店を飛びだした俺は左右を見渡した。が、すでにヘレンの姿は見えない。
「くそ!」
ノルンがサクラとシエラに指示を出す。
「いい? サクラは私と、シエラはジュンと! 何かあったら念話で連絡! フェリシアは空から探して!」
「はい!」「わかりました!」(了解です! マスター!)
二手にわかれて俺たちは町の中へと駆け込んでいく。
それから一時間ほど、必死に声をかけながら走る。
「ヘレェン! どこだ!」
その時、ノルンの念話が届いた。
(ジュン……。見つかった?)
(いいや。駄目だ。ノルン。そっちも駄目か……。フェリシアは?)
上空のフェニックス・フェリシアは、
(申しわけありません。これだけ人が多いと……)
だめか……。くそ! なぜ! こんなことに!
悪態をついたとき、頭にひらめいた。
「あ! そうか! ナビゲーションだ!」
なんで大事なときに忘れていたんだ。慌てて、
「探索 ヘレン」
とつぶやいてユニークスキルのナビゲーションを起動する。
脳裏にピコーンという音が鳴り、目の前に青い矢印が表れた。距離は……。は? 1キロメートルからどんどんと離れていく。
視界の端に映るヘレンのいる方向を示すナビゲーションの表示を見ると、どんどんと左手の方へと移動している。かなり早い。……乗り物か!
(ノルン! ナビゲーションだ! 何か乗り物に乗っているみたいだ)
(あっ! その手があったわ! なんで気がつかなかったのかしら。……本当ね)
俺は上空を飛ぶフェリシアを見上げた。
(フェリシア、11時の方向。急速に離れている乗り物を探してくれ!)
指示を出すと、すぐにフェリシアから、
(ここから見えるのは、10台くらいつながった細長い鉄の箱の乗り物が見えます。東へむかっていますね)
「それだ!」
俺の声が叫ぶと、ノルンの念話が重なった。
(大陸横断鉄道だわ!)
そうか。とにかく捕まってはいないようだな。俺たちもすぐに追いかけなければ……。
俺はすぐに大陸横断鉄道の駅の近くにある、大きな時計台の下で集合するように伝えた。
――――。
王都マキナクラフティにある時計台は、ロンドンのウェストミンスター宮殿にあるビッグベンのように、王都を代表する建築物だ。
塔を見上げると、大きな時計盤の上に展望台が有り、そのさらに上に大鐘がつるしてあるそうだ。
まずは駅で路線を確認し、ヘレンの行き先や様子を聞き込み調査をし、それから追いかけるつもりだ。
そこへ一度、宿へ戻って宿泊をキャンセルしたノルンとサクラが合流した。
どの顔もヘレンを心配しているのがありありとわかる。
俺はみんなを見回して、
「ヘレンは大陸横断鉄道に乗った可能性が高い。まずは駅でそれを確認するともに、行き先を確認する。そして――」
その時、突然、脇から、
「お兄ちゃん! ちょっといいかな?」
と一人の猫人族の男の子がやってきた。ハーフパンツにベストをしていて、頭にはベレー帽にゴーグルをしている。
あまり余裕のない俺は、
「なんだ? 悪いけど、今は「だから、そのことだよ」……え?」
みんなが男の子を見る。男の子は、
「僕はクロノ。お兄ちゃんたち。赤い髪のお姉ちゃんを探してるんだよね?」
俺は思わず、
「知ってるのか?」
と、乱暴にその小さな肩をつかんだ。クロノは苦笑しながら、
「うわっ! びっくりさせないでよ。知ってるといえば知ってるのかな?」
「クロノ。頼む。そのお姉ちゃんは大切な人なんだ。……きっと、今ごろ一人で色々抱え込んで困っているはずなんだ。……今こそ、俺たちが助けてやんなきゃいけなくって、どんなことでもいい。知っていることを教えてくれっ」
クロノはつぶらな瞳で俺の目をじっと見て、うなづくと、
「お兄ちゃん。綺麗な目をしているね。うん。わかったよ。……僕に、ついてきてくれる?」
と言った。
俺は思わずクロノを抱え上げて立ち上がった。
「ありがとう。クロノ、案内してくれ。どこに行けばいいんだ?」
クロノは時計台を指さすと、
「あそこから時計台に入って」
と言う。
「時計台? ヘレンはそこにはいないはずなんだが……」
「知ってるよ。……でもね。今、お兄ちゃんたちがあそこへ行くことが必要なんだよ」
まるで禅問答のようなクロノの言葉に、ノルンが、
「ジュン。言うとおりにしましょう」
と背中を押す。そして、俺の耳元で、
「だって、この子。……精霊よ」
とささやいた。
「えっ」と驚いて、クロノの顔を見ると、クロノはいたずらっぽく笑うとうなづいた。
「さあ、時間がないんでしょ? 早く中に入って!」
と俺の腕から飛び降りると、時計台の入り口に走り込んでいった。
念のため、上空のフェリシアも呼んで、みんなで時計台に入る。
中に入ると、十畳ほどの広いホールになっていた。正面の壁には大きなスリットが入っていて、その向こうに時計を動かすための大きな歯車がいくつも見えた。
そして、妖精クロノは、その正面にある一枚のドアの前に立っていた。この子、いったい何の精霊なんだろう?
俺たちの姿を見て、クロノは、
「このドアの向こうにボクの試練がある。それを乗り越えたら、お姉ちゃんを救う手がかりがあるよ。……だから、がんばってね」
と言うと、ゆっくりとドアを開けた。その向こうは異空間になっているみたいだ。
「救う手がかり? だが、そんな時間は……」
と言いよどむが、ノルンが、
「さあ、行くわよ! ヘレンを助けるんでしょ?」
と、俺の背中をばんっと叩いた。
そうだな。精霊がこういうってことは、今すぐにヘレンを追いかけるよりも、この向こうの手がかりとやらを手に入れることが、結局はヘレンを救うことになるのだろう。
「みんな! 行くぞ!」「「「はい!」」」
俺たちは意を決してドアの中に足を踏み入れた。