03 連続殺人事件

 ……熱い。

 身を焦がす炎に囲まれている。
 炎の熱気に肌がちりちりと熱くなり、焦げ臭い黒煙の匂いが充満している。

 炎の向こうには、異形の鎧を着た多くの騎士の姿が見える。
 そして、その場で座り込む私の腕の中には、一人の男性の頭部があった。
 見覚えのない男性。私と同じく真紅の髪をした年若い男性。首を失った胴体は、ヒビが入って半壊した鎧を着てそばに転がっている。

 とてつもなく悲しい。そして、憎い。こんなことになった原因。こうするしかなかった自分。 この世の中のすべてが……憎い。
 私は男性を抱えながら、ただひたすらに慟哭の叫びをあげていた。

 その私の頭上から、
「お前らのようなゴミにも感情があるのか! あはははは」
あざけりの声はやがて耳障りな笑い声となって響き渡った。

 ここには苦痛しかない。悪意と炎に包まれた地獄。そのなかで私は――。

――――
 「おい! ヘレン、大丈夫か!」

 朝方、俺はうなされるヘレンを見て、すぐに揺らして起こそうとした。苦痛に耐えるような表情に全身にかいた脂汗。一体どうしたんだ?
 震えるようにヘレンの目が開いていく。ぼんやりした目が少しずつしっかりしてきて、俺の顔を見上げた。するとすぐにぎゅっと抱きついてきた。
 俺の胸に頭をすりつけるヘレンを抱きかえし、そのつややかな髪をなでる。

 「どうした? どこか具合でも悪いのか?」
 そうたずねると、胸の中のヘレンが首を横に振って俺を見上げた。
 「いいえ。大丈夫よ。……ちょっと悪夢を見ただけ」
 かすかに震えるヘレンの頬にキスを落として、俺はベッドから下りた。
 ヘレンもおずおずとベッドのシーツを身体にまいて、俺の隣に来る。俺はヘレンのシーツをそっと開いて、その美の女神のような裸体を抱きしめる。昨夜の熱が戻ってきそうになるが、ヘレンが俺の唇とついばむようにキスをすると、すっと離れ、
 「寝汗がひどいから、お風呂に行ってくるわ」
とシーツを床に落としてローブを羽織る。
 「俺も行くよ」と、俺もローブを羽織り、着替えを持ってヘレンと腕を組む。
 こうして仲良く一階の大浴場に向かった。

――――その頃、王都マキナクラフティの街角。
 制服を着た警備隊がロープを張って立ち入り禁止区域をつくり、その中でわらわらと動いている。
 そこへひときわ立派な制服を着た背の高い男性が、女性を伴って現れた。男性は栗色の短髪に濃い眉をしており、女性はふんわりとした金髪をして普段はやわらかい表情をしていることをうかがわせるが、今は厳しい表情で正面を見ている。
 男はアーク機工騎士団団長のノートン・デニーブ、女性はその副官のカトリーヌ・デュランだ。
 「たいちょー! こっちですよ!」
 そこへ気の抜けた声でローブを着た小学生くらいの女の子が声をかける。
 それを聞いたノートンが眉をしかめながら、
 「こら! マリー! もうちょっと緊張感をだな……」
と小言を言おうとするが、マリーと呼ばれた少女は、
 「そんなことより、ほらここですよぉ!」
と手を振る。
 ノートンは「……」と沈黙しながら、あきらめたように首を振って少女の所に行く。ノートンが来たのを見た少女は、足下の布にくるまれている何かのそばにしゃがんだ。
 少女は口調を変えて、
 「ガイシャはロッテンウルフ、88歳。近所のパン屋のご隠居です。ぼけていて夜中に徘徊することがあったようで……」
とどこかの刑事のようにきびきび言うと、カトリーヌがスコンッと脳天チョップをくらわせた。
 「ふつうに言いなさい! ふつうに」
 マリーは頭を抑えながら、
 「いつぅ。このおばさんは冗談もわからないなぁ」
とつぶやく。それをきいたカトリーヌのこめかみに青筋が浮かび上がり、
 「誰がおばさんですって? 私はまだ若いわ!」
 そこへノートンが、
 「カトリーヌ。よせ。……マリーも不謹慎だぞ」
と注意すると、カトリーヌはしゅんっとうな垂れたが、マリーはテヘッと舌を出すに止まった。
 気を取り直してノートンが足下の布をめくると、その舌からは全身が焼けただれ、炭と化した人の遺体が表れた。

――――
 翌朝、朝食の席でヘレンがみんなに、
 「みんなちょっといい? 前にも話したけれど、おそらくここアークで私に何かが起こると思うの。きっと厳しいものになるし、みんなにも迷惑をかけると思うわ。……本当はパーティーから離れた方がいいかもって思ってたの。だけど、お願い。みんな。私に力を貸して」
 ヘレンは、そういうと深々と頭を下げた。

 俺はみんなと目配せをして、
 「なにを当たり前のことを言ってるんだ? ってか、むしろ頼れ! みんなも、とっくにその覚悟はできてるさ」
と言って、ヘレンの肩に手を置いた。ヘレンが頭を上げる。
 「ありがとう、みんな。……これからも、よろしくね」
 そういってヘレンはにこりと微笑んだ。

 さて今日の予定は、もうちょっと魔道具の店を見て回りたいってのと、ギルドでおもしろそうなうわさや依頼が無いかのチェックといったところだ。
 さっそく朝食を終えて、昨日行っていなかった商店街へと足を伸ばすことにした。

 さて、このアーク機工王国は、魔道具開発が盛んで、ヴァルガンド世界の発展に寄与している。うわさでは自律駆動の馬車やオートマタ、マナエンジンなどの開発がされているという。
 うわさの真偽はともかく、科学技術ならぬ魔道技術の進歩した国だ。

 道行く人々があちこちのお店をのぞいているが、その身なりからして旅人や商人のようだ。
 しばらく歩いていると、ノルンが急に俺の左腕をひっぱった。
 「ね。あそこ魔道具のお店見てみたいんだけど、いい?」
 指を指した方を見ると、看板に「魔道具のタイラック」と書いてある。
 せっかく機工王国まで来たんだ。たしかに俺もこの国の魔道具を見てみたい。
 「よし。行ってみようぜ」
 ――カラン、カラン。
 ドアを開けるとベルの音が鳴り響いた。店内では20代くらいの女性店員がはたきのような導具で商品のほこりを落としていた。
 ドアベルの音に振り向いた女性店員が振り返って、
 「いらっしゃいませ。……すみません。掃除中だったもので」
というので、「いえいえ。ちょっと見させてください」と言って、みんなそれぞれバラバラになって魔道具を見させてもらうことにした。
 俺は目の前に並んでいる棒を手に取った。金属だが見た目より軽く、直径3センチメートルに長さが20センチメートルほどだ。先端が少し細くなっていて、そこに赤いガラス質の石がはめ込まれている。
 女性店員さんが、
 「それは火付けの導具ですよ。ハイブリッド式で、魔力操作ができる人ならご自分の魔力で火を点けることができますし、魔力操作ができない人には蓄魔力を利用して火をおこします。蓄魔力はおおよそ3千回分で、オリジナルの技術で自然界の魔力を自動的に取り込んで充填します。もちろん、当店で充填することもできますよ」
 ほほぉ。ハイブリッド式ねぇ。俺たちには不要だが確かにあると便利だろうね。
 「一般の製品と違うところは耐環境性と自動魔力充填機能ですね」
と店員さんはニッコリ笑い、横目でノルンやヘレンを見て、
 「まあ、お客様には魔法使いの方がいらっしゃるようなので不必要かも知れませんが……」
と言う。俺は笑いながら、
 「いや。ありがとう。……なかなか良い品だね」
と言って火付け魔道具を棚に戻し、別の品を順番に眺めることにした。
 ふと店内を見渡すと、シエラが首をかしげながら手にした商品を見ている。
 気になった俺はシエラの所に行って何を見ているのか手をのぞき込んだ。シエラが見ているのはやや平べったい卵形の石のような魔道具だ。触ってみると突起はなくて不思議とソフトなさわり心地だ。
 「何でしょうかね?」
というシエラに俺はナビゲーションで鑑定してみる。

――女性用振動機
 数種類の振動パターンが登録されており、一人寂しい夜のお供。

 あわてて途中で説明を読むのを止めて顔を見上げると、不思議そうなシエラと目が合った。
 そこへノルンがやってきて、シエラの手にある振動機を見るとニヤリと笑って、
 「あら。シエラ。それあなたには必要ないわよ。……必要なときはこっそりジュンにお願いしなさいよ」
と言う。シエラは何を言われているのかわからないようだったが、ノルンが俺を見ながらシエラの耳元でごにょごにょと説明している。
 シエラの顔が瞬時に真っ赤になって俺を見つめた。ノルンが離れぎわに、
 「ね? 私たちには不要でしょ?」
と言うと、シエラはこくこくと首を縦に振って、商品を棚に戻した。
 俺も素知らぬ風に振り返って他のメンバーのところへ行こうとすると、俺とシエラをじぃっと穴が開くように見つめている女性店員さんと目が合った。
 店員さんは、気まずさに目を伏せながら、
 「……見た目と違って、すごいのかしら?」
とぶつぶつとつぶやいている。

――――。
 ノルンのお願いでミスリル鉱石を20個ほど買って、お店を出たとき、通りの先の方に人だかりがあるのが見えた。
 サクラがワクワクした声で、
 「あの人だかりは何でしょうかね?」
といってくる。ああ。あの目は、実演販売か何かしているのを期待している目だ。
 まあ実演販売ならあり得なくはないだろうけど……。あれって進入禁止の黄色い規制テープじゃないか。日本の常識だと、あれは事故や事件現場で使われるものだ。
 そばに行ってみると、野次馬の向こうに制服を着た男たちがなにかの作業をしている。……まるで刑事ドラマのワンシーンのようだ。かすかに何か嫌な匂いがする。
 ふと気がつくと、俺の後ろでサクラが鼻を押さえていた。振り返って、
「大丈夫か?」
と顔をのぞき込むと、サクラが少し顔色悪くなっていて、
「ううぅ。この匂いはいやです。マスター」
と涙目だ。ノルンがだまって風魔法を使い、俺たちの周りの空気を換気する。
 よく見ると、野次馬の中には、青い顔をして壁により掛かっていたり、付き添いの人
に背中を撫でてもらったりしている人もいるようだ。
 嫌なら見なきゃいいだろうに。そう思いながら、野次馬の一人に聞いてみた。
「失礼。何があったんですか?」
 どうやら同業の冒険者の男性のようだ。三十代後半のひげずらで、鉄の胸当てをしている。

「うん? ああ。同業者か。別に敬語はいらんぞ? ……今朝になって変死体が発見されたんだよ。体のほとんどが炭になっていたようでな。犠牲者のほか、まわりにも被害がないらしい。火の魔法だとしたら、よっぽど強力でピンポイントでやられたんだろうって話だ」
「変死体。こんな街中で火の魔法かよ……」
「ああ。……お前さんたちは、外から来た冒険者だろ?」
「ええ。エストリアのランクCのジュンだ。昨日の船便で到着したばかりさ
「そうか。俺はここの冒険者のハインツだ。同じくランクCだ。よろしくな。それで、そういうことなら最近の事件をよく知らないだろうから、注意した方がいい。……同じような事件が、ここ一ヶ月で二十件も発生している」
 なに? 一ヶ月に二十件? おいおい。それってほぼ毎日誰かが殺されてるってことじゃないか!
 驚いている俺を見て、ハインツがだまってうなづいて、
「それと関連があるか不明だが、別に東側の街の門の外に新市街があるんだが、そこでは一ヶ月前から疫病が発生している。東門は今、通行禁止だ」
 門の外の新市街? 疫病? それってもしかしてスラム街か? いやそれよりも……、
「王国側とか警備隊では調査とかはどうなんだ?」
「ああ。調査はしているらしいが、同一犯かグループかも不明。痕跡もなく、朝になると炭化した遺体がどこかに発見されるという具合らしい。……じきに夜間外出禁止になるんじゃないかってうわさだよ」
 ということは、いまだに手がかりゼロってことだろうな。……やはり王都から避難した方が良さそうだ。俺は、情報をくれたハインツに礼を言う。
「なるほど。ありがとう。ギルドで会ったときはよろしく」
「ああ。こっちもな。……と、そうだった。事件と並行して、魔族否定派の活動が活発になっているらしいから、それも注意してくれ」
 ええっと、魔族否定派? いや、ここでは人の耳がありすぎるか……。
「すまない。感謝するよ。では」
俺は再び礼をいって、ハインツから離れた。

 変死体の連続殺人事件か……。こりゃ何かのフラグだな。裏で事件が進行しているのだろう。巻き込まれなきゃいいが……。
 そんなことを考えながら、俺たちは商店街に向かった。

――――。
 立ち去っていくジュンたちの姿を、路地裏からローブの人物が見つめていた。
 「見つけたぞ。……真紅の髪の娘よ」
 そうつぶやいたローブの男の口元は、ニヤリと歪んでいた。

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