から出ていた涙をこすりながら、俺に、
 「ノルンも私もご無沙汰だから、早いうちにお願いね」
 それを聞いていたシエラが慌てたように、割り込んでくる。
 「あっ! ジュンさん。約束です。宿に着いたら抱いてくれるって!」
 シエラ! ここでそんなことをばらすな!
 思わず、浮気がばれた駄目男のように落ち着かなくキョロキョロしている。と、ノルンが俺の頭にチョップをしてきた。
 ……ポスッ。
 「はいはい。落ち着きましょう。貴方はどっしり構えていなさいな。……いいわね」
 「あ、ああ。……悪い」
 その様子を見て、また四人の女性は笑い出した。
 ヘレンが背伸びをして、
 「さあってと、じゃあ先に食堂に行っているから。着替えて来てね」
と先に部屋を出て行くと、ノルンたちもそれについて出て行った。
 ベッドの中で取り残された俺とサクラは、真っ赤になったままでお互いを見つめ合い、そして、ふへぇぇと大きなため息をついて、脱力するのであった。

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