04 東天のまがつ星

 立派な身なりをした四十代の男性が、目の前の遺体を前につぶやいた。
「これで二十一件目か……」
 その表情には疲れが見て取れるが、まだまだ力のある目をしている。全身には無駄な肉などついておらず、動作からネコ科の猛獣のようなしなやかさが見て取れる。
 そのそばに控えている女性が、遺体を見て口を押さえている。
「ひどい……」
 ノートンはただ黙って遺体の状況を確認する。もうこれで二十一件だ。嫌でも慣れてきてしまっていたのだろう。
「火魔法か……、それとも魔道具か……」
 そういいながら遺体の隅々まで見ていると、マリーがトトトと走り寄ってきて、
「大司教さまがきたよ」
と言うと、ノートンは、
「わかった。……カトリーヌ。もし気分が悪ければ少し離れていてもいいぞ?」
とそばのカトリーヌに声をかけた。しかし、カトリーヌと呼ばれた女性は首を横にふって、
「いいえ。大丈夫です」
「そうか」

 そこへ白いローブを着た人物がやってきた。その人物を見て、ノートンが一礼する。
「ラウム大司教殿。わざわざ、すみません」
 ラウムと呼ばれた大司教は片手を上げて、頭を下げようとするノートンとカトリーヌを止めると、
「さっそくご遺体をみせてくだされ」
といい、マリーの頭をなでてから、勝手に遺体のそばにしゃがみこんだ。
 目をつぶって黙祷を捧げた大司教は、遺体を注意深く調べはじめた。

 その背後でノートンとカトリーヌが聞き込み情報の確認をしている。

「一体、この街に何が起きているんだろうな」
「そうですね……。それと、聞き取りを行いましたが、今までと同様です。昨夜の目撃情報はありませんし、近くの家でも物音一つしなかったそうです」
「ふむ。とすると、やっぱりお前が推測したとおり、殺害現場は別なのかもしれない。……何の目的で人を殺しているのかはわからないが、早く現場を押さえねばならないな」
「はい。……それと身元ですが、どうやら新市街の住人のようで、はっきりしたことはわかっておりません」
「それも今まで通りか……」
「はい」
 ノートンとカトリーヌとの間に気まずい沈黙が続く。よく見ると二人とも目の下にクマができていた。

「……おや?」
 その時、沈黙を破ったのは大司教だった。
 思わず身を乗り出すノートンとカトリーヌ。ノートンが、
「何かありましたか?」
 それをきいた大司教は、振り向くと遺体の手の甲を指さした。
「ここのところ、もう炭になっているからよく見えないが、魔方陣のようなものが描いてあるようじゃの。あるいは呪いの印か……。魔族の使う儀式にそんなのがあったじゃろ?」
 ノートンは、大司教の指さした手の甲を注視しながら、
「ふむ? 私どもは詳しくはありませんが、確認してみましょう。……ようやく見つかった手がかりかもしれませぬ」
 「ほっほっほ。早く解決すると良いのう。……では、わしはそろそろ帰らせてもらうとするぞい」
 大司教は、これで役目は終わりだと言わんばかりの様子で、軽く遺体に祈りを捧げると、現場から去って行った。
 あとに残されたのは、ノートンたち三人。そして、野次馬たちの喧噪だ。
 「……マリー、悪いが詳しく調べてくれ」
 「はあい」
 後に残されたノートンはカトリーヌに別の指示を出した。
 先ほどまでの疲れた表情はすでにない。ようやく見つけた手がかり。必ず犯人をつかまえる。その気魄がみなぎっていた。

――――。
 一ヶ月前から連続で発生している連続殺人事件。一向に手がかりさえもつかめないこの事件に、アーク王宮でも問題が起きていた。
 首都で発生している事件に、今のところ、王宮関係者に被害者はいないが、このままで王侯貴族の安全がはかれるのか、一時的に避難させるのか。そもそも犯人は何が目的なのか。
 一切が不明のこの事件に、今、玉座に座る一人の男性は頭を痛めていた。

 いかに魔道機械の技術の発展したこの国とはいえ、さすがに殺人事件をたちどころに解決する機械はない。
 今朝も、機工騎士団団長のノートンより宮廷魔術師の要請があり、魔術師のマリーがノートンとカトリーヌに連れられて出て行ったところだ。どうか事件解決の手がかりを見つけて欲しい。この願いも、もう何度目になるだろうか。
 ともあれ調査報告を、リヒャルト・マキ・アーク五十二代国王は、じっと待っていた。

 王国民も一ヶ月の連続事件、進まない調査、何も発表できない王国に不満と不安をいだいているようだ。街には魔王復活の呪いとのうわさもあり、これまた頭の痛い状況だ。

 ここアークは、一〇〇〇年前の人魔大戦の時に対魔族の最前線であった。世界各国から多くの騎士団がやってきて、ともに馬を並べ、魔族の中の反魔王派である協調派とともに、魔王と戦い。遂には魔王を倒し、魔族の強硬派を駆逐した。強硬派の魔族は逃げ隠れるように世界各地にちらばったが、各地で討伐対象となり生き残りはいないとされる。
 協調派の魔族は東部の魔族自治区で暮らしており、王国とも友好的関係をきずいてきた。
 そうした歴史の中で、魔王復活のうわさは幾度かあった。その内実は、反王国派のゲリラだったり黒魔術フリークであったりと、魔族とは関係のないものであったが、その都度、協調派である魔族を非難ししいたげる人々も多かった。
 社会の闇では、うら若い魔族の女性を捉えて奴隷として売買する組織もあるらしい。アークでも奴隷は認可されているが、どの奴隷も借金などの理由によるものであり、無理矢理にさらってきた奴隷は非合法として認めていない。もっとも抜け穴はいくらでもあるのだが……。

「陛下。ただいまぁ」
 宮廷魔術師のマリーが入ってきた。無邪気な少女のマリーではあるが、この国最高の魔術師だ。スキップしながら入ってきたマリーは、ちょこんとスカートのはしをつまんで一礼する。
 リヒャルト国王は、
「それで、どうであった」
と声をかけると、
「大司教のラウムが右手の甲に魔術印を見つけたよ~。呪いの印みたいあから、呪いで死んじゃったんだと思う」
と、まるで家族に話をするような軽口で説明をした。国王は不快に思うわけでもないようで、
「ふむ。ようやく手がかりか。……とすると、今までの遺体にも有った可能性が有るな」
「うん。そ~だね。その可能性は高いかもね」
「それでどのような呪いだ?」
「詳しくはわかんないよ。でも魔力の残りからいって、生命力を絞り取ってどこかに送っているみたいな気がする。……うわさどおり、魔族に伝わる呪印の一つかも」
 最後の言葉を聞き、リヒャルト国王の口からはうめき声がもれ出る。その場にいた大臣も同じく難しい顔をしている。
 国王は大臣に、
「どう思う?」
とたずねると、大臣はしばらく考えていたが、重い口を開き、
「陛下。まだ一件のみで速断はできません。しかし、今現在の魔族の内部に魔王復活の動きがある可能性を考慮にいれるべきかもしれません。ノートンに命じて調査させるのがよいかと」
 大臣の返事に、国王はしばし目をつぶり考え込んでいたが、
「そうだな。ではノートンに命じて、魔族内の状況。異端分子がいないかどうか。それと自治区だけでなく、王国内で魔王復活の動きがないかどうかを調……」
 そこまで言いかけた時だった。突然、扉が開くと灰色のローブを着た老女が走り込んできた。
「失礼します。陛下! 凶兆です! 東の空にまがつ星が現れました!」
 それを聞いた国王が腰を浮かべ、
「星見はなんと解読する?」
 老女は息を整えながら、
「はっ。……今までにもたらされた予言書と照らし合わせましたところ、『グレートキャニオンの空にまがつ星が赤く輝くとき、ふたたび大いなる戦が起きる。祭壇に血が流されしとき、いにしえの魔王が復活するだろう』との予言が合致するかと思われます」
 この世界では、時たま聖女の称号を持つ者に予言がもたらされる。その予言は、基本的に各国の神殿を通じて全世界で共有され、予言書としてまとめられているのだ。今の予言も、過去にもたらされた一節だ。
 国王は老女の言葉を口の中で反すうした。
「……まあ、よい。大臣よ。できることをするべきであろう。至急、魔族の動きを探るのだ」
「はい。かしこまりました」
 国王の指示を聞いた大臣は、一礼するとすぐに部屋を出て行った。

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