02 王都マキナクラフティの夜

 街の入り口に立って、街並みを眺める。
「へぇ。これがアークの王都マキナクラフティか……」

 目の前には、三~四階ぐらいあるような背の高い建物が続いている。今までの街では二階建てまでの建物が多く、四階以上の建物にはお目にかからなかった。それを考えると、アークの建築技術が高く、なおかつ一般に普及していることがわかる。
どの建物も、通りに面しているからか、一階部分は何らかの店舗になっており、二階以上が居住空間になっているようだ。
道行く人々は秋の服装をしている。俺たちの正面のストリート沿いの左右に様々なお店が並んでいる。ずっと奥には噴水広場が見えるが、さっき検問の時に聞いたところ、ギルドはあの噴水広場に面してあるらしい。
時間にして午前11時といったところだから、きっと今頃はギルドもすいているだろう。
とりあえずギルドに入国の連絡を入れ、そこでおすすめの宿を教えてもらう予定だ。

 広場の中央の噴水は、男女十人ほどの人々の彫像が中央に鎮座している。岩場で水浴びをしている彫刻で、その上部から水が湧き出している。
広場のあちこちにベンチや出店が出ており、人々の憩いと活気の場となっている。
ぐるっと見回すと、この広場から四方に向かって大通りがのびている。俺たちはその西側の大通りを来たわけだが、北側の大通りは王城に続いているようで衛士の詰め所が隣接してあった。

「王都だけあって綺麗な街ね。活気もあるし、人も多い……」
町並みを見ていたノルンが、感想を口にする。
「ああ。そうだな。といっても、エストリアでも王都に行ったことがないから、あんまり比較はできないが、アルと比べると都会って感じだな」
「私は、王都エストリアにいったことあるわよ。……そうねぇ。エストリアの方はもっとコテコテした装飾のお屋敷とか多かったかしら。建築技術はこっち、美術様式は向こうといった感じかなぁ」
ベンチに座ったヘレンが、右手で頬杖をつきながら思い出すように言った。
「ふうん。ヘレンは行ったことあるのか……。今度、王都エストリアにも行ってみたいな」
すると頬杖をついたまま、
「オッケー。ジュン。案内してあげるわよ」
と流し目で俺を見た。
そのとき、ぐぎゅるるぅと音がした。振り返ってみると、シエラが少し赤くなりながら、もじもじとしていた。
「ジュンさん。早く宿に行きませんか?……そのう。おなか空いちゃって」
そのとなりのサクラも、
「え、えっと。マスター。私もおなか空きました」
と空腹を訴える。……たしかに、そろそろお昼か。
えへへと可愛らしくサクラは舌を出した。

 さっそくギルドに寄ってから、おすすめの宿に向かう。
「ええっと東側の大通りを真っ直ぐ行って……」
とつぶやきながら歩くと、ヘレンが、
「右側よ。ストラトフォードとかいう名前っていっていたわ」
ふむふむ。ストラトフォード、ストラトフォードとつぶやきながら歩いて行くと、まわりの建物より一つ大きな建物が見えてきた。そこの看板には「ストラトフォード」と書いてある。
オレンジ色の石作りの建物で、ところどころに黒く塗った木材が組んであり、玄関そばには大きなサボテンのプランターが置いてある。ちょっとモダンなイメージの外観だ。
ギルド情報では食事自慢のお宿だそうで、しかもうれしいことにお風呂完備らしい。
さっそくドアを開けて中に入る。

 カランカランっ。
「あ、いらっしゃい」

 おっ。ここの娘さんも綺麗だな。歳の頃は十七、八だろうか。黒髪のおさげで白いシャツに黒いシンプルなエプロンをしている。
「どうも。部屋は開いてるかな?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
「じゃあ取り敢えず一週間頼むよ」
先に一週間分の支払いを済ませ、鍵を受け取る。
「はい。……丁度いただきました。お部屋は三階ですね。お風呂は、そちらの扉の奥に行きますと男女に分かれています。掃除の時間以外はいつでも入れますので、ご利用ください」
「ありがとう。……えっと、もう部屋は入って大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ」

 娘さんに断って先に部屋に行く。今日は俺とヘレンが同室の順番だ。夕方に集合時間を決めてそれまで自由としたが、みんなお風呂に行きたいという。
昨日も神船テーテュースで入ったはずだが、お風呂はいくら入ってもいいようだ。まあ俺もここの大浴場に興味があるけどね。
さっそく着替えを持って大浴場に向かう。
入り口の前でヘレンがニヤリと笑いながら、
「ジュン。残念ね。混浴だったら良いのに」
と言うので、
「ははは。でもまあ。いつもみんなと一緒に入っているからさ。今日くらいは一人で入るさ」
と言って、一人で男風呂の方に入っていった。

 ドアを開け中に入ると、フルール村の露天風呂を思い出すほどの広い大浴場だった。
湯船に近づいてそばに置いてある手桶で湯をくみ、身体にかけて汗とほこりを流す。
そっと足から湯船に入り、肩までつかる。少し冷えてきた季節だから、ちょと熱めのお湯が心地よい。
「ふぅぅ」
と息をはいて天井を見あげた。
魔道具のオレンジ色のやわらかい光りが浴室を照らしている。この時間はお客が一人もいない。
ふふふ。アルの街にある俺たちのホームにしろ、神船テーテュースにしろ、この前にお風呂に一人でゆっくり入れたのはいつごろだろう?
久しぶりの開放感に気分もゆったりとしながら目を閉じた。湯気に包まれ、お湯が注ぎ込む水音に耳を澄ませる。
「ああ……、癒やされ、る?」
台詞の途中で一瞬だけ、妙な感覚がしたが気のせいだろうか。うん? さっきまで浴室には俺一人だったはずだが、いつのまにか複数の人の気配がする。
ゆっくりと目を開けると、
「のわー! なんで女風呂に!」
思わず叫んで湯船の中で立ち上がる。目の前にはニコニコと俺を見ているチームのみんながいた。
ノルンが素知らぬ風におほほほと笑っている。
ヘレンがニヤリと笑い、
「さすがはソウルリンクね。結ばれた相手ならいつでも転移魔法で呼び出せるのね」
ノルンがえっへんと胸を張り、
「すごいでしょ!」
俺はフリーズした頭で会話を聞き流し、はっと気づいてノルンの頭にチョップを落とした。
「なにしてんだよ!」
「いた!」
「おいおい。誰か来る前に戻してくれよ!」
と必死にノルンに取りすがると、ノルンが笑って、
「転移は無理よ。基点が無いから。……でも大丈夫。誰か来たら幻影魔法で女の子にしちゃうから!」
「そういう問題じゃない! あ、あほかー!」
俺はあわててタオルで股間を隠しながら、女風呂から飛び出て見つからないように男風呂ににげこんだ。

――――
夕方になり、少し早めに食堂に向かう。
「では、お好きな席へどうぞ」
娘さんに言われて選んだのは窓際のテーブルだ。
窓の向こうには夕方になり斜陽に染まる街と家路をいく人々がみえる。
すぐに娘さんが注文を聞きにやってきた。
「とりあえず人数分のビールとおつまみを先に。それからは、お任せで人数分たのむわ」
ノルンが娘さんにいくらかのお金と一緒に頼んだ。娘さんが、
「あ、そっか。エストリアから来たばっかりでしたっけ? ……よし。では私が適当に見つくろいましょう」
と自信満々の笑みで厨房に入っていった。「お父さーん」
すぐに娘さんは人数分のビールを持ってくる。
「はい。ビール。それとこれはウインナーとチーズの盛り合わせ。そして、ヒヨコ豆のトマト煮と揚げた豆の盛り合わせになります」
「ありがとう」
ビールをまわしてみんなの手に渡ったところで乾杯する。
ビールに口をつけて驚いたが、今まで店で飲んだビールは、たいていが冷えていなくてぬるいビールだったが、ここで出されたビールはキンキンに冷えている。泡もクリーミで東京で飲んだビールとそん色がないぞ。
早速、ウインナーにフォークをさして一口かじると、ぷりっとした食感と共に肉汁が口の中に広がった。チョリソーみたいに辛いけれど、それがまたビールに合う。
ヘレンが目を細めて、
「くぅ。この冷えたビールが旨い!」
と言う。シエラが揚げた豆をポリポリと食べながら、
「ビールを冷やす魔道具とかあるのかな?」
とつぶやくと、娘さんがニッコリ笑って、
「ええ! だからうちのビールは人気なんですよ! それにそっちの豆も魔道具で揚げてあるんです」
ほお。フライヤーみたいのかな? 調理具としての魔道具が普及しているところをみると、さすがは機工王国といったところだろう。
しばらくすると他の冒険者たちも入ってきて、だんだんと食堂の中が混雑してきた。この宿では新顔の俺たちだが、それなりに旅人も多いようで特に絡まれることもなかったが、なぜか男性からは嫉妬のこもった視線を、女性からは哀れみの目でみられている気がする。
厨房から背の高いおやじさんが、
「おう。お待ち!」
と言って、牛肉のステーキ、豚のあぶり焼き、パエリア、牛テールのスープの皿を並べた。
「今日は大皿で取り分けて食べれるように、あらかじめステーキは切ってある。まあ楽しくやってくれ」
おやじさんはそう言うと、俺の方を見て親指を立て、
「すっげえ美人ばっかだな! ……うちは防音もばっちりだから安心してくれ!」
と言って、がははと笑いながら厨房に戻っていった。
みんながヘレンをじっと見ていると、ヘレンは照れて赤くなった。
「な、なによ。一週間いるんだから、みんなだって順番でしょ?」
と言うと、みんなも苦笑いを浮かべた。
豚のあぶり焼きこそ塩と胡椒のシンプルな味付けだが、ぱりぱりの皮が香ばしく。とてもおいしい。ステーキはハーブをきかせた独特のソースがかけられており、魚介の旨みのしみたパエリアに、ほろほろととろけるようなテールスープ。ギルドおすすめの食事自慢のお宿の評判通りだ。
「うまー!」
とサクラが声を上げると、シエラも肉をほおばりながら、
「本当だね! サクラちゃん」
ともりもり食べていた。
大満足の夕食を終えて、俺たちはそれぞれの部屋に戻った。

――――
戻り際にノルンから、
「やっぱりヘレンが不安に思っているみたいだから、よろしくね」
と酒瓶を渡された。ノルンは今晩中に、ヘレンのための幻影の魔法陣を刻んだ腕輪を作るそうだ。

 部屋に戻り、さっそく窓際にイスを置いて、ヘレンと並んで外の景色をながめる。
秋の澄んだ夜空に星がきらめき、眼下では街のあちこちに魔道具の明かりがほのかに光っている。その様子だけを見れば、まるで東京の電信柱の街灯のようだ。
通りはちょうど飲み屋や宿屋の並んでいるらしく、夜は冷えてきたというのにもかかわらず、あちこちで酔っ払いが肩を組んでフラフラと歩いている。
ノルンが渡してくれたお酒はちょっと甘口のワインだった。
「なあ、ヘレン」
「うん? どうしたの?」
窓の外を見ていたヘレンが俺を見る。その目を見ながら、
「……無理しなくていいんだぞ」
というと、ヘレンは、ぱちくりと瞬きをしてそっと息を吐くと、
「お見通しか……。うん。ありがと。そのさ。何かが起きるのを待つしかないってのがちょっとね」
と俺に身体を寄せてきた。俺はそっとその肩に手を置いて、正面からヘレンの顔をのぞき込み、
「俺がお前を守る。それにノルンたちもお前の味方だ。みんなでお前をささえるさ」
と言うと、照れたように微笑んで抱きついてくると、
「ジュン。私を抱きしめて。……私を守って」
と耳元でささやいた。

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