29 遺跡の壁画

 ニフラムさんが、そのまま王宮の廊下を進んでいく。
 「では、このまま遺跡の方へご案内します」
 廊下を抜け階段を降りて小さな庭園を通り抜けていく。庭園の奥には小さな泉がありそこに下に降りていく階段があった。

 ランプを持ったニフラムさんは、その側まで行くと一度立ち止まる。
 「ここが海神の洞窟です。王家の聖地ですので、あちこち触られませんように」
 「はい。わかりました」
 「では、壁画の間までご案内します」

 ニフラムさんを先頭に階段を降りていく。階段の脇には泉から流れこむ小さな水路があった。
 階段を降りると約二十畳ほどの広間になっていて、その壁際の水路を水が流れていく。

 正面の壁には、魔法の光に照らされて大きな壁画が描かれていた。
 壁画は、向かって左と右とで構成が変わっている。
 左側は晴れた空が描かれており、海の中を様々な魚たちが泳いでいる。しかし、対する右側には、空は暗く稲光がひかり、海には波が渦巻いている様子が描かれている。その海の中には、どす黒く描かれた魔物が牙をむいている。
 壁画の中央付近では二人の人物が描かれている。左には海神セルレイオスと思われる引き締まった身体を惜しげもなく露わにして、三叉の銛を構える人物。右側にはボロボロの黒いフードをかぶった人物が対峙している。

 ニフラムさんが壁画の側に進んで説明をしてくれる。
 「この壁画はルーネシア建国以前よりあったものです。もともと現王家が代々守ってきた壁画だそうです。こちらの人物が海神セルレイオスです。対する不気味な人物は、残念ながら失伝しており、いかなる存在であるのかわかっておりません。セルレイオスと対峙していることから、海に生きる生物にとっても、我々にとっても敵となる存在。海の悪魔であろうと思われます」
 黒いフードの人物を見て、セレンが呻くように言葉を漏らした。
 「海の悪魔フォラス」
 フォラスか。……たしかにナビゲーションで名前だけは確認できた。「呪恨の天災フォラス」と。

 俺達は壁画の中央のセルレイオスと海の悪魔の絵に近寄って、じっくり見た。
 セルレイオスは背を向けており、顔をうかがい知ることはできない。だが、輝く金色の巻毛、広い背中、手に持つ三叉の銛。実際に会った姿より、壁画の方が若く描かれているようだ。
 対する海の悪魔には、どこか底しれない不気味さと悪意とが感じられる。……あたかもこの世のすべての生き物を呪うような。
 壁画を見ていたセレンが、フォラスについての伝承を説明してくれた。

 「はるかな昔に、海を汚し、多くの強力な魔物を生み出した存在があった。それがフォラス。……一体、どこから来たのか。いかなる力を持ち、何のために魔物を従えて海を汚したのか。一切不明な存在。こいつによって、海に生きる生物が魔物に駆逐されて行った時、セルレイオス様が降臨されて激しく戦ったと言われているわ。
 その結果、セルレイオス様がフォラスを封印し、海には生き物が戻ったとされている。きっとこの壁画は、その戦いを描いたのでしょうね。
 ちなみに、同じような壁画が、私の故国、海底王国ミルラウスにもあるわ。我がトリトン家のご先祖様も、おそらくルーネシア王家の先祖も、セルレイオス様とともに戦ったのでしょう」

 その説明を聞いたニフラムさんが、セレンにお礼を言う。
 「セレン様。ありがとうございます。この黒いローブの人物は海の悪魔フォラスというのですね。早速、陛下にお伝えいたします」
 「いいのよ。そんなに大したことでもないから」
 しばらくその壁画を拝見して、俺たちはニフラムさんにお礼を言って王宮を辞した。

――――。
 夕刻。宿には昼間の復興作業に疲れた人々が集まり、思い思いに食事を取っていた。

 俺たちも王宮から真っ直ぐにギルドに行き、ベルトニア・ギルドへの生存報告をお願いするとともに、掲示板にあった復興手伝いの依頼を受けていた。
 ……まあ、ノルンの魔法が大活躍したとだけ言っておこう。

 ビールを片手にみんなで夕食をとっていると、上品なエンジ色に金の縁取りのあるフードをかぶった若い女性が、俺達のテーブルにやってきた。

 「こんばんは。……ちょっといいかしら?」
 「ん……?。ああ。いいよ」

 女性は、一声ことわって隣のテーブルに座った。フードからのぞく顔はノルンたちに負けないくらい美しい。歳の頃は二十二、三才だろうか。
 光沢を帯びた銀色の長い髪。色白のほっそりした指に、宝石のついた指輪をいくつもしており、金色の腕輪を手首にかけている。

――占い師????――
 妙齢の女性の占い師。??が世を忍ぶ仮の姿。

 誰? この人。
 「貴方たちが、うわさのハーレムパーティーね。……私は、占い師。名前は何でもいいわ」
 占い師はそういっていたずらっぽく笑いながら、俺の顔を見つめた。そして、なぜかノルンに笑いかけた。
 「それにしても、本当に美しい女性ばっかりね。……みんな、あなたの愛人? 夜の方も凄いのかしら?」
 「い、いや。愛人っていうか。……婚約者さ」
 「へぇ……。でも、いい子ばかりね。それに仲が良くて、あなたを愛しているのね……。ふふふ。ご馳走さま」
 そう言って、占い師はあでやかに笑った。
 「ああ、ありがとう。……で、何の用かな?」
 「ええ。英雄・・の運命を占ってみたくてね。お代はいらないから、占わせてくれないかしら?」
 その一言に俺は警戒した。英雄だと? 俺たちがムシュフシュと戦ったのは誰も知らないはず……。この占い師は一体?
 俺は思わず、みんなの顔を見ると、サクラが元気よく、
 「はいはーい! 占って欲しいです!」
と手を上げた。思わずガクッとなってしまったが、まあ、いいか。
 「じゃあ、お言葉に甘えて占ってもらおうかな。……お代は?」
ときくと、占い師は、
 「あら。こんなにお嫁さんを持つくらいだから、それくらいの甲斐性はあるのね。……ふふふ。これはサービスよ。私も別にお金に困っているわけじゃないのよ」
 「そうか。なんだか悪いな」
 占い師は微笑みながら、肩からかけていた鞄から水晶玉を取り出した。

 ノルンがその水晶玉を見て、女性の顔を不思議そうに見ている。
 「ふふふ。なあに? 私の顔になにか付いているかしら?」
 ノルンの視線に気づいた占い師が、ノルンに笑いかける。
 「い、いいえ」
 ノルンは口ごもり、それでも占い師の顔を見つめていた。占い師は微笑んで、
 「ふふふ。まあいいわ。じゃあ、みんなでこの水晶玉をじっと見つめてね」
 「あ、ああ」
 俺は水晶玉をじっと見つめた。六人の男女が一つの水晶玉をじっと見つめる。きっと他の人からは異様な光景に見えただろう。
 占い師も反対側から水晶玉をじっと見つめる。
 「ふむふむ。……なるほどね」
 占い師はしばらく考えこんで、ふいっとヘレンの方を向いた。その目は真剣だ。
 「ここで私があなたたちに言えるのは一つだけね。……ヘレンちゃん。いい? よく聞いてね。あなたの運命の時が近づいているわ。アークに行きなさい。絶望の中にあっても愛を忘れては駄目よ」
 ヘレンだけ? と一瞬思ったが、占いの内容を聞くと俺は気を引き締めた。
 聖女ローレンツィーナ様の予言を思い出す。

――聖女に育てられし真紅の髪の少女。人魔の戦争にて邪悪な影に殺される。
――創造神の祝福を持ちし黒髪の男に導かれ聖女となり、一〇〇〇年の悲しみをとめるだろう。

 「アークか……」
 ヘレンが遠い目をして、アークのある東のほうを向くのだった。
 あの向こうにヘレンの運命の地がある。

 じっと東を向くヘレンを見ながら、俺は改めてヘレンを守り抜くぞと決意を新たにした。

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