05 ヘレン包囲網

 アーク機工騎士団の執務室で、団長のノートンがデスクによりかかって腕を組み、ソファに座っている副団長のカトリーヌを見下ろしていた。
「先ほど陛下より勅命が下った。魔族自治区内に異変はないか探れとのことだ」
 カトリーヌはノートンを見上げて、
「え? 自治区ですか?」
「ああ。例の呪印と関係があるのだと思うが、魔族内での異端分子、魔王復活の動きがないかどうかを探れということだ」
「魔王復活? そんなことが可能なのでしょうか?」
 ノートンは首をかしげて、
「さあな。だが、魔王じゃなくて過激派が暗躍している可能性はあるだろな……」
 それを聞いてカトリーヌはうなづいた。
「なるほど。たしかに魔王といっても一魔族のはずですものね。過激派の方が納得できます」
 ノートンはデスクからカトリーヌの対面に移動し、
「それでだ……。その役目をお前に頼みたい」
と言うと、カトリーヌはおどろいて、
「私ですか?」
とききかえした。
「そうだ。王都の状況もわかり、うまく魔族の自治区に入りこんで調査できそうな人材はお前しかいないだろう」
 カトリーヌは納得したように、
「ああ。確かに……。うちは暗部が育ってないですからねぇ」
「いても魔族を嫌ってやがるからな。偏見なくとなるとな」
 二人は同時にため息をついた。カトリーヌは、
「わかりました。……そちらの方面から犯人がわかるかもしれませんしね」
「いつも無理を言って悪いな。やり方はお前に任せるが、定時連絡用の通信機械は持って行け。……その間、こっちはこっちで犯人を探す。頼むぞ」
 カトリーヌは微笑んで、
「はい。……団長もあまり無理をしすぎないようにしてくださいよ」
というと立ち上がる。ノートンは苦笑しながら、
「そりゃあ、無理だな。……だから、早く戻ってきてくれ」
「ふふふ。……では」
とカトリーヌは一礼して、部屋から出て行った。それを右手を挙げて見送ったノートンは、深くソファに座り、しばし考えこんでいる。その口から、
「魔族か、何事もなけりゃいいが……」
とつぶやきが漏れたころ、
 コンコン。
 突然、部屋がノックされた。
「どうぞ」
 ノートンが声をかけると、ラウム大司教が中に入ってきた。それを見たノートンが慌ててソファから立ち上がって迎え入れた。
「これは大司教殿。このようなむさ苦しいところへ。……なにかありましたか?」
 ラウムは手を上げて、
「ちょっとおジャマするぞい」
と言いながら、ソファへ座る。その対面にノートンが座ったのを見て、
「実は、わしの部下が気になる人物を見つけてな。それで知らせに来たわけじゃ」
 その情報に、ノートンの目が真剣さを帯びる。
「気になる人物ですか?」
「そうじゃ、……真紅の髪を持つ女性じゃ」
「真紅の髪!」
 おどろくノートンを見て、大司教はニヤリと笑った。その時、大司教の目が一瞬だけ濃い紫色に光った。その目を見たノートンの目から光が失われ、ただ呆然と大司教の顔を見ている。大司教はゆっくりと、
「魔王復活の星見も出たことじゃし、その女性を捕らえるべきじゃろ? 真紅の髪の娘じゃ。犯人にちょうどいいじゃろう」
 その声に、ノートンは何かに魅入られたようにうなづいた。
「真紅の髪の娘……。つかまえる……」
とつぶやきながらノートンが立ち上がる。
 大司教は愉悦に笑っている。
「そうじゃ。魔王の娘じゃ、のがしてはならぬ」
「魔王……」
 ぶつぶつとつぶやく団長を前に、大司教は大きく指を鳴らす。乾いた音が執務室に響く。
 ノートンは、急に意識を取り戻したように、
「……はっ? 俺は、いま何を?」
と目を開いた。大司教は立ち上がり、
「さ、団長殿。逃げられる前に、早くいこうぞ」
と声をかけると、ノートンは力強くうなづいて、
「そ、そうでしたな。では騎士団を招集してきますので、先に失礼します」
と、一礼をすると急いで部屋を飛び出していった。
 後に残された大司教は、含み笑いをしながら団長の後を追いかけていった。

――――その頃、ジュンたちは街のレストランで食事をしていた。

 俺は両手を頭の後ろに組んで、
「それにしても。やっぱり魔道機械って高いな」
と言うと、ノルンが、
「くすっ。魔道具ならそこまででもないけれどね。さすがに機械になるとね……。っていうか、ジュンの欲しいってものはオモチャじゃない」
とあきれている。
「ノルン。そういうなよ。だってさ、あんな精密なギミックで、魔力を通せば動くなんてロマンじゃないか」
「それでからくり人形? ……そういえば何とかって言っていたわね。ええっと合体ロボとか、ロケットパンチとか」
 そこへヘレンが苦笑しながら、
「ふふふ、わからないではないわよ。……孤児院の男の子レベルだけど。まあ、私もあの魔道銃っていったっけ。あれはちょっと興味があったなぁ」
というと、ノルンは「子供と同レベルだよね」とうなづいている。
 そこへサクラが、
「マスター。私もあの人形が欲しかったです。おもしろそー!」
と言うと、シエラもうなづいて、
「あ、私も。面白いかなぁって」
と言ってくれた。俺は思わず腕で目をおおって、
「うううっ。俺の味方はサクラとシエラだけだ」
と泣き真似をすると、ノルンがはいはいといいながら、
「あんまりやると、ウザくなるわよ。そこまでにしたら?」
とグラスにビールをついでくれた。
 顔を上げて、「悪かったよ」と苦笑しながら、ビールを片手に乾杯した。
 ヘレンは聞かなかったふりをしながら、テーブルにあるナッツに手を伸ばした。
「それにしても、この街の食事も美味しいわね。このままここにいると太っちゃいそう」
 ヘレンがそういって腰回りを気にすると、ノルンもビクッとして、おそるおそる自分のお腹に手を当てる。
 俺はそれを見ながら、
 「ははは。ヘレン。心配しすぎだって。昨夜だって綺麗だったぞ。むしろ胸のサイズが……、へぐっ」
 俺がそういうと、ヘレンはギョッとして真っ赤になって、俺の頭を叩く。
 「こ、こんなとこで何言ってるの! は、恥ずかしいじゃない!」
 「わ、悪い。……ただなぁ、ヘレンにしろノルンにしろ、みんなもだけど、別に前より太ったってことはないから、安心しなよ」
と、慌ててフォローするが、みんなが冷めた目で俺を見ていた。
 ため息をついたノルンがほおづえをついて、上目遣いで、
 「ジュンったら。そういうのは部屋で二人きりの時にいってほしいな」
といえば、サクラとシエラが赤くなりながら、もじもじしはじめた
 「マスター。今晩は、私も確認して下さいね」「……いいなあ。サクラちゃん。私は明日かぁ」
 「あはははは」
 俺は思わず笑ってごまかした。そんな俺たちを周りの男たちが、嫉妬と羨望の眼差しで見ていた。

 そのまま、お昼ごはんを食べていると、急に店の外が騒がしくなる。
 「なんだ?なにかあったのか?」
 そうつぶやいて、店の入口の方を見ると、ガチャガチャと音を立てながら、十人の騎士が店に入ってきた。その中の一人は他の騎士より立派な鎧を着ている。

 ――ノートン・デニーブ――
  種族:人間族 年齢:35才
  職業:アーク機工騎士団団長  クラス:マシンナイト・マスター
  称号:守護者
  加護:
  スキル:統率、気配察知、魔力感知、危機感知、直感4、鑑定3、機操術5、剣技5
  状態:魅了

 なるほど、彼がアーク騎士団の団長か。……って、おいおい。「魅了」されてるぞ?
 スキルとしては、剣技はわかるが、「機操術」という聞き慣れないものを持っている。それにクラスが「マシンナイト・マスター」という初めて見るクラスだ。
 やはり機工王国アークならではだろうと思うが、、機工騎士団の装備は魔道甲冑になっているらしい。きっと色々とロマンあふれるギミックが仕掛けてあるのだろう。ぜひ一度、戦っているところをみてみたいものだ。
 俺はノルンにアイコンタクトを送ると、ノルンはこっそりと状態異常回復の魔法を発動させた。
 ……おや? 教会の高位の司祭らしき老人が見ているな。気づかれたか?

 ――ラウム・ロッテンハイム――
  種族:人間族 年齢:62才
  職業:トリスティア教会大司教  クラス:大司教
  スキル:神聖魔法4、鑑定4、?眼

 む。ステータスの一部を見ることができないだと?
 それに何か違和感を感じるぞ……。
 ラウム大司教の姿をじっと見ていると、不意に目が合った。その瞬間、何かに締めつけられるような悪寒が背筋に走る。
 何ものだ?

 騎士たちは、店内を見回して俺たちを見つけると、まっすぐにやって来た。
 ラウム大司教が目の前で、ヘレンに向かって、
「ふふん。お主が真紅の髪の女じゃな」
と言い放った。その隣にいる騎士たちが俺たちを囲む。
 俺は苦笑しながら、ヘレンの前に立ちはだかり、
「ははは。どなたか存じませんが冗談きついですな。彼女の髪は美しい黒ですよ。……それにいったい何ごとですか?」
と聞き返した。
 大司教が、
「これは失礼した。そなたらは異国よりの旅人じゃったか。……儂は大司教のラウムじゃ」
「大司教さまでしたから。俺はエストリアのランクC冒険者のジュンです。それで俺たちに何の用ですか?」
 そういってまわりの騎士たちをゆっくりと見回した。……騎士団長はまだボウッとしている。ほかの騎士たちも魅了下にあるようだ。
 大司教はあわれむような表情で、
「ふむ。やはりとぼけるのかの?」
と俺を見る。
 何だ? まるで俺たちが何かをしでかしたかのような言い分だ。思わず、
「もう少し我々にわかる話をしてもらえませんかね。一体何用ですか?」
 その俺の言葉に、大司教はヘレンを指さした。
「わしらの用があるのはお主ではない。今、この街に不審死が連続しておる。その下手人が真紅の髪の女である。……そこの娘。わしらとともに来てもらおうか?」
 俺の頭は真っ白になった。今、大司教はなんと言った? ヘレンが犯人だと? 昨日、この国に来たばかりだというのに?
 俺は頭を振って、
「失礼ですが、ここにいる女性はすべて私の家族です。ヘレンもしかり。俺たちは昨日、この国に来たばかりです。……誰かとお間違えじゃないですか?」
 しかし、大司教は俺の言葉を無視して、杖を掲げた。
「このように真紅の髪を隠しても、我が目はごまかせぬぞ」
と言うと、杖から光がほとばしり、ヘレンの髪にかけられた魔法が無効化されていく。
 あらわになった赤い髪を見て、同じ店内のお客さんが「し、真紅の髪だ」などとつぶやいている。
 大司教はニヤリと笑い、
「拒否するならば、お主らごと力ずくで連れていくのみよ。……魔王復活など儂が防いでみせる」
 な、なんだと! 魔王復活? そんなことにヘレンは関係ないぞ!
 みんなもイスから立ち上がり、ヘレンを守るように囲んだ。ノルンが、
「一体なにを言ってるんですか! 昨日、この国に来たといったじゃないですか! 入国管理局でも問い合わせてくださいな」
と力強く反論し、サクラとシエラはヘレンの背後を守っている。
 ようやく魅了の解けた騎士団長ノートンは、俺たちをみて、大司教に提案する。
「大司教どの。彼らのいうことも一理ありますぞ。まだ犯人と決まったわけでもないでしょう。……おい! 誰か管理局に確認に行ってくれ!」
 しかし、誰もノートンの指示を聞こうとしない。その時、大司教がノートンを一喝した。
「たわけ! あの焼け焦げた死体に魔族の呪印、星見に、予言があるじゃろが! あきらかに爆炎の魔王が蘇るに決まっておる。ならばそやつに間違いなかろう! さっさと捕らえんと、
異端に認定するぞ! さっさとせい!」
 それを聞いてノートンは怪訝な表情を見せたが、異端認定とは穏やかではない。騎士たちが身構えた。
 その時、座っていたヘレンがゆっくりと立ち上がる。
「……問答無用というわけですね。大司教さま。私もトリスティア様に仕える修道女。異端認定は認めるわけにはいきません!」
 成り行きを見ていたヘレンは、そういうとゆっくりと立ち上がった。が、俺たちは慌ててヘレンの肩を押さえて無理やり抑える。
 が、ヘレンは、静かに宣言した。
「ありがとう。ジュン。わたしは……、一人で犯人を探す!」
 そういうといきなり自分の周りに結界を張り、身体強化をして出口に突っ込んだ!
 結界にはじかれて俺たちは尻餅をついた。走り去っていくヘレンに、
「「「「ヘレン!!!」」」」
と俺たちは叫んだ。が、すでにヘレンの姿は見えなくなっていた。
「あいつめ! 俺が守ってやるっていったのに……!」
 俺は思わず握りこぶしを握りしめてつぶやき、すぐにヘレンを追いかける。
 店を出る時、背後から、大声でノートンたちに指示を出す大司教の声が聞こえた。
「何をぼうっと見ておる! さっさと探さんか!」
 それを聞いたノートンの慌てて部下に指示を出す声がする。
「お前たち! とにかく先ほどの女性を手分けして探せ!」
「ふん! とにかく見つけられなければお主らの責任じゃぞ! しっかり探すんじゃ!」

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